日刊スポーツ「フラッシュアップ」

2018年8月 9日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

許しがたい 権力かざし選手抑え込む組織
‐ボクシング連盟 告発状に思う‐

  ボクシングの取材というと、はるか四半世紀も前のことになる。1992年夏、宮崎県で行われたインターハイ(高校総体)。東京朝鮮高級学校が東京都大会で優勝していたのに、出場したのは2位になった別の私立校だった。当時の高体連は朝鮮初中高級学校を学校と認めていなかったのだ。

  だけど、このときの朝鮮学校の生徒、先生は悔しいけどメソメソしていなかった。よし、だったら夏合宿をかねて宮崎に行って都の代表校を応援しよう。そうしたら、ぼくらの全国でのレベルもわかるはずだ。

  宮崎では自分たちが負かした選手を応援し、勝てば一緒に肩を組んだ。そんな彼らとともにすごした楽しい取材。高体連がインターハイの全種目に朝鮮学校の出場を認めたのはその数年後だった。

  この取材で監督やコーチから何度も聞かされた言葉は、ボクシングほどメンタルが大事な競技はない。リングに上がれば、たったひとり。闘うのは相手ではなく自分自身。だからみんなストイックに自分を見つめ、まわりのことは目に入らない。アマ、プロ問わず、それがボクサーだという。

  だけど、それをいいことにまわりの人間が彼らの純粋さを利用し始めたらどうなるのか。およそスポーツの指導者とは言い難い振る舞いでまわりの者をかしづかせ、独特の集金マシンでカネを吸い上げる。それとてとんでもない話だが、許し難いのは、その日のためにトレーニングを積んできた選手に到底、承服しがたい判定を下し、異議を唱えればどう喝、威迫をもって泣き寝入りさせる。

  このところ私たちの報道番組も情報番組も、333人の有志から告発状が出された日本ボクシング連盟の山根明会長一色である。12項目もある告発の内容は、どれもこれもとんでもないものだ。だけど告発状の宛先である文科省、スボーツ庁、内閣府、IOCなど8団体にも上る省庁、組織はこれまで何をしていたのか。

  それにしても権力にふんぞり返り、まわりの者をかしづかせ、だれが見てもおかしなことでも黒を白と言い倒す。そんな姿は、この国では果たしてボクシング連盟だけのものだろうか。

  代表の座を持っていかれた相手選手を声をからして応援していた若者たちの瞳が、まぶしく思い出される猛暑の夏である。

(2018年8月7日掲載)

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2018年8月 2日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

殺人事件の半数超が親族間
‐ 治安の良い日本だけど… ‐

  少し和らいだとはいえ、猛暑、極暑の夏。先週はテレビニュースも「暑っつ~い」一色。そんなとき私がコメントすることが多い事件の方も、被害者にはお気の毒だが、なんだか肌にべたつくような不可解、やりきれないものが多い。

  茨城県取手市で母親(63)と銀行員の息子(36)が、息子の妻の遺体を一緒になって自宅の敷地に埋めたとして逮捕された。同じく茨城・かすみがうら市では、アパートのクローゼットに33歳の夫の遺体をコンクリート詰めにして放置した44歳の妻が逮捕された。

  三重県鈴鹿市では25歳の男性が車の中で殺害されていた事件で、45歳のスナック経営の妻と交際相手の29歳の男が逮捕された。いずれも逮捕容疑は死体遺棄だが、殺人容疑に切り替わるのは間違いない。

  こうした事件を報道しながら私は「54・3% 」という数字を出させてもらった。警察庁が先日、2018年版警察白書を公表。昨年認知された刑法犯は91万5111件で、戦後初めて100万件を下回った前年より、さらに減っていることが明らかになった。殺人のような凶悪犯も減り続け、1億2000万人を超える国で殺人事件の被害者は一貫して300人台。世界各国から見たら信じられない治安のよさとなっている。

  なのに、この数字には「だけど」が付くのだ。

  昨年度の速報値は出ていないが、2016年でみると、殺人事件のじつに54・3%が夫婦、親子、兄弟といった親族間なのだ。これは一昨年に限らず、ここ十数年、常に親族殺が殺人事件の半数を占めている。

  なぜなのか。司法関係者も犯罪学者も頭を抱えるところだが、ひとつには「血は水よりも濃し」。他国に比べて家族親族の結びつきがより熱く、強い。だけどそれがひとたびこじれると、すさまじい憎悪嫌悪となって事件に発展するのではないかといわれている。

  それにしても愛し合い、抱きしめ合い、支え合うはずの夫婦、親子、兄弟が殺人の半数を占めるとは…。

  折しも下重暁子さんの著書、「家族という病」「夫婦という他人」がベストセラーになっているとか。家族、夫婦を少しばかりクールダウンしてながめてみる。それも暑っつ~い夏の、ひとつのすごし方という気もしてくるのだが─。

(2018年7月31日掲載)
 

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2018年7月26日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

もしW杯に空手のルールがあれば
‐日本のボール回しにオランダから便り‐

  きょう7月24日は2年後の東京オリンピックの開会式の日である。スポーツ全般を見ると、野球は日米ともにオールスター戦が終わって後半戦。サッカーはW杯ロシア大会が閉幕、Jリーグが再開された。そんな折り返し点に、ふと、スポーツについてあれこれ思う。

  悲願かなって東京五輪から競技種目となった空手一筋、私とは40年来のおつき合いになるオランダ在住の今野充昭さんから〈前回の東京五輪で外国人初の柔道金メダリスト、アントン・ヘーシンクIOC元委員(故人)の秘書を務められていたマールティンさんとのやりとりです〉として興味深いメールが届いた。
 
  〈サッカーW杯で日本が決勝トーナメント進出を決め、マールティンさんから「おめでとう!」のメールが入ったとき、気になったことがあってやりとりしたのです〉

  「気になったこと」とは、もちろんポーランドに日本が0ー1で負けていたのに終了10分前からボール回しで時間稼ぎ、決勝トーナメント進出を決めた、あの件である。

  〈空手の大会では1‐1や2‐2で引き分けた場合は、先取点を取っていた選手が勝ちとなります。ただ、引き分けでも「勝てる」と判断した選手が、そのために戦いを逃げたり、時間稼ぎをしたときは、その優先権は取り消しとなります。その結果、引き分けとなった場合は5人の審判の旗判定となるのですが、流れとしては逆に時間稼ぎをした選手が不利となる時があります。サッカーW杯にも空手のようなルールがあれば、ボール回しはどのチームもできなくなる訳です〉

  今野さんはマールティンさんとのやりとりのなかで、スポーツは他競技のルールを比較参照することでより改善されていくのでは、という結論になったという。

  〈ルールといえば日本の剣道のように「一本」のあとガッツポーズをすると、その一本は取り消される競技もあります。剣道でなくても審判に食ってかかるなんて日本の武道競技では切腹に等しい行為です。とは言っても、サッカーで選手が審判に怒鳴るのも、本物の怒りとジェスチャーにすぎないものとがあって、この見極めもおもしろいです〉 な?るほど、競技もいろいろ、ルールもいろいろ。シーズン後半、今野さんにスポーツの、もう1つの楽しみ方を教えてもらった。

(2018年7月24日掲載)

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2018年7月19日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

もう1つの警察の顔に憤りと落胆
再審開始地裁決定
‐酒店経営女性殺害 供述も証拠もでっちあげ‐

  いまも行方不明者の捜索が続く西日本豪雨災害。自衛隊、消防とともに懸命の活動をしている警察官の姿が目に飛び込んでくる。警視庁、大阪府警、栃木、香川、宮城…、ライトブルーにイエローの活動服。ヘルメットの脇から汗がしたたり落ちる。連日、そんな災害報道を続けるABCテレビ(大阪)の夕方の番組、「キャスト」で憤りに落胆、もう1つの警察の顔を見ることになってしまった。

  1984年滋賀県日野町で酒店経営の女性(当時69)が殺害され、金庫が奪われた事件で無期懲役が確定、すでに死亡している阪原弘さんの遺族が申し立てた再審請求について、大津地裁は再審開始を決定した。

  10年前の2008年、私はテレビ朝日の「サンデープロジェクト」(当時)で阪原さんのご家族や現場を取材。「100%冤罪」と報道させてもらったのだが、その後、私自身、何のお力にもなれないまま阪原さんは3年後、「悔しい」の言葉を残して亡くなられた。

  大津地裁の決定は、これまでの警察、検察の捜査、主張を木っ端微塵、まさしく粉砕するものだった。

  任意段階での自白について、阪原さんは取調べ官に顏が変形するほど殴られたうえ、「娘の嫁ぎ先をガタガタにしてやる」と脅され、「娘のために俺はどうなってもいい」と泣いていた。それに自供では「背後から襲った」となっているが、法医学者は「凶行時、被害者はあおむけだった」。さらに金庫が見つかった山林に阪原さんを同行させた引き当て捜査で、「捜査員を案内して投棄現場に向かう被告」として提出された写真は、じつは阪原さんが帰り道、捜査員の前を歩いていた捏造証拠だったことが明らかになった─。

  再審開始決定の根拠となった新たな証拠。裁判所の強い命令で検察、警察が渋々出してきた証拠は無期懲役確定までに出されたものの実に10倍に上るという。

 再審開始決定の翌日、炎天下にご遺族が向かったのは阪原さんのお墓だった。ご存命中に「事件の供述も証拠も、みんなデッチ上げでした」と告白する勇気ある警察官はいなかったのか。

  同じ炎天下、一刻も早くご家族のもとに、と被災地で流れ出る汗をぬぐおうともしない警察官の姿に、詮ないこととはいえ、ふとそんなことを思ってしまう。

(2018年7月17日掲載)

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2018年7月12日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

極刑臨んだリンちゃん父の悔し涙
無期懲役の判決
‐オウムの7人死刑執行と同じ日‐

  大変な豪雨禍に見舞われた先週金曜日。そこにオウム真理教事件の首謀者、松本智津夫死刑囚(63)の死刑執行の一報が飛び込んできた。続いて幹部6人、計7人の執行が明らかになった。取材に多くの時間を費やし、テレビなど 随分、討論してきた事件だが、私自身、大した感慨はなかった。

  公判途中で精神疾患に陥ったとされる松本死刑囚が今後、真相を口にする可能性があるなら、それを待つべきという考えもあった。といって、事件から23年、国民の8割以上が死刑制度を支持する国として、これ以上の猶予は許されることではないという思いもある。

  地下鉄サリンなど13事件、死者29人、負傷者6500人。平成で最も凶悪とされる事件は、実行犯の教団幹部13人の命をもって償う道以外ない。ただその同じ日、国際社会の厳しい批判の中、こうして死刑を執行する国に対して、いささか考え込まされることもあった。

  ベトナム国籍の小学3年レェ・ティ・ニャット・リンさん(当時9)に性的暴行を加えて殺害した同じ小学校の元保護者会会長、渋谷恭正被告(47)に千葉地裁の裁判員裁判は、遺族が願っていた死刑ではなく、無期懲役の判決を言い渡したのだ。

  手錠まで用意した被告に、口では言い表せない卑劣なわいせつ行為をされたリンさんだったが、父親のハオさんは「A子でもB子でもない、リンはリン」とあえて実名も映像も公開して極刑を願ってきた。

  一方で渋谷被告は「すべて間違っている」と全面否定。そのうえで「通学路で子どもが行方不明になるのは親の責任だ」とまで言い放ったのだ。

  だけど被害者が1人であるうえ、「計画性がなく、死刑がやむを得ないとは認められない」として、地裁は被告を無期懲役としたのだ。「悔しい」と涙を流す父親。この判決は、5月新潟で、やはり小学生の女の子を性的暴行目的で殺害、列車にひかせた事件の裁判にも影響してくるはずだ。

  あえて聞きたい。この被告に「生涯を全うさせる」と認める理由はなんなのか。

  ニャット・リンさんの「ニャット」はベトナム語の「日本」の意味。大好きだった日本。だけどこんな被告に死刑を言い渡すことのない、ニャットの国の死刑制度をリンさんはどんな思いで見ているのだろうか。

(2018年7月10日掲載)

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2018年7月 5日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

引き継がれる沖縄の戦後
‐悲劇知らない世代が伝えていく バトンの色を変え‐

  前回、大阪の地震にふれたので少し書くのが遅れてしまったが、沖縄は6月23日、先の大戦の組織的戦闘が終わったとされる慰霊の日を迎えた。今年も東海テレビの番組で、その少し前、那覇、糸満を訪ねてきた。

  今回の取材は沖縄戦の末期、地下壕の陸軍病院で負傷兵の看護に当たり、女生徒222人のうち123人が犠牲になった「ひめゆり学徒看護隊」。その悲惨さを後世に伝える「ひめゆり平和祈念資料館」の館長に、島袋淑子さん(90)に代わって、壕の悲劇を知らない戦後世代の男性、普天間朝佳さん(58)さんが就任したと聞いたのだ。

  それに修学旅行生たちに体験を伝える証言者も、いまでは島袋さんを含めてわずか7人。館ではこの方たちの体験を引き継いでいく説明員を養成、37歳の尾鍋拓美さんをはじめ3人の女性が学徒の遺影の前に立つ。

  風化するひめゆり、そして沖縄の悲劇…。

  だが、お会いしたみなさんの思いは違った。島袋さんは、この祈念館が国内の他の平和施設と違うのは、ひめゆりの生存者が自らお金を出し合い、寄付を募って開館したことだという。「だから館の全員に、早くからこの体験をだれかに伝えておかなければ、という思いが強かったのです」。

  その島袋さんから館長を引き継いだ普天間さんは、どうしても生存者のみなさんは、そのあと結婚する、お子さんが、孫ができる。そのたびに、亡くなったクラスメートに申し訳ない、という思いが強かったという。それが証言者から説明員に。「1歩踏み出して、この方たちが歩んできた女性としての戦後を客観的に伝えることもできるのでは、と思っているのです」。

  37歳、説明員の尾鍋さんは、これまで証言者は、ご自分の体験を話すだけだった。だけど説明員は6人、7人の生存者の思いをわが身に取り込むことができる。逃げまどい、友を失った現場には、米軍基地のフェンスが張りめぐらされている。「館で声高に叫ぶことはなくても、みなさんの、戦争は絶対にダメ、戦争は嫌いという思いは痛いほど伝わってきます」。そして「それは私たちの世代でも伝えられることだと思うのです」。

  戦争の終わっていない沖縄の戦後は、バトンの色を少し変えて、しっかり次世代へと引き継がれていく。 

(2018年7月3日掲載)

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2018年6月28日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

あのときの小さなこと
-大阪府北部地震で思う-

  阪神・淡路、中越、そして東日本、さらには熊本。大震災の被災地はことごとく取材してきた。だが幸い被害は少なかったとはいえ、わが家のある大阪北部・豊中市が被災地になるとは思ってもみなかった。そしていま、しみじみ防災、減災は日々の小さなことの積み重ね、と感じている。

  地震のとき、私は東京。文化放送のラジオの打ち合わせの直前だった。豊中の自宅も事務所スタッフの家も、たちまち携帯は通話不能。番組を終えて、やっと話すことができた妻もスタッフも、ともに「怖かった~」。だけど家では物が壊れたりしたけど、けがはなし。一方、妻の話だと、この朝は普段おっとりした地域のみんながコマネズミのように走りまわったという。

  直後は余震が怖くてメールのやりとりだったが、それが収まると、最近、認知症が心配されていたおばあさんの家に。続いて少し離れた家には電話をかけ、近い所はインターホンをピンポン。たちまち顏なじみ十数軒の安全が確認されたのだ。わが家の向かいの奥さんの口癖は「絆なんて言うけど、私らには、お互いさまいう言葉があるやないの」。まさにお互いさまの朝だった。

  地震による死者5人のうち、高槻市の小学生の女の子を含めて2人がブロック塀の下敷きになった。思い出すと数年前、わが家の裏のお宅が「境のブロック塀に鉄筋は入っているけど、万一に備えて金属ネジで補強したい」と言ってこられた。だが、そうするとわが家の方にネジの下の部分がはみ出ると申し訳なさそうにいう。でも安全のためならノーはない。もちろん塀は、いまもしっかり立っている。

  高槻の女の子は気の毒としか言いようがない。「危険」とわかっていたというが、原因が地震だと責任追及は難しい。それより通学路に限らず、全国のブロック塀をすべて点検して2度と命が奪われることがないようにする。それが幼い命に報いる唯一の道ではないか。

  こうして原稿を書いているわが家の前の道路は昨年末まで「いつまでやってるんだ」の苦情噴出の中、〈地震に強い水道管に替えています〉の工事が行われていた。もちろん、この地震で漏水も断水もなかった。
 「あのときの小さなこと」が、じつは安全を支えている。いまあらためて、そんなことを感じている。

(2018年6月26日掲載)

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2018年6月21日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

「見える警備」で「見える安心」を
‐新幹線車内殺傷事件に思う‐

  「安全と水はタダだと思っている」。わが日本国民がそんなふうに言われた時期もあったが、さすがにいま、それはなさそうだ。とはいえ、安全には応分のコストがかかるという意識はまだまだ低いのではないか。

  「だれでもいい」とナタで襲いかかった男に立ち向かった男性の尊い命が奪われた新幹線車内殺傷事件。私も考えをコメントさせていただく一方、ほかの方の意見も聞かせてもらった。

  はっきり言って首をかしげるものも多かった。事件のとき、車掌が指示したようにイスの座面を外して立ち向かうのも1つの方法だ。だが大人が防御すれば、犯人は子どもや赤ちゃんに向かう。サスマタや警棒などの武器を常備したらどうかという意見もあったが、だれが管理するのか。凶悪犯の手に渡ったらより危険だ。

  航空機並みの保安検査という発言も多いが、何十カ所もあるターミナルの改札、乗り換え口に金属探知機と手荷物検査場を設置したら大混乱必至だ。こだま停車駅の設置を含めて東海道新幹線だけでも費用は膨大だし、保安要員は数千人が必要だ。実現不可能なことを口にしているとしか思えない。

  私は一貫して「見える警備」を主張しているのだが、みなさんの考えはいかがだろうか。JR東海も事件を受けてスマホで乗務員と会話ができる警乗員の増員を決めたが、はっきり言って中途半端だ。私は特殊警棒携帯、防弾、防刃ベスト着用のガードマンを全列車に乗務させたらとあちこちで発言している。2人1組、制服姿のガードマンが1号車からと、16号からに分かれて車内を巡回する。

  車掌は車内放送で、「この列車には2人のガードマンが警乗しています。常時車内を巡回し、緊急時には駆けつけます」とアナウンスするのだ。要人警護のSPが派手な動きでテロリストを近づけさせないのと同じように「見える警備」で犯行を抑え込むのだ。

  東海道新幹線は最繁忙期で上下433本。ガードマン1組が1日1乗務しかしないとしても人員は900人ほど。人件費は多くて約3000万円。1日50億円を売り上げるJR東海が出せないお金ではないはずだ。

  何より、何分か置きに必ずガードマンが巡回してくれる。乗客が求めているのは、眠っていても、見える安心、見える安全なのだ。

(2018年6月20日掲載)

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2018年6月14日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

犯罪被害者の思いを引き継ごう
‐「あすの会」18年間の活動に幕‐

  あすの会の「あす」の意味合いをしみじみと感じた1日だった。先日、「全国犯罪被害者の会」(あすの会)が東京で最終大会を開き、18年間の活動に幕を閉じた。

  山口県光市母子殺害事件の本村洋さん、神戸連続児童殺傷事件の土師守さん、桶川ストーカー殺人の猪野京子さん。お目にかかった被害者ご遺族は、私の事件取材の歴史でもあった。大会に先立って東海テレビ(名古屋)の取材で、会の幹事をされている土師さんにじっくりお話をうかがった。

  「いろいろあるけど、平穏で幸せな生活をしている人」がある日、悲しみの底に突き落とされる犯罪被害。土師さんの次男、淳君が事件に遭った当時、遺族は少年審判の傍聴はもちろん、処分内容さえ教えてもらえなかった。被害者は被告を有罪にするための「証拠の1つ」でしかなかったのだ。

  だが、会の活動で「犯罪被害者等基本法」という大きな成果も得られた。被害者は法廷のバーを越え、意見陳述どころか、被告に求刑することもできるようになった。犯罪被害者に対する給付金や後遺症に苦しむ人への医療費も、十分とは言えないまでも拡充してきた。会の趣旨に沿った自治体の支援センターも各地にできてきた。それらが会の解散の大きな理由だという。

  だが、手にしたこれらの権利は、すでに被害者となっている土師さんたち会員がその恩恵に浴することはない。あす被害に遭うかもしれない、事件から一番近い人たちが、事件から一番遠くに追いやられることがないように、すべてはあすからのためにあるという。

  だけど、犯罪被害者遺族は、いま新たな問題に突き当たっている。土師さん自身、事件から20年近くたって当時少年だった加害者が遺族の心を逆なでする本を出版、それがベストセラーになった。大きな事件が起きるたびに加害者どころか、被害者やその家族の悲しみに追い打ちをかける情報がネット上にあふれる。だからといって出版やSNSを規制すべきとは思わない。社会に「それはやってはいけない」「それはやめようよ」という風土が育っていってほしいという。

 あすの会のバトンをみんなが、「いろいろあるけど、平穏で幸せな生活をしている」私たちの社会が、引き継ぐときなのだ。

(2018年6月12日掲載)

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2018年6月 7日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

異常性癖と犯罪歴にがく然
‐津山市小3殺害‐

  発生から少しあとになったが、岡山県津山市を訪ねる機会があって事件の概要を取材させてもらった。女の子は学校から帰宅直後に襲われ、首を絞められて刃物で胸などを刺されていた。だが、高校生の姉が帰宅して発見するまで付近で不審者の目撃情報もなく、物証も乏しかったことから捜査は難航。その一方、市内のあちこちに手がかりを求めるポスターが貼られ、市民の事件に対する思いがひしひしと伝わってきた。

  事件から14年、岡山県警は04年9月、小学3年だった筒塩侑子さん(当時9歳)を殺害した容疑で岡山刑務所に服役中の勝田州彦容疑者(39)を逮捕した。だが事件解決にほっとする一方で、容疑者の異常性癖と犯罪歴にがく然としたのは私だけではないはずだ。

  勝田容疑者は15年、兵庫県姫路市で女子中学生を民家の塀に押しつけてナイフで刺した殺人未遂事件で服役中だった。刑期は10年。だが、それ以前の00年、明石市で小学生ら女児数人に暴行。津山の事件後の09年にも姫路市で少女5人に傷害を負わせて懲役4年の判決を受けて服役していた。

  中学生のころから自分の腹を刺す自傷行為を繰り返し、医師に止められると、その後は少女を狙い、過去の事件では「少女のシャツが血に染まるのを見たかった」。また津山の事件では「苦しむ様子が見たくて首を絞めた」と供述している。

  刑務所内で性犯罪者処遇プログラムを受けたこともあったが、出所するとまた女子中学生を襲っていた。そんな犯罪者が、今回の津山の事件が発覚しなかったら、40代後半で間違いなく社会に舞い戻ってくるのだ。

  もちろん罪を償った人に過去は問えない。だけど、これでは私たちの社会は無防備な少女の群れにオオカミを放っているようなものではないか。異常性癖者に対する厳しい処遇と通学路の安全確保。それをないがしろにして少女の安全はあり得ない。毎年のように、この子たちが元気だったころの歌声やお遊戯のビデオに、涙を流していてどうするんだ。

  勝田容疑者の自宅のある兵庫県加古川市では07年10月16日夕、公園から自転車で自宅に帰ってきた小学2年の鵜瀬柚希さん(当時7歳)が玄関近くで刃物で腹部を2カ所刺されて殺害された。発生から10年余り、事件は未解決のままである。

(2018年6月5日掲載)

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