Webコラム

2018年7月24日 (火)

Webコラム 吉富有治

生活保護制度は市の財政を圧迫する? 
実態を隠す吉村大阪市長に異議あり

  おもに関東地域や首都圏を取材エリアとする東京新聞が、大阪市の吉村洋文市長を批判的に取り上げていると聞いた。さっそく東京新聞の友人に連絡を取り、本紙を取り寄せて読んでみた。なるほど、これは問題だ。

  吉村市長を取り上げのは7月17日付けの東京新聞。同紙で定評のある企画記事「こちら特報部」に載っていた。生活保護法の一部改正案を審議中の衆院厚生労働委員会は今年4月24日、吉村市長を参考人として招致。市長が委員会で説明した生活保護費と市財政の関係が実態を正確に語ったとは言い難く、生活保護制度はひどいという印象だけが独り歩きすると「特報部」は批判した。

  この委員会で吉村市長は、「大阪市は全国の中でも生活保護世帯が圧倒的に多い」と述べ、「受給世帯は11万5000世帯で全国最多。受給率は全国平均が1.67%に対して大阪市は5.2%。歳出額は2823億円と一般会計の15%を占めている」「生活保護費は右肩上がりの状態だったが、橋下市長の時代から不正受給者対策に取り組み、ここ6年間で右肩上がりだった受給世帯の増加は減少傾向にある」と語った。

  大阪市が生活保護世帯のために2823億円(2018年度当初予算)を拠出したのは事実であり、受給世帯率が全国トップなのはその通り。けれど生活保護は本来、国の制度であり、地方交付税分を含めると国が4分の3以上を負担する。大阪市の持ち出しは2823億円の約2%、実際は60億円ほどだ。いくら全国で最多の生活保護世を抱えていても、生活保護費が大阪市の財政を圧迫しているかのような説明は誤解を呼ぶ。いや、むしろ悪意さえ感じる。この点について大阪市の某部局幹部は私の取材に対して、「生活保護世帯減らしを正当化するため、わざと数字を大きく見せたのだろう」と語っていた。

  市幹部の言葉を裏づけるものがある。「橋下市長の時代から不正受給者対策に取り組み、ここ6年間で右肩上がりだった受給世帯の増加は減少傾向」の部分だ。もちろん不正受給者を減らすことは大切だが、減らすことを重視するあまり、大阪市では本当に生活に困っている人が不合理な仕打ちを受けている事実があるのだ。

  大阪市では現在、生活に困窮して区役所に生活保護を申し込んでも追い返される事例は少なくないという。共産党大阪市議団の山中智子幹事長は、「大阪市による生活保護の締め付けは、総論として違法レベルという認識だ」と憤る。「全大阪生活と健康を守る会連合会」(大阪市西区)の大口耕吉郎会長は、「維新市政に変わってから特にひどくなった」と指摘し、具体的な事例として、仮に親族がいても法的には受給を認める必要があるのに、受給決定前に「親族がいるならそこに頼れ」などと、正当な権利がありながら門前払いされるケースが後を絶たないと市の姿勢を批判した。こんな調子で「生活保護世帯は減少傾向にある」と胸を張ったところで、実態は本当に困っている人から生活権を奪っているにすぎないのではないか。

  ウソは言わないが、一部の事実だけを語って真相は決して語らない。これが吉村市長の政治ポリシーなら大阪市民はたまったもんじゃない。吉村市長はまた、7月17日のツイッターでも次のように書き込み、弁護士など専門家から批判を浴びていた。
 
  >ちょっと待て。第二東京弁護士会、やりすぎだ。このアンケートは違法認定されたが、それ以外に野村弁護士が大阪市行政の適正化に果たしてくれた役割は大きい。日弁連、裁判所、現職の大阪市長である俺が公開の場で証言するから呼んでくれ。

  情報番組のコメンテーターでもある野村修也弁護士は橋下徹前市長時代の2012年1月、大阪市の特別顧問に就任し、全職員を対象に組合活動に関するアンケート調査を実施した。ところが、設問の一部に憲法が保障する団結権やプライバシー権を侵害する質問項目が含まれていたとして、大阪府労働委員会のほか中央労働委員会が2014年8月、市の不当労働行為(支配介入)と判断。また、大阪地裁に続いて二審の大阪高裁も2015年12月、22の設問のうち5問が憲法違反だとの判決を出し、大阪市に対して約80万円を原告に賠償するよう命じた。第二東京弁護士会は7月17日、同様の理由で野村弁護士を業務停止1ヶ月の懲戒処分とした。

  吉村市長の先の書き込みは、この処分に対して異議を唱えたものだが、中身は詭弁に満ちている。

  そもそも野村弁護士が第二東京弁護士会から懲戒処分を受けたのは、アンケート調査の一部内容が違憲と認定され、こんなアンケートを市職員に強制すること自体、人権を守る弁護士の使命に反するからである。仮に野村弁護士が大阪市に何らかの貢献をしたとしても、だからといって懲戒処分まで免罪されるわけではない。貢献もあったのだから違法行為を却下しろという言い分など筋が通らない。功は功、罪は罪という峻別すらできないようでは、法とルールに従って行政を運営する自治体トップとしては失格だろう。

  話を大げさに誇張し、市民を煙に巻く。身内には甘く、そうでないものには厳しく臨む。このような市長が「大阪に万博を」「大阪にカジノを」と叫んでいる。万博やカジノの経済効果が「ウン千億円!」と宣伝したところで、いずれも誇張だらけ。何の根拠もない。儲かるのはカジノ業者や土建屋で、ギャンブル依存症や借金問題など、いずれ国民がツケを払うことになるだろう。吉村市政の本質を、大阪市民もそろそろ気がついたほうがいい。

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2018年7月16日 (月)

Webコラム 吉富有治

未曾有の被害を生んだ平成の大豪雨
マスコミの目が届かない被災地区を取材した (下) 

  西予市は2004年4月に5町(宇和町・野村町・城川町・明浜町・三瓶町)が合併して誕生した、人口が約3万7千人の小さな地方都市である。気候は温暖な一方、台風の通り道としても知られている。私が生まれた明浜町は漁業やミカン農家を営む家が多く、西予市も一次産業や食品加工などの二次産業が盛んな街だ。
 
  今回の豪雨では西予市の中でも、特に野村町が大きな被害を受けた。町を流れる肱川が氾濫して5人の死者を出し、多くの家屋が水没。今も自衛隊などが必死の救助活動や復旧活動に励んでいる。私の故郷である明浜町宮野浦は死者こそ出なかったが、一部では山崩れが起きてミカン農家が打撃を受けた。

  その西予市の隣りにある宇和島市吉田町では、さらに深刻な事態に見舞われた。吉田町は、愛媛県が「みかん研究所」を設置するほど県内でもミカンの出荷量が最大の地域であり、愛媛のミカンと言えば大半が吉田町産である。その吉田町のミカン農家の被害は明浜町の比ではない。
 
  宇和海を望むリアス式海岸。この美しい海岸線沿いに位置する吉田町でまず目につくのは、到るところで山が崩れていることだ。高台から吉田町を見下ろすと、まるで大きな爪で引っ掻いたような山崩れの跡が1つの山だけで何本も見える。崩れたのは大半がミカン畑。中には壊滅状態の畑もあった。

  その吉田町の海岸線を11日、クルマで走っていると道の脇で車座になって何かを話し合っている15人の男性たちに遭遇した。聞くと、全員がミカン農家の方たちだ。皆さん、深刻な表情をしている。その中の70代の男性が口を開いた。

  「一昨日までこのあたりの道路一面が土砂で埋まり、クルマも人も通れない状況だった。そこで自分たちで手分けして泥土を端に寄せ、昨日からどうにか通れる状況になった。だが、誰かが『ここは国道だから、勝手な作業をやれば国や役場から文句が来るのではないか』と言い出したので、いまは作業をストップしてる。とは言っても、道路の土砂を取り除かないと仕事も生活もできない。あとで国や役場から文句を言われないために、どれほどひどい状況かの証拠の写真を撮っておこうという話をしていたんだ」と説明してくれた。

  今、豪雨の被害に遭った地域は緊急事態の真っ只中である。地元の人が生活道路を自力で補修したところで国や県が文句が言ってくるとは思えないが、それだけ不安と疑心暗鬼が人々の心に渦巻いているのだろう。さらに話を聞くと、当面の不安は補修に必要な経費を誰が負担するかのようだ。60代の別の男性が話してくれた。

  「ここには役場から被害の確認はまだ来ていない。人命が最優先だから、まずは人命救助と断水の復旧を急いでいるのだろう。われわれのようなミカン農家や生活道路の修復は後回しだ。そうは言っても、このままではわれわれも仕事はおろか生活もできない。ショベルカーやトラックをレンタルして自力で復旧するしかない。この費用は国や役場が負担してほしいが、出してくれないのなら自腹を覚悟するしかない」
 「正直、いまはミカン畑のことは考えられない。目の前の泥土を取り除くことで精一杯だ。しかし、ミカンの被害は甚大だと思う。少なくともわれわれの今年の売上はゼロだ」

  どうやらミカンの木々を植えた段々畑へと通じる主要な農道が土砂で破壊され、そこから枝分かれした各畑へ通じる農道には入れないのだという。つまりメインの農道が復旧しない限り、仮にミカン畑が無事でも水やりが必要な真夏の時期に農作業はできない。このまま放置すれば、甘くて美味しいミカンの収穫は難しくなる。生活道路の補修コストの不安に加え、生活の糧であるミカン畑すら壊滅状態。これでは平静な気持ちを保てという方が難しい。

  彼らの不安や疑心暗鬼はこれだけではない。なぜか他府県ナンバーのクルマに目を光らせているのだ。豪雨の被害がメディアに出始めた8日あたりから、ツイッターでは「大阪ナンバーのクルマに乗る窃盗団がいるらしい。注意してください」という情報が吉田町や広島県で拡散され、一部では地区の回覧板にも同種の情報が回し読みされたという。私が乗るクルマも、その大阪ナンバー。やはり、疑われたようだ。50代の男性が言う。

  「最初、あんた(注・吉富)のクルマが目の前通り過ぎたとき、大阪ナンバーだったので実は全員が身構えた。でも、誰かが『あの運転手は人の良さそうな顔している。ドロボーじゃないと思う』と言ったので、『そうなのかなぁ』と一応は安心はした。けど、それでも念のため、ナンバーは控えさせてもらったけど」

  そこで私は、それは広島でも流れているデマ情報で、宇和島警察も広島県警も公式に否定していると説明すると、みな一応は納得してくれた。だが、それでもある男性は「いや、俺の知り合いが昨日、警察が大阪ナンバーのクルマを追いかけているのを見たと言っていた」と真顔で語り、心底から納得しているようにも思えなかった。生活と仕事の不安は、デマをデマと見分ける冷静さすら奪ってしまうようである。
 
  愛媛県や広島、岡山などの被災地では行政、鉄道会社や電力会社、またボランティアが復旧作業に励んでいる。断水して風呂はおろかシャワーすら浴びられない人たちのために、自衛隊は臨時の仮設風呂を何か所かに設営した。ここ愛媛県明浜町や吉田町でもいずれ停電や断水も直り、通行止めの道路も開通するだろう。しかし、被災した人たちの心理的、経済的なダメージはボディーブローのようにじわじわと効いてくる。やむなくミカン畑を手放す人も出てくるかもしれない。

  そんな被災者のため国や行政は、そしてマスコミは何ができるのか。複雑な気持ちを抱えながら取材を終えた私は、深夜の高速道路を一路、大阪に向けて走らせていた。


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2018年7月13日 (金)

Webコラム 吉富有治

未曾有の被害を生んだ平成の大豪雨
マスコミの目が届かない被災地区を取材した (上) 

  西日本を中心に大きな被害が出た7月の大豪雨。警察庁の発表では12日現在、全国14府県で200人の命が奪われ、避難者数7085人、断水23万5000戸、家屋の被害は2万4150棟にも上った。そのうち愛媛県では県内で死者26名、行方不明者2名、大洲市と西予市、宇和島市、上島町の4市町の一部では計2万2415世帯が現在も断水が続いている。
 
  私は10日、その愛媛県の西予市明浜町を目指してクルマを走らせていた。明浜町宮野浦は私が生まれた故郷だ。今もこの一帯の集落には親類縁者が住んでおり、親類や独居老人のために食料品や日用品の支援物資を運びつつ、同時に災害取材をおこなうためだった。
 
  さて、四国の大動脈である高松自動車道から松山自動車道へとクルマを走らせていると、ふと気がついたことがあった。愛媛県や高知県など四国の各地に大雨が等しく降ったというのに、高速道路から見る風景は普段とまったく変わらないのだ。被害が大きかったはずの大洲市や西予市に近づいても、いつものように山々は初夏の濃い緑で覆われ、広がる田畑には稲がすくすくと育っている。ブルーシートで山肌を隠す場所もなければ、テレビや新聞で見るような被害は高速道路からはどこにも見当たらない。
 
  ところが、高速道路を降りて一般道に入り、山間部の峠道を走って親戚宅のある明浜町へ入るころには様相が一変する。ところどころに災害の傷跡が見えてくる。薄暗くて狭い道路の脇には倒れた大木や転げ落ちた岩が迫っている。山肌からは水が大量に湧き出す場所にも出くわした。どうやら災害はピンポイントで襲っている。大地震のように被害が等しく広がっているのではなく、今回の豪雨は一部の地域のみ被害が大きく、被害を受けなかった地区との差が激しすぎる印象を受けた。
 
  大規模な洪水に見舞われた野村の場合は原因が明確だ。水没した一帯の近くには肱川があり、タイミングを誤ったダムの放流が水害を招いたといわれている。だが、吉田町や明浜町の被害はなぜ起きたのか。川が氾濫したわけではない。山が崩れて泥と鉄砲水が流れ落ちてきたからだが、それなら他の場所だって山が崩れていいはず。だが、実際はそうなっていない。この点は今後、十分な検証が必要だろう。
 
  故郷の宮野浦は幸い、死者こそ出なかったが大規模な山の崩落が2か所あった。家が2軒つぶされ、駐車場に停めていたクルマ4台が土砂や瓦礫の下敷きになった。これほどの土砂崩れだから、さぞかし大きな音がしたのだろうと思っていたら、付近の人は轟音に気がつかなかったという。土砂崩れの場所から50メートルも離れていない場所に住む82歳の老人は「土砂崩れの音はまったく聞こえなかった」と証言し、ほかにも数人が同様の証言をした。つまり、大雨の音が土砂崩れの響きすら打ち消してしまったようなのだ。

 
  いったいどのような豪雨だったのだろうか。みかん農家を営む40代の男性は、「バケツがひっくり返ったという表現があるが、それでも物足りないくらいだった。7日夜、仕事で出かける必要がありクルマに乗ったが、ワイパーを最大にしても前が見えなかった。風が吹き、かなり大粒で激しい勢いの雨が長時間にわたって降っていた。そのうち山から流れる近くの小さな川があふれ出し、泥水が20世帯以上を襲って床上浸水の被害が出た」と話し、先の82歳の老人も「これまで生きてきて、こんな大雨の経験はない」とその恐怖を語っていた。

 被害は家屋の倒壊や床上浸水だけではない。無事だった家庭でも、しばらくは生活していくことが難しくなっている。

  高齢者が多いこの地区では、宇和島市内へ向かう複数のルートが通行止めのため、今も生活の足である路線バスがストップしている。寸断されていた一部の高速道路や一般道は通行可能となり、物流は回復して町のスーパーには日用品や食料品は戻りつつある。だが、高齢者にとって事情は違うようだ。70代後半の女性が言う。

  「路線バスが止まっているので、買い物に行けない。スーパーに食料品はあっても買い物に行く手段がない。バスは年寄りにとって唯一の交通手段。いまは冷蔵庫や倉庫に置いてある食料品を食べて暮らしている。早くバスが動いてくれないとクルマを持たない年寄りが困るだろう」

  また、「幸い、ここは断水こそしていないが、蛇口からは白く濁った水が出る。洗濯や風呂はいいが、飲水にするためには一度沸かさないと飲めない」という声も耳にした。私も確認したが、確かに水道水はわずかに濁っていた。

  豪雨の災害から約1週間。復興への道のりはまだまだ遠い。(つづく)

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2018年6月29日 (金)

Webコラム 吉富有治

学校に混乱を招いた市長の「休校」ツイート
~ 望まれる今後の検証と矛盾の解消 ~

  6月18日に発生した大阪府北部を震源地とする大きな地震は、高槻市で小学生の女子児童がブロック塀の下敷きになって亡くなるなど、痛ましい悲劇を生んだ。ただ、最大震度6弱を観測したにもかかわらず揺れの時間が約40秒と短かったため、ビルの倒壊などの大きな被害が出なかったのは不幸中の幸いだといえる。

  もっともこの日、大阪市では大阪市役所を「震源」とする別の問題が起こっていた。吉村洋文市長がツイッターで書き込んだ一言が朝の学校現場に混乱をもたらしたのだ。

  地震の当日、大阪市内の公立校は全校が休校となったが、市の教育委員会が学校へ周知する前に吉村市長がツイッターで、「全て休校にする指示を出しました」と投稿。これを読んだ保護者が学校へ問い合わせし、結果として各校で混乱を招いてしまったのだ。

  行政委員会である市教育委員会は市役所から独立した機関で、平時には市長から教育行政に関してあれこれ指示や命令を受けることはない。ただ、非常時は別だ。災害対策基本法には「市町村災害対策本部長は、当該市町村の教育委員会に対し、当該市町村の地域に係る災害予防又は災害応急対策を実施するため必要な限度において、必要な指示をすることができる。」(同第23条2の6)」と規定されていることから、災害対策本部長に就任した吉村市長が市教育委員会に対し「全校休校」の指示をしても問題はなく適法である。

  今回の地震で吉村市長はこの法律を根拠に、「市長である以上、子供の命を最優先する」「マニュアルを超えた超法規的措置」などと書き込み、自身の行動はあくまでも正しかったと主張した。だが、話はそう単純ではない。

  まず、市長から指示を受けた市教育委員会が、電話やメールを通じて各校へ休校を伝達したのは地震当日の午前11時を回っていた。一方、問題になった吉村市長のツイートは午前9時半ごろ。市教育委員会が迅速に対応していれば混乱は起きなかったのだろうが、それ以上に問題なのは、法律と市の防災マニュアルに混乱を招く矛盾が潜んでいたことだ。

  この点を明らかにしたのが、6月22日に開かれた大阪市議会教育子ども委員会だった。吉村市長のツイッター問題を議題に取り上げた自民党市議団の前田和彦市議が、市の地域防災計画(いわゆる防災マニュアル)と災害対策基本法の矛盾を指摘したのだ。

  市地域防災計画には地震などで学校を臨時休校にする条件として、午前7時現在でJR大阪環状線と大阪メトロの地下鉄が全面運休している場合と記されている。ところが、地震が起こったのは午前8時前。そこで吉村市長と市教育委員会は協議の上、このルールを拡大解釈して全面休校の判断を下した。

  だが、電話が通じにくい状況下で、各校の校長が市と市教育委員会が決めた拡大解釈など知る術もない。おまけに市地域防災計画には、地震などの非常時に臨時休校にするかどうかの判断は現場の校長に任せると記されている。加えて、災害対策基本法では、市長が市教育委員会に全面休校の指示まではできても、市長が各校に直接指示できるなどと明記されていない。

  以上のことから、校長の大半は、休校にするかどうかの判断は自分が決めるものと考えていたと推測できる。そこへ法律やマニュアルにない市長の"ツイッター指示"が飛び込んできたらどうなるのか。混乱するのは当然だろう。

  今回の問題について吉村市長は25日、職員どうしの情報共有や市民への発信に問題があったとして、今後は無料通信アプリの「LINE」との連携や、ツイッターを活用すると発表した。しかし、この問題は通信手段に原因があるのではなく、プロトコル(手順、約束)の不備なのだ。各校の教職員すべてが市長のツイッターをフォローしようが、非常時でも確実に届く通信手段を確保していようが、送信側と受信側、これら相互のプロトコルに食い違いがあれば混乱は収まるどころか、かえって大混乱を招くだけだろう。

  地震当日の吉村市長のツイートが絶対に間違っていたと言わないが、絶対に正しかったとも断言できない。大切なことは、二度と同じ混乱を起こさないことではないのか。そのためには今回の問題を検証し、将来起こるかもしれない大災害に備えることである。その点を吉村市長が理解し、今後の反省点にすることを望みたい。

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2018年6月 1日 (金)

Webコラム 吉富有治

2度目の住民投票が延期に このまま自然消滅というシナリオも

  政令市である大阪市を廃止して、代わりに複数の特別区を設置する、いわゆる「大阪都構想」。その是非を問う住民投票は2015年5月17日に実施され、反対票が賛成票を僅差で上回ったことで都構想は頓挫した。だが、2015年11月の大阪府知事選、市長選のダブル選挙で大阪維新の会が圧勝したことで、頓挫したはずの都構想はふたたび息を吹き返し、早ければ今年の9月には2度目の住民投票が開かれる予定だった。

  ところが、大阪維新の会は5月31日に開いた党の会議で、都構想を設計する大阪府市・法定協議会で「十分な議論が尽くされていない」ことを理由に正式に延期を決定した。

  ただし、住民投票を延期する理由は維新が言うように、必ずしも「十分な議論が尽くされていない」からではない。そもそも前回の住民投票でも十分な議論を尽くしたとは言えず、大阪市民に中途半端な情報しか与えないまま半ば強引に実施し、その結果、市民感情を賛成派と反対派に二分するような事態を招いてしまった。政令市を廃止するかどうかの重要なテーマを扱うのなら、半年や1年くらいの議論で十分なわけがない。

  維新が住民投票を延期した本当の理由は3つあると思っている。1つは、以前に比べて大阪市民の関心が低いことである。

  今年4月にNHKが実施した都構想に関する世論調査によれば、都構想に賛成する大阪市民は28%なのに対して、公明党が提唱する総合区と都構想に反対する市民は42%もいた。つまり、大阪市の行政区の改革も、また市の廃止も望まず現状維持を求める声が圧倒的に多かったのだ。

  この調子では、都構想に興味も関心もない大阪市民を対象に住民投票を実施したところで反対多数になることは目に見えている。勝ち目がないなら、やらないほうがいい。維新がこう判断しても不思議ではない。

  2つ目の理由は、維新の内部にも住民投票の延期を求める声が強かったからである。特に、維新の会大阪市議団から先送りを求める声が強い。大阪市は廃止される対象で、回り回って、自分たちも議員の身分を失うからだろう。

  2011年4月の住民投票で「橋下チルドレン」と呼ばれた多くの地方議員が誕生してから、来年で丸8年を迎えようとしている。その間、大阪維新の会は大阪府議会と大阪市議会で第一党の地位を築き、もはや押しも押されもせぬ立派な既成政党になった。チルドレンたちもベテラン議員に成長し、議員バッチを付けることに慣れてきた。

  ところが、維新にとって「一丁目一番地」の最重要政策である都構想が否定されると、維新の存在まで否定され、自分たち議員の身分まで危うくなる。「身を切る改革」を訴える維新議員たちだが、本音では現在のポジションにとどまりたいようである。

  そして最後の理由が公明党だ。大阪維新の会は府議会と市議会で第一党とはいえ、維新だけでは単独過半数に満たない。そのため住民投票の実施には公明党の協力が不可欠である。ところが、その公明党が今年の住民投票実施に慎重な姿勢を見せたため、維新も諦めざるを得なかったのだ。

  もっとも、公明党の大阪府議、大阪市議たちの大半は都構想に反対で、本音では住民投票などやりたくもない。このままずるずると延長が続き、住民投票が自然消滅することを望んでいるようなのだ。その伏線は法定協議会でも散見された。

  法定協議会を事務方としてサポートする大阪府・市の職員が、都構想の財政シミュレーションを法定協議会に出しきても、公明党の議員たちはその都度、細かい点を突いてくる。挙げ句、「これでは納得できない」と突き返す場面も多々見られた。

  こんな調子のまま法定協議会が進めば、それだけで1年や2年経っても議論は煮詰まらない。おそらく公明党の狙いは、維新が住民投票延期の理由に掲げた「十分な議論が尽くされていない」状態を延々と繰り返すことではないのか。

  ただ、維新の会も指を加えて黙って見過ごすとも思えない。前回の住民投票では、当初は住民投票に反対していた公明党の態度をひっくり返すために菅義偉官房長官に泣きつき、支持母体の創価学会から公明党へ圧力をかけたことがあった。維新は今度も同じ手を使うことは十分に考えられる。

  だが、2015年の当時と違って、モリカケ問題などで内閣支持率が下がり続ける安倍晋三政権にかつての勢いはない。また、安倍首相も今年4月に来阪した際、自民党の国会議員や府議、市議たちの前で「都構想には反対する」と言い切った。維新が裏で手を回して公明党を揺さぶることは難しいだろう。

  以上のことから様々な情勢から見て、最終的に住民投票は開かれないのではないかと私は予想している。

  しかし、それでいい。来年のG20サミット首脳会議や2025年の大阪万博など、大阪には課題が山積みだ。貴重な税金と時間を使って無駄な議論をするよりも、眼の前の問題を片付けることが先決だろう。大阪市民の多くもそれを望んでいるはずである。

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2018年4月19日 (木)

Webコラム 吉富有治

自民党大阪の会合に安倍首相が出席 首相に「都構想反対」と言わせた真意はなにか

  安倍晋三首相は4月13日、翌日に大阪市内のホテルで開かれる自民党大阪府支部連合会(府連)の臨時党員大会に出席するため来阪した。首相が府連の大会に出るのは初めてで、きわめて異例のことである。森友学園問題や加計学園問題、さらには自衛隊の日報隠し問題で野党とマスコミから集中砲火を浴びて内閣支持率が下がるなか、また大阪維新の会の松井一郎代表(大阪府知事)に近いといわれる安倍首相が地方の大会で何を語るかが注目された。

  さて、新聞やテレビでも報道されたように、真っ先に飛び出したのは「都構想反対」という首相の一言だった。これには自民党大阪の府議や市議らは大喜びし、その反対に松井代表は「リップサービスだ」と不快感を示した。

  なぜ安倍首相は「都構想反対」と語ったのか。その一言を引き出した自民党大阪府議団の花谷充愉(はなやみつよし)幹事長に話を聞いた。

  ― 13日の夜、大阪選出の国会議員や府連幹部の府議、市議らが大阪鶴橋の焼肉屋で首相と会食した。いわゆる"モリカケ問題"が再燃するなかで安倍首相が来阪することに複雑な気持ちだったのでは?

  安倍首相が4月14日の臨時党員大会に出席するのは今年2月半ばに決まっていたことだが、モリカケ問題などで内閣支持率は下がっており、首相の来阪は大阪府連にも悪影響が出るのではないかという不安の声が一部の議員から出されていた。ただ、最終的には国会議員団が判断し、来てもらおうということになった。

  ― モリカケ問題で、たとえば「地方議員が困っている」などと首相に直接、文句を言ったのか。

  焼肉屋での会食は約30人が参加したが、その話は出なかった。ただ、同じ日の夜には大阪・帝国ホテルで別の会合があり、テーブルごとに首相が挨拶に回ったが、そこでどんな話があったのかはわからない。

  ― なぜ、モリカケ問題を安倍首相に言わなかったのか。

 加計学園問題はともかく、森友学園問題は国政の問題であると同時に大阪府の問題でもある。この問題を追及している自民党大阪府議団が今後も百条委員会の立ち上げを目指し、なぜ大阪府が森友学園の小学校設置申請を認め、有識者からは「問題あり」とされたのに「(条件付き)認可適当」としたかを追及する姿勢は変わっていない。今後あらたな事実が出てきて百条委員会で関係者を呼び、結果として首相に火の粉が降りかかることになったとしても私たちは追及の手を緩めることはない。府議会は国政とは立場が違うので、大阪の問題は府議会で問いたい。だから安倍首相にモリカケ問題を問わなかったのだ。

  ― 既に報道されているが、焼肉屋の会食で首相は「都構想には反対」と語ったという。首相にそう言わせようという作戦があらかじめ決められていたのか。

 あらかじめというより、私たちは都構想を大阪の問題として共有していたので、いずれ首相には話そうという雰囲気は以前からあった。焼き肉を食べながらの楽しい雰囲気をぶち壊すようで恐縮だったが、最初に私が口火を切った。私が首相に説明したのは、なんとしても住民投票を阻止したいという話だった。住民投票を阻止するのは公明党の協力が不可欠で、いかに公明党が独自の判断で住民投票を止めてもらうかが、かねてからの課題だったからだ。というのは、公明党は常々「住民投票までは賛成してほしいと官邸から(間接的に)頼まれている」と内輪の席では語っていたからだ。官邸から"圧力"があるから公明党も住民投票には「NO」と言えない事情がある。むしろ公明党からは、「自民党府連から首相に状況を説明して、官邸からの圧力をストップしてほしい」と頼まれていた。そこで思いきって首相に説明した。
 
  ― 安倍首相の反応は?

 首相は「(官邸は)そんなことは言っていない」と断言した。そこで首相には「官邸の主は安倍首相。今後このような事態が官邸から起これば止めてもらいたい」とお願いした。また公明党に対しては、どこからか間接的にせよ「住民投票に賛成せよ」という圧力めいた命令があれば、そのときは「『官邸からの指示など安倍首相は知らないと断言した。いったい官邸の誰の指示で『賛成しろ』と言っているのか』とやり返してほしい」とボールを投げ返した。これで公明党も安易に圧力に屈し、住民投票に賛成だと言えなくなると期待したい。

  ― 公明党の本音は住民投票には反対?

  全員が反対のようだ。本音は、住民投票など止めてほしいのだろう。

  ― 繰り返しになるが、首相は「都構想反対」と言ったのか。
 
 はっきりと言った。言葉として明確に「都構想に反対」と言ったので周囲が沸き立ったのは事実。その様子を誰かがスマホで動画は取っていたようだ。ただ、私自身は安倍首相に「都構想反対」と言ってもらう必要はないと思っている。首相が臨時党員大会で語ったように、都構想の是非を問うのはあくまでも府連であり、府連が意思決定したことを党本部が支持するのは当たり前のことだ。仮に自民党総裁に都構想の賛否を問うのであれば、筋としては党本部が都構想の是非を問い、その結果を党本部の意志として府連に伝えなければならない。そんなことはナンセンスであり、大阪独自の問題を党本部があれこれ議論する必要などない。自民党総裁である安倍首相が是非を判断する必要も当然ない。 

  ― 安倍首相の「都構想反対」の一言を松井一郎知事は「リップサービス」だと言っている。

 リップサービスでもなんでもない。大阪の問題に対して府連が決定した方針を党本部が追認するのは組織として当たり前のことだろう。

 インタビューは以上のとおりである。読んでわかるように、「都構想反対」の一言は、自民党大阪のモチベーションを上げ、また世間に対するアピール効果を狙うというよりは、どうやら官邸と公明党に対する牽制の意味が強いようだ。なお、花谷幹事長が語っていた公明党が官邸から(間接的に)圧力を受けた件について私は複数の公明党府議、市議らに取材したところ、「住民投票に賛成してほしい」と頼んできたのは支持母体の創価学会関係者や公明党OBという違いはあるものの、事実関係についてはいずれも、ほぼ認めていた。

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2018年4月13日 (金)

Webコラム 吉富有治

モリカケ問題で急展開 - 「ない」はずの文書が出てくるなかで、もう片方の"主役"である大阪府は「ない」の一点張り  -

  どういうわけだか、なかったはずの文書が立て続けに出ている。森友学園問題では国会に提出された公文書が改ざんされていたことが3月2日の朝日新聞の報道で発覚し、逃げられないとみた財務省は、しぶしぶ改ざん文書を提出。事態の収集を図ろうと与党は佐川宣寿前国税庁長官の証人喚問に同意したものの人を喰ったような証言で世論は反発し、かえって太田充理財局長や麻生太郎財務相は国会で相変わらず苦しい答弁を繰り返している。
 
  防衛省でも同じことが起きていた。自衛隊によるイラク派遣時と南スーダンでのPKO活動などの日報は当初、「不存在」などと説明していたのに、今になって「ありました」と続々と出てくる始末。航空自衛隊でも「存在しない」はずのイラク派遣部隊の日報が見つかり、小野寺五典防衛相や自衛隊の幹部は連日、頭を下げる異常事態へと発展した。 
 
  そして加計学園問題でも新たな展開があった。
 
  4月10日の朝日新聞は、愛媛県今治市に獣医学部を新設する計画を説明するため県と今治市の職員、そして加計学園幹部が2015年4月、当時の柳瀬唯夫首相秘書官らと首相官邸で面会した際の記録文書が存在することをスクープした。愛媛県が作成したこの文書には、柳瀬秘書官が「本件は首相案件」と述べたと記され、文科省の前川喜平前事務次官が言っていた「加計ありき」の疑いはますます濃厚になってきた。

  そこに加えて愛媛県の中村時広知事は10日、記者会見で「県が作成したメモで間違いない」とあっさり認めたものだから、この一言で官邸はますます苦境に立たされている。

  国や地方で「ない」とされてきた公文書やメモが続々と出てくる中で、まだ表に出てこない文書の存在が気にかかる。財務省と共に森友学園問題の片方の当事者である大阪府。その府が作ったはずの記録文書である。

  私立学校の許認可権を持つ大阪府は2014年10月末、森友学園からの小学校の設置認可申請を受理した。それ以前に府は、幼稚園や保育園しか持たない学校法人には認めなかった小学校などの設置審査の基準を2012年4月に緩和し、森友学園の教育方針や財政状況などに不安を示す私学審議会の声をよそに、2015年1月には条件付きながら「認可適当」の答申を出した。

  その後、森友学園問題が国会やマスコミで騒がれたことから、学園側から小学校の設置申請は取り下げられたものの、「認可適当」に至るまで大阪府は、国有地の売却を担当した近畿財務局とひんぱんに折衝を重ねていたことが明らかになっている。

  さて、財務省の命令とはいえ、近畿財務局が国有地の売却で数々のインチキを重ねてきたのはご承知の通り。もともと存在しない地下のゴミを「トラックを何千台も使ってごみを撤去したと言ってほしい」と森友学園側に頼み込んだり、公文書の改ざんにまで手を染めたことを苦にした近財職員が自殺する事態にまで発展した。

  その近畿財務局と大阪府私学課は森友学園の件で何度も会合を重ねている。ところが、その会合記録が「ない」のだと大阪府は説明する。だが、これまで「ない」とされてきた公文書やメモが国や地方から続々と出てくるものだから、府だけ「ない」の一点張りが、かえって目をひいてしまう。

  大阪府が小学校の設置認可申請のハードルを下げたこと、また私学審議会の忠告を無視するかのような態度で「認可適当」としたことと、近畿財務局が森友学園に国有地をタダ同然で売り払ったことは、おそらく密接に関連しているはずなのだ。近畿財務局は府に「国有地の問題はこちらで解決するから、そちらは認可に努力してほしい」と頼み込んだ可能性も、あながち捨てきれない。それでも大阪府が「ない」と言い張るのは、内容が外に漏れると自分たちに火の粉が降りかかることを理解しているからではないのか。
 
  これまで私は取材で多くの公務員と出会い、交流を重ねてきた。そこでわかったことは、彼らは決して責任を取りたがらないことである。だからこそ大きなプロジェクトや府民、市民の生活などに影響が出るような重要な案件になればなるほど、記録文書は必ず残す。あとになって議会などから集中砲火を浴びないための証拠保全と保身のためであり、それが公務員の習性でもある。

  大阪府と大阪市の職員たちは口をそろえて奇しくも同じことを言っていた。

 「役所と役所の交渉を含め、あらゆる交渉記録を文書に残すのはわれわれの仕事では当然のことだ。特に、維新政治になってからは行政の透明化が図られているのでなおさらだ。もし記録が残っていないというのであればウソをついているか、それともわざと破棄したとしか考えられない。それだけ大阪府に不利な内容が書かれているからではないのか」

  国会で論戦が繰り広げられている森友学園問題。大阪府も"主役"であることを私たちは忘れてはいけない。

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