« 2024年11月 | トップページ | 2025年1月 »

2024年12月

2024年12月25日 (水)

戦禍、大災害…「いま私にできることは」

-バイオリニスト天満敦子さんの言葉に思う~脊髄損傷乗り越え「祈り」「望郷」弾く-

 師走の大阪・中之島の中央公会堂。演奏会場につえをついて入って来られた時は一瞬ハッとした。だが、その音色は大胆で、時には繊細でやさしく、とても脊髄損傷という大病を乗り越えてきたとは思えなかった。

  クラシック音楽とは縁遠い私が、バイオリニストの天満敦子さんと知り合って四半世紀になる。天満さんといえば、ルーマニアの天才作曲家、ポルムベスクの「望郷のバラード」と出合って日本に紹介した演奏家としても知られる。ここ数年は、長野県上田市の早世した戦没画学生を慰霊する美術館「無言館」でも定期的に演奏されている。

 コンサートのもう一つの魅力は曲の合間の天満さんの軽妙なトーク。だが、この日は少し違った。闘病の話は笑いをまじえてさらっと流し、話題は何度も足を運んだヨーロッパの国々の戦火に。ルーマニアから隣国、ウクライナへ。キエフと呼んでいたキーウの美しい町並み。素晴らしい音楽家にバレリーナ。そのウクライナが侵攻されて間もなく3年。ルーマニアには、美しい故国を捨ててウクライナの人々が逃れてきているという。そこまで言って天満さんは声を詰まらせた。

 一方でこの日の曲目には、ロシアの作曲家、ヴァヴィロフの「アヴェ・マリア」。ユダヤ人のブロッホ作曲、「祈り」もあった。天満さんは自分に語りかけるように「いま私にできることは、祈って弾き、弾いて祈ることだと思っています」。

 第2部の冒頭に弾いた「望郷のバラード」。29歳で亡くなったポルムベスクは19世紀半ば、ルーマニア独立運動に参加して投獄され、故郷と恋人を思って獄中でこの曲を作ったという。

 この日、天満さんの弦は、あるときは強く叫び、あるときは哀しげにささやくようにも聞こえるのだった。

 戦禍に大災害…。2024年が暮れようとしている。天満さんの言葉をなぞるようだが、私も祈って書き、書いて祈り続けたい。みなさま、どうぞ良いお年を―

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2024年12月23日(月)掲載/次回は2025年1月6日(月)掲載です)

 

|

2024年12月11日 (水)

袴田事件に全霊ささげ燃え尽きた

-無罪判決30件以上 元裁判官木谷明さん-

 12月1日、浜松市で開かれた集会。無罪が確定したものの、いまだ現実の世界に戻り切れない袴田巌さん(88)が、この日は「こういう勝利の日が最後に来たというのが喜ばしい。事実がやっと実った」と力強くあいさつ。その後、会場の全員で黙とうをささげた。

 元裁判官の木谷明さんが亡くなった。86歳。木谷さんといえば、在任中に30件以上の無罪判決を出し、そのすべてを覆ることなく、確定させたことで知られる。

 いま思えば、9月26日、無罪判決にこぎつけた袴田事件に全霊をささげ、燃え尽きられたような気がしてならない。その日、私が静岡朝日テレビの特番に出ていると知って局を訪ねてくださって、その場でインタビュー。袴田事件の1審で無罪を主張、傷心の中、裁判所を去った司法修習同期生の故・熊本典道判事の思い出。そしてこの日の判決で明らかになった検察の証拠捏造とそれを指弾できない裁判官たちの勇気のなさ。

 さらに冤罪事件が多発する中、取り返しのつかない死刑制度を廃止すべきとする木谷さんに、国民の8割が死刑存続を支持しているわが国の現状を問うと、「廃止している欧州の国々も当然、反対が多かったの。それをじっくり説いて廃止にもっていく。これこそが、国のリーダーと司法の役割では」と、いつもの静かで柔らかい声が返ってきた。

 20年にもなる取材で、まさかこれが最後のインタビューになるとは…悔しくて、残念でならない。

 最後の著書となった「違法捜査と冤罪〔第2版〕」のあとがきには、証拠を捏造してまで人を死刑に追い込もうとする検察を「自浄作用のない国家機関」と指弾する一方で、この著書が「違法捜査の絶滅。さらには裁判所の優柔不断な態度の絶滅に少しでも役立つことを祈念する」とある。

 あとがきが書かれた日付は死のわずか40日前。いまは遺言となってしまったこの思いを重く、静かに胸に刻み込んでおきたい。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2024年12月10日(火)掲載/次回は12月23日(月)掲載です)

 

 

|

« 2024年11月 | トップページ | 2025年1月 »