日刊スポーツ「フラッシュアップ」

2022年10月 3日 (月)

帰国2世、3世の頑張りに思う「実りある節目に」

-日中国交正常化50年-

 今年は連合赤軍事件や沖縄の本土復帰、そして日中国交正常化50年。節目の年である。そんなとき、毎日新聞が「日中50年」企画で〈帰国3世「中国ルーツ」葛藤〉の見出しで意義深い調査結果を掲載していた。

 帰国3世とは戦前、満蒙開拓団として中国に渡ったまま取り残され、国交正常化後やっと帰国した残留邦人の孫にあたる人たちだ。記事を読みながら、その少し前に、知り合って約40年になる伊藤春美さんと久しぶりに会ったことを思い出した。

 春美さんは父が残留邦人だった帰国2世。がんばって中国語、日本語のほか英語も身につけ、自身は仕事一筋。話題の中心はかわいがっている帰国3世で高校、中学生のおいやめいの受験サポートだ。この子たちの将来に夢をふくらませている。

    そんな春美さんたちの姿を裏付ける数字が毎日新聞の調査にあった。帰国3世の大学、大学院進学率は日本全体の大学、短大進学率58・9%に迫る勢いだという。言葉や就労の壁がある中、がんばって子どもに教育をつける2世の姿が目に浮かぶ。

 一方で自分のルーツを周囲に話せなかったり、隠したことがある人は30代で7割に上った。その理由は全世代通じて「一から説明してもわかってもらえない」が多く、「いじめられる」「恥ずかしい」を挙げた人もいた。

 これは3世にとっても日本社会にとっても不幸なことではないか。今年はロシアのウクライナ侵攻もあって、かつての日本の中国大陸侵攻がたびたび取り沙汰された。だからこそ残留邦人も2世3世も声を上げ、私たちもしっかり耳を傾けながら、併せて歴史を知る。そんな日中50年、実りある節目の年に、と願っている。


(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2022年10月3日掲載)


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2022年9月19日 (月)

ある空手家の願いとオリンピック

-組織委収賄事件に思う-

 東京五輪をめぐる汚職事件は出版大手の会長も贈賄で逮捕。収賄の組織委元理事ら、金と利権にむらがった連中の醜い姿が見えてきた。

 そんな時、事件発覚前に1年ぶりに帰国していた今野充昭さんから電話をもらったことを思い出した。空手を通じて日本とオランダの架け橋になっている今野さん。「次のパリは駄目だったけど、次の次、ロスでは復活の目が出てきたんですよ」と声がはずんでいた。

 東京五輪限定競技となっていた空手が2028年ロス五輪で、野球などとともにIOC追加9候補のひとつになったという。追加は多くて4競技。予断は許さないが、五輪で再び空手というのも夢ではなくなった。

 「それと、もっとうれしいことも」と今野さんの電話は続く。いまヨーロッパでは青少年の空手競技人口が柔道の2倍近くになっているという。もともと武道人気が高いところに妙な話、コロナ禍が追い風になった。

 互いが組みあい、寝技もある柔道に対して、相手にふれないノンコンタクトの伝統空手がある。それに空手には相手を想像しながら演技する単独競技「形」もある。

 「コロナがなくなって気がついたら、世界の国々で空手がサッカーや野球並みに子どもたちに親しまれる競技になっているという日も遠くない」と今野さんは意気込む。

 だが、その今野さんが日本を離れた直後に明るみに出た五輪汚職。日本で、オランダで、空手の素晴らしさを訴え続けて半世紀。今野さんの目にはスポーツを食い物にするこんな男たちの姿がどう映ったか。

 空手ダコの拳を「トリャー」の声とともにグイッと突き出す姿が目に浮かぶ。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2022年9月19日掲載)

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2022年9月12日 (月)

“原発再稼働”どんな思いで聞いたか

-野菜の作付け行う山木屋地区-

 チルド便で届いた段ボール箱を開けると、青々とした夏野菜がどっさり。インゲン、ピーマン、ナスと並んでスティックフェンネルなど聞きなれない野菜を含めて全部で8種。3月、このコラムに書かせてもらった福島県川俣町の宮地勝志さん(63)からの贈り物だ。

 東日本大震災の後、愛知県日進市から川俣町に派遣され、原子力災害対策課長として避難指示地区となった山間地、山木屋地区の除染に取り組んだ日々。だが、それは地区の先達が寒冷地のやせた土地に土を入れ、やっと豊かな畑にしたその土をはぎ取る作業だった。

 3年前、役場を退職、町に骨をうずめると決めた宮地さんは、友人と農業法人を設立。標高550㍍の高地で季節の野菜やイタリア野菜作りに取り組んだ。

 送ってくださったのは、その初収穫分。さっそくフェンネルのセロリに似たほろ苦さを味わいながら電話を入れると、「インゲンはふぞろい。市場に出せるようなもんじゃないけんど、まんず味さ見てもらおうと」と明るい声が返ってきた。

 8年に及ぶ避難生活から戻って畑に新たな土を入れ、やっと迎えた収穫の日。山あいの地の人々の苦労は、いかばかりだっただろうか。

 だが岸田政権は、ここにきて原発再稼働に大きくかじを切り、あろうことか首都圏から120㌔、昨年、水戸地裁で「住民の安全性と程遠い」と差し止めが命じられた東海第2原発の再稼働に「国が前面に立つ」と言明した。この知らせを秋冬野菜の作付けに忙しい山木屋の人たちは、どんな思いで聞いたことだろうか。

 東日本大震災は、きのう9月11日、発生から11年6カ月を迎えた。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2022年9月12日掲載)

 

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2022年9月 5日 (月)

100歳過ぎても「現在進行形」

-カメラとペン亡き2人を思う-

 お会いしたのは1度だけなのに鮮やかな印象だったのだろう、小さな訃報記事に新聞をめくる手が止まった。

 〈笹本 恒子さん=(日本写真家協会名誉会員)15日死去、107歳。国内初の女性報道写真家として活躍。日独伊三国同盟の婦人祝賀会などを撮影した〉

 5年前、「笑う101歳×2 笹本恒子 むのたけじ」の映画の公開に合わせて笹本さんをインタビューした。当時102歳。車いすからカメラを構え、新たな本も執筆中だった。映画を撮った河邑厚徳監督が2人を「しなやかな永遠の少年少女」という通り、笹本さんからは笑顔とともに「いくつになっても現在進行形」の言葉が返ってきた。

 むのさんは敗戦を機に朝日新聞を退社。ふるさと秋田県横手で週刊新聞「たいまつ」を発刊。反戦と平和を訴え続けられたが、映画公開の前年、101歳で亡くなられた。

 小柄な体で、戦後史に残る三井三池炭鉱ストや安保闘争にシャッターを押し続ける一方で、ひたむきに歩んでいく明治生まれの女性たちに目を向けた笹本さん。

 私たちの年代の記者にとっては座右の書ともいえる「詞集たいまつ」に〈人間に美しい生き方があるとしたら自分の立場をはっきりさせた生き方である〉〈たいまつは嵐が強ければ強いほど赤々と燃え上がる〉と書かれたむのさん。

 9月は、1日で108歳になられるはずだった笹本さんの生まれ月。その9月末には激しく国論が分断されるなか、安倍元首相の国葬が行われる。おふた方が健在なれば、果たしてどんな角度からカメラで、ペンで、この葬儀を切り取られたことであろうか。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2022年9月5日掲載)

 

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2022年8月29日 (月)

病んだ日本社会 半数以上が親族殺人

-15歳少女の渋谷通り魔事件- 母と弟殺す予行演習

 状況や動機が明らかになるにつれ一層、戦慄を覚える。先週日曜夜、渋谷区の路上で母と娘が女子中学生に刃物で刺され、重傷を負った。

 この通り魔事件、15歳少女の中に私たち日本社会の犯罪状況が凝縮されているように思えてならない。

 少女は「誰でもよかった」「2人殺せば死刑になると思った」と供述しているという。昨年の小田急線、京王線車内の殺人未遂放火事件。「(被害女性が)勝ち組っぽかったから」。あるいは「平気で人を殺す米映画の主役にあこがれていた。自分も2人以上殺して死刑になりたかった」。こうした無差別殺人が10代の少女にまで乗り移っているのだ。

 また少女は「不登校になった自分より弟をかまっている母と弟を殺そうと思い、予行演習のためにやった」と供述。最終目的は親族殺人だったことがわかった。

 ここ数年、日本の殺人事件の発生件数は900件台で、他国から見たら驚異的な少なさだ。ところが、常にこのうちの半数以上を夫婦、親子、兄弟間などの親族殺人が占め、これも他国から驚異の目で見られている。そんな親族殺人願望が15歳少女の胸も覆っていたのだ。

 無差別殺人と親族殺人。この2つのまったく異質なもので病んでしまっている私たちの社会。それにしても事件の翌日、埼玉県戸田市教委が早々開いた記者会見、あれは一体何なんだ。

 「戸田市の中3女生徒という情報しかなく、詳細はお答えできません」。あきれた報道陣から「なんで会見を開いたんだ」と突っ込まれると「何か隠蔽していると思われたくないので」。

 こんな人たちこそが、この病んだ社会をより重篤にしているのではないのか。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2022年8月29日掲載)

 

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2022年8月22日 (月)

女性議員「数は関係ない」その思い一層強く

-男女共同参画について-

 選挙の特別番組などで 「女性議員はどのくらいの数が望ましいか」とコメントを求められるのは、いわば定番。どの番組でも私は「数は関係ない」と答える。これもまた定番。いま、その思いを一層強くしている。

 女性活用、男女共同参画と言いながら、前内閣より1人減って女性閣僚は2人になった岸田改造内閣。そのひとり、高市早苗経済安保相は「首相に前任者の留任をお願いしたのに変更がなく、辛い気持ちで一杯」とツイート。翌日の大臣引き継ぎもすっ飛ばして記者会見で「いまもつらい気持ちはある」と、いつまでもグジグジウダウダ。聞いている方がうんざりしてくる。

 片やこちらは大臣ではないが、杉田水脈総務政務官。この方、「子どもを作らない同性愛者は生産性がない」と寄稿して、伝統ある月刊誌を廃刊に追い込んだことは周知の事実。さらに朝日新聞の「天声人語」も指摘していたが、じつはこの人、衆院本会議で男女共同参画社会基本法の廃止を求めて「男女平等は絶対実現しえない反道徳の妄想だ」と演説していた。

 この演説は2014年10月31日。このとき岸田さんはすでに安倍内閣の外相。この演説を聞いていなかったはずがない。そもそも、こういう女性を同じ政権内に据えて、小倉将信少子化対策兼男女共同参画社会特命相に一体、どんな仕事をしろというのか。

 女性の側から「男女平等は絶対実現しえない反道徳の妄想」というのなら、男性の側が男女平等社会を望むことなんて、ハナから絶対実現しえない妄想にすぎないということなのか。

 ―ああ、ややこしい。頭がこんがらがってきた。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2022年8月22日掲載)

 

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2022年8月15日 (月)

平和でなければ野球ができなくなる

-昭和21年 黒田脩さんの夏-

 NHKの高校野球中継が思わぬ〝再会〟を運んでくれた。試合と試合の間に流れる「白球の記憶」に黒田脩さんの姿があった。私の記者時代からの恩師、故・黒田清さんのお兄さんだ。

 その黒田脩さんは、夏の大会、といっても当時甲子園は米軍に接収され、西宮球場で終戦から丸1年後、1946年(昭21)8月15日に復活した戦後初の試合で、当時の京都二中の1番打者として1回表打席に立った。

 「白球の記憶」は白黒映像ながら、白いシャツに埋めつくされ、立ち見まで出た球場を映し出す。4年前、第100回大会を前に夏空を思わせる淡いブルーのネクタイ姿であの日を振り返った黒田さんは「とにかく観衆の多さにびっくりした」と話す。だれもがこの日を待ち焦がれていたのだ。

 その後の人生も学生野球の発展に尽くされた黒田さん。「何か起きたら、また野球ができなくなる。だから平和を守らなければ」と口癖のように言われていた。

 2020年、猛威をふるうコロナ禍で第102回大会の中止が決定。それを聞いて自身、野球ができなかった戦中を思い出して黒田さんは、「あの子ら悔しいやろなぁ」と言い残されて8月、91歳で旅立たれた。 だが一向に衰えを見せないコロナ禍。今大会では10人もの選手を入れ替えて試合に臨んだチームもあった。ウクライナに続いて暗雲漂う台湾海峡。市民の生き血を吸うような教団と一部政治家の醜悪な関係。私たちは平和のために、何かを起こさせないために、真剣に立ち向かっているだろうか。

 きょう8月15日終戦の日。正午にはサイレンの音とともに、甲子園でも黙とうがささげられる。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2022年8月15日掲載)

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2022年8月 8日 (月)

今だからこそ胸に迫る四日市判決

-公害を学ぶ「判決50年展」-

 今年は、連合赤軍あさま山荘事件や沖縄本土復帰から50年。さらに四日市公害訴訟判決からも50年。先日、小学生のための公害学習や「判決50年展」を取材した。

 巨大コンビナートの煙突から吐き出される有害物質。ぜんそくや肺疾患に苦しみ、企業にも行政にも裏切られ続けた人々が最後にすがった公害裁判。津地裁四日市支部が1972年7月に下した判決はいまも、いや、いまだからこそ一層胸に迫る。

 〈企業は経済性を度外視してでも世界最高の技術を動員して公害防止に努めるべきである〉

 企業が経済性を度外視したら、間違いなくつぶれる。だが裁判官は「公害を止められないなら、どうぞつぶれてください」と言い切ったのだ。

 数少なくなった語り部。当時9歳の娘をぜんそく発作で亡くした87歳の谷田輝子さんに、公害学習でいくつも質問をぶつける小学生。だが、いま私たちの社会はどうか。

 6月、最高裁は福島、前橋など4地裁で起こされた福島原発訴訟で、「津波の高さは想定外だった」と国の責任を認めない判決を確定させた。果たして原発は、国の立地条件や規制基準とかかわりなく建設されてきたとでも言うのか。

 一方、先月、東京地裁は原発事故で旧経営陣が会社に多大な損害を与えたとして訴えられた株主代表訴訟判決で元会長ら4人の責任を認め、総額13兆3000億円の支払いを命じた。国の防衛予算のじつに2倍。4人が全財産をなげうっても払えるはずがない、現実を度外視した判決。一般市民は、これで留飲を下げておけとでも言うのか。

 四日市判決から50年。私たちは歯車をどこに向けて回転させてきたのだろうか。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2022年8月8日掲載)

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2022年8月 1日 (月)

鮮やかに甦る市民の救助活動

-秋葉原無差別殺傷で死刑執行-

 秋葉原無差別殺傷事件の加藤智大死刑囚(39)の刑が先週、執行された。これまで複数人の執行が通常だったが、この日は1人という異例の執行。毎日新聞によると、日曜白昼の歩行者天国で7人を殺害、10人に重軽傷を負わせた衝撃的な事件だけに、法務当局は執行のタイミングについて検討を重ね、この日単独執行に踏み切った模様だという。

 結果、テレビは昼ニュースから。新聞は当日夕刊と翌朝刊でトップ級の扱い。加藤死刑囚は居場所だったネットの掲示板に嫌がらせをされ、「帰る場所がなくなった。怒りをぶつけるために大勢を殺そうと思った」という身勝手な動機。

 さらには昨年、小田急線や京王線で起きた無差別殺人未遂放火事件。加藤死刑囚の執行をもって、こうした犯行に対して国が厳然たる態度を示したといえる。

 だが事件から14年。何度も現場に足を運んだ私にいま鮮やかによみがえるのは、商店街会長やカフェの女性から何度も聞いたあの日の市民の救助活動だ。

 たまたま楽器を買いに来ていた医師や、数日前に救命講習を受けていたという女性ばかりではない。近所のエステ店が「全部運んできた」というタオルで若い男女が服をまっ赤に染めながら必死でけが人の止血をしていた。

 事件後、警視庁万世橋署が感謝状を贈った人は実に69人に上った。もちろん私の取材経験で初めてだ。

 死刑執行で事件を終わらせてはいけない。心に傷を負った人。社会に居場所をなくした人。寂しさに耐えかねている人。そんな人たちがいつでも帰ってこられる場所を用意しておく。それがいま社会に求められていることではないだろうか。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2022年8月1日掲載)

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2022年7月25日 (月)

「日本国男村」の行方やいかに

ー民放連、報道部門賞審査で思うー

 この7月は、いつもよりいささかハードだった。参院選と直前の安倍元首相銃撃事件。さらに新型コロナ第7波。そんななか、今年は日本民間放送連盟賞報道部門の近畿地区と中部北陸地区の審査を引き受けていた。

 長いもので90分。近畿5、中部北陸14の合計19もの作品をじっくり、しっかり視聴して、審査会と審査委員による講評会に臨んだ。

 講評会で普段はネットにふれる機会の方が多いという評論家も言っておられたが、時間をかけて丹念に物事を掘り下げていくテレビドキュメンタリーの神髄を見た思いの数日間だった。

 結果、近畿地区は関西テレビの「ザ・ドキュメント 罪の行方~神戸連続児童殺傷事件被害者家族の25年~」が最優秀賞となった。

 中部北陸地区は決選投票までもつれ込んだが、石川テレビの「日本国男村」が見事、最優秀賞を獲得した。この作品について私は「報道ではなく、教養やエンタメ部門に出してもトップを取れたのでは」と講評したが、じつにユニークなドキュメント作品だった。

 これがいまの時代のことかと仰天させる男社会。民族も宗教も同じ色に染め上げていく土地柄。そんな風土に真正面からぶつかったかと思うと、皮肉を込めて斜めから切る。聞けば作品のディレクターは北陸のテレビ局にいたが、その報道姿勢に我慢がならず、同じ北陸の局に移ってこの作品を作ったとか。いわば男の意地、もといテレビマンの意地の一作だ。

 これら地区最優秀作の中から9月の中央審査で年間最優秀作品が選ばれ、3カ月以内に全国放送されるという。さてカンテレ、石川テレビ作品のこの先は…。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2022年7月25日掲載)

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