« 2023年5月 | トップページ | 2023年7月 »

2023年6月

2023年6月26日 (月)

日本社会の病が、ごろんと転がっているように見える

-沖縄 慰霊の日に-

 取材で沖縄県宮古島を訪ねてきた。地方に足を伸ばした時の私の楽しみは地元紙を読むこと。宮古には宮古新報と宮古毎日の2紙があり、さらに沖縄本島から沖縄タイムスと琉球新報が送られてくる、ちょっとぜいたくな地方紙事情だった。

 手にした日の沖縄タイムスのコラム、「大弦小弦」の筆者は編集委員の阿部岳さん。辺野古のある北部支社員だった7、8年前からのお付き合いだ。この日のテーマは先の国会で成立した「LGBT理解増進法」。

 〈G7広島サミットで高まった外圧に苦慮し、嫌々制定した情けない事情が伝わる▼性的少数者が、差別の被害に遭っている。必要なのは差別を禁止する法律だった―〉

 だが現実はどうか。これまで「国家の暴力」「フェンスとバリケード」(共著)などの著書がある阿部さん。ここにも国家のバリケードが見え隠れしているようだ。

 〈日本維新の会、国民民主が「全ての国民が安心して生活できるよう留意する」趣旨の条文追加を提案…法の性格は一変した。▼…「安心して生活」に客観基準はない。多数者が「不安だ」と言うだけで、性的少数者を抑圧する仕組みができてしまった〉。

 そして最後は〈多数者の責任で差別をやめるのではなく、少数者に分をわきまえるよう強要する。日本社会の病が、この前代未聞の法律に凝縮されて、私たちの前にごろんと転がっている〉と結ばれている。

 日本の米軍基地の7割を沖縄に押しつけ、辺野古の海に、きょうも土砂を投入し続ける。日本社会の病が、ごろんと転がっているように見えてくる。

 沖縄は23日、78回目の慰霊の日を迎えた。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年6月26日掲載)

※第7段落、日刊スポーツの紙面では「日本が米軍基地の7割を沖縄に押しつけ、」となってしまっていますが、本来の原稿はこちらでした。
 

|

2023年6月19日 (月)

医療の現場はまだコロナ禍にある

-増えない発熱外来-

 先週会った大学病院の医師は「いま、コロナ患者が日々倍増。確実に第9波が来ている」と頭を抱えていた。

 その数日前には地元、大阪のS医師からメールが届いていた。国はコロナを5類に移行して以降、感染者数を全数把握から定点報告に切り替えたが、やはりとんでもないことに。

 〈定点報告では漸増となっていますが、府医師会約450医療機関の調査では週当たり984、1476、1610、2224人と、この1カ月で倍増。なのにほとんど報道されません〉

 S医師はこの事態にたまりかねたのだろう。メールの最後に〈そんな私の印象を近々、朝日新聞の「声」欄が取り上げてくれるようです〉と書かれていた。  

 その6月9日の「声」欄。

 〈―新型コロナ感染症が収束する兆しはなく、発熱患者さんが毎日のように訪ねてくる。インフルエンザと同等の扱いとなったため、外来受付にいきなり来られる方が増えた。すでに発熱患者さんがいる場合は院外で待っていただくことがあるが、これに不満で帰ってしまう方も出てきた〉

 国は、5類移行で条件が緩和されれば発熱外来の医療機関が増えると踏んでいたようだが、とんでもない。 〈大半の病院は従来通り、コロナの疑いのある患者は場所や時間をずらして対応している。診療報酬の特別加算も減らされたなか、こうした難しさを抱える診療に新たに医院が手を挙げるか疑問だ〉として最後は〈社会はアフターコロナでにぎわいを取り戻しているが、医療の現場はまだコロナ禍にある〉と結ばれていた。

 私たちもマイナカードのデタラメばかりに目を奪われている時ではないようだ。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年6月19日掲載)

|

2023年6月12日 (月)

藤井7冠 この師匠にしてこの愛弟子あり

-新幹線ミニ将棋講座-

 先週の「ひるおび」(TBS系)の控室。さっそくゲストの棋士、杉本昌隆八段に「先日はありがとうございました」のごあいさつから始まった。愛弟子の藤井聡太さんが20歳10カ月で史上最年少の新名人、そして7冠となった翌2日。そう、あの大豪雨の日。東京で「ひるおび」に出演された杉本さんを、私は名古屋の東海テレビでお待ちしていた。

 ところがせっかく組んだ特番開始の約50分前の午後3時過ぎ、「新幹線が掛川駅で止まったままです」と局に厳しい声の電話。いま動いたとしても番組には間に合わない。スタッフは肩を落とし、割られるはずのくす玉が寂しくぶら下がっている。

 だがその時、杉本さんは「電話でやりましょう」。番組開始から10分近く、藤井新7冠とはこれからゆっくり電話で話すこと。タイトルが念願だった愛知の将棋界に7つも冠を持ってきてくれたこと。最後尾16号車のデッキから話し続け、最後の言葉は、なんと「すごい雨です。どうか視聴者のみなさんも気をつけて」。

 その豪雨の日から4日後。「師匠、あのあとどうされたんですか?」「ハイ、掛川駅で、ずっと車内に」「ええっ、あのままだったんですか?」

 聞けば翌朝5時過ぎに動き出すまで14時間、新幹線車内に缶詰めだったという。配られたのは水とサプリメントだけ。「でもね、名人戦の長野からの帰りというファンに見つかって、午前2時から新幹線ミニ将棋講座。楽しかったですよ~」。

 折にふれて「万里一空」(困難があっても、まっすぐ目標に向かうこと)と揮毫する藤井7冠。この師匠にして、この愛弟子あり。梅雨の雲間に、やわらかな日の光を見た思いだった。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年6月12日掲載)

 

|

2023年6月 5日 (月)

防弾チョッキどころか拳銃も…

-長野県中野市立てこもり事件-

 長い間、事件取材を続けてきて、「防ぎようがなかった」としか言いようのないときがある。長野県中野市で31歳の男が刃物や銃で女性2人と警察官2人を殺害、自宅に立てこもった事件もそのひとつだった。だがその後、状況がいささか違ってきて、通信社からコメントを求められた。

 亡くなった警官は、いずれも防刃チョッキは着けていたが、防弾チョッキどころか拳銃も持っていなかったことが明らかになった。

 長野県警の説明によると、110番通報を受けての出動ではなく、静かな田園地帯の巡回中に連絡がきて現場に急行したため、拳銃は携行していなかったという。

 たしかに、神経を使う拳銃の携行にはこれまでも議論があった。私服で初動捜査に当たる機動捜査隊からは機敏な動きができないといった声が度々あがったが、今回のような立てこもりや暴力団の抗争もあるということで、常に重い拳銃を私服のベルトにつけている。

 警ら(巡回)や交番の警官は、保管庫への収納、キーの管理、実弾の数、拳銃にはいつもピリピリしているという。

 ある閣僚が保養先でSPに温泉をすすめたところ、「拳銃をタオルで包んで頭に載せるので、とても温泉気分には…」と返されたという。拳銃を持つということは、それほど厳しいものなのだ。

 だけど市民は警官が駆けつけてくるときは拳銃を持っているものと信じている。とりわけ銃所持に厳しい日本で、銃器を持った暴漢に立ち向かえるのは警官しかいない。

 任官した警察官がピリッと身の引き締まる思いになるのは拳銃を貸与されたときだという。それは善良な市民からの「信頼」の貸与でもあるのだ。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年6月5日掲載)

|

« 2023年5月 | トップページ | 2023年7月 »