まだ続く正義に反する日々
-袴田巌さんの再審始まる-
袴田巌さん(87)の姉、ひで子さん(90)を取材して四半世紀以上になる。だが肩を震わせ、声を上ずらせた姿は、見たことがない。
57年前の事件で死刑が確定した袴田さんの再審裁判は、静岡地裁が「袴田さんをこの状態に置くことは耐えがたいほど正義に反する」として再審開始を決定してから実に9年。先週金曜日、やっと初公判が開かれた。
この朝、私はひで子さんが浜松から静岡に向かう同じ新幹線に乗る、新聞記者時代以来のハコ乗り取材。ひで子さんは、この日から朝日新聞が始めた巌さんから届いた2000枚の手紙を読み込んだ大型企画の第1回、「神さま。僕は犯人ではありません」の電子版をスマホで見て時折、笑みを浮かべていた。
だが、法廷で裁判長の前に立ったひで子さんは、いまだ確定死刑囚である巌さんへの思いを募らせ、「巌に真の自由をお与えください」と訴えた。法廷を取材した記者によると、声は上ずり、肩は震えていて、その姿に弁護人席では涙を流す人もいたという。
だけど、その後の冒頭陳述で検察は高裁から「捏造」とまで言及された証拠を、またぞろ引っ張り出す見えすいた引き延ばし作戦。来年3月27日、袴田さん釈放から10年の日に予定されていた結審は不可能になった。
他方この日、事件についてコメントを求められた小泉法相は「現行法に不備があるとは認識していない」とした。無実の人が半世紀にわたって命を奪われる恐怖におびえた日々。だが、官僚が書いたままとはいえ、「法律に不備はない」と言い放つこの人に、果たして人の心はあるのだろうか。
耐えがたいほど正義に反する日々は、まだまだ続く。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年10月30日掲載)
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