学校が子どもの命の最後の場所になってはならない
-東日本大震災 大川小津波裁判-
私自身、真相の何十分の1も知らなかったと思い知らされた。映画「『生きる』大川小学校 津波裁判を闘った人たち」を見た。
児童74人、教職員10人が犠牲になった東日本大震災大川小津波被害。石巻市や宮城県、国(文科省)が出した報告書や検証結果。
破棄された児童からの聞き取りメモ、ねじ曲げられた子どもの証言。実は1度も実施されなかった避難訓練。裏切られるどころか、傷つけられ続けた親たちが最後に選択したのは、長く厳しい裁判での闘いだった。
吹きさらしの校庭。親たちと、たった2人の弁護団はストップウオッチ片手に北上川方向ではなく、裏山に逃げる時間は十分にあったことを証明していく。
そんな親たちの耳にいつもこだましていたのは、子どもたちの悔しさがこもった思い「先生の言うことを聞いていたのに!!」だった。
その思いに2審仙台高裁が応え、最高裁が支持、確定させた判決は「子どもたちの命を奪ったのは教育現場ではなく、国、宮城県、石巻市の組織的過失」とするものだった。
親の耳にこだましていた子どもたちの思いに、高裁判決は「学校が子どもの命の最後の場所になってはならない」という言葉で応えてくれた。
私はこのコラムでも民意に沿わない裁判所をたびたび批判してきたが、いまあらためてここに一筋の光を見た思いがする。
「生きる―」の映画はクラウドファンディングで製作費の一部をまかない、いま各地で試写会を開く一方、劇場公開に向けて努力中という。1つでも多くの映画館が劇場公開に手を挙げてくれることを願っている。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2022年4月25日掲載)
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