日刊スポーツ「フラッシュアップ」

2018年12月 7日 (金)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

海外からの注目と批判 検察は自覚持て
‐ゴーン容疑者逮捕 隠される情報‐


  逮捕から半月たつが、出演しているテレビ番組から日産自動車前会長、ゴーン容疑者(64)が消えることはない。

  ただ、ここにきて気になることがある。世界が見ている日本の司法の動きとしては1976年、ロッキード事件の田中角栄元総理の逮捕、いやそれ以上の注目度といっていいのに、どうも検察当局にその自覚がないように思えるのだ。

  先週あたりからゴーン容疑者と関わりの深いブラジルやレバノンだけでなく、欧米諸国からも日本の検察捜査に対する批判が噴出している。最長20日の勾留、狭小な独居房での拘束。欧米韓国では当然なのに、弁護士立ち会いを認めない取り調べ。保釈を認めず、ときには100日を超える起訴後の勾留、いわゆる人質司法。

  だが、こうした批判に対して検察は相変わらず、情報が外に出ることを極端に嫌う保秘。いつも頭にあるのは、とにかく有罪に持ち込むまでの公判の維持。そんなベールに包まれた捜査に、フランス政府などから国家権力と日産がタッグを組んだルノー外しではないかとうたぐる声も出始めている。

  さすがの検察もこの事態に、東京地検次席検事の定例記者会見には海外メディアも同席させ、裁判所の令状に基づいて身柄を拘束、取調べには通訳をつけ、全過程を録画録音しているとしたうえで「各国の司法には、それぞれの歴史と文化があり、批判は当たらない」と強調した。だが、この会見もいつも通り、マイク、カメラなしのペン取材のみ。さっそく各国の記者からは、いまどき音も映像もとらせない文化ってなんだという声が出たという。

  思えば 事件の端緒は米上院議会だったとはいえ、嘱託尋問、コーチャン証言、ワンピーナツ100万円といった捜査情報がアメリカの司法当局からポンポン飛び出したあのロッキード事件とは段違いだ。欧米に限らず、いまではアジア各国も司法に報道官、広報官を置いて、カメラの前で身ぶり手ぶりで、いま何を調べ、何を暴こうとしているのか、メディアを通じて国民に知らせるのが常道だ。

  もちろん、それぞれの国の司法に、それぞれの歴史と文化があることはわかる。だが、隠されたもの、見せようとしないものに、人々が不信と不審を募らせる。それもまた古今東西変わらぬ歴史と文化だと思うのだ。

(2018年12月5日掲載)

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2018年11月29日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

カジノとセットの「未来社会のデザイン」なんて
‐万博決定にも浮かない顔の関西人‐

  めでたさも中くらいなりおらが春─。お正月までまだちょっとあるけど、そんな気持ちですね。2025年万博は大阪に決まった。大阪で暮らして半世紀。私にとっても、めでたくも、そしてうれしくもある55年ぶりの大阪万博。♪こんにちは こんにちは 西の国から…の歌声がよみがえる。

  だけど博覧会事務局の総会がパリで開かれた23日、私はテレビ局のロケで大阪の中心、ミナミから天王寺、船場、そこから梅田を抜けて新大阪に移動したのだが、その間、ついに万博の「ば」の字も目にしなかった。スタッフの口から万博が出ることもなかった。経産大臣、知事、市長のハシャギぶりとは随分違う。

  とはいえ相次ぐ自然災害や少子高齢化の影。対アメリカ、ロシア、中国、韓国、ぎくしゃくする国際関係。あまりいいことがないなかで、5月から11月まで「夢州」(ゆめしま)に半年にわたって万国が集うお祭りが決まった。テーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。いいじゃないですか、夢がありそうじゃないですか。

  なのに多くの関西人が浮かない顔をしているのはなぜか。もちろん高度経済成長に向かってまっしぐらだった東京五輪、大阪万博とは時代背景がまるで違う。だけど私はそれだけとは思えない。言うまでもなく、都が主体の五輪と違って万博は国のイベント。とてもこんな金額ではすみそうもないはずだが、当面の会場建設費1250億円を国、大阪府市、経済界で3等分することにしている。

  だが大阪は府市とも財政は火の車。経済界はトヨタという大スポンサーがいた愛知万博と違って、どの企業も「協力はするけどおカネはねえ」。

  そこで国とタッグを組んで大阪府市が頼りにするのが今年成立した「統合型リゾート法」で認められたカジノ。万博会場近くにカジノを誘致して、その業者に地下鉄延伸などの関連事業費を負担させてしまおうという魂胆なのだ。

  ♪こんにちは こんにちは…の歌声に乗せて今度はカジノがやってくる。ギャンブル依存症の人や青少年への影響を心配する府民に限らず、多くの人にカジノが暗い影を落としていることは確かなのだ。2025年万博はよし。だけど、どう考えてもカジノを組み入れた「未来社会のデザイン」は、描けそうにないのである。

(20018年11月27日掲載)
 
  

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2018年11月22日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

「ぼくも…」母を見送った話 身近な映画
‐娘が認知症の母撮影ドキュメント‐


  お正月、年老いた母から「今年もよろしくお願いします」と言われるかわりに「ぼけますから、よろしくお願いします」と言われたら、ドン引きするか、あっけらかんと笑ってしまうしかない。そんな両親を娘が追ったテレビのドキュメンタリー番組が反響を呼んで、この新年のあいさつをそのままタイトルにして映画化された。

  「監督、撮影、語り、ひとり娘 信友直子」とある。その〈認知症の母と耳の遠い父と離れて暮らす私─〉信友さんに、東海テレビの取材でインタビューした。

  「大谷さん、覚えておられます? もう20年以上前、私がいたテレビ制作会社のスタッフと一緒に大いに飲んだことがあるんですよ」。言われてみたら、30代の信友さんの面影がある。
 
  「ぼくも8年ほど前に93歳で見送った母は後年、認知症でね」「まず、みなさん、映画の話の前にご自分のことを話してくださって。ああ、それだけこの映画が身近なんだなあって」

  広島県呉市の古い住宅で暮らす89歳の信友さんの母は、山ほどりんごを買い込んで「ようものを忘れる、バカちんが」と言い出したころから認知症が進行する。

  それを支える98歳の父は耳が遠く、文字通りの老老介護。そんな両親の姿を東京から帰省するたびにカメラに収めた1200日。

  笑って、泣いて、怒って、慰めて…。「生きているだけで迷惑をかける」という母を、耳は遠く腰が曲がっていても、いつも温厚な父が「何を言ってるんだ、お前」と怒鳴りつける。その母は信友さんが、かつて乳がんの手術で髪がすっかり抜け落ちたとき、真綿のような笑顔で包んでくれた。

  脱水前のぬれた洗濯物を広げて、その上に寝ころがってしまう母。手伝うかと思った父は、なんと母をまたいでトイレに行ってしまった。そんな両親にカメラを回し続ける娘。

  「でもね、プロですから、あっ、いいとこ撮れたな、と思ったあとは、ちゃんと手伝っているんですよ」と、いたずらっ子のように笑う。

  きょうできなかったことが、あしたはできているのが育児。きのうできたことが、きょうはできないのが介護。

  「映画を見て、そんな介護にも一筋の光を見つけてくれたらと思うのです」

  「ぼけますから、よろしく―」は、11月初旬から順次、全国を巡回している。

(2018年11月20日掲載)

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2018年11月15日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

トランプ大統領への「なんでやねん」
‐米下院の女性議員 過去最多100人近くに‐

  ABCテレビ(大阪)の夕方番組、「キャスト」に「なんでやねん」というコーナーがある。「始球式でバッターが必ず空振りするのは、なんでやねん」「ラーメンにメンマが入っているのは、なんでやねん」…。まっ、ドーデモいいことをああだ、こうだ。なかなかの人気コーナーなのだが、1度、共演者のココリコの遠藤章造さんと一緒に「世界中が“なんでやねん”のときに、きょうもドーデモいいことで“なんでやねん”では笑われるでぇ」と叫んだことがあった。

  忘れもしない2016年11月9日(日本時間10日)、あのトランプ氏が、まさかまさかの第45代アメリカ大統領に。そんなトランプ政権もあれから2年。折り返し点の中間選挙がやってきた。その選挙を前にマイケル・ムーア監督の映画「華氏119」を見てきた。

  ロシア疑惑に、女性スキャンダル。移民は「ギャング集団」で、メディアは「国民の敵」。ハイスクールで銃乱射が起きれば、「教師に銃を持たせろ!」。だがムーア監督は返す刀で、腰の引けたオバマ前大統領や上から目線のヒラリー前大統領候補も切って捨てる。

  そんななか映画に登場するのは、利権がらみで鉛入りの水道水を住民に飲ませる州知事を追い詰める母親たちと州の女性職員。自分たちも薄給なのに、貧困層の子どものために立ち上がる先生方。何より亡くなった級友の名前をひとりずつ挙げて、涙をぬぐおうともせずに銃規制を訴える女子高生。そんな若者たちは、「まずは選挙に行くことから始めよう」と訴える。

  そして迎えた11・9ならぬ11・6の中間選挙。18歳から29歳の若者の投票率は21%から31%にまで伸びた。下院の女性議員は過去最多の100人近く。最年少の女性は29歳。ムスリム(イスラム教徒)の女性議員も誕生した。アメリカの先住民族の子孫も、いまはトランプ氏によって入国を禁じられているソマリア難民の娘も、レズビアンを告白した女性も、みんなみんな下院議員だ。 もちろん今回の選挙は大統領への中間テスト。それが終わって人々の視線は次の大統領選挙へ。米国民でなくても興味は尽きない。

  2020、なんでやねんと天を仰ぐのは、またまた若者であり、女性であり、マイノリティーか。はたまたトランプ氏、その人か─。

(2018年11月13日掲載)

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2018年11月 8日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

「人権上の配慮」とは?
‐大阪・寝屋川「中1男女殺害」裁判‐

  ABCテレビ(大阪)の「キャスト」で大阪地裁前からのリポートを聞いて、胸の底に沈殿していた事件へのどす黒い思いが湧き上がってきた。2015年8月お盆のころ、大阪府寝屋川市で朝方、駅前にいた中学1年の女子生徒(当時13)と同級生の男子生徒(同12)が行方不明になり、惨殺体や白骨死体となって見つかった事件で殺人罪に問われた山田浩二被告(48)の裁判員裁判が始まった。

  ガランとした早朝の商店街、あどけなさの残る2人が寄り添うようにしている防犯カメラの映像がいまも目に焼きついている。そんな2人を殺害したとされる山田被告は公判でやりたい放題、言いたい放題。開廷間なしに裁判長の制止も聞かず、土下座してついたての向こうにいる被害者遺族に「すみませんでした」。

  だが、審理が始まると、男子生徒は「車の中でけいれんを起こして息をしなくなった」。女子生徒については「騒いだので口をふさごうとして気がついたら、手が首にふれていた」。また全身の刃物の傷は「ショックを与えて生き返らそうとした」と、殺意を全面的に否定した。

  裁判員の同情を買おうとした土下座に、荒唐無稽としか言いようのない主張。だが、こんな被告との争点の整理や精神鑑定をめぐって裁判が始まるまで、じつに3年以上かかっているのだ。そしてやっと開かれた公判で出てきたのがこの弁解だ。

  その山田被告は、これまで中高の男子生徒を車に連れ込んで性器を傷つける犯行を繰り返し、寝屋川事件の前は12年の懲役刑で服役していた。だが、「人権上の配慮から」この忌まわしい前科にふれたテレビニュースは、私の知る限りない。

  そんな折、中日新聞静岡支局の記者から、19歳の男が集団登校の小学生を無差別に襲って男児に重傷を負わせた事件について意見を聞かれた。この事件で静岡家裁は男を少年院送りに決定。だが、保護者や学校が事件の動機、そして何より社会復帰の時期について不安を抱いているのに、家裁はそれらすべてを非公表とした。

  記者によると、家裁はその理由を19歳少年に対する「人権上の配慮から」としているという。ここでもまた「人権」だ。このままでは人権は、ただうっとうしいものになってしまう。そんな気がしてならないのだが。


(2018年11月6日掲載)

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2018年11月 1日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

「伝えたい」安田さん支えた思い
‐プロパガンダで戦争を語っていいのか‐

  シリアで拘束された安田純平さん(44)本人と確認されたという一報が届いたとき、妻の深結(みゅう)さんはテレビ朝日スーパーJチャンネルのスタッフルームにいた。大急ぎでスタジオに入り、テーブルに額をつけんばかりにして「みなさまのおかげです」と言うその目に、涙があふれていた。

  3年4カ月にわたる拘束。最初は畳1畳ほどの部屋に監禁され、身動きどころか関節の音さえたてるなと強要された。精神に異常を来してもおかしくないなか、深結さんの夢に出てきた安田さんは「伝えたい、伝えるんだ」と叫んでいたという。その思いが安田さんを支え続けたに違いない。

  テレビなどで何度もご一緒したが、「もちろん、ぼくたちが伝えることは現実に起きていることの何万分の1です。でもこの目で子どもや女性の姿を見ないで戦争は伝えられない」という姿勢は変わらなかった。取材に向かうとき、安田さんは深結さんに必ず「責任はすべて自分が負うから」と言って出かけたという。

  とはいえ、シリアへの渡航自粛を求める外務省や警察庁の説得を振り切っての入国。加えて2004年のイラクに続いて2度目の拘束とあって、前回ほどのバッシングではないにせよ「自己責任」の批判はある。

  ならば私たちは、体制派、反体制派、ゲリラ部隊、テロ組織、それらが自分たちの都合に合わせて流すプロパガンダで「戦争」を語っていいのか。悩ましい問いかけが、今回もまた際限なく繰り返される。

  そんなとき、安田さんたちがイラクで解放されてしばらくしてから、一緒に拘束されていた高遠菜穂子さんも出席して開かれたシンポジウムを思い出す。安田さんが撮影した無差別空爆のあと、高遠さんが駆けつけた病院の包帯だらけの赤ちゃん、爆撃で両親を失ってストリートチルドレンになってしまったイラクの子どもたち。高遠さんは、自分たちが伝えることができるのは戦争で起きたことのほんの一部、微々たるものだという。だけど、その微々たるものを積み重ねていくしかない。最後の言葉を高遠さんはこう結んだ。

  「でも忘れないでほしいのです。微力であっても、無力ではないのです」

  なにがあっても、その微力をなくしてはならない。私の、答え探しも続く。

(2018年10月30日掲載)

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2018年10月25日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

あの町25年前を思い出す就労拡大


  番組でこのテーマにコメントしながら、これはいつか見た光景、新聞記者の警察(サツ)回り時代を思い出した。安倍政権は日本がかたくなに拒んできた外国人労働者の受け入れを認めることにした。考えが変わったのではない。背に腹は代えられなくなったのだ。

  さまざまな抜け道があったとはいえ、日本は単純労働、しかも5年以内でしか外国人の就労を認めてこなかった。それが今後は建設、農業、宿泊、介護、造船の5分野で、これまでの5年を超えたあとも経験を生かして仕事を続けられることになった。さらに日本語や技術力の試験に合格した外国人も、家族帯同で在留資格を更新しながら日本で働けることにする。

  一大方針転換の要因はなにか。言うまでもなく、いまも、そしてこれからも続く深刻な労働力不足だ。なにしろ在留外国人は、すでに256万人。この1年で18万人も増えているのに、大変な人手不足。さらに少子化で、いま6600万人の労働人口は20年後には5100万人になるという。そこで「お願い、外国人」となったのだ。

  それがなぜ、私の「いつか見た光景」なのか。40年以上前、サツ回りの記者だった私の持ち場は大阪のあいりん地区、釜ヶ崎と呼ばれた日雇い労働者の町だった。わずか1平方㌔㍍ほどの地域に多いときは4万人もの労働者がひしめき、早朝から道路や橋、ビルの工事現場へと雇われていく。だが、この町は景気の調節弁だ。東京五輪や大阪万博、それにバブル景気、そんな時、町は沸きに沸く。その一方で、不況のしわ寄せも真っ先にこの町にやってくる。

  1円のお金も入ってこないアブレと呼ばれる日が続くと、ちょっとしたもめ事が暴動に発展する。放火、投石、機動隊との衝突、荒れ狂った夜が続く。もちろん、暴力は許されない。ただ猛暑や極寒のときも“タコ部屋”と呼ばれる作業員宿舎に押し込まれ、不況となれば有無を言わさずたたき出される。取材する私たちに飛んできた「わしらかて人間やぞ」という涙まじりの怒声が、いまも耳に残っている。

  これまでは働きたくて残っていた人も不法滞在で強制送還していた国が、手のひら返しの就労拡大。その心根に、どうしても四半世紀前の、あの町の光景を思い出してしまうのである。

(2018年10月23日掲載)

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2018年10月18日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

「盗撮」「痴漢冤罪」を生む土壌
‐ただの「迷惑」で片づけられるから‐

  これは、とてもじゃないが「迷惑」なんて言葉で片づけられるものではない。そのことを映像が物語ってくれた。先週、各局のテレビニュースが放送したが、JR埼京線・池袋ー新宿間の車内で女性を盗撮した男が通報でかけつけた駅員の隙をみて線路に飛び降りて逃走。一目散に逃げる様子を乗客が撮影。1度は画面から消えた男を今度は西口の防犯カメラが捉えていた。

  20分後、東京都迷惑防止条例違反で逮捕されたが、45歳カラオケ店アルバイトのこの男は15本の線路をまたいで逃げたため、埼京線や山手線が14分停車した。「以前、痴漢をして捕まったので、(体を触らない)盗撮をすることにしてスマホをシャッター音の出ない動画撮影モードにしていた」と、泣きながら供述しているというが、いいかげんにしろ。泣きたいのは被害に遭った女性だし、足止めを食らった何万もの人だろう。

  ある女性誌のアンケートでは、日本の女性の70~80%が通勤通学の電車、帰宅時の道路などでこうした性犯罪の被害に遭っているという。交通事情の違いもあるとはいえ、長年こんなことが続いているのは、先進国では日本だけではないかと指摘している。いずれにしろ、この種の犯罪に対するユルユルでだらしない対応は早晩、改めるべき時期にきているのではないか。

  私はニュース番組で「盗撮逃走男の罪名が都の迷惑防止条例違反、ただ迷惑をかけただけとは、どういうことだッ」と声を荒らげてしまった。この犯行は条例の第5条、「衣服で隠されている下着、身体を撮影する行為」に当たるが、刑罰は懲役1年、罰金100万円以下。だけど悪質な常習者でない限り、これまで盗撮で実刑というのは聞いたことがない。罰金も、たいていは50万円以下だ。

  その一方で、社会問題ともなっている「痴漢冤罪事件」。「どうせ罰金ですむんだから、さっさと認めてしまえ」という安易でずさんな捜査は、こうしたユルユルの刑罰が生み出してはいないか。そのことによって家族も職場も失った男性がどれほどいることか。

  いずれにしろ、こうした犯罪に社会はもっとビシッと対処すべきではないのか。スカートの中のお尻をバシャバシャ撮られて「迷惑かけた」ですまされては、たまったもんじゃないのだ。

(2018年10月16日掲載)

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2018年10月11日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

後味悪い相撲協会の取り口
‐変わらずに生き残る道はない‐

  またしても貴乃花である。

  幕内優勝22回を誇る大横綱が相撲界を去っていった。昨年、弟子が暴行された事件が発覚した折、親方とは数年前、旧知のスポーツライターの方たちと一緒に食事をした、とこのコラムに書かせてもらった。その親方がまさかの引退である。

  私はテレビ番組や週刊誌のコメントで何度か映画、「山猫」の中のせりふ、「変わらずに生き残るためには、変わらなければならないのです」を使わせてもらった。1961年制作、63年のカンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞したこの作品はイタリアの没落していく貴族階級を描くなかで、この名せりふを生み出している。

  食事の席、当時、貴乃花一門を率いていた親方が熱く語る話の大半は、相撲道と相撲界の大改革だった。だが一門の親方衆はひとりふたりと去って、ついには部屋も消滅。貴乃花自身が、変わらなかったがゆえに生き残ることできなかった、そんな思いが去来する。

  とはいえ、内閣府への告発状をめぐって、「有形無形の圧力に屈して協会に残ることはできない」とする貴乃花と、「圧力は一切ない。協会に残るよう説得した」と真っ向から否定する相撲協会。平行線をたどったままなのに、こと今回の件では第三者委員会を立ち上げる気配もない。白星か黒星、2番後取り直しをしてでも引き分けがないはずの大相撲が、なんとも後味が悪い。これが大横綱を送り出す相撲協会の取り口なのか。

  ならば親方を見送った相撲協会は、改革も先送り、自身が変わらなくていいのか。後を絶たない暴力事件、不透明な親方株の売買、降って沸いたような一門への加入義務づけ。相変わらず外国出身力士頼みで、7月の名古屋場所新弟子検査はついに応募者ゼロを記録してしまった。青少年が誰ひとり見向きもしないスポーツが、この日本で、ほかにあるだろうか。こうして見てくると、相撲協会自体に変わらずに生き残る道はない、としか言いようがない。

  折しも貴乃花騒動と相前後して行われた第4次安倍内閣改造。おお、なんとこちらの方は、表紙を変えただけで4回も「変わらずに生き残って」いるではないか。土俵が違うとはいえ、こんなこともあるんだ。オット、今回は最後の方で、話の筋が違っちゃったかナ。
 
(2018年10月9日掲載)

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2018年10月 4日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

メディアの川上は澄んでいないと
‐伝統ある出版社の「新潮45」廃刊‐

  メディアの中の川上、川下論を唱えたのは、亡き筑紫哲也さんだった。山奥に源を発し、細いけれど清冽な流れ。その川上に位置するメディアが伝統ある出版社の総合雑誌。岩波書店の「世界」だったり、「月刊文藝春秋」、それに季刊や旬刊の論壇誌、学術誌。そこでささやかに展開された主張や論調は、やがて野に下り、源流にくらべてはるかに多くの人々の耳目にふれる。それが新聞であろう。

  そこから流れはゆったりとした川下に。真水に海水が流れ込み、広い河口には俗っぽいものも入り込んでいる。それが筑紫さんも深くかかわったテレビであり、時には週刊誌だろう。だからこそ源に湧き出る水は澄んでいなければならない。清冽な源流に邪悪なものを流し込んではならない。

  総合雑誌のひとつ、月刊の「新潮45」が休刊となった。新聞の休刊日とは、わけが違う。再び刊行されることがない、廃刊である。性的少数者を罵倒、誹謗する女性国会議員の寄稿を擁護する特集を10月号で展開、ついに廃刊に追い込まれた。

  私たちメディアにかかわる者にとって、ペンを奪われる事態はあってはならない。だが今回ばかりは私もコメントで廃刊を主張し続けた。女性議員擁護の寄稿の中から、「約束の日―安倍晋三試論―」などの著書のある文芸評論家の一文をかなりの方に読んでいただいた。

  〈満員電車に乗った時に女の匂いを嗅いだら手が自動的に動いてしまう、そういう痴漢症候群の男の困苦こそ、極めて根深ろう(中略)彼らの触る権利を社会は保障すべきでないのか〉

  ラジオのスタジオでこの一文を聞いてくれた女性アナは、許されるなら席を立ちたい気配だった。小学生の女の子を電車通学させているお母さんは読むなり、顔を青ざめさせていた。男性とてメモを破らんばかりに突っ返してきた人もいた。

  メディアの川上でこんなものを流し込まれてはたまらない。川は腐臭を放つ。ここは廃刊の道しかなかった。だが同時に私は廃刊ですませてはならないとも感じている。コメントを依頼されたりして知り合った新潮社の編集者には素晴らしいセンスの方が多い。そんな編集者が源流に澄みきったしずくを一滴注ぎ込んで、新たな潮流に乗った総合雑誌を発刊する─。いまは、その日を待ち望んでいる。

(2018年10月2日掲載)

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