日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏
「ぼくも…」母を見送った話 身近な映画
‐娘が認知症の母撮影ドキュメント‐
お正月、年老いた母から「今年もよろしくお願いします」と言われるかわりに「ぼけますから、よろしくお願いします」と言われたら、ドン引きするか、あっけらかんと笑ってしまうしかない。そんな両親を娘が追ったテレビのドキュメンタリー番組が反響を呼んで、この新年のあいさつをそのままタイトルにして映画化された。
「監督、撮影、語り、ひとり娘 信友直子」とある。その〈認知症の母と耳の遠い父と離れて暮らす私─〉信友さんに、東海テレビの取材でインタビューした。
「大谷さん、覚えておられます? もう20年以上前、私がいたテレビ制作会社のスタッフと一緒に大いに飲んだことがあるんですよ」。言われてみたら、30代の信友さんの面影がある。
「ぼくも8年ほど前に93歳で見送った母は後年、認知症でね」「まず、みなさん、映画の話の前にご自分のことを話してくださって。ああ、それだけこの映画が身近なんだなあって」
広島県呉市の古い住宅で暮らす89歳の信友さんの母は、山ほどりんごを買い込んで「ようものを忘れる、バカちんが」と言い出したころから認知症が進行する。
それを支える98歳の父は耳が遠く、文字通りの老老介護。そんな両親の姿を東京から帰省するたびにカメラに収めた1200日。
笑って、泣いて、怒って、慰めて…。「生きているだけで迷惑をかける」という母を、耳は遠く腰が曲がっていても、いつも温厚な父が「何を言ってるんだ、お前」と怒鳴りつける。その母は信友さんが、かつて乳がんの手術で髪がすっかり抜け落ちたとき、真綿のような笑顔で包んでくれた。
脱水前のぬれた洗濯物を広げて、その上に寝ころがってしまう母。手伝うかと思った父は、なんと母をまたいでトイレに行ってしまった。そんな両親にカメラを回し続ける娘。
「でもね、プロですから、あっ、いいとこ撮れたな、と思ったあとは、ちゃんと手伝っているんですよ」と、いたずらっ子のように笑う。
きょうできなかったことが、あしたはできているのが育児。きのうできたことが、きょうはできないのが介護。
「映画を見て、そんな介護にも一筋の光を見つけてくれたらと思うのです」
「ぼけますから、よろしく―」は、11月初旬から順次、全国を巡回している。
(2018年11月20日掲載)
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