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2023年9月

2023年9月25日 (月)

「ホタテ養殖の仲間は持ちこたえられるか」

-みちのく漁場に処理水の陰-

 東日本大震災の取材でお世話になって以来、毎年秋、妻の実家から届くスダチをお贈りしている宮城県南三陸町の漁師さんからさっそくお礼の電話をいただいた。「今年はもう少しましな大きさのものを送れると思うんだあ」。話はすぐに昨年、折り返し届いたサンマのことに。たしかに去年、高い燃料費、赤字覚悟で遠くまで漁に出て取ってきたというサンマは、失礼ながら悲しいほど小ぶりだった。

 それが今年はウクライナ問題でここ2年中止になっていたロシアが主張するEEZ(排他的経済水域)内の漁が解禁になり、60隻が漁に出ていて大きめのサンマが期待できるのではないかという。だが、話はすぐに処理水の海洋放出問題に。

 「おらとこはカキとワカメだからいいけど、ホタテ養殖の仲間は持ちこたえられるかどうか」という。中国の日本からの水産物全面禁輸が伝わるや値崩れが起き、廃業を考える業者も出ているという。国の漁業補償はあるが、そうしたものより、中国がこれで大儲けしている乾燥ホタテ加工用の恒久的な施設は造れないものか。だが、そういった声はなかなか届かない。

 深刻な問題はまだある。秋口、三陸沖にやってくる大群を追うカツオの一本釣り。欠かせないのは漁場にまく生きたイワシだ。これがないとカツオの群れは寄ってこない。だが、海面水温はいまも異状な高さで、浜のいけすで泳がせているイワシが次々と死んでしまって、出漁時、確保できないのではないかという。

 サンマにカキ、ワカメ、ホタテにカツオ、そしてイワシ。浜風がいささかいつもと違う、みちのくの秋の漁場の様子を運んできてくれるようだった。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年9月25日掲載)

 

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2023年9月18日 (月)

あらためて市民のための裁判員裁判とは

-京アニ事件裁判-

 死者36人、重軽傷者32人を出した京アニ事件で放火殺人などに問われた青葉真司被告(45)の裁判が連日、京都地裁で続いている。

 自身も全身の95%を火傷。生存率数%の状況で、なんとしてでも法廷で本人に語らせたいとした法曹、医療関係者の努力に頭が下がる。

 その一方、この裁判でご苦労な日々を過ごしながら、法廷スケッチや映像に一切登場しない人がいる。この法廷では6人の裁判員に加えて、通常3人の補充裁判員を不慮の事態に備えて6人とし、計12人の裁判員が連日、審理に加わっている。

 裁判は判決日の来年1月25日まで143日という長丁場。この間、予備日を含めて32回の公判廷が予定されている。これに先立って京都地裁は裁判員の選任手続きを開始。抽選で選んだ500人のうち入院中の人などを除く320人に呼び出し状を発送したが、出席したのは63人。全国平均の23・7%を大幅に下回る12・6%。ところが、このうち14人が辞退。結果、49人の中から12人を裁判員とした。

 猛暑の続く9月から厳寒の来年1月の京都。厳しい公判日程のなか、裁判員になられた方には心底、敬意を抱く。その一方で1年の3分の1以上の日々、月平均5日を審理に当てるというのは、子育て中の働く女性はもちろん、普通の会社員でもそう簡単に引き受けられる話ではないだろう。

 そうなると一般市民の声を裁判に反映させたいという裁判員裁判の目的は、どこかへ行ってしまわないか。

 来年は、5年ごとと定められている裁判員制度見直しの年。凶悪極まりない京アニ事件裁判を注視しつつ、あらためて市民のための裁判員裁判を考えてみたい。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年9月18日掲載)

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2023年9月11日 (月)

桜井昌司さん霊前に2つの「記念日」届けたい

-無実の罪で29年間の服役-

 8月23日死去、31日ご葬儀。日にちがたってしまったが、この方の訃報にはどうしてもふれておきたい。無実の罪で29年間も服役した布川事件の桜井昌司さんが亡くなった。76歳だった。

 最後にお会いしたのは昨年10月。自身を描いた映画「オレの記念日」が完成、大阪の劇場で舞台あいさつされた時だった。がんと闘病中だったが「医者が2年という余命宣告を1年超えたよ」と、舞台の合間に元気に京都を往復されていた。

 バンド演奏に詩作り。何事にも前向きで「この人生不運だったが、不幸ではなかった」と言い切る。だが冤罪に泣く他者のことになると柔和な表情は一変する。日野町事件、大崎事件、もちろん袴田事件。不当な判決や決定の場には決まって桜井さんの怒りをたぎらせた顔があった。その一方で冤罪をなくすことは、犯人をでっち上げた警察官、検察官、無実の人に不当な判決を下した裁判官、生涯もだえ苦しむこの人たちを楽にしてあげることにもなるという。

 水戸市で行われた葬儀では、そんな桜井さんが刑務所内で「人生にはいつか春が来る」の思いを込めて作詩した「ゆらゆら春」を合唱。やさしかった桜井さんの思い出に、唇をふるわせている人もいたという。

 不当な無期懲役の判決が確定した日も、息子の無罪を訴えて駅に立ってくれた父が亡くなった日も、みんな「オレの記念日」にしてきた桜井さん。いまも検察の陰湿執拗な審理妨害が続く袴田事件の87歳、巌さんの再審無罪確定。そして生涯の念願だった再審法の制定。この2つの新たな記念日を、1日も早く桜井さんの霊前にお届けしたい。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年9月11日掲載)

 

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2023年9月 4日 (月)

知ってしまった者の責任

-性加害問題とメディア-

 ジャニー喜多川氏(故人)による性加害問題で、前検事総長ら外部の特別チームは「40年超に及び、被害者は数百人という証言もある」とする報告書をまとめた。その中でメディアの責任にも言及。「事務所は批判がないことから自浄能力を発揮できなかった」とした。

 この点に関して国連人権理事会はもっと手厳しく、「日本のメディアはもみ消しに加担したと伝えられている」と指摘している。

 こうした批判が渦巻くなか、私は旧知のテレビ朝日の玉川徹さんの発言に少なからず心を動かされた。

 「ぼくは、少なくとも週刊文春の裁判のあと、性加害の事実認定があったことは知っていたわけです。だけど、ぼくの仕事じゃないなと思っていた。間接的に逃げていたのかなって」

 この言葉に胸に手を当ててみた記者やテレビ人も少なくないのではないか。私自身、こうした問題に限らず、さまざまな場面で「それをぼくに言われてもなあ」と何度受け流したことか。

 そんなとき、この性加害問題をいち早く紙面で取り上げた大久保真紀朝日新聞編集委員が、2年前の5月、さわやかな季節に日本記者クラブ賞を受賞された際の一文を、このコラムで紹介したことを思い出した。

 大久保さんは〈理不尽な社会の中で、懸命に生きている人たちに吸いよせられるように取材を続けてきた〉としている。

 そのうえで、それを書き続けることは〈知ってしまった者の責任〉と、きっぱりと言い切っている。

 いまさらながらの私を含め、今回の件は多くのメディア関係者に〈知ってしまった者の責任〉を長らく問い続けることになるはずだ。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年9月4日掲載)

 

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