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2021年12月

2021年12月29日 (水)

病んだ社会 まっすぐ向かい合おう

-無差別放火殺人事件に思う-

 今年最後のこのコラム。大阪で起きた心療内科クリニック無差別放火殺人事件にふれざるを得ないことが、やりきれなく、つらい。

 25人の命を奪った61歳の男は2019年、死者36人を出した京都アニメーション事件と同様の犯行を狙っていたことがわかってきた。いまも重篤な状態にある男は命をとりとめれば逮捕。その後、刑事責任の有無を問う鑑定留置となるはずだ。

 その京アニ事件の被告の男(43)も精神状態をさらに詳しく調べるため、現在2度目の鑑定留置中だ。

 振り返れば今年は9月、小田急線車内で36歳の男が「勝ち組っぽかったから」と女子大生に切りつけるなど10人に負傷させ、車内にサラダ油をまいた。10月、京王線車内で「大勢殺して死刑になりたかった」という24歳の男が刃物で17人にけがをさせ、ライターオイルに火をつけた。

 事件の罪名はいずれも放火殺人、またはその未遂だ。そして4人の男には、そろって鑑定留置の必要がある。

 もとより、こんな事件は断じて許されない。ただ私たちの社会自体も病んではいないか。先日読んだ本で、厳しい階級社会と極端な貧富の差でささくれ立つ英国社会を「ブロークン(壊れた)ブリテン」と表現したBBC放送が、数年前に日本社会を「ブロークンジャパン」と呼んでいたと知った。

 だが激しいデモで、壊れた社会に怒りをぶつけるイギリスの若者に対して、いまさら自由も変革も求めない若者が大多数という私たちの国。病んでいるなら、社会が目をそらさずに、まっすぐ向かい合おう。そこに一筋の光が見えてこないか。そんな思いのなか、2021年が暮れていく。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2021年12月27日掲載)

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2021年12月22日 (水)

みんなで健やかに育てていく社会に

-こども家庭庁 新設に思う-

 15日の産経新聞朝刊1面を見て、オオッと声をあげた。〈新組織「こども家庭庁」〉。2022年、政府が新設する庁を当初言われていた「こども庁」ではなく、この名にするという。

 その10日ほど前、私は、たまたまこの新設庁の青写真を描いている議員たちと会う機会があって、「『こども』に限定せず、ぜひ『家庭』も加えて」と結構、熱く語ってしまったのだ。

 もちろん、それが影響したなんてまったく思っていないが、この国では幼稚園は文科省、保育園は厚労省、危ない通学路は国交省、こどもの人権は法務省と、所管という名の縄張りで、がんじがらめになっている。

 そうしたなか私は、いじめに非行に引きこもり、介護疲れ、児童虐待…いや、事件ばかりではない。夫婦別姓に成人年齢の引き下げ。そういった問題を取材するたびにそれぞれの所管省庁ではなく、ドイツなどにある家庭省、「ひとつ屋根の下で起きることは何でも持ってこい」。そんな省庁ができないかと訴えてきた。

 お会いした議員によると、いまのところ庁名を「子供」や「子ども」ではなく「こども」とすること。保育園も幼稚園も所管すること以外、ほとんど何も決まっていない、ほぼ白紙状態だという。

 かえってそれがいいのではないか。政府は新設庁にどんなことをしてほしいか、広く国民の声を聴く。テレビは高齢者、子育て中のパパ、ママ。学校、幼稚園、保育園の先生、児童相談所の職員などに、どんな庁がいいのか、議論してもらう。

 みんなの手で産声をあげさせ、みんなの手ですこやかに育てていく。そんな「こども家庭庁」も、また楽しいのではなかろうか。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2021年12月20日掲載)

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2021年12月15日 (水)

置き去りにされた「人」の捜査

-届いた1通の喪中はがき-

 師走に入ってから1通の喪中はがきが届いた。川畑久廣さんが11月10日、92歳で亡くなられた。

 私が新聞記者2年生で徳島県警を担当していたとき、30代の捜査二課長として赴任してこられた。エリート官僚といってもノンキャリアの警察官から数千人に1人の推薦枠でキャリアになった、いわばたたきき上げの現場捜査官。法律知識、捜査手法、独特な警察用語。駆け出し記者の私に個人授業のように教えてくれた。

 15年後の1984年、大阪社会部の記者として私は再び川畑さんと出会うことになる。川畑さんは近畿管区警察局保安部長として、その年起きたグリコ森永事件の広域捜査を指揮する立場だった。そのグリ森事件の捜査をめぐって川畑さんは手詰まり状態にあせる警察庁と激突することになる。

 一刻も早くキツネ目の男の似顔絵を公開しろと迫る本庁に対して川畑さんは、似顔絵が犯人と似ていなかったら大変なミスリードになる。情報がキツネ目男に集中して捜査員はそのつぶしに追われる。ブツを追ったり、人間関係に迫る捜査が置き去りにされる―などとして真っ向から対立した。

 だが川畑さんは押し切られ、そのせいばかりではないだろうが、事件は未解決のまま時効となった。

 時は流れ、いまは似顔絵どころか防犯カメラ映像の全盛時代。地をはうのではなく、上を見てカメラを探せというのが捜査の主流だ。その陰で靴底を減らしながらの聞き込みや、人と人が絡みあった糸を丹念にほぐしていく根気のいる捜査はおろそかにされていないだろうか。

 川畑さんに感謝しつつ、さまざまな思いがめぐる年の瀬である。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2021年12月13日掲載)

 

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2021年12月 8日 (水)

講演会 来年も続けるべきか…

-30回目終え 届いた感想文-

 厳しい冷え込みの中、リビングに置いたシクラメンの花が鮮やかさを増している。群馬県旧粕川村(現・前橋市)で1992年から続けてきた講演会は11月20日、30回目が終わった。いつも控室を訪ねてこられる大戸知子さんが「お疲れさま」と贈ってくださった。

 昨年はオンライン、今年は人数制限した会場とオンラインの2段構え。コロナ禍のこと、秋の総選挙、そして何よりこの講演会を引っ張ってくれた桃井里美さんをはじめ、学校の先生方への思いを語らせてもらった。

 ただ最後に司会が「また来年と言いたいのですが、この先のことは大谷さんとも相談して」と伝えると会場から「えっ」という声とため息が漏れてきた。

 5日と置かず桃井さんから届いたみなさんの感想文。

 「(当初8月の終戦の日ごろに開かれていた)夏に子どもと一緒にお邪魔して朝顔の種をもらい、講演会も聞かせていただきました」「教員のことを多く語っていただき、また現場でがんばってみようという気持ちになりました」。

 やはり学校の先生で、昨年の講演会のあと「辞めようと思っていたのですが、もう少しやってみようと思いました」と書かれていた女性は「来年も開かれるとありがたいのですが」。そして、最後にショッキングなことを聞いた、という方は「桃井さんたちが引っ張って、よりパワーアップした会を期待しています」。

 30年間、小さな村の、小さな講演会にみなさんが寄せてくださっていた大きな大きな思い。さて、どうしたものだろうか。まだ1年先のことと思いつつ、シクラメンのかほりのなか、私の心は揺れ動いている。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2021年12月6日掲載)

 

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2021年12月 1日 (水)

生徒 先生 保護者が本気で向き合って

-弥富市の中3同学年殺害-
  厳しい作業だけど…

 先週の東海テレビ(名古屋)「ニュースOne」は、いつもの特集コーナーを急きょ、弥冨市で起きた中学3年同学年殺害事件に差し替えた。まだ事件は闇に包まれたままだが、私が抱いている疑問と不審点をコメントさせてもらった。

 加害者の生徒は、ネットで包丁を買ってリュックに入れていたと供述しているが、刃渡り20㌢、全長35㌢もの凶器を所持していることに、家族も学校もまったく気づかなかったのか。たとえそうだとしても、私の長い取材経験から、これだけの事件を起こそうとしたら大人でも足が震えるほど緊張する。そんな兆候はまったくなかったのか。

 被害生徒に「嫌な気持ちにさせられた」としているが、直近10月のいじめについてのアンケートに他の生徒を含めてそうした記述はない。殺人事件に発展する事態の片りんさえ見えてこないアンケートとは何なんだ。

 市教委も学校も、その日のうちに第三者委員会を立ち上げるとした。一見、中立性と公平性を担保したようではあるが、果たしてそれでいいのか。

 これまで学校に1歩も踏み入れたことのない教育、法曹関係者、心理学者らが作成した調査報告書を押し頂いて、事件の全容解明、再発防止につながると思っているのか。

 いま、事件がなぜ起きたのか、なぜ防げなかったのか、涙を流し、歯がみする思いで自らの胸に問いかけているのは第三者ではない、生徒、先生、保護者の3者ではないのか。つらくて、しんどいことだが、この3者が本気で向き合おうよ。

 血のにじむ、厳しい作業になるだろうが、事件の真実は、そこからしか見えてこないように思うのだ。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2021年11月29日掲載)

 

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