平和でなければ野球ができなくなる
-昭和21年 黒田脩さんの夏-
NHKの高校野球中継が思わぬ〝再会〟を運んでくれた。試合と試合の間に流れる「白球の記憶」に黒田脩さんの姿があった。私の記者時代からの恩師、故・黒田清さんのお兄さんだ。
その黒田脩さんは、夏の大会、といっても当時甲子園は米軍に接収され、西宮球場で終戦から丸1年後、1946年(昭21)8月15日に復活した戦後初の試合で、当時の京都二中の1番打者として1回表打席に立った。
「白球の記憶」は白黒映像ながら、白いシャツに埋めつくされ、立ち見まで出た球場を映し出す。4年前、第100回大会を前に夏空を思わせる淡いブルーのネクタイ姿であの日を振り返った黒田さんは「とにかく観衆の多さにびっくりした」と話す。だれもがこの日を待ち焦がれていたのだ。
その後の人生も学生野球の発展に尽くされた黒田さん。「何か起きたら、また野球ができなくなる。だから平和を守らなければ」と口癖のように言われていた。
2020年、猛威をふるうコロナ禍で第102回大会の中止が決定。それを聞いて自身、野球ができなかった戦中を思い出して黒田さんは、「あの子ら悔しいやろなぁ」と言い残されて8月、91歳で旅立たれた。 だが一向に衰えを見せないコロナ禍。今大会では10人もの選手を入れ替えて試合に臨んだチームもあった。ウクライナに続いて暗雲漂う台湾海峡。市民の生き血を吸うような教団と一部政治家の醜悪な関係。私たちは平和のために、何かを起こさせないために、真剣に立ち向かっているだろうか。
きょう8月15日終戦の日。正午にはサイレンの音とともに、甲子園でも黙とうがささげられる。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2022年8月15日掲載)
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