真筆からも指紋採取で暗い影
-リコール署名偽造問題-
このコラムでも再々、記者、とりわけ事件記者に欠かせない素養として、理不尽に被害者に襲いかかった犯罪に対する火の玉のような怒りがなくてはならないと書いた。だが、被害者の顔や名前が見えなくても心底怒りに燃える事件がある。
「あいちトリエンナーレ」をめぐって大村秀章知事のリコールを求めた運動で、集めた署名の大半が偽造だったとして愛知県警は「100万人リコールの会」の事務局長や妻、次男らを逮捕した。リコールの会は河村たかし名古屋市長が呼びかけ、高須クリニックの高須克弥院長が代表となって発足したが、知事解職に必要な署名の半分、43万筆しか集まらなかったうえに、うち36万筆は署名も指印も偽造。正規の署名は7万余りだったというからひどい。
リコールという民意の発露に対する冒涜というほかないのだが、私にはもうひとつ煮えたぎるような怒りがある。愛知県警は県選管や市民の告発を受けて関係先を捜索。すべての署名簿を押収した。捜査上、当然のことだが、すべての署名簿ということは、真筆の署名で指印を押して知事の解職を求めた人は、名前も指紋も警察が知るところとなってしまったのだ。
もちろん警察は証拠の他への流用はないと説明するだろうが、果たして署名が安保法制や米軍基地、原発に反対といったものでもそう言い切れるのか。今回の事件は、そうした署名活動に限りなく暗い影を落とした。
だからこそ県警は捜査を尽くして見逃すことのできない悪質な犯罪であったことを明らかにすべきなのだ。
捜査は高須院長の女性秘書を連日、厳しく取り調べ、本丸を目指して、いまヤマ場を迎えている。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2021年5月31日掲載)
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