Webコラム 吉富有治
2度目の住民投票が延期に このまま自然消滅というシナリオも
政令市である大阪市を廃止して、代わりに複数の特別区を設置する、いわゆる「大阪都構想」。その是非を問う住民投票は2015年5月17日に実施され、反対票が賛成票を僅差で上回ったことで都構想は頓挫した。だが、2015年11月の大阪府知事選、市長選のダブル選挙で大阪維新の会が圧勝したことで、頓挫したはずの都構想はふたたび息を吹き返し、早ければ今年の9月には2度目の住民投票が開かれる予定だった。
ところが、大阪維新の会は5月31日に開いた党の会議で、都構想を設計する大阪府市・法定協議会で「十分な議論が尽くされていない」ことを理由に正式に延期を決定した。
ただし、住民投票を延期する理由は維新が言うように、必ずしも「十分な議論が尽くされていない」からではない。そもそも前回の住民投票でも十分な議論を尽くしたとは言えず、大阪市民に中途半端な情報しか与えないまま半ば強引に実施し、その結果、市民感情を賛成派と反対派に二分するような事態を招いてしまった。政令市を廃止するかどうかの重要なテーマを扱うのなら、半年や1年くらいの議論で十分なわけがない。
維新が住民投票を延期した本当の理由は3つあると思っている。1つは、以前に比べて大阪市民の関心が低いことである。
今年4月にNHKが実施した都構想に関する世論調査によれば、都構想に賛成する大阪市民は28%なのに対して、公明党が提唱する総合区と都構想に反対する市民は42%もいた。つまり、大阪市の行政区の改革も、また市の廃止も望まず現状維持を求める声が圧倒的に多かったのだ。
この調子では、都構想に興味も関心もない大阪市民を対象に住民投票を実施したところで反対多数になることは目に見えている。勝ち目がないなら、やらないほうがいい。維新がこう判断しても不思議ではない。
2つ目の理由は、維新の内部にも住民投票の延期を求める声が強かったからである。特に、維新の会大阪市議団から先送りを求める声が強い。大阪市は廃止される対象で、回り回って、自分たちも議員の身分を失うからだろう。
2011年4月の住民投票で「橋下チルドレン」と呼ばれた多くの地方議員が誕生してから、来年で丸8年を迎えようとしている。その間、大阪維新の会は大阪府議会と大阪市議会で第一党の地位を築き、もはや押しも押されもせぬ立派な既成政党になった。チルドレンたちもベテラン議員に成長し、議員バッチを付けることに慣れてきた。
ところが、維新にとって「一丁目一番地」の最重要政策である都構想が否定されると、維新の存在まで否定され、自分たち議員の身分まで危うくなる。「身を切る改革」を訴える維新議員たちだが、本音では現在のポジションにとどまりたいようである。
そして最後の理由が公明党だ。大阪維新の会は府議会と市議会で第一党とはいえ、維新だけでは単独過半数に満たない。そのため住民投票の実施には公明党の協力が不可欠である。ところが、その公明党が今年の住民投票実施に慎重な姿勢を見せたため、維新も諦めざるを得なかったのだ。
もっとも、公明党の大阪府議、大阪市議たちの大半は都構想に反対で、本音では住民投票などやりたくもない。このままずるずると延長が続き、住民投票が自然消滅することを望んでいるようなのだ。その伏線は法定協議会でも散見された。
法定協議会を事務方としてサポートする大阪府・市の職員が、都構想の財政シミュレーションを法定協議会に出しきても、公明党の議員たちはその都度、細かい点を突いてくる。挙げ句、「これでは納得できない」と突き返す場面も多々見られた。
こんな調子のまま法定協議会が進めば、それだけで1年や2年経っても議論は煮詰まらない。おそらく公明党の狙いは、維新が住民投票延期の理由に掲げた「十分な議論が尽くされていない」状態を延々と繰り返すことではないのか。
ただ、維新の会も指を加えて黙って見過ごすとも思えない。前回の住民投票では、当初は住民投票に反対していた公明党の態度をひっくり返すために菅義偉官房長官に泣きつき、支持母体の創価学会から公明党へ圧力をかけたことがあった。維新は今度も同じ手を使うことは十分に考えられる。
だが、2015年の当時と違って、モリカケ問題などで内閣支持率が下がり続ける安倍晋三政権にかつての勢いはない。また、安倍首相も今年4月に来阪した際、自民党の国会議員や府議、市議たちの前で「都構想には反対する」と言い切った。維新が裏で手を回して公明党を揺さぶることは難しいだろう。
以上のことから様々な情勢から見て、最終的に住民投票は開かれないのではないかと私は予想している。
しかし、それでいい。来年のG20サミット首脳会議や2025年の大阪万博など、大阪には課題が山積みだ。貴重な税金と時間を使って無駄な議論をするよりも、眼の前の問題を片付けることが先決だろう。大阪市民の多くもそれを望んでいるはずである。
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