日刊スポーツ「フラッシュアップ」

2019年2月14日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

弱者へ決して口にしてはいけないこと
‐麻生大臣、明石市長の発言に思う‐

  大阪から東京に向かう飛行機の中で、いま統計不正問題で政権追及の急先鋒に立つ旧知の野党女性議員と言葉を交わした。賃金、保険、まさに国民生活の根幹にかかわる統計の不正。

  「根本が腐っているなんて言っている場合じゃないよ。最低でも厚労大臣は辞職に追い込まないと」という私に、議員は「わかっているけど結局、麻生さんが壁なの」と力なく笑う。

  あの森友・加計問題の財務省文書改ざん事件。それに女性や高齢者、病気や障害のある人たちへ度重なる心ない発言。「どれも少し前だったら即刻辞任となるはずなのに、のうのうと生き延びているでしょ。だからどの大臣も、この程度で辞めるもんかとなっているの」。

  ところが偶然とはいえ、なんとその数時間後、当の麻生さんは福岡で開かれた講演会で、またしてもこんな持論を展開していたのだ。「高齢者が悪いみたいに言う人がいっぱいいるが、子どもを産まないのが問題なんだからね…」。

  そして2日後には「不快と思われる方には、おわび申し上げる」という毎度おなじみのふてくされ謝罪。

  ここに書き出すだけでも業腹な話だが、「セクハラ罪という罪はないんだよ」。終末医療のお年寄りには「さっさと死ねるようにしてもらうとか考えないと」。医療費の負担には「たらふく飲んで食べて、なにもしない人の(医療費を)なんで私が払うんだ」。

  こんな人物が財務相、副総理の座を追われることもなく、戦後の蔵相、財務相の在籍最長になったという。

  折しも道路買収交渉が進んでいないことに腹を立てて、市役所幹部に「楽な商売じゃ、お前ら」「いまから行って建物燃やしてこい。捕まってこい」と、パワハラ発言していたことが発覚、辞任した泉房穂明石市長。ここにきて「私だったら、(地権者に)土下座してお願いする」とした市長の音声データが出て、にわかに擁護論が浮上。次期市長選への出馬は様子見だという。

  だけど麻生さんも泉市長も本当にこれでいいのだろうか。自分の部下や、社会のなかで苦しい立場、弱い立場にある人に決して口にしてはならないことがある、と私は思う。

  「たるんじゃったな…みんな…」。昨年亡くなられた毎日新聞の岸井成格さんが最期に親しい人に漏らした言葉が浮かんで、消える。

(2019年2月12日掲載)

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2019年2月 7日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

アベノミクス忖度ではないところに問題の根深さが…
‐厚労省 統計不正問題‐

  朝日、毎日、それに日経新聞も「統計不正問題」。だけど読売は一貫して「不適切調査問題」。産経はその両方を使い分け。さて、どの表現が「適切」かはともかく、私は、この問題の追及の仕方は当初から間違えていると思えてならない。

  厚生労働省が実施している「毎月勤労統計」に続いて「賃金構造基本統計」も長年、定められた方法ではない形の調査が行われていたことが発覚。働く人の実質賃金も国の公表値は誤りとなった。当然、野党はアベノミクス成功の根拠となった賃金上昇は「大うそ、ごまかしだった」と厳しく追及する。なるほど、ここでもまた役人の忖度か、という気がしてくるのだ。

  だけどこの問題、まずなすべきことは、いつ、どこで、だれが、こんなことをしたのか。その目的はなんなのかを明らかにすることではないのか。その結果、「不正、不適切なことはしたけど、それがアベノミクスにどう影響するかなんて眼中になかった」となったら、野党もメディアも、まさに空を切って刀をふりまわしていることになる。

  こう書くのには、じつは根拠がある。問題発覚後、中央省庁の元キャリアと話す機会があったのだが、その元官僚は各省庁にある統計部局を伏魔殿としたうえで、「トップクラスのキャリアを除いて人事異動はほとんどない日の当たらない専門部局。省庁の中枢になることのない彼らに時の政権への思惑などあるはずがない」と言い切るのだった。

  その言葉を裏付けるように毎日新聞は今回、問題が発覚した厚労省の雇用・賃金福祉統計室は3万人の職員のうち、わずか17人。調査にあたった特別監察委は「安易な前例踏襲主義で長年、漫然と業務を続けてきた」と断じていると伝えている。また産経新聞も、この問題の震源地は統計部局としたうえで、「政策部門と切り離された閉ざされた組織」としている。

  ならばそんな人たちが、それでもアベノミクスに忖度したというのか。そうではないところにこの問題の根深さがある。こんな日の当たらない組織が漫然と出してきた数字をもとに、長年あらゆる施策が決められてきたのだ。まずはこの組織の実態を白日のもとにさらし、そのうえで統計をうのみにした政権が責任を取る。それが物事の順番というものではないのか。

(2019年2月5日掲載)
   

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2019年1月31日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

現職警察官が昇任試験めぐり多額報酬
‐なぜか全国紙報じぬ大問題‐

  事件、事故、災害取材。新聞、テレビといったメディアがもっとも関わりの深い公的機関といったら、やはり警察だろう。ただ大きく違うのは、警察組織は昇任試験に支えられた徹底した階級社会。それこそ上官の命令は絶対。「悔しかったら、(階級章の)星の数を増やしてからものを言え」の世界なのだ。だが、いまその昇任試験をめぐって警察組織が大きく揺れている。

  東京の出版社の依頼で、現職の警察官が昇任試験の対策問題集や模範解答に長年、原稿を執筆、相当額の報酬を受け取っていたことが明るみに出た。ただし、この問題、年明け早々に九州の西日本新聞がスクープ。先日、私のところにも京都新聞からコメント依頼があったように一部のブロック紙や地方紙が連日、報道しているのに、なぜか全国紙の大半は、いまのところ報じる気配はない。

  だけど、西日本新聞などの報道によると、現職警察官が執筆していたのは警察庁はじめ、福岡、広島、京都、愛知、神奈川など17道府県に及ぶ。このうち京都府警の警視は偽名を使うなどして5年間で計795万円を受け取り、西日本新聞が取材に入った昨年末、退職している。さらに神奈川県警の元警視は在任中、1000万円近い報酬を受け取っていた。もちろん副業を禁じた職務規定に違反しているし、税務申告していなかったら所得税法違反だ。

  ただ、そういったこととは別に、大半の警察官が激務の合間に少しでも上の階級を目指して眠い目をこすって勉強している。私もかつてそんなデカさんたちを見てきた。なのにその上司の警部、警視が民間の出版社に問題例を流して多額のお金を手にしている。現場で働く警察官が聞いて心穏やかでいられるはずがない。

  一方で災害の多い県警。山岳事故、海難事故への対応が求められる県警。設問がそれぞれ違う昇任試験。効率的な参考書を求める声も根強い。ここはどうだろうか。各警察本部が警務課や教養課に匿名の考査委員を置き、その委員が出版社との契約で地域の特性を生かした問題と模範解答を執筆。報酬は委員の慰労と警察官の福利、厚生に充てる。

  もちろん警察組織への批判も大事だ。だが一方で古いおつき合いの間柄。メディアの側からそんな提案があってもいいと思うのだ。

(2019年1月29日掲載)

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2019年1月24日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

神戸、宮城、東京「つなぐ」1・17
‐あの日から24年…風化のさざ波‐

  ここ2、3年、東京のホテルで西の空に向かって手を合わすことが多かったが、今年は午前5時46分、民放の特別番組を見ながら大阪の自宅で黙とうをささげた。

  先週木曜日、阪神・淡路大震災は、あの日から24年を迎えた。私も何度も足を運んだ神戸市中央区、東遊園地のつどいで竹灯籠が描きだした文字は「つなぐ」だった。平成最後の1・17、いま多くの人がこの災禍をどうやって次世代につなぐのか、心を砕いている。

  言葉は適切かどうかわからないが、私はこの震災を災害列島元年と位置づけている。初めて大勢の人が極寒のなか神戸を目指したボランティア元年であったし、あれから国の耐震基準も定着した。国費による倒壊家屋の撤去、区画整理、防災公園。その後の中越、東日本、熊本、そして昨年の北海道。これらの災害にこの震災がつないだものは数知れない。

  一方でこの日、つどいに参加された方は5万人弱、また市民による追悼行事も53件と、いずれも過去最多時の半数以下となっている。町を一望できるビーナスブリッジで20年続いてきた追悼の調べはトランペット奏者が高齢化、今年が最後となった。風化のさざ波がじわりと迫っているのだ。

  ただ私は、それを決して悲観してはいない。ある意味で、それが時の流れというものではないかと思っている。

 そんななか、この日午後2時46分、HAT神戸では、東日本大震災で妻を亡くし、神戸からのボランティアに励まされてきたという男性をはじめ、宮城県名取市閖上地区のみなさん20人が市民とともに黙とうをささげた。

  そしてつどいから12時間後の午後5時46分、今度は東京・日比谷公園で、この朝、東遊園地の「希望の灯」から取った種火を空路、東京に運んで点火したキャンドルが1・17を描いていた。15歳のとき、神戸で被災した女性たちが「東京でも黙とうを」と呼びかけ人になって、初めて開いた鎮魂のつどいだった。

  宮城から神戸へ、神戸から東京へ。縦糸が風化していくのなら、たとえ最初は細くても、横糸を広く、長く、遠くに伸ばして―。

  来年は震災から四半世紀、新元号で迎える初めての1・17。神戸は何をつなぎ、何を伝えていくのだろうか。

  鎮魂のつどいから3時間後、テレビは口永良部島の爆発的噴火を伝えていた。

(2019年1月22日掲載)

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2019年1月17日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

デタラメばかりの国のデータを質せ
‐19年 念頭に思うメディアの役割‐

  つくづく私たちは3等国家か4等国家で暮らしているのだということを思い知らされる。厚労省が従業員500人以上の全ての企業を対象に調査、失業や育児、介護などの給付金の支給額の指針としている「毎月勤労統計」が、実際には東京では3分の1ほどの企業しか対象になっていなかったことが発覚した。

  このため雇用保険などで本来の支給額より低い金額を受け取っていた人は延べ1973万人、金額は雇用保険で1人平均1400円になるという。あわてた国はその分を追加給付するとしているが、一体どうやって2000万人近い人にこの金を返すのか。手間を考えただけで気が遠くなる。結局は大半の人が泣き寝入りした消えた年金と同じことになるのではないか。

  思い起こせば、裁量労働制の実際の労働時間。外国人技能実習生の失踪理由。データはどれもうそ、デタラメ、インチキ、ごまかし。そんなとき、ふっと救われる毎日新聞の記事に出会って、今年最初の文化放送の番組、「くにまるジャパン極」で紹介させもらった。

  〈就学不明 外国籍1・6万人。100自治体〉の見出し。記事によると、全国100の自治体にアンケートしたところ、日本に住民登録し、小中学校の就学年齢にある外国籍の子どもの約2割、1万6000人が学校に通っているか確認できない「就学不明」になっているという。だが外国籍の子どもは義務教育の対象外なので、自治体の多くはそれらの子どもの状況を把握していないという。 記事を読んで昨年秋、外国人労働者が数多く暮らす群馬の中学校教師の言葉を思い出した。「3者面談といっても働いているお母さん、それに通訳さんの都合をつけていると、子どもをまじえて夜の8時9時の面談になることもあります。そのうち親も子も学校から遠ざかってしまって…」。

  こんな状況なのに、国は今年4月からいきなり34万5000人の外国人労働者を受け入れるという。果たして今度はこの外国人の実態に、どんな調査結果を出してくることやら。

  国が、役所が、こうだからこそ、毎日新聞のような地味だけど地道な調査報道がいぶし銀のように光って見える。メディアの役割をあらためて思い知らされる2019、年の初めである。

(2019年1月15日掲載)

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2019年1月10日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

人間のなす業に手も足も出ぬ千年の古都
‐災害にも明るいご住職や宮司さんだが‐

  今年初めてのコラム、本年もどうぞよろしく。さて、お正月はいつもどおり京都。ただ、天皇退位まで4カ月ということもあってか、天皇と京都がより色濃く感じられる初春だった。

  ホテルからちょっと足を伸ばした紫式部源氏物語執筆地の盧山寺。寺史には「現在の本堂は光格天皇が仙洞御所を移築し」と、今上天皇からさかのぼること202年、生前退位された天皇のお名前が出てくる。拝観させてもらった寺社仏閣の沿革には勅命、ご下賜といった言葉が、さりげなくではあるけど何度も出てくる。

  ただ、そんな京都が去年受けた打撃は、私たち旅の者の想像をはるかに超えていた。9月の台風21号。周山街道を上った京北は北山杉が幾重にも倒れている。植林したとしても銘木になるには、数十年かかると聞く。その前に立ち寄った白椿で名高い平岡八幡宮は社領地の裏山で樹齢100年を超える古木を含め250本が根こそぎ倒れたという。足を運んだ寺社の多くが「緊急のご寄進を」の立て看板を出していた。

  6月に大阪北部を襲った地震。洛南のお寺では、鐘撞き堂の瓦がずれて除夜の鐘を見送ったという。

  だけどこんな深刻な事態に、ご住職も宮司さんも意外と明るい。「京都は千年の古都どす。その間、何百年、いや何十年に1度は大変な自然災害におうとるんです。それを乗り越えていまがあるんやないですか」。 「それよりも」と、住職たちを悩ませているのは今年のエトのイノシシにシカ、それにサルだ。イノシシはミミズを狙って寺院のコケを片端から掘り起こし、名庭園を台無しにする。シカは境内を踏み荒らし、サルは山里のカキ、ミカンを抱えて走る。

  もちろん数が増えすぎたこともあるのだが、イノシシやサルが食べる木の実をつける落葉樹のブナやナラを切ってスギ、ヒノキを植林。それがお金にならないとなると、そのまま放置林に。食べ物を奪われたイノシシやサルは人里を襲い、スギなどの若芽が大好きなシカは爆発的に増えた。

  台風や地震、自然がもたらす災害はたくましく、しなやかに乗り越える古都も、数十年、いや数年先しか見えない人間のなす業には手も足も出ない。そんなことを教えられた、平成最後の古都の初春だった。

(2019年1月8日掲載)

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2018年12月27日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

ゴーン容疑者捜査こそクリーンに
‐東京地検のとった「禁じ手」‐

  事件捜査とスポーツを一緒にしたら叱られそうだが、取材者の目から見ると、よく似ていると感じることが多い。

  同じ勝ち試合にしても、みんなが「おおっ」と声を上げるようなフェアな試合。一方でルール違反にはならないくらいのラフプレーもまじえて、とにかく勝ちにいく。試合に負けたら元も子もないのだから、たしかにそれも、ありだ。 だが、天下の東京地検特捜が天下の日産前会長、ゴーン容疑者の身柄を取ったのだから、捜査の王道を行ってほしいのに、地検はゴーン容疑者を特別背任容疑で逮捕する策に出た。役員報酬の一部を報告書に記載しなかった虚偽記載の2度目の逮捕容疑について地裁が勾留を却下するという予想もしない事態に打って出た3度目の逮捕。苦肉のプレーであることは間違いない。

  私は虚偽記載があった過去8年分を5年と3年に分けて再逮捕したとき、ニュース番組で「同じ事件を小分けにして再逮捕する。それが特捜のやることか」と厳しく批判させてもらった。

  もちろんこれは理屈の上だが、50件も余罪がある泥棒を1つの盗みごとに逮捕勾留を繰り返していたら、3年以上身柄を押さえることだって可能なのだ。違法ではないが、絶対にやってはならない禁じ手だ。

  地検は1つを2つに割っただけというかもしれないが、5年分を起訴した段階で、残る3年は追起訴することとして、なぜその時点で本丸の特別背任で逮捕しなかったのか。だから海外メディアから「粗暴な人質司法」とまで言われるのだ。

  ただし間違えてもらっては困ることがある。私は、地検特捜の手法を批判しているのであって、決して捜査そのものを否定しているわけではない。日産の経営立て直しという大義名分のもと、2万人もの従業員に血涙を流させ、その裏で90億円もの報酬をひた隠し、投資で失敗しそうになると18億円もの損失を日産に付け替える。どこがゴッドハンドなのだ。カネカネカネにまみれたダーティ―ハンドではないか。だからこそ検察はクリーンに、フェアに勝負してほしいのだ。

  そして平成が去りゆく来年こそ、わが日本は、政も官も財界も、もちろん民間も、澄み渡るほどクリーンな風土であってほしい。
 少し早いのですが、みなさまどうぞ良いお年を─

(2018年12月25日掲載)

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2018年12月20日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

こんな男になぜ懲役18年なのか
‐「あおり運転」求刑より“5年軽い”判決‐

  判決から数日たつが、いまだに得心がいかない。2人の娘さんの目の前で夫婦が死亡した東名高速あおり運転事故で横浜地裁の裁判員裁判は先週末、石橋和歩被告(26)に懲役18年を言い渡した。激しい論議になった危険運転致死傷罪の適用は認めたが、求刑23年に対して5年下回る判決だった。 私の心をざわつかせているのは、なぜこれほど悪質な事件の被告に、求刑より5年も低い刑だったのか。もちろん検察側の主張である求刑に縛られることはない。だが、裁判官の既成の論理に裁判員が引きずられたとしたら、せっかくの裁判員裁判とはなんだろうか、という思いにかられるのだ。

  判決で深沢茂之裁判長は、検察側の「高速道路上で止まった車は、時速0㌔での運転とみなすべき」とする主張は、さすがに認めなかったが、それ以前の石橋被告の4回にわたるあおり行為が事故を招いたとして危険運転罪を適用した。

  刑の重い罪が認められたことに、遺族は感謝しつつも「量刑には納得できない」「いろいろな考えがあると思うが」と苦しい胸のうちをにじませている。この事故はそうした思いの遺族に限らず、社会を震撼とさせたのではないか。家族4人が乗った車があおり運転の男に止められ、胸ぐらをつかまれて車外に引きずり出される。どれほど恐ろしいか。こんな男は1年でも長く社会から遠ざけておいてほしい。その思いが多くの人を裁判に引きつけたのではないか。

  だが、くどいようだが、判決は求刑を5年下回る18年。判決要旨を何度読み返しても被告のくむべき情状は見当たらない。むしろ「被告は2度と運転しないなどと述べているが、真摯な反省とまでは評価できない」と切って捨てている。

  なのにこんな男になぜ、この刑なのか。記者会見した裁判員の女性は「ともすれば被害者に寄ってしまうなか、公平に見なければと思った」と語っている。ここで言う「公平」とはなんなのか。高速道上に立っていた被告に「運転罪」を適用した、いささか強引な法令解釈。その分、刑を減じたということなのか。

  だとすれば裁判は被害者の命に報いると同時に1年でも長い刑期を、と望んだ社会の負託に応えたことになるのか。法律とは、裁判員裁判とはなんなのか。わだかまりは消えそうにない。

(2018年12月18日掲載)

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2018年12月13日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

法律より市民感覚
‐あおり運転裁判 原点に返って‐

  あらためて私たちは裁判に何を求めているのか、問い直されていると思う。新聞、テレビは毎日のように、昨年6月5日夜、神奈川県大井町の東名高速道路で起きたあおり運転事故を報道している。

  一家4人が乗ったワゴン車をあおり運転で停車させ、後続のトラックによる追突事故で2人の娘さんの目の前で夫婦を死亡させた石橋和歩被告(26)。横浜地裁の裁判員裁判では、いずれの法律も帯に短かしタスキに長し。検察、弁護側で激しい法律論が飛び交っている。

  地検は石橋被告を最高刑懲役20年の危険運転致死傷罪と被害者の胸ぐらをつかんだ暴行容疑で起訴する方針だったが、地裁との公判前整理手続きで危険運転罪が適用されないと懲役2年、罰金30万円以下の暴行罪だけになってしまって社会の厳しい批判にさらされる。そこで高速道路上で身動きできなくさせ、トラック事故で死亡させたとする最高懲役20年の監禁致死罪を予備的訴因につけたという。

  とはいえ、車を降りて胸ぐらをつかみに行った石橋被告が危険な「運転」をしていたといえるのか。夫婦を死亡させたのは、あくまで後続のトラックであって危険致死傷罪には当たらない。それに監禁致死だって高速道路上に車を停めさせたことが身動きできなくする監禁状態といえるのか。弁護側は厳しく指摘する。

  対する検察側は、車が走行するためだけの高速道路上にいるということ自体が一連の「運転」行為だ。また10秒に1台は車が通過する高速道路上に引きずり出すのは監禁に等しいと反論、激しい論争になっている。

  だが、いま一度思い起こしてほしい。この裁判は女性4人、男性2人が参加した裁判員裁判だ。私たちの国は9年前、これまでの裁判があまりに市民感覚からかけ離れている。枝葉にこだわった法律論に終始しすぎていないか。そこにごく当たり前の市井の人々の思いを反映させることはできないものか。その思いからさまざまな課題を乗り越えて、裁判員裁判を実現させたのではなかったのか。

  キレて小学生と高校生の姉妹の目の前で父親を「海に沈めたる」と脅したあげく、母ともども死に至らしめた男が懲役2年で私たちは納得するのか。原点に返って、普通の、当たり前の感覚で裁判を見つめたい。
 判決は14日、言い渡される。

(2018年12月11日掲載)
 

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2018年12月 7日 (金)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

海外からの注目と批判 検察は自覚持て
‐ゴーン容疑者逮捕 隠される情報‐


  逮捕から半月たつが、出演しているテレビ番組から日産自動車前会長、ゴーン容疑者(64)が消えることはない。

  ただ、ここにきて気になることがある。世界が見ている日本の司法の動きとしては1976年、ロッキード事件の田中角栄元総理の逮捕、いやそれ以上の注目度といっていいのに、どうも検察当局にその自覚がないように思えるのだ。

  先週あたりからゴーン容疑者と関わりの深いブラジルやレバノンだけでなく、欧米諸国からも日本の検察捜査に対する批判が噴出している。最長20日の勾留、狭小な独居房での拘束。欧米韓国では当然なのに、弁護士立ち会いを認めない取り調べ。保釈を認めず、ときには100日を超える起訴後の勾留、いわゆる人質司法。

  だが、こうした批判に対して検察は相変わらず、情報が外に出ることを極端に嫌う保秘。いつも頭にあるのは、とにかく有罪に持ち込むまでの公判の維持。そんなベールに包まれた捜査に、フランス政府などから国家権力と日産がタッグを組んだルノー外しではないかとうたぐる声も出始めている。

  さすがの検察もこの事態に、東京地検次席検事の定例記者会見には海外メディアも同席させ、裁判所の令状に基づいて身柄を拘束、取調べには通訳をつけ、全過程を録画録音しているとしたうえで「各国の司法には、それぞれの歴史と文化があり、批判は当たらない」と強調した。だが、この会見もいつも通り、マイク、カメラなしのペン取材のみ。さっそく各国の記者からは、いまどき音も映像もとらせない文化ってなんだという声が出たという。

  思えば 事件の端緒は米上院議会だったとはいえ、嘱託尋問、コーチャン証言、ワンピーナツ100万円といった捜査情報がアメリカの司法当局からポンポン飛び出したあのロッキード事件とは段違いだ。欧米に限らず、いまではアジア各国も司法に報道官、広報官を置いて、カメラの前で身ぶり手ぶりで、いま何を調べ、何を暴こうとしているのか、メディアを通じて国民に知らせるのが常道だ。

  もちろん、それぞれの国の司法に、それぞれの歴史と文化があることはわかる。だが、隠されたもの、見せようとしないものに、人々が不信と不審を募らせる。それもまた古今東西変わらぬ歴史と文化だと思うのだ。

(2018年12月5日掲載)

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