2019年8月22日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

公務員も裁判官も「顔も名前も」ひた隠し
-不正、誤認逮捕の後始末-

 戦後74年の夏、当たり前のことだが、来年は75年。人の年齢でいえば後期高齢者となる。だけど日々ニュースを送りながら、この国は限りなく幼児化、お子ちゃま化している気がする。

 夕方の東海テレビのニュース。この日、名古屋市の職員2人と愛知県の職員1人の不祥事を伝えた。名古屋市の42歳の職員の男は、コンビニでマンガ2冊(950円相当)を万引して停職4カ月。また34歳の職員は「女性問題で悩んで」10日間無断欠勤して減給処分。23歳の県職員の男は焼酎のお茶割り10杯を飲んで車を運転、県は懲戒処分にするという。

 記者会見に出てきた女性を含む市や県の幹部。深々と頭を下げてみせたものの、やってられない感がありあり。それはそうだ。23歳、34歳、42歳の大の大人は、だれ1人、顔も出さなければ名前もなし。幹部が何分頭を下げようが、どこ吹く風だ。

 名古屋からの帰り、翌週ラジオで取り上げるニュースをメールでチェックすると「女子大生誤認逮捕。松山地裁謝罪せず」があった。タクシー内で運転手のバッグを盗んだとして無実の女子大生が逮捕された事件で、警察が請求するまま逮捕状を出した裁判官について、地裁は裁判官の名前の公表も謝罪も拒否した。

 この事件では誤認逮捕された女子大生が「手錠をかけられたときのショックは忘れられない」「就職が決まっているのに大変な事になるぞ、と脅された」とする手記を発表、取り調べ刑事の直接の謝罪を求めたが、県警本部長は「前例がない」と拒否。女子大生を2カ月にわたって責め続けた大の大人は、ここでも顔も名前も隠したままだ。

 まだある。香川県警では40代の警部補が、未成年の息子が交際相手の女性に乱暴、スマホを奪った事件で、息子が持っていたスマホを隠したうえ、女性に被害届を出さないように強要したという。だが県警は警部補の顔や名前どころか、事件そのものをひた隠しに隠していた。

 何をやっても責任をとることなく甘ったれたまま幼児化した大の大人。片やあの時代、軍の暴走を止めるどころか戦局をあおり立て、戦後は責任をとることもなく何食わぬ顔で社会に潜り込む。74年前のあのころの恥知らずな人たちと、どこか似てきてはいないだろうか。

(2019年8月20日掲載)

 

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2019年8月15日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

「その後のその後」やったらどうだ
-「表現の不自由展・その後」中止-

 みんながそれぞれ間違えているのではないか。名古屋の東海テレビで連日、あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」が中止になったニュースを伝えながら、そう思っていた。

 従軍慰安婦を表現する少女像などが展示されていることに河村たかし名古屋市長が「日本人の心を踏みにじる」と言えば、大村秀章愛知県知事は「市長発言は憲法(表現の自由)違反の疑いが濃厚だ」。そこに場外参戦した吉村洋文大阪府知事が「大村知事は不適格、辞職相当だ」と発言すると、伝え聞いた大村知事は「哀れ。大阪はこんなレベルの人が知事なのか」。

 そもそも愛知、大阪の府県民は、ののしり合いをしてほしくて知事、市長を選んだのではない。それにこの人たちの芸術論など、ハナから聞きたくもない。だけど愛知、名古屋の県市で、この国際展に10億円以上出しているとなると「金も出すけど口も出す」、それがこの国の風土なのだ。

 ただし、この金が公費、税金である以上、ガソリンをまくといった脅迫は論外として、タックスペイヤー、納税者に反対を訴える権利はあると思う。

 では、この「不自由展・その後」に出展されている方たちはどうしたらいいのか。4年前、2015年の企画展がそうだったように、公費でなく、すべて自前で、今回の会場近くで独自の「不自由展・その後のその後」をやったらどうだ。10月14日までの長い会期。いまなら、まだ間に合う。

 新たな会場費に、厳戒体制の警備費。経費はふくらむ一方で、チケットはいくらになるかわからない。だけど、どこからも1円たりともらっていない。企画者と来場者で思う存分楽しむ。

 もちろん今回の件とはまったく別だが、京都アニメーションの悲惨な事件では、「京アニに抱いた夢を消さないで」と国内外から18億円ものお金が寄せられている。大事なもの、消してはならないものに、お金を惜しまない人は多いのだ。

 では、そうしてすべて自前で再開された「―その後のその後」が脅迫や妨害を受けたらどうするか。私たちは県や市の行政機関、司法警察、あらゆる力をもって徹底的に守り抜く。

 「表現の自由」は民主主義のとりで。「表現の不自由」は私たちの社会にあってはならないからである。

(2019年8月13日掲載)

 

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2019年8月 8日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

遺族 警察 メディアでよりよい取材のあり方を
-京アニ放火 史上最悪事件だからこそ-

 「私はこれからもあなたのアニメの中にいます」「作品に出会って、生き方が楽になりました」。京都アニメーション、京アニの事件から2週間が過ぎた2日、犠牲になられた35人のうち遺族の承諾が得られた10人の実名が公表された。

 さっそくテレビ、新聞には名前が明らかになったアニメーターのみなさんやご遺族への思いがあふれた。だけど、この実名公表までにはさまざま紆余曲折があって、私も少しの間だったが、その混乱のなかにいた。

 事件当初、京都府警捜査1課は犠牲者の無念に思いをはせ、早い時期に実名を公表するとしていた。だが京アニ側が「そっとしておいて」と匿名を希望、いったん決まった7月末の公表は見送られた。さらに警察庁がメディア対策など、より慎重さを求めてきたため、時間を要してしまった。

 この間、実名、匿名報道について聞いてきた通信社が差し替えコメントを求めてきたときやテレビ局の打ち合わせで、私は取材記者に「ご遺族の気持ちや警察の被害者保護の姿勢はわかる。だけどこんなときにメディアは何をしているんだ」と何度も言葉を強めた。

 京都府警が100人もの警察官を被害者対策に向けた点は評価できる。だが報道に関して、遺族の要望を警察だけが聞いてくるという姿勢は間違っている。遺族の心のケアにも携わる警察官が「実名を出して取材に応じましょう」と言うとは思えない。むしろ悪気はなくても、警察というフィルターを通してメディアを語ることが多いはずだ。

 結果、事件に限らず、事故や災害で「ほかの子はお遊戯のビデオまで流れているのに、なぜうちの子は名前だけなの」と問い合わせがあって、確認すると警察が思い込みで「取材拒否」としていたケースもあった。

 日本の犯罪史上最悪の放火、殺人事件。だからこそこの事件を契機に、メディアスクラム防止のため全国の主要警察記者クラブが担当幹事社を常設しているように、新たに「ご遺族取材対策会議」といったものは設けられないだろうか。そこで遺族、警察、メディアの3者で、よりよい取材のあり方を協議していく。

 京アニとメディア、互いにステキで大事な表現者であり続けるために、悲惨な事件のなか、せめてそんなことができたらと思っている。

(2019年8月6日掲載)

 

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2019年8月 1日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

私たちの社会はいつ負の連鎖を断ち切るのか
-やりきれない「京アニ放火殺人事件」-

 京都の祇園祭が終わり、大阪の天神祭本宮の25日夜、いつも京都でお世話になっている個人タクシーの運転手さんから「京都アニメーション本社近くのホールで、亡くなられた方のお通夜が営まれるようです」とメールをいただいた。折り返し電話を入れると「ご遺族でしょう。憔悴しきった姿がありました」と、沈んだ声が返ってきた。

 これまでに、京都府警は犠牲者35人を確認。亡くなられたのは女性21人、男性14人で、半数以上の方が20代か30代だったとしている。これと同時に、府警は100人の特別捜査本部員のうち80人をご遺族支援にまわし、さらに100人の警察官を心のケアなどのサポートに当たらせる異例の体制を組んだ。

 ほとんどの遺体は損傷が激しく、DNA鑑定でやっと身元を特定。それでも捜査員の問いかけに大多数のご遺族は、どうしても最期の対面を望む。そうした遺族の直後の心のケアに当たるのも、いまは捜査員の大事な仕事になっている。

 さらに、いまなお意識が戻らないまま生死をさまよう十数人の方々。捜査幹部は、あまりにひどいやけどの状態に時折、声を詰まらせながらも「絶対に生き抜いてくれよ」と懸命に闘う命に思いを寄せている。

 一方、殺人と放火容疑で逮捕状が出ている青葉真司容疑者(41)は、ドクターヘリで京都から大阪狭山市の大学病院に移送されたが重篤な状態が続いている。やけど面積を減らすために皮膚移植が検討されているが、手術に耐えられる容体に至らず、意識は戻ったものの生死の間をさまよっている。

 捜査幹部は「前後の足どりから正常な心理状態だったことは明らか。なんとしてでも本人の口から動機を語らせたい」としているが、依然として予断を許さない状況だ。

 それにしても7月25日といえば、夏祭りの夜、カレーを食べた小学生を含む4人が犠牲になった和歌山毒物カレー事件から21年。さらに翌26日は、障がい者19人の命が奪われた神奈川県相模原市の「津久井やまゆり園」殺人事件から3年であった。

 私たちの社会は、いつになったら、この負の連鎖を断ち切れるのだろうか。

 つらく、悲しく、やりきれない、2019年夏である。

(2019年7月30日掲載)

 

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2019年7月25日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

卑劣な暴力の連鎖 鈍感にならぬよう
-京アニ放火殺人事件-

 参院選挙が終わった。ただ今回は、まずその選挙戦の最中に起きた「京都アニメーション」放火殺人事件にふれたい。事件が起きた18日、私は大阪の自宅にいた。いち早くNHKが正午のニュースで「死者10人以上」と深刻な事態を伝え、映像でも死者数は、それをはるかに上回ることは容易に想像できた。

 夕方、ABCテレビのニュース番組を控えていた私はチャンネルを替えながらテレビ画面を見続けたのだが、これほどの事件なのに、通常番組を打ち切って特別報道番組に切り替えた局はない。そんな状況のまま局入りした私は、いきなりスタジオで「重大事件に、こんな対応でいいのか!」と怒りを爆発させてしまった。

 この時点で明らかになった犯行の動機は断片的だったが、それでも理不尽な要求が通らず、放火という暴力に走ったことは明らかだった。川崎のカリタス学園児童殺傷事件、大阪・千里山の交番拳銃強奪事件…。思い通りにならないことを卑劣な暴力に訴えようとする。そうした流れに、この社会はあまりに鈍感になってはいないだろうか。

 さて、投開票のすんだ参院選。これらの事件とはまったく関係ないのだが、終盤、心にひっかかることがあった。JR札幌駅前で街頭演説をしていた安倍首相に「帰れっ」とか「増税反対」を叫んだ聴衆が私服警官に囲まれ、駅前から排除された。3日後には滋賀県大津京駅前で首相にヤジを飛ばした男性が警官にフェンスに押しやられ、演説中、身動きがとれなくなった。

 警察は「トラブル防止」としているが、首相の訴えに反対する人々を権力という力で抑え込んで、首相にすり寄ったのは明らかだ。他方、だれの演説であれ、ただただ罵声を浴びせたり、大音響のスピーカーで声をかき消す。そんな暴力も決して許されるものではない。

 さて、京都アニメーションの事件は、Pray For Kyoani(京アニに祈りを)のハッシュタグが拡散、「世界中が応援しています」といった数千のメッセージが寄せられているという。まさにアニメは、音楽、スポーツと並ぶ世界共通の言語。私たちは暴力ではなく、こんなクール・ジャパン(ステキな日本文化)を持っているではないか。そのことをいま、しっかりとかみしめたい。

(2019年7月23日掲載)

 

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2019年7月18日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

クレーマー政党の思惑通りにさせないために投票を
-民主主義を支える2本の柱-

 参院選の選挙戦まっ只中である。言わずもがなのことだが、民主主義を支える2本の柱は、この選挙制度と言論の自由である。だけど今回の参院選、驚くほど関心は薄く、投票率は過去4番目に低かった3年前を下回る見通しだという。

 理由のひとつにはメディア、とりわけテレビ報道の後退がある。一部の政党からの異常なまでのクレーム。その対応に苦慮するくらいなら、と素っ気なく候補者を紹介するだけの報道。これでは視聴者が興味を持つはずがない。結果、クレーマー政党の思惑通りとなる。

 さて、民主主義のもうひとつの柱である言論の自由。先週、それに深く関わる映画、「新聞記者」を見てきた。いま硬派の作品としては空前の大ヒットになっているこの映画の原案は、東京新聞社会部の望月衣塑子記者。スクリーンには、たしかこんな事件があったなと思わせる場面が次々現れる。それらの事件をめぐって情報を操り、謀略を仕掛ける内閣情報調査室(内調)、その網をかいくぐって何とか事実にたどりつこうとする若い女性記者。

 権力の直近にいる男にレイプされ、実名で告白したにもかかわらず、もみ消される女性。その女性のスキャンダラスな男性関係をデッチあげてメディアに流せと命じられる若手内調官僚。

 やがて、この若手官僚は慕っている元上司が特区に開校予定の大学新設に深くかかわっているのではないかと疑いを持つ。同じころ匿名で届いたファクスをもとに、女性記者も大学新設の疑惑を追う。だが、過去にも文書改ざん事件の責任を一身に背負わされた元上司は、自ら命を絶ってしまう。

 渦巻く権謀術数。陰湿、陰険、そして目に見えぬ威迫。内調の実態はある程度知っているつもりだった私も背筋に冷たい汗が流れる。そんな映画の後段、若手官僚の現在の上司は、こう言い放つ。「この国の民主主義は形だけでいいんだ」。

 絶望の淵に立ったラストシーンからエンドロールに。だが私は、そこで初めての経験をする。暗い館内で拍手が起こり、波打つようにしばらく鳴りやまなかったのだ。そう、こんな腐った権力を許してはならない、と。 

 だからこそ選挙に行こう。この国の民主主義を「形だけ」にしないために。「新聞記者」を見た元新聞記者からの切なる願いである。

(2019年7月16日掲載)

 

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2019年7月11日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

世界でただ1国、日本だけが…
-象牙売買継続 商業捕鯨は再開-

 少し前のことになるが、大阪で朝日新聞記者の三浦英之さんと小さなトークショーをさせてもらった。テーマはアフリカゾウ。

 三浦さんは東日本大震災のあと現地に駐在して「南三陸日記」を連載されたが、当時、この記事がどれほど私の胸を打ったことか。

 その後、三浦さんは南アフリカ特派員としてアフリカ全土をカバー。この特派員時代、ときには身の危険を感じながら追ったアフリカゾウの密猟組織の実態をまとめた単行本、「牙」が本年度小学館ノンフィクション大賞を受賞した。

 雄大なサバンナ。子ゾウをまん中に悠然と歩く地球の陸地で最大の哺乳類、アフリカゾウ。三浦さんが撮影した映像に心ときめく。

 だが1940年、500万頭いたアフリカゾウは象牙を狙った密猟組織の銃やわなに倒れ、いまは10分の1にも満たない39万頭に激減、十数年後には絶滅するといわれている。

 だけどこのアフリカゾウの密猟組織に深くどころか、ただ1国、日本が関わっていることを一体、どれほどの国民が知っているだろうか。最大の密輸国だった中国でさえ国内市場を閉鎖したのに、日本は「印鑑文化に象牙は欠かせない」として、世界で唯一、象牙の売買を認めている。政府は「国内在庫分に限った流通で密猟と関係ない」としているが、市場が開いている限り、そこを抜け穴にした取引は後を絶たない。

 折しも7月1日、日本の商業捕鯨が31年ぶりに再開され、釧路港に2頭のミンククジラが水揚げされた。「クジラの食文化」を訴える日本に耳を傾けようともしないIWC(国際捕鯨委員会)を脱退しての再開。もちろん、イギリスなど欧米の反発は強く、捕鯨再開を「恥ずべき瞬間」と書いた海外メディアもあった。

 だが日本人のクジラ肉の消費は、いまは食肉全体の0.1%。1人当たり年間30㌘。国際社会の批判が渦巻くなか、本当に多くの国民が、この日の商業捕鯨再開を心待ちにしていたのか。

 象牙を柘植や樹脂に代えてしまったら印鑑文化は成り立たない。商業捕鯨なしに日本の食文化は成り立たない─。そう信じて疑わない国民は果たしてどのくらいいるのか。その一方で地球の陸と海の最大の哺乳類、ゾウとクジラの命が、きょうもあすも奪われている。

(2019年7月9日掲載)

 

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2019年7月 4日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

苦しみは患者だけじゃない 家族もだ
-ハンセン病 国へ賠償判決-

 私も文化放送の「村上信五くんと経済クン スペシャル」の生番組のため会場のインテックス大阪にかけつけたG20大阪サミット。番組では関ジャニ8の村上さんが安倍首相を単独インタビュー。結構本音も出て、なかなかおもしろかった。

 ただ、この日の朝刊は、というと、ご当地大阪の全国紙でもサミットを1面トップにしたのは読売、産経、日経の3紙。一方、朝日、毎日の2紙は「ハンセン病 家族にも賠償」と、ほぼ同じ見出しで1面トップで報じていた。

 サミット会場に向かう電車の中で新聞を開きながら、もう10年以上前に訪ねた熊本の施設、「菊池恵楓園」で出会ったお年寄りの顔が浮かんだ。家族にも見放された隔離施設。夕暮れどき、一戸建ての家の縁側でインタビューに応じてくれたご夫婦は、お互いの膝に手を置いて幸せそうだった。だが施設の夫婦には、どこも子どもはいない。患者同士の婚姻は、男性の断種か女性の不妊手術が条件だった。

 この隔離政策が違憲とされて、じつに20年近く。恵楓園のある熊本地裁の判決は、この政策が家族の人権をも甚だしく侵害したと認定。そのうえで「実際に差別体験がない家族でも結婚や就職などで差別される恐怖があり、共通の被害を受けた」と、1歩も2歩も踏み込んだ判断を下して561人の原告中541人に国の賠償を認めたのだ。

 判決を読みながら、私の胸に真っ先に浮かんだのは、国による強制不妊手術だった。旧優生保護法のもと、知的障がいなどは遺伝するという誤った認識によって施された不妊手術。つい23年前の1996年まで、この法律は生きていたのだ。

 今年4月、国はやっと被害者1人当たり一時金320万円を支払うとともに、首相のおわび談話を発表した。だが、それはあくまで被害者本人に対してだった。

 ハンセン病患者の家族について熊本地裁が「患者と共通の被害を受けた」とまで言い切ったいま、私たちの国は何を思うのだろうか。強制不妊こそ、かけ替えのない配偶者を言葉で言い表せないほど傷つけたのではないのか。

 国際会議場に向かう電車の中、「ハンセン病患者と家族を排除したのは、私たち地域社会でもあった」とする朝日新聞の女性記者の言葉が胸に響いていた。

(2019年7月2日掲載)

 

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2019年6月27日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

警察官の拳銃は安全を守るもの
-相次ぐ強奪事件…でも-

 大阪の交番警察官襲撃、拳銃強奪事件。神奈川の包丁を持った刑確定犯の逃走。市民を不安に陥れる事件が相次いだ。大阪の事件は、襲われた若い巡査が快方に向かっているという情報に胸をなで下ろしている。

 ただ、ここに来て、あまりに短絡的な机上の空論が長い間事件現場を取材してきた私の胸をざわつかせている。昨年の富山、宮城、そして今回の大阪と交番襲撃、拳銃強奪事件が相次いだことから、いっそのこと交番勤務の警察官の拳銃携行をやめたら、という声が一部の新聞の社説やジャーナリストから出ているのだ。

 ここは冷静に考えてほしい。話は飛ぶが、私は、アメリカは永遠に銃社会から抜け出せないと信じている。なぜか。彼らは銃が規制されたら、その法に従うのは善良な市民、つまり白人。法を守らず銃を持ち続けるのは、ならず者、はっきり言って黒人などマイノリティーかマフィア。そうなると、銃の犠牲になるのは法を守っているお人よしだけになるではないか。そうはいかない。家族を守るためにも、善良な市民もまた絶対に銃を手放せないのだ─。

 結果、アメリカの銃による犠牲者は2016年、1万3000人余り。ひるがえって日本はどうか。これでもかというほどの銃規制社会。発砲や所持はもちろん、理由なくさわっても罪になるがんじがらめの厳罰法。結果、2018年銃による死者はわずか3人。アメリカの4500分の1だ。

 とはいえ、正確な数は不明だが、日本でも拳銃は5万丁から15万丁が暴力団や外国人犯罪組織に所持されているとみられている。それらの銃がいつなんどき、無防備な市民に向けられるかわからない。そのときこそ交番の、パトロールの警察官が常時携行している拳銃を持って立ち向かう。ときには盾になって善良な市民を守り抜く。そのことによって、いやそれがあるから日本の厳重な銃規制社会は成り立っているのだ。

 識者の中にはスタンガンの携行で十分という人もいたが、犯罪組織の銃口が火を噴くとき、それで立ち向かえというのか。このたび重体となった警察官への思いは私も深い。だが、そのことで銃が重荷になるほど日本の警察はヤワではない。何より私たちは100年続く、この安全な社会を手放すわけにはいかないのだ。

(2019年6月25日掲載)

 

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2019年6月20日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

迷走している高齢者運転対策
-後を絶たない暴走事故-

 高齢運転者による事故が後を絶たない。10日には兵庫県小野市の病院駐車場で81歳の夫が運転する車に77歳の妻がひかれて死亡。悲惨な老後となってしまった。

 そんな折、気になるニュースを産経新聞が伝えていた。全国のバス路線、53万7000キロ余りのうち、この10年間で約2%、約1万3000㌔が廃止されているという。毎年1000㌔余り。主な原因は深刻な運転手不足だが、東京、関西など大都市圏以外では、少子高齢化で乗客が26%も減って赤字になっていることが路線消滅に拍車をかけている。

 この記事を見て真っ先に思い出したのが、東日本大震災から1、2年たったころの宮城県南三陸町だった。民間のバス会社が朝一番の仙台行きを運転手不足と乗客減から廃止してしまったのだ。

 町内で仙台の国立大学病院に月に何回か通っているお年寄りはこの便を利用していたのだが、次の便では午前の診察に間に合わない。といって息子たちに丸1日診療につき合わせるわけにはいかない。余裕のある人は前夜から大学近くのホテルに泊まり、そうでない人は、まだ暗いうちからやっと1車線が開通した高速道路を2時間かけて仙台に向かう。お年寄りにとって病院への足の確保は、ある意味で死活問題なのだ。

 このバス路線廃止のニュースと前後して、私は北関東の地方都市に近い医科大学で短い時間、講義する機会があった。事務局長と雑談していると、周辺は完全な車社会。1500台収容の大学病院駐車場でも入り切れないことがある。もちろん患者はお年寄りが多い。

 そこで病院は、地方都市のJR駅から片道30分、ワンコイン(500円)で病院と結ぶバスを運行させようとしたのだが、日本の運輸行政は、にべもなく門前払い。細かな理由は聞きそびれたが、どうやら病院が運行主体の有料路線バスは認めないということらしい。事務局長は「タクシーだと5000円近く。お年寄りは随分助かると思うのですが」と残念でならない様子だった。

 高齢ドライバーの病院での暴走事故。もちろん過失の責めは負うべきだ。だが裕福な87歳元高級官僚が都心の繁華街で2歳の女の子と母を死亡させた事故とは、私には違って見える。

 高齢ドライバーの暴走事故対策。私は迷走しているように思えてならない。

(2019年6月18日掲載)

 

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