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2022年11月

2022年11月28日 (月)

正しく恐れる S医師からのメール

-コロナ第8波への指摘-

 新型コロナは第8波に入ったとする学者がいる一方、厚労省の助言機関は「増加は鈍化傾向」としている。そんなとき、いつものS医師からメールが届いた。

 〈私の診療所でも発熱患者4人のうち3人がコロナ陽性という感染傾向です。ただワクチンのおかげもあって重症者は、ほとんどいないという状況です。こうしたなか、国民のすでに5~6分の1の人が罹患したとみられ、治療費の全額をいつまでも公費負担としていて医療経済崩壊にならないのか。率直に心配です〉

 そのうえでS医師のメールにはこうした指摘も。

 〈重症者が少ないとはいえ治療後、長引く咳、倦怠感、嗅覚異状といった後遺症の患者さんもおられます。

 さらにここにきて心配な報告が出始めています。コロナ感染者と未感染者を比較した場合、コロナが心筋梗塞をはじめ、心血管疾患の罹患率や死亡率を高めているようなのです。加えてウイルスが、がん抑制遺伝子の発現を低下させるらしく、発がんの率が有意に高くなっているというのです。

急性期の症状が軽いからといって、まだまだインフルエンザと違って不気味なウイルスなのです〉

 最後にS医師は 

 〈今後、いかにしてこのウイルスと共存していくか。われわれクリニックの医師にも、発熱外来の引き受けや、ワクチン接種もそろそろ堪忍してほしいという気持ちも出始めているところです〉

 国内でコロナ感染が確認されて間もなく3年。国産治療薬が承認される一方で、危惧される後遺症やウイルスによる将来的影響。いま私たちは、あらためて「正しく恐れる」の原点に立ち返るときなのかもしれない。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2022年11月28日掲載)

 

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2022年11月21日 (月)

命と向き合う刑事たちの懊悩

-死刑のはんこ発言- 

「朝、死刑のはんこを押して、昼のニュースのトップになるのはそういう時だけ」。更迭された葉梨康弘前法相の発言は、長く事件取材をしてきた私の中にまだ澱のように残っている。

 忘れられない事件がある。大阪府下のマンションの一室で若い夫婦が惨殺された。難航した捜査の末、この部屋の以前の住人が紛失した鍵を使い、オノを凶器にして侵入したMが逮捕された。

 数年後、死刑判決の知らせに私は刑事部屋に飛び込んだ。捜査班の班長をはじめ、部屋中に高揚感があふれた。「命は戻らないけど、これで若い夫婦も浮かばれる」「両親は遺影に報告されているやろな」。中にはそっと握手する刑事もいた。

 さらに数年後、法廷で「早く死刑に」と訴えていたMの死刑が執行された。法務省担当記者からの一報で、私はまたこの捜査班の部屋に駆け込んだ。だが、その知らせに判決の時と変わって、部屋は水を打ったように静まり返った。

 天井を見上げた班長が「そうか、Mは逝ったか」と声を絞り出せば、自供を引き出した古参の刑事が「Mよ、成仏してくれ」と、うめきながらこうべを垂れる。お経を唱えているのか、小さく唇を動かしながら窓の外を見上げる刑事もいた。

 私はそこに、被害者の命だけではなく、加害者の命とも向き合う刑事たちの懊悩を見た思いがしたのだった。

 同じ警察組織とはいえ、警察庁のキャリア官僚としてエリートコースを駆け上がった前法相は、たとえ1度であっても、こんな刑事たちと同じ空気を吸ったことがあったのだろうか。

 こうしてコラムを書きながら私の指は、まだ憤りで小刻みに震えている。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2022年11月21日掲載)

 

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2022年11月14日 (月)

1本のノコギリが切り出した実態

-悪質盗撮グループ摘発相次ぐ-

 日ごろ警察に厳しい目を向けている私が思わず「グッジョブ!」と叫びたくなる捜査を静岡県警が進めている。メンバーが全国に及ぶ悪質盗撮グループの逮捕者が先月で11人になった。

 きっかけは1本のノコギリだった。昨年10月深夜、国道1号線のパーキングエリアに駐車した車で仮眠していた男を県警自動車警ら隊の警官3人が職務質問すると、車の中からノコギリが。ハイキング帰りという男の話に違和感を持った3人が問い詰めると、ついに男は露天風呂の盗撮に邪魔になる木を切っていたと説明、その場で逮捕となった。

 これを機に出るわ出るわ、逮捕された1人が「自分とはアナログと8Kくらい違う」という盗撮のカリスマと呼ばれる男をリーダーに、露天風呂の盗撮を繰り返し、中には親しくしている女性を露天風呂に招待して仲間に盗撮させるというタチの悪いものまであった。

 警察官が抱いた一瞬の違和感が暴いた盗撮犯罪。だがすでに始まっている裁判の彼らの罪状は盗撮した場所の県がそれぞれ定めている「県迷惑防止条例」。これまで出た判決はすべて執行猶予付きだ。

 男たちが摘発されても、ネット上に映像が拡散している恐怖に怯える女性にとって絶対に「迷惑」ですませられる犯罪ではない。

 だが、こうした事態に現在、性犯罪規定の見直しを進めている法制審議会は盗撮罪の新設を検討しているが、まだ事務局試案の段階。これから法相に答申するという。

 現場の警察官の鋭い触覚が悪質な盗撮グループを追い込む一方で、法で裁く側の動きのなんと鈍いことか。

 1本のノコギリが、こんな実態も切り出してみせてくれた。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2022年11月14日掲載)

 

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2022年11月 7日 (月)

果たして有罪に持ち込めるか

-「王将」社長射殺事件-

 9年前の事件が大きく動いた。2013年12月、「餃子の王将」本社前で早朝、当時72歳の社長が射殺された事件で、京都府警は服役中の工藤会(北九州市)系暴力団幹部(56)を逮捕した。

 所属する工藤会は国内で唯一、「特定危険指定暴力団」に指定されている凶悪団体。15年ほど前、市民にまで襲いかかるこの組の幹部と豪壮な組本部を取材した。

 だが今回の逮捕、これまで明らかにされている物証としては、現場で吸ったとみられるたばこの吸い殻から検出された幹部のDNA。それに、犯行に使用されたと思われる盗難バイクのハンドルから出た硝煙反応。そして京都~福岡を往復する不審な車のカメラ映像。これくらいしかないのだが、どれも「だからこの幹部が撃った」という証拠にはならない。

 更にやっかいなのが動機だ。王将と九州の企業グループが不適切な取引を繰り返し、結果170億円という巨額な融資が焦げついていることが明らかになった。だが、この債務はすでに整理がついているといわれている。暴力団がカネにならないことで動くはずがないのだが、この段階で社長を射殺したところで、だれかの利益になるとは思えない。

 なにより王将とこの企業グループ、そして工藤会幹部。この3つの点を結び付ける線がまったく見えてこない。ということは、よほどの隠し玉でもない限り、強引に起訴したところで到底、有罪には持ち込めないのではないか。

 だが工藤会は、かつて九州の企業トップどころか、「暴力団は来ないで」と訴えただけのスナックのママにまで襲いかかった「特定危険指定暴力団」。日本の司法の底力が試されている。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2022年11月7日掲載)

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