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2023年3月

2023年3月27日 (月)

検証されるべきなのは…

-再審開始決定 袴田事件-

 先週、「ここまで追い詰められても、なお最高裁への特別抗告で抵抗しようとする検察」と書いた袴田事件の再審開始決定。じつはこの特別抗告をめぐって、東京高検とメディアの間で微妙な動きがあった。

 東京高裁の決定直後から一部の新聞が「高検、抗告の方針」と書いたのをはじめ、抗告期限が迫るにつれ、通信社、テレビ局から「高検、抗告の構え」といった情報が流れ、私も何人かの記者に聞かれて「検察の観測気球。メディアを使って世論の反応を探っている」と答えた。結果、厳しい世論を前に検察は抗告を断念したが、私はあらためて捜査サイドとメディアのありように思いをめぐらせた。

 再審開始決定を受けて検証記事を書いている新聞も多いが、経済紙なのに、といっては失礼だが、日経の紙面にはさまざま考えさせられる。

 20日の紙面、「事件をめぐる初期の報道」では「『血染めの衣類』疑問呈さず」の見出しで、事件発生から1年2カ月たって発見され、今回の高裁決定でも捏造の可能性を指摘されている5点の衣類について〈みそタンクからの「新証拠」の出現はそれほど不自然なのだ。にもかかわらず、本紙を含め、当時のメディアはこれに疑問を呈していない〉と、自らの紙面にも厳しい目を向けている。だが、新聞は疑問を呈さなかっただけではない。当時の朝日新聞静岡版には「活気づいた検察側」の記事が見えるとしている。

 こうしたことを踏まえ、日経は〈(検察に)都合のよい展開。やがて死刑判決が導かれた〉と振り返る。

 言うまでもない。検証されるべきは警察、検察、裁判所だけでないのである。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年3月27日掲載)
 
 
  

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2023年3月20日 (月)

袴田さんの「当たり前だ」の声が

-権力乱用禁止する「再審法」を-

 この時を待っていたかのようにサッと雨が上がった東京高裁前。メディア用語でいう〝旗出し〟。ノボリに「再審開始」「検察の抗告棄却」の文字が躍った。

 1966年、静岡県でみそ製造会社の専務一家4人が殺害された事件で死刑が確定した袴田巌さん(87)について、東京高裁は9年前の静岡地裁の判断を支持、再審開始を決定した。

 私は喜びに沸く弁護団や支援者の中、満面の笑みに時折、うっすらと涙を浮かべる姉のひで子さん(90)と静岡朝日テレビの特番の中継でお話しさせてもらった。

 いまは釈放されているとはいえ、長い拘禁生活で心を病んでいる巌さんに「うれしい結果が伝わらないのが残念でしょう」と問いかけると、ひで子さんは「ゆっくり話すと、いいことが起きていることはわかるみたい。でもね、巌は前の静岡地裁の再審決定の時も『当たり前だっ』としか言ってくれなかったのよ」と、うれしさの中にも、ちょっと困った声が返ってきた。

 だけど無実の巌さんにとって再審も釈放も「当たり前」なのだ。だが今回の高裁決定は、唯一の証拠ともいえる5点の衣類は「捜査側の捏造の可能性が極めて高い」と踏み込んでいる。背筋が凍りつくではないか。この国の権力者は証拠をでっち上げてでも無実の人を死刑にしようとしたのだ。

 しかしここまで追い詰められてもなお、最高裁への特別抗告で抵抗しようとする検察。いま私たちに求められているのは、こんな権力の乱用を禁止する「再審法」の一刻も早い制定ではないのか。

 ―巌さんの「何度『当たり前だ』と言わせたら気がすむんだ!」という声が聞こえてくるようだ。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年3月20日掲載)

 

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2023年3月13日 (月)

自然エネ100%へ 福島無言の決意

-原発事故から12年-

 一昨日、東日本大震災は発生から12年。私は被災地、福島県の浪江、双葉、川俣町を2月中旬、コロナ禍以来、3年ぶりに訪ねてきた。

 「道の駅 なみえ」は晴天に恵まれた土曜の昼とあって名物のなみえ焼きそばやシラス丼を求めて大盛況だ。生鮮食品店からキッズプラザまであるこの広大な道の駅の照明や給湯の電力の約3割は2年前、浪江に完成した世界最大級の「福島水素エネルギー研究フィールド」で作られた純水素燃料電池でまかなわれている。

 もう1つ。これらの町を歩いて目に飛び込んでくるのは太陽光パネルを敷きつめたメガソーラーだ。20万枚ものパネルがまっ黒に田畑を覆って一瞬、ドキッとするところもある。原発事故で人々が追われ、荒れ放題の田畑。ならば、そこで原子力に代わって自然のエネルギーを生み出そうというわけだ。

 水素や太陽光だけではない。小型水力ダム、地熱、景観や騒音で論議を呼んでいる風力。これらを使って、福島は2040年を目標に自然エネルギー100%県を目指すとしている。それは原発の新規建設、運転期間の延長という国の裏切りに、原発推進でもない、脱原発でもない、「原発のいらない社会」を目指す福島の無言の決意があるように思う。

 愛知県日進市から川俣町に派遣され、原子力災害対策課長を務めたあと、野菜作りに転身した宮地勝志さんの畑。まだ吹雪の日も多いこの季節に、ハウスでホウレンソウ、露地でニンニクが青い芽をのぞかせていた。

 そこに、まだまだ苦境のなかにありながら、新たな芽吹きの季節を迎え、半歩でも1歩でも、と前に進もうとしている福島の姿が重なって見えるようだった。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年3月13日掲載)

 

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2023年3月 6日 (月)

より陰湿化する捜査と冤罪

-日野町事件「高裁も再審指示」-

 「高裁も再審支持」のニュース速報に心の中で拍手を送った。34年前、滋賀県日野町で酒店経営の女性が殺害され、阪原弘さんが無期懲役で服役中、がんで死亡した日野町事件で、大阪高裁は大津地裁の死後再審を支持。無罪がぐんと近づいてきた。私は10年以上前、長男の弘次さんを取材、現場にも足を運んだ。

 この再審審理で、またしても警察検察の証拠隠し。被疑者に現場を案内させる引き当て捜査での警察官の誘導や、その際の写真の順番の入れ替え。悪質、悪辣な工作が次々明らかになった。

 だが私には、それ以上に許せないことがある。弘次さんによると、弘さんは調べの刑事から結婚したばかりの娘さんの話を持ち出され「嫁ぎ先に行ってめちゃくちゃにしてやる」と脅されて耐えきれず自白したという。その夜、家族の前でウソの自供をしたことを号泣しながらわび、翌日逮捕された。

 私の長い事件取材の経験でも、取り調べ中の暴力には屈しなくても、「子どもを学校に行けなくしてやる」など家族のことで脅されて耐えきれる人はまずいない。

取り調べの録音、録画が進む中、手法を変えて家族の職場への聞き込みや親族宅への意味のない家宅捜索。捜査はより陰湿化しているともいう。

 相次ぐ冤罪事件の発覚で、国会や日弁連では再審法の抜本的改正や再審審理での証拠開示の制度化といった動きが進んでいる。

 私の取材から1年とたたず、75歳で亡くなられた弘さんの霊前に大好きだったお酒と一緒に、再審無罪確定、再審法改正の知らせを一刻も早く届けてほしい。

 来週13日(月)、いよいよ発生から57年、袴田事件の東京高裁判断が下される

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年3月6日掲載)

 

 

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