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2018年11月21日 (水)

Webコラム 吉富有治

果たして「逃げた」のはどちらか "私的サロン"で議論する茶番

  大阪府の松井一郎知事をはじめ大阪維新の会の一部議員らが、ある会議に大阪府議会と大阪市議会の自民党、公明党、共産党の各議員らが参加しなかったことに対して、「逃げた」「議員として自己否定だ」などとメディアやSNSを使って批判している。そこに吉本興業所属の某芸人も便乗し、「これ行かないのはホンマに腹立つ」などとツイッターに書き込み、それに賛同する人も増えている。だが、「逃げた」のは維新以外の政党ではなく、実は大阪府と大阪市の両行政であり、その2人のトップである。

  「ある会議」とは、大阪府と大阪市が設置した副首都推進本部会議だ。この会議の主催者は知事と市長で、有識者を招いて大阪が抱える諸問題を討議し、ときに提言を受けて政策に活かす諮問機関である。諮問機関だから、この場で決まったことが法的根拠を持つことはなく、もちろん議会が追認することもない。言ってみれば、府知事と市長の"私的サロン"でしかない。

  さて、この私的サロンである副首都推進本部会議で11月16日、いわゆる大阪都構想が及ぼすであろう経済効果の議論がおこなわれた。議論のたたき台になったのは、大阪市が約1000万円の税金を支払って学校法人「嘉悦学園」に試算を委託した調査報告書だ。

  この報告書は都構想の"経済効果"を数値化したもので、そもそもは維新側の強い求めに応じて大阪市が今年1月に事業者を公募したことがきっかけだった。ところが、1度目はどこの事業者も尻込みし、結果は応募ゼロ。4月におこなわれた2度目の公募で、ようやく嘉悦学園に決まった。

  ただし厳密に言うと、嘉悦学園が出してきた報告書は都構想の経済効果を示したものではない。示されたのは、大阪市を解体して4つの特別区になれば、年間で計約1000億円規模の財政が削減でき、それが10年間で最大約1兆1000億円の削減効果が期待できるとしたものである。したがって、経済効果と言うよりは「歳出削減効果額」と呼ぶのが正確である。

  そもそも経済効果とは、新しい産業が起こり、また企業誘致で消費や雇用が増えた結果、地元に落ちてくるお金の総額を示したものだ。大阪市が廃止されて特別区ができたからといって、どんな産業が生まれるのか、全国から多くの企業が大阪にやってくるなど占い師でもない限りわからない。そのため1度目の公募で実績のある大手事業者ですらさじを投げて入札には応じなかったのは当然で、ようやく嘉悦学園が「歳出削減効果」というアクロバット的手法で入札を果たしたのだ。

  だが、この報告書には府議会や市議会から批判が相次いだ。大阪市議会では大都市・税財政特別委員会などで自民党などの議員が「試算の根拠が恣意的であいまいだ」などと担当者に何度も問題点を質している。

  その内容を一部紹介すると、4つの特別区が年間で計約1000億円も歳出をカットすれば、その代償として住民サービスが確実に落ちるだろうと指摘。その約1000億円にしても、病院や下水道事業など、大阪市が廃止されたあと大阪府に移管する事務が含まれていることまで判明。このきわめてズサンな試算に対して大阪府と大阪市は「専門家の分析だから問題ない」と木で鼻をくくった役人答弁をオウムのように繰り返すのみ。松井知事や吉村市長にいたっては、「そこまで言うのなら報告書を作った学者に聞けばいい」と開き直る始末。結果、冒頭の副首都推進本部会議でのヒアリングになった。

  しかし、これは順番が逆だろう。学者から説明を受けるのは自民党や公明党などの議会ではなく、本来は行政の仕事である。

  大阪市は約1000万円の税金を使って事業者に報告書を作成させたのだ。ならば、納入された報告書の信ぴょう性をまっさきに検証する義務が行政にはある。ところが大阪市は報告書に書かれた「約1兆1000億円」という景気のいい数字に満足したのか、中身を十分に検証していない疑いがある。検証していれば、自民党や公明党の指摘くらいは正面から答えられるはずだからだ。その基本的な義務すら怠り、「学者に聞けばいい」という態度は、自分たちの不作為を棚に上げる行為でしかない。

  議員は行政が暴走しないか、税金をムダ使いしていないかをチェックするのが本来の仕事であり、その主戦場はあくまでも議会や各委員会なのだ。行政は当然、議会や委員会で決まったことには従わなければならない。私的サロンである副首都推進本部会議に議員が参加する義務などなく、議員の主戦場ですらない。そこで話し合われた内容に法的な拘束力などなく、議会や行政が追認する場でもない。だいたい「逃げた」と叫ぶほうがおかど違いなのだ。

  大阪府と大阪市の役人は、そして松井知事と吉村市長の両トップは嘉悦学園の学者からの説明を聞いて納得し、報告書には信ぴょう性があると確信したのだそうだ。では各政党は役人と両トップを議会に呼び、数々の疑問点を再度質せばいい。今度は真正面から答えてくれるだろう。答えなければ「副首都推進本部会議で居眠りしていたのか」と笑い飛ばすことだ。

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