2019年6月20日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

迷走している高齢者運転対策
-後を絶たない暴走事故-

 高齢運転者による事故が後を絶たない。10日には兵庫県小野市の病院駐車場で81歳の夫が運転する車に77歳の妻がひかれて死亡。悲惨な老後となってしまった。

 そんな折、気になるニュースを産経新聞が伝えていた。全国のバス路線、53万7000キロ余りのうち、この10年間で約2%、約1万3000㌔が廃止されているという。毎年1000㌔余り。主な原因は深刻な運転手不足だが、東京、関西など大都市圏以外では、少子高齢化で乗客が26%も減って赤字になっていることが路線消滅に拍車をかけている。

 この記事を見て真っ先に思い出したのが、東日本大震災から1、2年たったころの宮城県南三陸町だった。民間のバス会社が朝一番の仙台行きを運転手不足と乗客減から廃止してしまったのだ。

 町内で仙台の国立大学病院に月に何回か通っているお年寄りはこの便を利用していたのだが、次の便では午前の診察に間に合わない。といって息子たちに丸1日診療につき合わせるわけにはいかない。余裕のある人は前夜から大学近くのホテルに泊まり、そうでない人は、まだ暗いうちからやっと1車線が開通した高速道路を2時間かけて仙台に向かう。お年寄りにとって病院への足の確保は、ある意味で死活問題なのだ。

 このバス路線廃止のニュースと前後して、私は北関東の地方都市に近い医科大学で短い時間、講義する機会があった。事務局長と雑談していると、周辺は完全な車社会。1500台収容の大学病院駐車場でも入り切れないことがある。もちろん患者はお年寄りが多い。

 そこで病院は、地方都市のJR駅から片道30分、ワンコイン(500円)で病院と結ぶバスを運行させようとしたのだが、日本の運輸行政は、にべもなく門前払い。細かな理由は聞きそびれたが、どうやら病院が運行主体の有料路線バスは認めないということらしい。事務局長は「タクシーだと5000円近く。お年寄りは随分助かると思うのですが」と残念でならない様子だった。

 高齢ドライバーの病院での暴走事故。もちろん過失の責めは負うべきだ。だが裕福な87歳元高級官僚が都心の繁華街で2歳の女の子と母を死亡させた事故とは、私には違って見える。

 高齢ドライバーの暴走事故対策。私は迷走しているように思えてならない。

(2019年6月18日掲載)

 

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2019年6月13日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

ひきこもり2人の事実に今こそ向き合うべき
-起こした事件と起きた事件に思う-

 議論するというより、ただむなしく言葉が飛び交っている。川崎市でカリタス学園の女子児童ら2人が殺害された事件で私も発生翌日、現場に飛んだ。状況から自殺した容疑者が計画的に学園の子どもに襲いかかったことは明らかだった。スクールバスの乗員が立ち向かわなかったら、とても18人の負傷者ではすまなかったと、背筋が凍った。

 容疑者の51歳の男は、育ての親の80歳代の伯父夫婦の家で20年近くひきこもっていたという。

 その週末、東京・練馬で元農水省事務次官が44歳の長男を包丁で刺して殺害した。最近、家に戻ってひきこもっていた長男は、両親に激しい暴力を加え、父親は長男の命を絶つ思いを妻に伝えていたという。

 この事態にひきこもりの家族を抱える家庭を支援するNPOの代表がテレビで、「ひきこもりを犯罪予備軍のように捉えないで」と訴える一方、根本厚労相も「事件とひきこもりを安易に結びつけるのは慎んでほしい」とする談話を出した。

 とはいえ、そんなことは世の中の大半の人はわかっているはずだ。だけど、ひきこもりの男がなんの罪もない少女たちに襲いかかり、一方で、ひきこもりの男が官僚のトップに上り詰めた父親に殺害された。事件は起きてしまったのだ。そのことは動かし難い事実ではないのか。

 誤解を恐れずに目を少し移してみよう。私たちは精神疾患、精神障がい者を犯罪予備軍と捉えていない。安易に犯罪と結びつけることもしていない。だけど、刑事責任を問えない、心神耗弱、心神喪失などの事件には行政による措置入院、裁判所による通院、入院の決定。差別を助長しないように、慎重に慎重に議論を重ねながら、こうした制度を構築してきたではないか。

 言うまでもなく、ひきこもりは虐待やいじめと違って犯罪ではない。極論すれば、ひとつの生活スタイルであって警察や役所が安易に入っていくべきではない。

 だが、その一方で、日本の行政、司法の隅々まで知り尽くした元官僚はそこを頼る様子もなく、昼下がりの自宅で刃を息子に振りかざした。妻は夫の人生のすべてと息子の命がいままさに失われようとしていたのに、駆け込む場所さえなかった。

 この事実こそ、いま私たちが真剣に、深刻に議論すべきことではないのか。

(2019年6月11日掲載)

 

 

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2019年6月 6日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」大谷昭宏

猛暑の北海道で姿見せたエゾナキウサギ
-観測史上初の暑さに肝冷やした-

 先月末、観測史上初めての北海道の猛暑に、妙な話だが私は肝を冷やした。というのも、その半月前、まだ雪の残る十勝地方の山の中、私はガレ場と呼ばれる岩肌をただただ見つめ、ひたすら耳をそばだてていた。

 物音ひとつたてずにたたずむ、数人のアマチュアカメラマンと私たちのテレビクルー。その私たちを案内してくれた弁護士の市川守弘さんと妻の利美さん。目を凝らす先は直径20㌢ほどの岩穴。中にはきっと、エゾナキウサギがいるはずだ。

 市川さんは、日本中の警察が震え上がった北海道警裏金不正を徹底追及した硬骨、反骨の腕っこき弁護士。だけど還暦を過ぎて札幌の事務所を占冠村トマムに移し、手作りの山小屋で暮らし始めた。そんなユニークな弁護士人生をテレビ朝日系列のドキュメント、「テレメンタリー」が密着取材しているのだが、市川さん夫妻には、もう1つの顔、自然とのかかわりがある。

 妻の利美さんは「ナキウサギふぁんくらぶ」の会長なのだ。エゾナキウサギは7万年から1万年前、氷河期からの哺乳類。日本列島がユーラシア大陸と離れたあと、北海道の大雪、日高など限られた寒冷地で命をつないできた。だから先日の猛暑に、どんなにびっくりしたことか。

 手のひらに乗るほどの大きさ。ウサギなのに小さな小さな耳。岩穴を出るときや仲間を呼ぶときに出すピィッという鳴き声がその名のいわれだ。環境省レッドリストの準絶滅危惧種。写真集や動画で見た愛くるしい姿に、これまでイヌワシやヤンバルクイナ、クロガンなど絶滅危惧種に出合ってきた私は、なんとしてでも会いたくなった。

 ルールを守る自然保護者しか知らない生息地を秘密にすることを約束して、テレビクルーとガレ場に。とはいえ、出合えるかどうかはナキウサギのご機嫌次第。ただただ岩肌を見つめていましたね。目も耳も研ぎ澄まして。だけど午前中は鳴き声は聞こえても姿は見えず。午後もただただ立ちましたが、肌寒くなってディレクターの顔色も悪くなってきた、その時でした─。

 ピィッという声とともに、岩の上にちょこんとお座りして。ホントかわいかったなぁ。

 この模様は8日土曜、テレビ朝日系「スーパーJチャンネル」(午後4時30分)で、ぜひご覧ください。

(2019年6月4日掲載)

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2019年5月30日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」大谷昭宏

壁に突き当たった裁判員制度

 先週は新聞、テレビを裁判員制度のニュースが飾った。2009年に制度が始まってこの5月21日で10年を迎え、私も都内で開かれたシンポジウムを取材。痴漢冤罪事件を描いた映画「それでもボクはやってない」の周防正行監督にもインタビューさせてもらった。

 「裁判員裁判のおかげで他の事件の録画録音可視化が進むなど波及効果もあった」と周防さんが言う通り、10歳になったこの制度、すくすくと育っているように見える。ただ、ここにきて1つの壁に突き当たっていることも事実だ。

 裁判員候補になったあと、実際の裁判を辞退した人は発足当時の53%から68%、じつに7割近くになってしまっているのだ。その原因のひとつが長期化する審理。当初平均3・7日だったものが昨年は10・8日。ついに100日を超える裁判も出てきてしまった。そうなると一般の市民はなかなか引き受けられない。参加できるのはリタイアした人や、よほど裁判に興味を持っている人。「広く市民の声を裁判に」という当初の理念は、どこかに行ってしまう。

 その一方で「ホォ、そうなんだ」と感じるデータもある。裁判員経験者のアンケートで、全員に近い97%の人が「よい経験と感じた」と答えているのだ。実際シンポジウムに参加した裁判員経験者からも「見ず知らずの人と熱い議論を交わせた」「人生が深まった気がする」「生涯の宝物」といった声が寄せられていた。

 なのに、なぜ7割の人が辞退するのか。裁判員経験者は口々に「貴重な経験を多く人に伝えたくても、私たちに課せられた守秘義務が重くのしかかっているんです」と訴える。

 たしかに法律では、裁判員の候補になった時点から生涯にわたって守秘義務が課せられ、違反すると懲役刑まである。これでは最高裁がいくら「裁判員になって感じたこと、心に残ったことを口にするのは自由」と言っても、一般市民の裁判員は怖くて裁判のことを話せないのではないか。

 ここは裁判所も発想を180度転換して、評議内容を漏らした時に限って処罰の対象とできないものか。 裁判員裁判10年のキャッチコピーの1つ、「私も出来た あなたも出来る 裁判員」。広めるのは裁判所の大きな役割だと思うのだ。

(2016年5月28日掲載)

 

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2019年5月23日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」大谷昭宏

悲しみが先にきた「戦争」発言…
-丸山議員の北方領土ビザなし渡航-

 最初に湧いてきた思いは、胸ぐらつかんで引きずりまわしてやりたいというよりも、悲しみだった。日本維新の会を除名になった丸山穂高衆院議員(35)が北方領土のビザなし渡航で、元国後島民の大塚小彌太団長(89)に「戦争でこの島を取り返すことに賛成ですか、反対ですか」「戦争しないと、どうしようもなくはないですか」などと発言した。

 なぜ、悲しみが先にきたのか。昨年12月、いまは上皇となられた天皇が最後に臨まれた誕生日記者会見。陛下は時折、声を詰まらせながら、「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています」と述べられたのだ。

 その平成が令和になって10日ほど、平成元年には5歳にもなっていなかった男がなぜか、国権の最高機関に紛れ込んで「戦争しないと、どうしようもなくはないか」と言い放ったのだ。

 もう1点、2012年(平24)私は札幌で開かれた厚労省主催の「中国・樺太残留邦人への理解を深めるシンポジウム」のコーディネーターをさせてもらった。

 終戦直前、ソ連軍は日本統治下の南樺太(現・ロシアサハリン州)や千島列島に侵攻、行き場を失った日本人、とりわけ多くの女性が現地に取り残された。

 その後3年にわたって引き揚げ事業が行われたのだが、かなりの女性が生活のため現地の韓国人労働者と結婚。さらにその後、帰還しやすい国籍という根拠のないうわさを信じて北朝鮮やロシア国籍にした女性もいた。だが、引き揚げ事業はあくまで日本人が対象。無情にも岸壁を離れていく船を、涙で見送った残留邦人も少なくなかったという。

 2012年の札幌でのシンポジウムには2年前、89歳でやっと永住帰国を果たした女性もおられた。白髪の下の額に深く刻まれたシワ。その方たちの口を突いて出るのは、「戦争は嫌、戦争は絶対ダメ」だった。ビザなし渡航の大塚団長も当時少年だったとはいえ、そんな日本人の姿を目に焼き付けたはずだ。その人たちに、国会議員が「戦争、戦争」と言い放ったのだ。

 こんな男は放っておけとまでは言わない。だが、いま大事なことは、この議員に与党をはじめ各党が、各議員が、どう対応するのか、しっかりと目に焼き付けておくことではないだろうか。

(2019年5月21日掲載)
 
    

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2019年5月16日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」大谷昭宏

平成の黒い疑惑 幕引きさせてなるものか
-広島中央署の8572万円盗難事件-
県警VS.記者

きょう5月14日は昨年、新潟市西区で小学2年の女児が殺害されたうえ、線路に遺体を遺棄された事件で、犯人の男(24)が逮捕されて1年になる。世間を震え上がらせ、私たちも連日、報道したが、1年たって初公判さえ開かれていないことを知っている人は少ないのではないか。同時に、ニュースを送る側の関心の移ろいの速さにも驚かされる。

 そんななか事件発生からまる2年の、この5月はさすがにないと思っていたら、「やっぱり県警の対応についてコメントを」と言ってきた局がある。日本テレビ系列の広島テレビが、それ。

 2017年(平29)大型連休明けの5月8日、広島中央署会計課の金庫から現金8572万円が盗まれていることに課員が気づいた。大金が警察署から盗み出され、しかも身内の犯行とみて間違いない、日本の警察史上に残る大汚点。
 この事態に署や県警の幹部がうろたえるのは、わからなくはない。だが県警は事件についての広報や県民への説明、謝罪は一切なし。翌年、本部長が転任するあいさつの一部で事件にふれただけだった。
 この対応が広島テレビの事件記者に火をつけた。電話取材だけではあきたらないと、ときには記者が新幹線で大阪の私の事務所までやってきた。

 だけどこうした報道も県警にとってはカエルの面になんとか。事件後に着任した本部長の下、幕引きに向けて次々と手を打ってくる。まず今年2月、県民に迷惑はかけないとして被害金は県警幹部とOBで全額弁済すると公表。そのうえで4月、元県警警部補が犯人とした一部報道を「関知しない」としたまま、中央署長ら7人の処分を発表した。

 そもそも事件が解決していないのに、どうやって関係者を特定して処分できるのか。このときも広島テレビで怒りに燃えるコメントをさせてもらった。一刻も早くみっともない事件を忘れさせようと幕引きを図る県警側と、そうはさせじと幕にしがみつくテレビ記者。

 だけど広島だけではない。国に目を移してみれば、森友・加計問題に、あちこちで噴出した統計不正。令和の新時代に押し寄せたお祝いの波も、いま静かに引きつつある。そこに再び、くっきりと姿を見せた平成の黒い疑惑。慶事に紛れて幕引きさせてなるものか。メディアの真価が問われている。

(2019年5月14日掲載)

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2019年5月 9日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」大谷昭宏

令和の坂道どうあるいていくか
‐新時代 心に残った新聞報道‐ 

 平成最後の4月30日は、岐阜県関市平成(へなり)地区の「道の駅平成」から雨模様のなかの生中継。明けて令和となった5月1日は、定番のこの日式を挙げたカップルに、これも定番、日付が変わると同時に産声をあげた赤ちゃんの紹介。テレビでこんな放送をしておいて「過剰お祝い 議論遠く」(2日付毎日新聞)の指摘に耳を傾けよう、なんて言うのもおこがましい。それを承知でこの間、心に残った新聞論調をいくつか。

 平成最後の日を目前に毎日新聞の「余録」は、まず江戸時代の終わりから伸び続けてきた人口が平成20年(2008年)、1億2808万人をピークに下り坂に入ったことを指摘。平成12年(2000年)、世界で2番目だった国民1人当たりのGDPは、いま世界で26番目にまで落ち、「知らず知らずのうちに私たちは文明の峠を越えたようである」として、司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」のあとがきの一文にふれる。

 〈楽天家たちは…前をのみ見つめながらあるく。のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶(いちだ)の白い雲がかがやいているとすれば、それのみを見つめて坂をのぼっていくであろう〉

 このあとがきに続けて、余録は「今、峠の坂道を越えて先行きに戸惑う私たちだ」として「誰もが文明の引き潮におののいた平成だった」と記すのだった。

 もう1点。元号が変わり、新天皇が即位された日の朝日新聞朝刊。原武史放送大学教授は〈社会は「奉祝」一色になっている。天皇が戦争責任を清算せずに死去したことなど、批判的な意見がテレビでも平然と放送されていた昭和の終わりに比べると、日本人の皇室感は大きく変わった〉としてこう続ける。 

 〈(いまは上皇、上皇后となられたおふたりは)おおむね称賛をもって迎えられた。ますます分断する社会を統合しようとしてきた感さえある〉としながらも、極めて厳しい指摘をする。

 〈だが一方で、本来政治が果たすべきその役割が、もはや天皇と皇后にしか期待できなくなっているようにも見える。そうであれば、ある意味では、民主主義にとっては極めて危うい状況なのではないか―〉

 連休も終わって、きょうからの日常。かがやく雲のみを見つめてきた私たちは、令和の坂道を、どうあるいていこうとしているのだろうか。

(2019年5月7日掲載)

 

 

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2019年5月 2日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」大谷昭宏

平和は「沖縄基地お守り」の御利益なのか
‐戦争のない時代 平成‐

 平成の元号のもとで書く最後のコラムである。きょう退位される天皇陛下。直近で深く心に残ったことといえば、やはり昨年85歳のお誕生日を前に、天皇として最後となる記者会見で語られたお言葉だった。

 あらためて記事を読み返してみると、陛下は何度か声を詰まらせ、涙声に聞こえることもあったとある。

 ひとつは戦争と戦後の日本にふれながら、「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵(あんど)しています」と、ご自身の平和を希求するお気持ちを率直に述べられたときだった。

 さらに陛下は皇太子時代を含め、皇后とともに11回も訪問された沖縄にふれ、「沖縄の人々が耐え続けた犠牲に心を寄せていくとの私どもの思いは、これからも変わることはありません」と、何度か声を詰まらせた。

 その沖縄、私事になるが、4月中旬、数十回目となる取材で、このたびは地元の沖縄タイムス、琉球新報2紙の記者を訪ねた。肌で感じたことは、国際通りのみやげ物店に早々と「令和」のTシャツが並んだ以外、平成から令和へ、本土の、どこか浮足立ったにぎやかさはメディアを含めて沖縄にはないように見えた。

 インタビューさせてもらったのは、沖縄2紙のデスククラスの中堅記者と入社3年目の若手。陛下が沖縄に何度も足を運んでくださったことに心底感謝しつつ、ともに口にしたのは、沖縄の思いに耳を傾けようとしない本土へのもどかしさだ。

 辺野古新基地反対の衆院補選候補が当選する前だったが、県民投票で圧倒的多数でノーの結論が出たのに、直後から急ピッチで進むサンゴ礁の海の埋め立て。沖縄の「平和」と「犠牲」。中堅、若手の記者からともに口を突いて出たのはくしくも「基地お守り論」だった。

 北朝鮮の核ミサイル、中国の海洋進出。沖縄の米軍が、そして基地が、抑止になっている、それがあるからこそ、平和が維持されている─。だけどそれは本当に、このお守りの御利益なのか。後生大事にしているお守りの中身を、だれか1人でも見たことがあるのか。

 陛下が安堵された戦争がなかった平成の時代と、沖縄の人々が耐え続けた犠牲。大事にすること、向き合わなければならないこと、重い命題を胸に、あと数時間で令和の時代がやってくる。

(2019年4月30日掲載)

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2019年4月25日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」大谷昭宏

被害者申し立てで裁判員裁判可能に
‐怒り感じる2件の無罪判決‐
条文が服着た裁判官

 お札刷新について書いた先週のこのコラムで、偽札造りは最高刑が無期懲役なので偽1万円札で缶チューハイを買っただけでも裁判員裁判と書いた。だったら、こんな事件こそ裁判員裁判にならないものか。怒りをもってこれを書いている。

 名古屋地裁岡崎支部は先月末、19歳の実の娘と性的関係を持ち、2件の準強制性交罪に問われた父親に対して無罪を言い渡した。娘は中学時代から父親の性虐待を受け、一時は弟たちが寝室を一緒にして姉をかばってくれたが、弟たちが成長し部屋を別にすると再び父親は関係を迫ったという。

 刑法改正で強姦罪は強制性交罪となって刑罰も引き上げられた。だけど無罪となっては厳罰化もなにもあったもんじゃない。裁判長は判決で罪を成立させるための「抗拒不能」、つまり女性が拒んだり、抗うことが著しく困難な暴行、脅迫があったわけではなく、また服従せざるを得ない強い支配関係にあったとも言い難いとしている。

 だけど一つ屋根の下で中学生のころから襲いかかってくる父親を、どうしたら拒むことができたというのか。加えて、育ててもらい、専門学校の学費を出してもらっていることは強い支配関係につながらないのか。

 もう1件、やはり3月に福岡地裁久留米支部は、一気飮みさせ、眠り込んだ女性と性交、法改正前の準強姦罪に問われた男に無罪を言い渡した。判決で裁判長は女性が「抗拒不能」だったことは認めたが、女性が言葉を発することができたことや、明らかな拒絶の意思がなかったので男性が同意していると「誤信」してしまう状況にあったとして、故意による犯行と認めがたく無罪としたのだ。

 だけどこの判決によると、勝手に「同意」と感じた鈍感な男ほど無罪になるということになりはしないのか。

 相次ぐ無罪に、女性たちから「男目線の判決」としてブーイングが起きていると書いたメディアもあったが、同じ男性として、これを男目線なんて言われたら、たまったもんじゃない。法の条文が服を着ている、ただのオタク裁判官ではないのか。

 裁判員制度が「判決に広く一般の市民感覚を」というのであれば、こういう事件こそ、被害者自身が「裁判員裁判に」と申し立てることはできないものか。司法はぜひ耳を傾けてほしい。

(2019年4月23日掲載)

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2019年4月18日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」大谷昭宏

紙幣刷新5年前の発表…魂胆見え見え
‐手詰まりアベノミクス苦肉の策‐

 新聞、テレビが大騒ぎするのは、まあ仕方がないとして、週刊誌は早速「何の意味があるのでしょうか」と聞いてきた。毎日新聞や日経がいち早く報じ、朝日、読売が後れをとった1万円札などの紙幣刷新。私は「いよいよ手詰まりのアベノミクス。政権は禁じ手とまでは言わないが、こんな苦肉の景気対策を出してきた」と、あちこちでコメントさせてもらった。

 1万円は渋沢栄一、5000円は津田梅子、1000円は北里柴三郎に、それぞれお札の肖像画を一新する通貨刷新。ただし発行するのは5年先、2024年だとしている。20年ぶりのこの刷新。だけど前回は発行の2年前、前々回は3年前の公表だったのに、今回はなんと5年も前の発表。なぜなのか。魂胆が見え見えではないか。

 目の前の衆院補選、7月には参院選。なのに景気も物価も一向に上向く気配はない。そこに10月の消費税アップが冷水をぶっかける。さらに来年7月の東京五輪のあと景気はどっと落ち込み、安倍政権終焉のころ、景気は鍋底を這っている危険性もある。それはまずい。けど特効薬はない。ならば、紙幣刷新でちょっと目先を変えてみようというのだ。

 もう1点、政府は後を絶たない通貨偽造、偽札対策のホログラムを強化するという。だけど偽札の件で偽情報を流してはダメだ。通貨偽造は国を揺るがす重大犯罪なので最高刑は裁判員裁判の対象となる無期懲役。

 だが裁判員制度が始まって今年で10年。調べてみると2年前、大阪・西成の自宅で1万円札を両面コピーしたオヤジが知人にこの偽札で缶チューハイ2本を買わせた事件が1件、たしかに裁判員裁判になっていたが、判決は無期どころか執行猶予。どこが後を絶たない通貨偽造なんだ。うそばかりつくんじゃない。

 それに、福沢さんから渋沢さん、一葉さんから梅子さん、野口さんから北里さん。だけど、長い間、顔を合わせていたせいか、なんとなくこのままの方がいいなあという気がしてならないのは私だけだろうか。もしみんながそう思って、いまのお札を大事にしたら、景気浮揚には逆効果だ。

 墜落寸前のアベノミクスをなんとかしたいという気持ちはわからなくはない。だけど古来、日本に「刷新」という言葉はあっても「札新」なんてものはないのだ。

(2019年4月16日掲載)

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