日刊スポーツ「フラッシュアップ」

2021年6月16日 (水)

五輪って「楽しくて最高の場所」なのに

-上村愛子選手を思い出した-

 何がなんでも開催をゴリ押ししようとする東京オリンピック。一方で、記者会見を拒否して女子テニス全仏オープンを棄権した大坂なおみ選手。複雑な思いが交錯する中、ふと2014年、ソチ冬季五輪のとき、このコラムに書いた女子スキーモーグルの上村愛子選手のことを思い出した。

 このソチの1つ前、2010年バンクーバーに至るまでの上村選手の成績は、7位、6位、5位。「今度こそメダルを」と、満を持して臨んだこの大会。だが、午後7時半のスタート時点でバンクーバーは氷雨に霧に風。上村選手の黒いヘルメットは水滴で光っていた。

 そして結果は-4位。「なんで私、1段1段なんだろう」。だが、上村選手は、その言葉のあとにぬれねずみの姿でコメントを求めて長時間待っていた記者に目を向けると、「私がメダルを取っていたら、みなさんのご苦労も少しは報われたのに、本当にごめんなさい」。そう言って静かに会場をあとにした。

 さらに引退の思いをふっきって、5大会連続出場となった2014年ソチ。結果は、またしても4位だった。だが、少し時間をおいてゴーグルを外し、泣きまねをしてみせた、その目に涙はなかった。

 「そっか、私、また4位だったんだな」と言ったあと、取り囲む記者に「どんなきついことでも、どんどん聞いてください」。

 1998年、上村選手18歳。その長野からソチまで5大会連続のオリンピックへの思いを問われると、「楽しくて、最高の場所!」
 
 オリンピックに、そしてアスリートとメディアに、私たちが思い描く姿がここにあるように思うのだが。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2021年6月14日掲載)

 

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2021年6月 9日 (水)

失態隠そうとか 政治生命延ばそうとか…小ざかしさはない

-64年読売新聞1面から-

 抜粋になることをお許し願って一文を紹介したい。

 〈白い顔も、黒い顔も、黄色い顔も…若ものたちはしっかりスクラムを組んで一つになり、喜びのエールを観客とかわしながら〝エイ、エイ〟とばかり押し通った。いろとりどりの服装が照明の中でないまぜになって、東も西も、南も北も、ここにはない。

 平和ということばがあった。友情ということばがあった。でも、わたしたちは、それらをことばのうえでしか知らなかった。しかし、いま、目の前に、平和が、友情が、ことばとしてではなく、現実の姿としてある。

 「世界は一つ」と聞かされてきたわたしたち。そのことばはあまりにも美しい響きのゆえに、かえってそのウラに大きな虚偽を隠しているのではないか―としか受けとれなかった。しかし、いまわたしたちの前に、すばらしい光景が展開されている。肌で分ける壁もない。主義、思想の別もない。みんなが肩を組み、いちように笑い、同じく手を振り続けて…〉 

 これは亡き本田靖春さんが、若き読売新聞記者時代、1964年の東京オリンピック閉会式の模様を電話口で吹き込み、1面を飾った記事だ。

 その記事の最後は〈電光掲示板に「サヨナラ」の文字があった。この使いなれたことばが、この夜ほど効果的に人びとの心をつないだことは、かつてなかったように思う〉と締めくくられている。

 そこには、感染症で国民の命を危機にさらした失態を覆い隠そうという意図はない。先細る政治生命の延命を図る小ざかしさはない。

 1964年東京オリンピックが、永遠に最後の東京オリンピックであり続けることを、私は切に願っている。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2021年6月7日掲載)

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2021年6月 2日 (水)

真筆からも指紋採取で暗い影

-リコール署名偽造問題-

 このコラムでも再々、記者、とりわけ事件記者に欠かせない素養として、理不尽に被害者に襲いかかった犯罪に対する火の玉のような怒りがなくてはならないと書いた。だが、被害者の顔や名前が見えなくても心底怒りに燃える事件がある。

 「あいちトリエンナーレ」をめぐって大村秀章知事のリコールを求めた運動で、集めた署名の大半が偽造だったとして愛知県警は「100万人リコールの会」の事務局長や妻、次男らを逮捕した。リコールの会は河村たかし名古屋市長が呼びかけ、高須クリニックの高須克弥院長が代表となって発足したが、知事解職に必要な署名の半分、43万筆しか集まらなかったうえに、うち36万筆は署名も指印も偽造。正規の署名は7万余りだったというからひどい。

 リコールという民意の発露に対する冒涜というほかないのだが、私にはもうひとつ煮えたぎるような怒りがある。愛知県警は県選管や市民の告発を受けて関係先を捜索。すべての署名簿を押収した。捜査上、当然のことだが、すべての署名簿ということは、真筆の署名で指印を押して知事の解職を求めた人は、名前も指紋も警察が知るところとなってしまったのだ。

 もちろん警察は証拠の他への流用はないと説明するだろうが、果たして署名が安保法制や米軍基地、原発に反対といったものでもそう言い切れるのか。今回の事件は、そうした署名活動に限りなく暗い影を落とした。

 だからこそ県警は捜査を尽くして見逃すことのできない悪質な犯罪であったことを明らかにすべきなのだ。

 捜査は高須院長の女性秘書を連日、厳しく取り調べ、本丸を目指して、いまヤマ場を迎えている。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2021年5月31日掲載)

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2021年5月26日 (水)

あらためて「家庭省」の設置を訴える

-「ヤングケアラー」-

 ヤングケアラーという言葉を聞いて、恥ずかしながら初めてそういう若者がいることを知った。介護が必要な祖父母や両親。障がいのあるきょうだいの介助。そうしたことのケアに時間を費やされている中高校生について先ごろ国が初めて実態調査。政府はこれに基づいて、今月中にも支援策を打ち出すことにしている。

 こうしたヤングケアラーは国の調査で中学生の17人に1人。高校生で24人に1人となっている。ケアは食事などの家事から保育園の送迎などさまざまで、平均1日4時間。7時間になるという高校生もいた。

 この問題、私が出演しているテレビ番組でも取り上げ、知的障がいの弟に頼られ、家を出て大学に進学することに迷う女子高生や、中学時代から成人するまで1人で難病の母を支えてきた女性を取材した。

 こうしたヤングケアラーに共通するのは、介護や介助は当たり前のように自分の仕事と思っていた。相談するにしても、どこの、だれにしたらいいのか、中高生の知識では思いつきもしなかったという点だ。

 そこで私はスタジオのコメントで、このコラムをはじめ、ここ十年来、あちこちで書いたりしゃべったりしている「家庭省」の設置を、あらためて訴えさせてもらった。

 ケアに関して、高齢者介護と障がい者介助は同じ厚労省でも窓口が違う。中高生の問題は文科省。大人だって戸惑うのが実情だ。いま国が考えている子ども庁では事足りない。介護や介助はもちろん、育児に不妊、DVに性暴力。ひとつ屋根の下で起きることはみんなもって来い、そんな家庭省がほしい。若きケアラーの苦悩は、そんなことも訴えている気がするのだ。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2021年5月24日掲載)

 

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2021年5月19日 (水)

現場主義と危険性の線引き

-災害と報道-

 西日本新聞(福岡)から、6月3日で発生から30年になる雲仙普賢岳火砕流惨事についてリモートで取材を受けた。噴火口近くにできたドームから超高熱の溶岩が時速100㌔以上の速さで襲ってくる火砕流。私も何度か現地に足を運んだが、今回〈災害と報道〉をテーマに取材を受けるまで、あれから30年ということは失念していた。

 死者行方不明者43人。うち16人が取材基地にいた記者やカメラマン。その中には私が読売新聞記者時代、何度も一緒に仕事をした田井中次一カメラマン(当時53)の、最後まで胸の下にカメラを抱いた姿もあった。

 気が重い取材だった。亡くなった方のうち消防団員12人と警察官2人は、避難勧告が出ても、なお取材を続ける報道陣の周辺を警戒していて犠牲になった。

 惨事から30年。その間に阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震。昨年の人吉豪雨もあった。このたびの西日本新聞の取材もまた、心が重くなるものだった。

 〈あの惨事が残した教訓は〉〈教訓は生かされているか〉〈行政側の規制と取材の兼ね合いは〉〈現場主義と危険性の線引きは〉…。

 丁寧に答えながら私の中では、行き着くところはひとつという思いを深くする。それは「自分自身は決して災害の当事者にならない」ということに尽きる。犠牲になった記者、カメラマンを悼む一方で、命を落としたり、自らの救助を求めるようでは報道に関わる資格はない。そして現場主義と危険性の線引きは、会社でも行政でもない。自分自身が決めるしかないのだ。

 6月3日午後4時8分。私はテレビの生番組出演中だが、心の中で静かに手を合わせようと思っている。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2021年5月17日掲載)

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2021年5月12日 (水)

裏に誰かいないのか 和歌山県警に焦りはないか

-紀州ドン・ファン殺害容疑-

 事件記者の大事な素養として、理不尽に人の命や尊厳が奪われたことに対する火の玉のような怒りと、事件を見つめる冷静な姿勢の2つがあると思う。

 和歌山県田辺市の資産家、野崎幸助さん(当時77)が殺害された事件について、私は現場も、県警への取材もしていない。遺産十数億円、これまで数千人の女性と関係。新聞、テレビが〝紀州のドン・ファン〟と書き立てた被害者の死に、火の玉のような怒りがどうしてもわいてこなかったのだ。

 だけど、事件から3年。月100万円の生活費を条件に結婚した50歳以上年下の須藤早貴容疑者(25)が、野崎さんに大量の覚醒剤を飲ませて殺害した容疑で逮捕されたとなると話は別だ。

 県警はスマホの復元履歴から早貴容疑者が田辺市内の覚醒剤密売人と連絡を取っていたことを確認したとしているが、いくらなんでも、この証拠1つで事件を組み立てていくのは無理だ。東京・新宿と田辺を行き来していた容疑者が人目につきやすい田辺で密売人と接触する必然性があったのか。

 そもそも美容学校を出て1年ほどの女性が1人でこれだけの事件を打てたのか。裏に誰かいないのか。まだまだ捜査を尽くして、相当の証拠で補強しない限り事件はひっくり返ってしまう。

 そんな中、妙な動きも出てきた。県警は早貴容疑者が野崎さんの会社の金、3800万円を詐取したとする告訴状を受理したというのだ。殺人容疑で起訴できないときには詐欺容疑で再逮捕という狙いだとしたら、捜査は本筋を逸脱する。

 たしかに世間の関心は強い事件、和歌山県警に焦りはないか。事件記者たちの冷静な目が求められている。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2021年5月10日掲載)

 

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2021年5月 5日 (水)

地道な記者活動 大久保真紀さん受賞に快哉

-2021年日本記者クラブ賞-

 緊急事態宣言を、しばし忘れさせる心地のよいニュースにふれた。2021年度日本記者クラブ賞を朝日新聞編集委員の大久保真紀さんが受賞した。

 この賞は、スクープというより長年にわたる地道な記者活動に贈られるもので、大久保さんは中国残留邦人や鹿児島県志布志の選挙違反冤罪事件、性暴力被害者への取材が高く評価された。

 大久保さんと初めてお目にかかったのは、私の事務所が長らく関わってきた厚労省主催の「中国残留邦人等への理解を深めるシンポジウム」2014年横浜会場だった。

 駆け出しの支局記者から30年近く、この問題を取材してきた大久保さんに「パネリストとしてぜひ」とお願いしたところ、快く引き受けて下さった。

 残留婦人、孤児をテーマにしたお芝居やパネルディスカッション。最後にみんなで「里の秋」を合唱して大久保さんがステージを降りると、待ちかねたように二重三重の輪ができた。

 久しぶりの再会に涙ぐむ人。最近、困っていることをまくし立てる人。大久保さんは母親ほどの年齢の婦人に顔を寄せ、30分たっても輪は解けそうにない。その姿に私は記者という仕事の、もう一つの大事な側面を見せられた思いがしたのだった。

 大久保さんも「受賞が決まって」の一文で、自身の記事は新聞の本流とは違う道としつつ、〈理不尽な社会の中で、懸命に生きている人たちに吸いよせられるように、取材を続けてきた〉としている。そして、それを書き続けることは〈知ってしまった者の責任〉と、きっぱりと言い切る。

 5月の青空の下。一陣のさわやかな風が吹き抜けていく思いがする。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2021年5月3日掲載)

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2021年4月28日 (水)

路上のバカ騒ぎ取り締まりを

-居酒屋ばかり厳しくしても-

 朝日放送テレビ(大阪)の夕方ニュース番組「キャスト」の先週のスタジオ。週明けにも発令される緊急事態宣言の話題でゲストの女性弁護士が「私が住んでいる東京の表参道では夜になると若い人が歩道でお酒を飲んで大騒ぎ。居酒屋さんには随分厳しいのに、ちょっと矛盾してませんか」と、語気を強めた。

 そのコメントに合わせるかのように、京都・鴨川の夜の映像が流れる。ビールの空き缶が転がる河川敷で男女の若者が互いの肩に手を乗せて踊っている。表参道や鴨川だけではない。東京の高田馬場駅前では深夜までバカ騒ぎをする学生の姿が度々テレビで流された。

 ゲストのコメントを受けて私は「道路や河川には国や都道府県といった管理者が定められている。なぜ警察は、それら管理者と連携して機動隊を出すなどして取り締まりをしないのか」と指摘させてもらった。

 若者の乱行だけではない。飛行機の機内やホテルでマスクを着けず、着用を促されると屁理屈をこねて大暴れ。あるいはJR大阪駅でマスクなしで電車に乗り、他の客が飛んで逃げたあとも車内に居座り続けた男。だけど警察は、飛行機やホテルの屁理屈男に千葉の食堂で3度目の大暴れをされて、また逮捕。大阪駅の男は説得して帰宅させた。

 時短や休業。破れば過料を科せられる店の経営者から「なぜ私たちばかり」の声が出るのも当然だ。もちろん公権力の行使は少ない方がいい。だけど法の施行を急いだ立法府の国会も政府や都道府県といった行政も、爆発的感染は防げなかった。ここは警察をはじめ、司法が1歩も2歩も前に出るときではないのだろうか。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2021年4月26日掲載)  

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2021年4月21日 (水)

旧日本軍そのままではないか

-コロナに対する国の対応-

 先週のこのコラムに「物事を戦争に例えるのは好きではないが」と書いたが、新型コロナウィルスに対するこの国の戦い方は兵力を小出しにしては全滅に次ぐ全滅。旧日本軍そのままではないか。

 変異ウイルスが猛威をふるう大阪では先週、224の重症病床に対して重症患者が261人と、河川でいえば、ついに堤防が決壊してしまった。来月4日には重症者は400人を超え、危機は一層、高まる。

 そんなとき、府が出した対策は大学の授業のオンライン化や小中、高校の部活の中止要請などだ。重症患者の命が危ないときに子どもたちから部活を取り上げて、いったい、なんの意味があるのか。

 その大阪のほか宮城、兵庫は4月5日にまん延防止等重点措置を適用。すると1週間遅れで東京、京都、沖縄が後を追い、さらに明日20日からは息せき切って駆け込んできた神奈川、埼玉、千葉、愛知の4県に適用される。まさにチョロリチョロリの小出し対策。

 こうした状況に政府の尾身茂分科会会長が「感染は4波に入っている」と指摘。また日本医師会の中川俊男会長は「大阪はすでに医療崩壊。一刻も早い緊急事態宣言を」と助言している。

 だが、菅首相は国会で「現時点でそういううねりにはなっていない」と言い放った。科学者でも医学者でもない首相が何をもってそう断言できるのか。ことここに至って、やるべきことは指揮官の更迭しかない。

 そう思いつつ、最後の切り札、ワクチンはどうなっているのか。調べてみると先週半ばで高齢者3600万人の接種率は0・008%。

 なんだか猛り狂う大火災に、注射器で水をかけているような気がしてきた。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2021年4月19日掲載)

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2021年4月14日 (水)

通天閣より首相官邸に赤信号を

-進まぬワクチン 変異株対策-

 先週、大阪の通天閣と万博記念公園・太陽の塔に赤信号が点灯された。まさに新型コロナ感染は非常事態だ。ただ自治体としては、もはや打つ手がないのではないか。

 物事を戦争に例えるのは好きではないが、変異ウイルスという、これまでにない攻撃力をもった爆撃機が襲ってきている。そんな中、一自治体の大阪に何ができるのか。

 午後8時までに時間短縮された飲食店でのマスク着用の義務化や、アクリル板の設置。そして、これらが実行されているかをチェックする1組2人の「見回り隊」を20組編成した。

 だけど飲食店は大阪市内だけで4万店。1組当たり2000店を、まん延防止期間中の1カ月でどうやって見回れというのか。戦時中のすり切れた映像で見る米軍機の空襲に、竹やりとバケツリレーで立ち向かう姿を思い起こすではないか。

 いま自治体ではなく国が真っ先に実行すべきことは、ワクチンの接種と変異ウイルスのあぶり出しだ。これで立ち向かうしかない。なのに4月初め時点で、ワクチンの接種率は国民の0・65%。これはOECD加盟37カ国中の37位。世界142の国と地域の中で102位。途上国のはるか後ろだ。

 さらに猛威をふるう変異ウイルスのあぶり出しに、政府は各都道府県にセンターを設置。PCR検査陽性者の40%を調べるとしていたが、まだ半分も調べられていない。

 そんな中、きょう12日から東京、京都、沖縄の3都府県でもまん延防止の重点措置が取られることになった。

 医師や学者が第4波の襲来を警告してから3カ月。政府はいったい何をしてきたのか。いま真っ赤な信号で染め上げるべきは、首相官邸ではないのか。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2021年4月12日掲載)

 

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