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2023年10月

2023年10月30日 (月)

まだ続く正義に反する日々

-袴田巌さんの再審始まる-

 袴田巌さん(87)の姉、ひで子さん(90)を取材して四半世紀以上になる。だが肩を震わせ、声を上ずらせた姿は、見たことがない。

 57年前の事件で死刑が確定した袴田さんの再審裁判は、静岡地裁が「袴田さんをこの状態に置くことは耐えがたいほど正義に反する」として再審開始を決定してから実に9年。先週金曜日、やっと初公判が開かれた。

 この朝、私はひで子さんが浜松から静岡に向かう同じ新幹線に乗る、新聞記者時代以来のハコ乗り取材。ひで子さんは、この日から朝日新聞が始めた巌さんから届いた2000枚の手紙を読み込んだ大型企画の第1回、「神さま。僕は犯人ではありません」の電子版をスマホで見て時折、笑みを浮かべていた。

 だが、法廷で裁判長の前に立ったひで子さんは、いまだ確定死刑囚である巌さんへの思いを募らせ、「巌に真の自由をお与えください」と訴えた。法廷を取材した記者によると、声は上ずり、肩は震えていて、その姿に弁護人席では涙を流す人もいたという。

 だけど、その後の冒頭陳述で検察は高裁から「捏造」とまで言及された証拠を、またぞろ引っ張り出す見えすいた引き延ばし作戦。来年3月27日、袴田さん釈放から10年の日に予定されていた結審は不可能になった。

 他方この日、事件についてコメントを求められた小泉法相は「現行法に不備があるとは認識していない」とした。無実の人が半世紀にわたって命を奪われる恐怖におびえた日々。だが、官僚が書いたままとはいえ、「法律に不備はない」と言い放つこの人に、果たして人の心はあるのだろうか。

 耐えがたいほど正義に反する日々は、まだまだ続く。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年10月30日掲載)

 

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2023年10月23日 (月)

遠ざけられた市民の意思は

-厳戒の補選 首相演説会場-

 参院高知・徳島選挙区、衆院長崎4区の補選は、きのう結果が出た。支持率に悩む岸田政権としては必死の選挙戦。前週末には首相自ら選挙区に乗り込んだが、どの演説会場も厳戒体制を通り越して近づきがたい異様な雰囲気だったという。

 そのニュースにふれて、ひと月ほど前、北海道放送製作の「ヤジと民主主義」劇場拡大版が完成。山崎裕侍監督から「一言、コメントを」と頼まれて先行して見た映画が胸に浮かんだ。

 2019年7月、安倍首相(当時)が参院選の応援のため札幌駅前で演説した際、「安倍やめろ」「増税反対」などとヤジった男性と女性が警官に会場から引きずり出されたり、女性警官に2時間もつきまとわれた。

 2人は「表現の自由を奪われた」と道(道警)を提訴。昨年3月、1審・札幌地裁は道警の対応を「不当」としただけでなく、憲法の表現の自由にまで踏み込んで、原告全面勝訴を言い渡した。

 ところが4カ月後、安倍元首相が凶弾に倒れると、1審の裁判長や道警を批判した朝日新聞に対して「警察の手足を縛って元首相を死に追いやった」などのバッシングが一部メディアやネットにあふれ返った。

 そして安倍氏の命日が近づく今年6月の札幌高裁判決は男性逆転敗訴。女性のみ勝訴の痛み分け。とはいえ、1審完敗だった警察はこの判決で息を吹き返した。

 翻って補選の首相演説会場。広報車の周囲を金属柵で囲って、その外側を胸にシールを貼った関係者で埋め、一般市民はさらにその外。こうまで遠ざけられた市民はどうやって意思を伝えたらいいのか。私にはかえって危険な状況を作り出しているとしか思えないのだが。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年10月23日掲載)

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2023年10月16日 (月)

小ずるい提案「口を出す前に、まず金を出せ!」

-虐待禁止条例改正案の撤回-

 埼玉の自民党県議団が提案した子どもの虐待禁止条例改正案は、すんでのところで撤回された。「親に負担を押しつけるだけ」と県に1000件以上の抗議が殺到したこの改正案。私には子育てや家族観に自分たちの思想信条を巧みにもぐりこませながら、じつは金は1円も出さない。「口は出すけど、金は出さない」小ずるい提案にしか見えなかった。

 小学生の子どもだけで登下校させる。子どもだけで留守番させる。子どもだけで公園で遊ばせる―これ、全部虐待に当たるとした。

 子どもを置いて買い物に行くな。共働きだろうと、保護者は順番で子どもの登下校に立ち会え。とんでもなく親に厳しいこの条例案。だけど、よくよく見ると、県も市町村も1円も金をかけずに、しんどいことは全部親に押しつけている。 

 たしかに昨年の小学生の交通事故を見ても全国で330人のうち、129人が登下校時だった。

 だからこそ、思い出してほしい。私は一昨年、千葉県八街市で飲酒運転のトラックが下校中の小学生をはねて3人を死亡させた事故の時も、このコラムやテレビで「一刻も早くスクールバスを」と訴えてきた。八街の事故では、当時の菅首相も「バスの導入を真剣に考える」と言明したが、その後はナシのつぶてだ。

 いまスクールバスの導入に国から補助が出るのは、全校児童の半数以上が片道4㌔以上を通う小学校だけ。だが、へき地の学校統廃合で4㌔近い距離を通う学校が増え続けている。ならば聞くが、子どもを毎日、往復8㌔、2時間も歩かせるのは虐待ではないのか。

 あらためて言う。「口を出す前に、まず金を出せ!」。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年10月16日掲載)

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2023年10月 9日 (月)

大阪万博 腹立つことばかり

-建設費どんどん増-

 この夏、大阪に来られた方から随分、「意外!」という声を聞いた。だけどこれ、私たち大阪府民にとっては意外でもなんでもない。

 2025年開催予定の大阪・関西万博について聞くと、大半の人が「興味ないわ」。関心があると言う人からは「早よやめたらええ」。とにかくこの万博、腹の立つことばかりなのだ。

 当初1250億円だった建設費は2年後の2020年に1850億円。この時、大阪府知事は「2度と増やすことはない」と言っていたのに、今年になって2300億円。この万博、日本維新の会の目玉政策であることは間違いないのだが、旗色悪しと見るや維新の代表はシレッと「国のイベント。国が負担すべき」。

 これだけのお金をつぎ込むのだから、さぞや立派なものが、と思いきや、60の国・地域が自前でパビリオンを建設する予定のタイプAの建築許可を取得したのは、いまのところチェコだけ。建設業界からの「開幕に間にあわないぞ」という忠告に大あわてで万博協会が取った策がタイプX。

 これは協会が工期の短いプレハブ工法で造った箱型の建物をパビリオンにして各国に入ってもらうという、いわば建売住宅形式。

 だけど、パビリオンは各国がお国柄を出した建築美を競い合うもの。プレハブの箱型、こんなみすぼらしい物を見に当日券7500円を払ってだれが来てくれるというのか。言いたいことはまだまだあるが、東京五輪に大阪万博。私たちはいいかげん、「夢よもう1度」から抜け出そうではないか。

 今週13日は、その万博開幕まであと1年半。今なら間に合う。「早よ、やめたらええんとちゃいまっか」。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年10月9日掲載)

 

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2023年10月 2日 (月)

私たちは年寄りに甘すぎないか

-91歳がポメラニアンひき逃げ-

 黒い瞳にピンと立った耳。白いポメラニアンの朝陽くんの映像を見るたびに胸がかきむしられる。7月、名古屋市で6歳の女の子と青信号で横断歩道を渡っていた朝陽くんは信号無視の車にはねられて死んでしまった。車はそのまま逃走した。

 それから女の子の家族は毎日、「シルバーの信号無視の車を探しています」とプラカードを掲げて現場に立った。警察も捜査を続け、先月末、運転手を書類送検した。だけど容疑は犬をひき逃げしたことではなく、信号無視など。もっと驚いたのは、運転していた男は91歳の超高齢者だった。 

 私は男が女の子の家に謝罪に行った映像も見たが、なんと、つえをついて、歩くどころか立っているのがやっと。悪気ではなかろうが「女の子でなくてよかった」と家族を逆なですることを口走り、女の子はただただ大粒の涙を流し続けていた。

 私は4年前、池袋で87歳の元高級官僚が車を暴走させ、母親と3歳の女児を死亡させた事故で、批判を浴びながら「私たちは年寄りに甘すぎないか」と言い続けた。だが事故の後、一時増えた高齢者の免許返納は、その後減り続けている。

 そんな中、埼玉では86歳の男が運転する車が、ほかの車に激突しながらまるで脱走した動物のように暴走を繰り返した。だがこの86歳、「免許返納の気持ちは?」という取材に怒気を含んだ声で「ない!」のひと言。

 そもそも飲酒運転が事故を起こさなくても犯罪となるように、つえをついた91歳が時速100㌔以上も出す車を走らせる、それ自体がすでに犯罪ではないのか。

 あらためて、もう一度言う。「私たちは年寄りに甘すぎないか」。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年10月2日掲載)

 

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