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2026年3月 9日 (月)

原発に頼っていた地域ほど復興は遅い

-11日は東日本大震災から15年-

 あさって11日は東日本大震災から15年。それに先がけて町の山間部、山木屋地区が原発被害で避難指示となった福島県川俣町を東海テレビの取材で訪ねてきた。

 宮地勝志さん(66)は愛知県日進市から、震災翌年、川俣町役場に応援職員として派遣され、原子力災害対策課長として原発被災者と向き合う日々。定年後、そのまま川俣町民となった。

 いまでは夫婦それぞれの親も呼んで、宮地さんは山木屋の農地で野菜作りをする一方、町の地域おこし協力隊の応援団。ご一緒した町の居酒屋で口を突いて出るのは「わが人生に悔いはなし」。

 ただ、力をいれた山木屋の復興は避難解除になって9年、住民票のある580人のうち戻ったのは310人。それでも被災自治体の中ではいい方だという。原発にほど近い市町村では帰還者はおおむね2、3割だ。

 宮地さんは当たり前の話だけど、と前置きして「原発に賛成反対を抜きにして、経済も雇用もそこに頼っていた地域ほど復興は遅い。忘れがちだが、まずそれを胸に刻んでほしい」という。

 広野太さん(80)は、その山木屋地区で36世帯の区長をしていたが、いまは半分以下の13世帯。広野さん自身も仮設住宅の自治会長から、いまは夫婦で福島市に住む。会社勤めの息子さん一家は二本松市に。

 地区の子供歌舞伎の舞台にもなる大広間があった母屋は、取り壊されて跡形もない。離れの家と農機具の倉庫が残るだけ。3カ所にもなった生活の拠点。だけど広野さんは「この選択は正しかった」と言い切る。

 避難指示が出た当時は、息子さん夫婦に女の子、広野さんにとっての孫娘が生まれたばかり。「何があろうと、この子を原発の被災者にしてはなんない。たんだそれだけだったぁ」。

 その女の子は15歳のこの春、高校1年生だ。

 ♪ 誰かの笑顔が見える 悲しみの向こう側に 花は花は花は咲く…

 何度も口ずさんだフレーズが、また浮かんできた。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2026年3月9日(月)掲載/次回は3月23日(月)掲載です)

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