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2022年10月

2022年10月31日 (月)

底抜けに明るく「オレの記念日」

-冤罪事件テーマ映画完成-

 冤罪事件という重いテーマを扱いながら底抜けに明るい映画、「オレの記念日」が完成した。無実の罪で29年間服役。晴れて無罪が確定したのに、がんの宣告。久しぶりに会った布川事件の桜井昌司さん(75)は映画の中と同じく元気いっぱいで、宣告された余命の2年を1年以上超えたという。

 覚えのない犯行で逮捕さされた日も、無期懲役が確定した日も、息子の無罪を訴えて駅に立ってくれた父が亡くなった日も、49歳で社会に戻った日も…みんな「オレの記念日」にして、はね返してきた桜井さん。

 「同じ1日なら楽しくしなくては」と服役中も詩作りに、トランペットの練習に忙しかったという。「不運だけど、不幸ではなかった」と言い切る桜井さんは、いま「冤罪犠牲者の会」を結成する一方で、再審の扉を開ける法改正に向けて忙しく走りまわっている。

 そんな桜井さんだが、いまだ再審さえ開かれていない袴田事件など冤罪のことになると、表情を一変させる。明らかに無罪とする証拠があるのに隠し続ける検察。それを見ぬふりをする裁判所。そうした司法を指弾しないメディア。

 うその自白をさせた警察官も、無罪の証拠を隠し続けている検察官も、判決は間違っていたと気づきながら心に封印している裁判官も「その人の人生はオレよりずっと不幸なはず。冤罪をなくすということは、そうした人たちを楽にしてあげることでもあるんですよ」。

 桜井さんの、この底抜けの明るさが、冤罪事件の暗い奥底までも照らし出してくれるような気がする。

 「オレの記念日」は東京、大阪、名古屋の上映に続いて全国を巡回する。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2022年10月31日掲載)

 

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2022年10月24日 (月)

ふるさとの人々の愛と熱気に包まれた優勝

-天皇杯J2甲府の驚き-

 先週日曜のサッカー天皇杯。J2ヴァンフォーレ甲府優勝の驚きがまだ残っている。J1の5チームをなぎ倒し、最後もJ1広島にPK戦で勝利。「甲斐路に天皇杯」の横断幕を掲げたサポーターも喜び半分、びっくり半分のように見えた。

 20年近く前、「地域社会とスポーツ」をテーマにしたテレビ番組でチームを取材した。当時、甲府はリーグのお荷物といわれ、累積赤字は4億円。クラブ解散の声も出るなか社長になったのが、いま最高顧問の海野幸一さん(76)だった。

 山梨日日新聞の記者出身。スタンドで、そして口説き落としてスポンサーになってもらった居酒屋で、クラブへの熱く、厚い思いを聞かせてもらった。

 足を棒にして探し出したさまざまな形のスポンサー。ユニホームの洗濯を買って出てくれたランドリーにはオフシーズン、選手がお返しに働きに行く。海野さんとスタンドにいると、ピッチで倒れた選手を運ぶ担架に大きく「○○整形外科医院」の文字。選手に悪いと思いつつ噴き出しそうになると、サポーターの間にも小さな笑いが広がっていた。

 「決して大都市ではない」と海野さんが言う甲府で、手を挙げてくれたスポンサーはいま260社。7億円の収入となっている。

 Jリーグ創設メンバーの言葉を思い出す。「ヨーロッパの子どもたちは、わが町のスポーツクラブとオーケストラで、ふるさとへの愛を育まれるのです」。

  片やふるさとの人々の熱い思いに包まれてきたヴァンフォーレ甲府。そのチームが見事、持ち帰った天皇杯。あれから1週間余り。甲斐路はずっと秋日和が続いているような気がする。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2022年10月24日掲載)           

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2022年10月17日 (月)

「無関心 やめると決めた」記事を書いているのか

-2022年新聞週間-

 毎年10月15日からは新聞週間。今年の新聞標語には「無関心 やめると決めた 今日の記事」が選ばれた。そんな時、月刊「文藝春秋」11月号に読売新聞グループ代表、渡邉恒雄主筆の「文藝春秋と私  百歳まで生涯一記者」とノンフィクション作家、清武英利さんの「記者は天国に行けない」連載第10回が載っている。

 清武さんは元読売社会部の敏腕記者だが、巨人軍球団代表だった11年前、コーチ人事をめぐって球団オーナーの渡邉主筆に〝清武の乱〟を起こして代表を解任された。そんなお二方がくしくも同じ誌面につづった記者への思い。読み進むと、いつしか2つの流れが一緒になった感覚に捕らわれる。

 政治部一筋、賛否はあれど、時の政権に深く食い込んできた渡邉主筆は〈工夫次第でありとあらゆるところに取材先は広がる。時には皇室でさえもニュースソースになる〉と言い切る。

 96歳、渡邉主筆がこう書けば、青森支局から社会部警視庁、国税庁担当。常に現場に身を置いて特ダネを連発してきた清武さんは、安倍元首相の「桜を見る会」で「しんぶん赤旗」のスクープを後追いをすることになった後輩記者たちに危機感を抱く。

 〈記者が権力者に迎合したり、その行為に寛容であったりして目の前の公金私物化に何の疑問も感じなかったのであれば、その記者とメディアは腐敗したことを意味する〉

 いま一線で走り回っている記者たちも、そして僣越ながら生涯一記者を自負する私も、果たして読者から「無関心 やめると決めた」と言ってもらえる記事を書いているのか。さまざま考えさせられる、2022年新聞週間である。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2022年10月17日掲載)

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2022年10月10日 (月)

名を変えたKADOKAWA 失ったモノないか

-前回東京五輪開会式の日に思う-

 単行本が多い書棚の一角に8巻の角川文庫が並んでいる。「新聞記者が語りつぐ戦争シリーズ」。私はその第4巻、「中国孤児」を担当した。初版発行は1985年(昭60)。定価380円。採算が取れそうもないなか、「絶対出しましょう」と熱く話していた女性編集者のまなざしが浮かぶ。 

 その角川がKADOKAWAと名を変え、角川歴彦会長(79)が金の亡者のような五輪組織委元理事に6900万円の賄賂を渡したとして起訴され、事実を否認しながら会長を辞任した。 

 その角川文庫には1949年(昭24)の初出版本にも、いま書店に並ぶ新刊にも必ず巻末に「発刊に際して」の一文が載っている。

 1945年の敗戦を不幸なこととしつつ、〈反面、これまでの混沌・未熟・歪曲の中にあった我が国の文化に秩序と確たる基礎をもたらすためには絶好の機会である〉とし、この文庫本発刊を「祖国の文化に秩序と再建への道を示す角川書店の栄えある事業」と位置づけている。

 以来73年、すべての文庫本にこの一文を掲載することで角川は出版人の誇りを連綿と持ち続けてきたのではないか。だが、その一方で角川も、私たちの社会も、もうひとつの文化であるスポーツの栄えある祭典を利権と金まみれにしてしまった。 

 今年最後の3連休最終日、きょう10月10日はスポーツの日。「世界中の青空を全部東京に持ってきてしまったような、素晴らしい秋日和…」のテレビ中継第一声で始まった前回の東京オリンピックは、この日が開会式だった。

 あれから58年、再びやってきた五輪を青空どころか暗雲で覆い尽くしてしまった彼らを、絶対に許さない。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2022年10月10日掲載)

 

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2022年10月 3日 (月)

帰国2世、3世の頑張りに思う「実りある節目に」

-日中国交正常化50年-

 今年は連合赤軍事件や沖縄の本土復帰、そして日中国交正常化50年。節目の年である。そんなとき、毎日新聞が「日中50年」企画で〈帰国3世「中国ルーツ」葛藤〉の見出しで意義深い調査結果を掲載していた。

 帰国3世とは戦前、満蒙開拓団として中国に渡ったまま取り残され、国交正常化後やっと帰国した残留邦人の孫にあたる人たちだ。記事を読みながら、その少し前に、知り合って約40年になる伊藤春美さんと久しぶりに会ったことを思い出した。

 春美さんは父が残留邦人だった帰国2世。がんばって中国語、日本語のほか英語も身につけ、自身は仕事一筋。話題の中心はかわいがっている帰国3世で高校、中学生のおいやめいの受験サポートだ。この子たちの将来に夢をふくらませている。

    そんな春美さんたちの姿を裏付ける数字が毎日新聞の調査にあった。帰国3世の大学、大学院進学率は日本全体の大学、短大進学率58・9%に迫る勢いだという。言葉や就労の壁がある中、がんばって子どもに教育をつける2世の姿が目に浮かぶ。

 一方で自分のルーツを周囲に話せなかったり、隠したことがある人は30代で7割に上った。その理由は全世代通じて「一から説明してもわかってもらえない」が多く、「いじめられる」「恥ずかしい」を挙げた人もいた。

 これは3世にとっても日本社会にとっても不幸なことではないか。今年はロシアのウクライナ侵攻もあって、かつての日本の中国大陸侵攻がたびたび取り沙汰された。だからこそ残留邦人も2世3世も声を上げ、私たちもしっかり耳を傾けながら、併せて歴史を知る。そんな日中50年、実りある節目の年に、と願っている。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2022年10月3日掲載)

 

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