日刊スポーツ「フラッシュアップ」

2025年12月 1日 (月)

「能登や やさしや」ワインまでも

-中前さんから届いた手紙-

  私の中では、すっかり秋の風物詩となった群馬県旧粕川村(現・前橋市)の講演会は今年で34回目。11月16日の日曜日、いつものように主に先生方と、人の未来に関わることの素晴らしさを語り合ってきた。

 そんな会を見越したかのように、この少し前、石川県穴水町の元小学校の校長先生、中前和人さんから手紙を添えて赤白の能登ワインが届いた。中前さんは3年前、私がこのコラムに小学校の恩師が94歳で亡くなられたと書いたとき「私にも忘れられない教え子がいます」と手紙をくださった。

 中前さんが、かつて担任した小学6年生のクラスは前任者が心労で倒れるほど荒れていた。だけど、みんなで懸命に力を合わせて克服。なんとか卒業式を迎えた。

 〈それから35年。私の退職時、この教え子が集まって私に「最後の授業」をさせてくれたのです。以来10年、同窓会が続いています〉

 中前さんが贈ってくださったワインのラベルには「祝還暦 大徳小学校6年4組 担任 中前和人 奥能登の地から」の文字―。

 〈15年前、私の最後の授業を企画してくれた教え子も卒業から50年近くたって還暦を迎え、私から記念のワインを贈ることにしたのです。この教え子たちは大徳小学校のある金沢市で、昨年は2回も同窓会を開いてくれました〉 

 その中前さんは「震度7の能登地震はすさまじいものでした。穴水町の自宅は一部損壊。1週間車中生活をし、2カ月、水のない暮らしを体験しました」という。

 〈2回の同窓会は地震見舞いもかねてのことと思います。ただ私も後期高齢者。同窓会はもう終わりに、と言いますと、教え子は「能登まで迎えに行くから」。その言葉にしばらく続けようかと思っています〉

 私もお相伴にあずかったワイン。ネットで見ると、穴水には茶畑のような美しい緑のブドウ園が広がっている。江戸時代から続く「能登や やさしや土までも」の言葉がまた胸に浮かんできた。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2025年12月1日(月)掲載/次回は12月16日(火)掲載です)

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2025年11月17日 (月)

犯人追い込んだ4者のスクラム

-名古屋主婦殺害 夫 宙の会 警察 報道-

 あれから半月たつのに、私の胸はまだ高鳴っている。東海テレビでニュースの生放送中に飛び込んできた、1999年、名古屋市西区で高羽奈美子さん(当時32)が殺害された事件の犯人、安福久美子容疑者(69)逮捕の一報。奈美子さんの夫、悟さん(69)には事件発生から26年間、借り続けている現場のアパートの一室で何度も取材させてもらった。 

 それにしても、私がこうして関わった事件の解決がニュースの生放送中に…。半世紀以上事件取材をしてきて、もちろん初めてのことだ。 私は今回、4者がガッチリ組んだスクラムが間違いなく犯人を追い込んだと見ている。もちろん、まん中にいるのは被疑者の血痕が今も生々しい部屋を借り続け、街頭で声をからして協力を呼びかけた高羽さんだ。

 そしてその高羽さんとしっかり腕を組んできたのが主に未解決殺人事件の被害者でつくる「宙の会」だ。この会の強い働きかけもあって2010年、殺人事件の時効は廃止された。それがなければ、今回の安福容疑者は逃げおおせていた。

 ちなみに宙の会の土田猛特別参与は、この12月30日、発生から25年になる世田谷一家殺害事件の捜査を続ける警視庁成城署の元署長だ。

 そんな被害者たちの声に応えてみせたのは、もちろん警察だ。未解決事件では、年月がたつと情報提供を呼びかける待ちの姿勢になりがちだが、愛知県警の特命班は何年かかろうと捜査線上に浮かんだ人物を1人ずつつぶしていくと言明。結果、この捜査が容疑者を出頭させるまでに追い込んだ。

 そして、そのスクラムの一端を担ったのが、口幅ったいようだがメディアではないか。高羽さんの思いに応えて、新聞、テレビは毎年、持ち回りのように事件を報道。安福容疑者が「新聞も見られなかった」と言うほど追い詰めた。

 どうだろう、この4者がもう1度スクラムを組んで、事件の検証・記録集を出せないものか。日本の犯罪捜査史上、めったに得られない大事な資料になるはずだ。


( 日刊スポーツ「フラッシュアップ」2025年11月17日(月)掲載/次回は12月1日(月)掲載です)

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2025年11月 3日 (月)

おもろいことをアホになってやってみる学風

-ノーベル賞に京大出身2氏-

 今年のノーベル生理学・医学賞は大阪大特任教授の坂口志文さん。化学賞は京都大特別教授の北川進さんが受賞。来月10日、スウェーデン・ストックホルムの授賞式に臨まれる。 
 
 2人とも京大卒。それについて毎日新聞の「なるほドリ」の欄が〈ノーベル賞受賞者 東大抜き京大最多の10人 「自由の学風」モットー〉と書いていた。それによるとこれまでの受賞者30人のうち京大は10人。東大9人。化学賞など自然科学では京大10人、東大6人と京大が圧倒している。

 記事を見て20年以上前、数学者で独特の弁舌、森毅京大教授とラジオ番組の審査でご一緒したとき、「ノーベル賞は、なぜ東大より京大が多いのか」が話題になったことを思い出した。

 森先生は即座に「京大の方がアホが多いからや」。先生によると東大、京大にくるお利口な学生は早々に教授が教えることなど習得してしまう。さて、そのあとどうするか。自分なりにその先を勉強するか。それとも何かおもろいことをアホになってやってみるか。京大はそのアホの数が東大よりはるかに多いという。

 ノーベル賞級の研究には、そうした飛び抜けた発想が必要だと言う。そういえば制御性T細胞で受賞した坂口さんも「なんでだれもしない研究を」と不思議がられていたという。

 さて、あのとき、そんな京大生気質を語りながらも森先生は「そやけど近ごろは本物のアホがふえてしもて」と顔を曇らせたのだった。

 締め切り厳守と言っておいたのにゼミ論文を遅れて持ってきた学生を叱りつけながら「もし帰り道に落ちとったら、預かったボクが落としたと思って拾うやろな」。

 卒業がかかっていた学生は満面笑顔で研究室を飛び出して行ったのだが、ものの5分もしないうちに息せき切って戻ってきた。「先生、どこに落としておいたら拾ってくれますか!」。

 あれから約四半世紀。いま京大生は? 泉下の森先生に代わって坂口さん、北川さんに、ぜひ聞いてみたい。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2025年11月3日(月)掲載/次回は11月17日(月)掲載です)

 

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2025年10月21日 (火)

背番号7、その後ろ姿が残してくれたもの

-巨人長野選手の引退-

 巨人にとって今季最終戦となったクライマックスシリーズ、DeNAとの第2戦。延長11回、4時間31分の試合はもう1つ、心にしみるものを残してくれた。 

 チャンスのたびにベンチの最前列で声を張り上げ、戻ってくる投手のお尻をポンとたたく長野久義選手40歳が、テレビに大写しになっていた。

  その姿に、試合終了を待って長野選手夫人で旧知のテレビ朝日アナウンサー、下平さやかさんにメールを入れさてもらった。 

 〈背番号7。その後ろ姿に、あらためてさまざまなことを誓った若い選手も多かったことと思います…〉

 翌日、下平さんからかかってきた電話は「きょうは直接、本人が話したいと言っていますので」。その電話の向こうで長野選手は「まだ球団や監督、親しい人にしか言っていませんが、引退を決意しました」。

 突然のことに「いや、まだまだ」と言う私に「それも考えましたが、もう悔いはないので」。結局、私は「今後も野球界のために」と言うのが精いっぱいだった。

 大学、社会人、2回のドラフト会議で他球団からの指名を丁重に断ったうえで果たした巨人入り。新人王や首位打者、ゴールデングラブ賞に輝きながら、2019年に人的補償で広島へ。若い選手に「野球以外のことなら、なんでも相談してください」と笑わせて、巨人に戻るまでの4年間、しっかりチームに溶け込んだ。

 長野選手はアオダモの木のバットを愛用。1試合で3本折ったという逸話を持ちながら、成木まで60年かかるアオダモの育成に協力。私が東京6大学野球なども植林に取り組んでいるとテレビで話すと、下平さんを通じてお礼の言葉が届いた。

 日刊スポーツの為田聡史記者が〈長野選手は失投、甘い球という言葉を嫌った。「相手投手に失礼だと思う」が、その理由だった〉と書けば、読売新聞(大阪版)の見出しは〈強さと優しさ 背中で見せ〉だった。

 ―野球は、いろんなことを学ばせてくれる。



(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2025年10月21日(火)掲載/次回は11月3日(月)掲載です)

 

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2025年10月 6日 (月)

ボヤでごまかそうとしたところ…大火事に

-佐賀県警DNA鑑定不正問題-

 いま日本の警察は、大川原化工機でっち上げ事件のように、やってはならないことをやる。一方で川崎ストーカー殺人のように、やるべきことはやらない。そこにもう1つ加わった。するべきことを、放り出す―。

 佐賀県警科学捜査研究所の40代職員が、7年間にわたってDNA鑑定を実施していないのにしたことにしたり、鑑定日時を書き換えていたことが発覚した。その数、じつに132件。だが県警は、この男を逮捕もせずに懲戒免職にした。

 DNAといえば、かつて足利事件の菅家利和さんが、DNAの再鑑定で無罪が確定したように刑事事件では最強の証拠。私もこの件で共同通信や西日本新聞から見解を求められて「DNAの不正鑑定とは前代未聞で驚きだが、県警内部という身内で、厳正な検証はしょせん、無理。早急に第三者委員会を立ち上げるべき」とした。

 佐賀県議会も同様に福田英之県警本部長を呼んで第三者委員会の設置を迫ったが、毎日新聞によると福田本部長は「県公安委員会も必要ないと言っている」と、木で鼻をくくったような答弁を繰り返したという。

 だけど本部長が錦の御旗に掲げる県公安委は、3人の委員のうち1人が弁護士。ほかの2人は委員長の女性が元高校校長。もう1人はタクシー会社の役員。失礼ながら、このお二方がDNA鑑定に高い知識をお持ちだとは到底、思えない。

 佐賀県警のこの対応に、さすがに警察庁も怒りをあらわにし、最も厳しい処置とされる特別監察の実施を決めた。ボヤでごまかそうとしたところが、大火事になってしまった。

 佐賀県警は2021年に起きた太宰府殺人事件で、被害女性の身に危険が迫っていると11回も訴えて来た親族を、29歳の警官がそのたびに追い返し、結果、最悪の事態を招いてしまった。

 佐賀県警の、いや日本警察のこの実態に、まことに凡庸な感想だけど…こんなDNAだけは、しっかり受け継がれているんだなぁ。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2025年10月6日(月)掲載/次回は10月21日(火)掲載です)

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2025年9月22日 (月)

甘みのある新米いただきながら日本の農業に心が痛む

-棚田の写真ついたお便り-

 日本棚田百選の1つ、新潟県三条市の北五百川棚田で米作りをされ、私が出演している「ひるおび」(TBS系、月~金曜午前10時25分)のファンという佐野誠五さんから今年も新米が届いた。彼岸花の咲く棚田の写真がついた便箋のおたより。

〈私も77歳になり、米づくりが難しくなってきました。来年をもって引退します。もう1年がんばります〉

 急いでお礼がてら電話を入れると「年のこともあるけど、一番の理由はイノシシとサルですわ」と言う。昼間はなんとか追っ払っても夜、田んぼを掘り返すイノシシは手に負えない。こんなきれいな棚田なのに、と気持ちがなえてくるという。

 話を聞いて市の鳥獣係に電話で取材をすると「私たちも心を痛めています」と澄んだ女性の声が返ってきた。電気柵の設置も棚田ではむずかしい。加えてイノシシはブタが野生化した大型のもので手に負えないという。

 「ところで最近、問題のクマは?」と聞くと「佐野さんがお住まいの下田地区は市内最多、今年31件の目撃があるんですが、幸い棚田の北五百川はいまのところ…」という返事だった。

 なのに数日後、市のHPのクマ情報を見ると、なんと〈NO32 9月12日午後9時20分 北五百川 人身被害無〉とある。市の鳥獣係の「背景に農家の減少があるのは間違いありません」という言葉がよみがえる。

 人の手が入らず、草ぼうぼうになった里山の耕作放棄地は動物たちにとって格好の隠れ家。そこを拠点に日夜、田畑や人家に出没する。

 あらためていうまでもなく、日本の農業従事者の平均年齢は、佐野さんの77歳より若いとはいえ、68.7歳。このままいくと、いま136万人の農業人口は、2050年には36万人。1億人の食をこれだけの人数で支えられるはずがない。

 少し甘みのある新米のご飯を今年豊漁のサンマといただきながら、棚田の原風景とともに届いた日本の農業を取り巻く景色に、心が痛む残暑の秋である。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2025年9月22日(月)掲載/次回は10月6日(月)掲載です)

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2025年9月 8日 (月)

賽の河原で石積みする記者の思いとは

-古巣読売新聞社の誤報に思う-

 東京地検が捜査中の国会議員秘書給与不正受給事件で、読売新聞が捜査対象者を取り違え、別の維新議員を1面で掲載してしまった大誤報。私の古巣の新聞社の体質について、いくつもの週刊誌の取材を受けたが、ここではあらためて新聞記者について書いておきたい。

 誤報から3日後に掲載された読売の検証記事を読んで私は心底驚いた。じつは記事掲載に至るまで、捜査サイドからただの1度も議員の名前は出ていなかったのだ。

 たしかに事件取材には腹のさぐり合い、その場の感触がついてまわる。ただ記者が関係者に具体名をぶつけて「否定されなかった」「肯定的だった」というだけで、議員の顔写真までつけて報道できるものなのか。

 私は検証記事の見出し、〈マイナス情報を軽視〉につきると感じている。

 それにつけ、思い出すのは記者時代に先輩からたたき込まれた「事件取材は賽の河原の石積み」という言葉だ。

 賽の河原とは「むなしい努力の場」。事件を取材するたびに1つの見通しを立てて河原でせっせと石を積む。だけど最後の最後で間違いだったと気づいて、またベソをかきながら石を積み直す。その繰り返しだという。けれど誤報の記者たちはマイナス情報を見ずに石を積み続けてしまった。

 今回の件を受けて読売は「記者教育の徹底」と「チェック機能の充実」を図るとしている。だけど教育や制度で、果たして誤報は避けきれるものなのだろうか。

 折しも読売OBで元巨人軍代表の清武英利さんが記者時代を振り返った著書「記者は天国に行けない」が刊行された。私も取材を受けた長編の著作。そのなかで清武さんはこう書く。

 〈今年の正月は夜回り取材をしていた。五十年前と同じように電柱の陰で人を待った。成長のない自分に気恥ずかしさを感じつつ、冷たい闇の中で、そこが私の持ち場のような懐かしい気分だった―〉

 75歳。今も賽の河原で石積みをしている記者がいる。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2025年9月8日(月)掲載/次回は9月22日(月)掲載です)

 

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2025年8月25日 (月)

浪速の空に「六甲おろし」かたや空しい「石破おろし」

-戦後80年の夏に思う-

 早くも浪速の空に響く「六甲おろし」。不肖巨人ファンとしても阪神にマジックがついて、ここは潔く、というところだが、なんとも不可解なのが自民党内の「石破おろし」だ。

 昨年の総選挙、都議選、そして今回の参院選でスリーアウト。選挙の結果が全てとチェンジを叫ぶ一部自民党議員を尻目に、朝日新聞の直近の世論調査では、石破首相は「辞めなくていい」が前回、7月の47%を大きく上回り、54%となった。なぜ「辞めなくていい」がこれほど急伸したのか。私は朝日の調査が8月16、17日だったことがウエートを占めているように思う。

 戦後80年の8月。石破さんは、6日の広島の平和記念式典のあいさつの最後を被爆歌人、正田篠枝さんの〈太き骨は先生ならむ そのそばに 小さきあたまの骨 あつまれり〉の短歌を2度読んで締めくくった。

 また9日の長崎平和祈念式典では、被爆した長崎医大(現・長崎大医学部)の永井隆博士の著書の一節〈ねがわくば、この浦上をして世界最後の原子野たらしめたまえ〉を自身、クリスチャンでもある首相が、あいさつに盛り込んでいた。 さらに15日。全国戦没者追悼式の式辞では2013年の故・安倍首相以来、消し去られていた加害責任に言及。〈あの戦争の反省と教訓を胸に刻まねばなりません〉と「反省」の言葉を12年ぶりに復活させたのだ。

 こんな石破さんの姿勢こそが、世論調査の追い風になっているのではないかと思えてならない。

 だが石破おろしの議員は「3つの選挙こそが国民の意思」と、民意をそっちのけにして言い張る。こんな姿勢こそが、自民凋落を招いているのではないか。

 それにしても情けないのは野党だ。スリーアウトチェンジで次の出番はあんたたちじゃなかったのか、なんてボヤいても始まらない。〈8月や 6日9日15日〉。石破さんのあいさつや、式辞をあらためて読み返してみる、戦後80年の夏である。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2025年8月25日(月)掲載/次回は9月8日(月)掲載です)

 

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2025年8月11日 (月)

碑や礎に刻まれた文字の重さ

-「黒川の女たち」と沖縄タイムス-

 広島原爆忌の6日、大阪の小さな映画館で「黒川の女たち」を見て私は、あらためて碑や礎(いしじ)に刻まれた文字の重さを感じた。

 岐阜県黒川村(現・白川町)の黒川満蒙開拓団は旧満州・吉林省に690人が入植。だが1945年8月、突然のソ連侵攻。すでに男手は兵隊に取られ、年寄りと女性、子どもだけになった開拓団は、ソ連兵や現地人に度々襲われ、いくつかの団は集団自決した。

 そんなとき黒川開拓団にソ連軍から女性を提供すれば守ってやる、いわゆる性接待を持ちかけられ、15人の女性が日夜、兵の相手をさせられ、団は異例の約3分の2、451人の帰国をなしとげた。

 だが帰国した女性たちは2度、地獄を見る。団は性接待について箝口令を敷き、一方で女性たちには堪えがたい誹謗中傷の言葉が浴びせられた。

 約30年後、招魂碑とともに建てられた「乙女の碑」も、そのことには一切触れていない。そうした中、90歳が近づいた女性たちは次々に口を開き、ついに乙女の碑の横に、性被害の実態を刻んだ新たな碑を建てるまでにこぎつけた。

 映画は、そんな女性たちの証言と、その苦悩を知りつつ屈託なくまとわりつく孫やひ孫を描く。女性たちが新たな碑に寄せる思いは、たった1つ「なかったことには、できない」だ。

 碑に刻まれた思いといえば、7月12日の朝日新聞夕刊〈24万2567の名 誓う52㌻ 礎に刻まれた戦没者 全員掲載 沖縄タイムス 伝えた命の証〉には激しい衝撃を受けた。地元で「沖タイ」と親しまれるこの新聞は、平和の礎に刻まれた米兵を含む24万余の戦没者の名前を13日間、52㌻の紙面を使って掲載したのだ。

 最終は沖縄慰霊の日の前日、6月22日。平和を希求するに、これほどの紙面がほかにあるだろうか。52㌻全てをつなぐと、南の島に咲く月桃の花が浮かぶ小粋な作り。ちなみに月桃の花の花言葉は―「強い決意」。そして「優雅」とあった。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2025年8月11日(月)掲載/次回は8月25日(月)掲載です)

 

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2025年7月28日 (月)

検察官失格の検事に独自ルールを

-前川さんやり直し裁判に思う-

 死刑囚から無罪が確定した袴田巌さんの姉、ひで子さんから贈られた青い帽子を高く掲げる前川彰司さん(60)。私もかつて現地を取材した福井中3殺害事件で7年間服役した前川さんのやり直し裁判は、名古屋高裁金沢支部が無罪を言い渡し、検察が上告を断念すれば8月1日、前川さんの無罪が38年ぶりに確定する。

 増田啓祐裁判長は判決のあと、「1審の無罪判決が確定した可能性のある事件でした。長期間ご苦労をかけて申し訳なく思います」と深々と頭を下げたという。

 私は、その姿勢を評価する一方で、ことここに至って、なぜ裁判官は猛烈な怒りを検察にぶつけないのか。いら立ちが募る。
 判決で増田裁判長は、控訴審で前川さんを犯人に仕立て上げるための検察側証人に警官が現金を渡したことについて「到底看過できない」と批判。

 さらに事件当日、前川さんにアリバイがあったとする捜査報告書を、検察も把握しながら隠していたことについては「公益を代表する検察官として、あるまじき不誠実で罪深い不正」と、検察官失格の烙印を押している。

 判決公判だけではない。昨年の再審決定で、山田耕司裁判長は前川さんのアリバイを隠していた検察に「事実に反することをぬけぬけと主張し続けている」と断罪。裁判官が検察をここまで罵倒するのは、長年だまされてきたことへの怒りがさく裂したとしか言いようがない。

 ここまで来たら、議員立法による再審法制定や法務・検察主導の法制審議会の審議を待たずに、裁判所は裁判官対検察官の独自のルールを作るべきではないか。

 重大な証拠隠しがあった検察官は、それ以降、公判立ち会い検事として認めない。公判途中で証拠隠しが発覚した場合、いったん裁判を打ち切り、起訴、疎明資料の提出からやり直させる―。

 当然ではないか。検察官失格の検事に、ぬけぬけだまされっ放しの裁判官に裁かれる市民は、たまったもんじゃないからである。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2025年7月28日(月)掲載/次回は8月11日(月)掲載です)

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