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2023年12月

2023年12月25日 (月)

ささえる人忘れぬよう自戒込めて…

-NHK記者の不正請求問題-

 NHKの30代社会部記者が取材費を不正請求、懲戒免職となった問題で、陳謝する局幹部の姿に東日本大震災の年、被災地で経験したことを思い出した。

 被災からほぼ半年、タクシーで取材先に向かっていると、運転手が「大谷さんはNHKでなく民放の仕事が大半ですよね。お乗せしたら、聞いてほしいことがあったんです」と言う。

 いつも大災害直後は報道機関のタクシーの奪い合い。私も何度も苦い経験をしたが、取材費が豊富なNHKは、あの大震災の時もいち早く運転手の会社のマイクロバスを1日20万円で借り上げた。

 だが、初夏ともなると取材も落ち着いてきて、運転手は朝からずっと待機。夕刻、この日初めて乗ってきた若い記者に「お金もかかるし、無線配車にされたら」と言ったところ、「あんたの会社とうちの局のことだろ。余計な口出しをするな」と食ってかかられたという。

 「私の息子より若い、4、5年目くらいの記者でしたよ」。悔しさがよみがえったのか、唇がわなわなと震え、「あれ以来、なんと言われようと受信料は払わないことにしました」とつけ加えた。

 もちろん、どんな組織にも勘違いしている人間はいる。だが、私たちメディアは受信料、購読料、スポンサー料、そして何よりも、名もない多くの視聴者、読者にささえられている。

 言うまでもなく、コンプライアンスや原稿の送稿、機材の操作。そうした記者教育は大事だ。だが真っ先にたたき込むべきは視聴者、読者の存在ではないのか。この世界に飛び込んで半世紀。自戒を込めてそう思いつつ、今年も拙いコラムをご愛読くださったみなさま、どうぞ良いお年を―

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年12月25日掲載)

 

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2023年12月18日 (月)

特定少年への死刑求刑に揺れる心

-甲府の裁判員裁判の行方-

 好意を寄せていた女子高生に交際を断られたことから、未明、この女性宅に侵入、両親を殺害したうえ家に放火した被告(21)の甲府地裁裁判員裁判で先週、検察は極刑の死刑を求刑した。

 このニュースを報じた新聞のうち毎日、東京などは事件当時19歳だった被告を匿名、地元の山梨日日、朝日、読売などは実名報道と対応が分かれた。

 昨年4月、少年法が改正され、これまで原則匿名だった18、19歳は特定少年と位置づけられて、検察はこの事件で初めて少年の名前を公表。匿名、実名報道はテレビも含め、各社の判断に委ねられた。

 同時に少年犯罪の厳罰化の声に応えて極刑の死刑も妥当となり、今回、検察は「残酷な犯罪で反省の態度もない」として死刑を求刑した。

 2階から逃げ出して無事だった女子高生を襲うのに邪魔になると殺害された両親や同時に切りつけられた妹。一家の無念さを思うと、「凶悪犯罪に年齢は関係ない。命で償うべき」とする検察の主張も当然と感じる。

 その一方で「被告の成育過程は不安定で、人格は完成しておらず、更生の可能性は残されている」として、死刑回避を求める弁護側の訴えにも、心が動く。

 人生100年時代といわれるなか、この先、半世紀をはるかに超えるであろう被告の人生で、犯行を心から自省し、更生の道を歩むことは望むべくもないのか。

 長年、事件を取材してきた私の心が揺れるなか、21歳の被告は、どんな判決であろうと裁判員裁判を受け入れ、控訴はしないとしており、1審で刑が確定する。

 あらためて人を裁くことの難しさを感じるなか、判決はちょうど1カ月後、来年1月18日に言い渡される。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年12月18日掲載)

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2023年12月11日 (月)

署員の自己弁護と組織の保身しかない

-愛知の留置場虐待死事件-

 これぞ自浄能力を失った組織を象徴する捜査ではないか。昨年12月、愛知県警岡崎署の留置場で精神疾患のある40代の男性が虐待死した事件で、県警は先日、署員9人を業務上過失致死容疑などで書類送検した。こうした密室での集団犯罪は一刻も早い捜査が不可欠なのに、逮捕もせずに丸1年。その間に証拠を隠し、口裏も合わせておいて下さいということだったのか。

 さらに、同時に特別公務員暴行陵虐罪に問われたのは男性を足蹴にした幹部ら2人。他の7人は業務上過失致死容疑のみ。5日間も戒具で縛り上げ、持病の薬も与えず、真冬に和式便器に頭部を押し込んで冷水を浴びせる。これが過失なのか。

 そこには代わる代わるやってくる警官の暴行の末、留置場の冷たい床で息絶えた男性や変わり果てた息子の姿に肩を震わせる父親。被害者への悔恨の情はみじんもない。あるのは署員の自己弁護と組織の保身だけ。

 折しも京都府警の警部補は、特殊詐欺の防犯活動で知った高齢者宅などで1千万円を超える窃盗を繰り返していた。中国四国管区警察局幹部は警官の制服を着て無理やり風俗女性と性交した。大阪府警の25歳の女性警官は高齢女性2人から約1千万円をだまし取った詐欺グループの受け子をしていた。そこにも「まさか警察にこんな目に」と悔しさに泣く被害者が必ずいるはずだ。

 だが、警察庁は今回の岡崎の事件を受けて、愛知県警などに留置施設の巡回特別査察を指示したという。

 一体、時間も場所も事前に通告した査察が再発防止に何の役に立つのか。身内に甘い、なあなあ体質に、ピント外れ。これもまた組織ぐるみのようである。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年12月11日掲載)

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2023年12月 4日 (月)

別れることも生きた証なのだろう

-伊集院静さんノボくんのもとへ-

 亡くなられた伊集院静さんとは10年ほど前から、ほぼ季節ごとに杯を交わしてきた。奥さまの篠ひろ子さんが「強がりを言って誰にも会わずに逝ってしまい」とコメントされているように、無頼、ダンディズムの作家と強がりは切り離せない。

 そんな伊集院さんに、ひととき強がりの衣を脱がせたのは愛犬のノボくんだった。「私以外の者がノボを東北一のバカ犬と呼ぶのは絶対に許さん!」。すかさず、関西一のバカ犬と暮らす私が「同感!」と叫ぶと、しばしお酒の席をノボくんやお兄ちゃんのアイス、お手伝いのトモチャンのラルク。ワンちゃんの話題が駆けまわることになる。

 仙台の自宅で東日本大震災に遭われた伊集院さんは、あの日をこう書いた。

 〈夜、余震で家屋を飛び出し、庭先に立つと満天の星がかがやいていた。私はこの美しさを酷いと思った。―どうしてこんなに美しいんだ。これでいいのか、自然というものは…。家人と私がそれぞれ抱いた犬も星を見上げていた〉

 あの大震災を描いて、これほど美しく、切ない一文を私は、ほかに知らない。

 17歳でノボに旅立たれた伊集院さんは昨年秋、「君のいた時間」を著し、シリーズ「大人の流儀」に加えた。

 〈出逢えば別れは必ずやって来る。それでも出逢ったことが、生きてきた証であるならば、別れることも生きた証なのだろう〉

 仙台のお宅で「ぐうたら作家はまだか~」と遠吠えしていたノボくん。いまごろ主人との邂逅に、顔中をなめまわしているのではないか。強がって、勝手にそんな場面を思い描くことで、いま私はあふれ出そうになる涙を、懸命に抑えている。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年12月4日掲載)

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