「桐島聡」名乗った男と あの頃の日本
-ラジオでじっくり語ってきた-
大阪のABCラジオ、「おはようパーソナリティ小縣裕介です」から「あのころの事件を語れるのは、いまでは大谷さんくらい」と、なんだかよくわからない依頼をいただいてスタジオでじっくり語ってきた。
テーマは逃亡49年、死の直前に「桐島聡」と名乗り出た連続企業爆破重要指名手配犯。リスナーから事件について、さまざま疑問が寄せられていた。
――連続企業爆破犯は、なぜ学生運動と一線を画したのですか
1969年の東大安田講堂陥落を最後に大学を追われた学生は学外で連合赤軍を結成するなど武力闘争に走り、72年にはあさま山荘事件を起こします。一方で、群馬の山中で10人もの仲間をリンチして殺害したことも発覚。桐島容疑者らは理屈ばかりで頭でっかちな学生に見切りをつけるのです。
――そこでできたのが東アジア反日武装戦線だったのですね
戦後、みんなが貧しかった日本も、70年代の高度経済成長期に入ると貧富の差が激しくなります。加えて経済力をつけた日本は、中国、韓国などアジアの国々に進出します。これを彼らは戦前の日本帝国主義の再来と捉えたのです。
――そんな帝国主義と、学生以外のだれが闘うのですか
彼らはまさにその帝国主義によって踏みにじられている人、日雇い労働者、在日朝鮮人、アイヌ…そういう人こそ闘いの中核になるべきと考え、これを〝窮民革命〟と呼んだのです。
――厳しい生活を強いられている人に大企業相手の爆弾闘争をさせることが、どうしても結びつきませんが
そうでしょうね。70年代の日本を揺るがした事件、とても1回では語り尽くせません。ラジオの続きはまた来週。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2024年2月12日掲載)
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