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2021年5月

2021年5月26日 (水)

あらためて「家庭省」の設置を訴える

-「ヤングケアラー」-

 ヤングケアラーという言葉を聞いて、恥ずかしながら初めてそういう若者がいることを知った。介護が必要な祖父母や両親。障がいのあるきょうだいの介助。そうしたことのケアに時間を費やされている中高校生について先ごろ国が初めて実態調査。政府はこれに基づいて、今月中にも支援策を打ち出すことにしている。

 こうしたヤングケアラーは国の調査で中学生の17人に1人。高校生で24人に1人となっている。ケアは食事などの家事から保育園の送迎などさまざまで、平均1日4時間。7時間になるという高校生もいた。

 この問題、私が出演しているテレビ番組でも取り上げ、知的障がいの弟に頼られ、家を出て大学に進学することに迷う女子高生や、中学時代から成人するまで1人で難病の母を支えてきた女性を取材した。

 こうしたヤングケアラーに共通するのは、介護や介助は当たり前のように自分の仕事と思っていた。相談するにしても、どこの、だれにしたらいいのか、中高生の知識では思いつきもしなかったという点だ。

 そこで私はスタジオのコメントで、このコラムをはじめ、ここ十年来、あちこちで書いたりしゃべったりしている「家庭省」の設置を、あらためて訴えさせてもらった。

 ケアに関して、高齢者介護と障がい者介助は同じ厚労省でも窓口が違う。中高生の問題は文科省。大人だって戸惑うのが実情だ。いま国が考えている子ども庁では事足りない。介護や介助はもちろん、育児に不妊、DVに性暴力。ひとつ屋根の下で起きることはみんなもって来い、そんな家庭省がほしい。若きケアラーの苦悩は、そんなことも訴えている気がするのだ。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2021年5月24日掲載)

 

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2021年5月19日 (水)

現場主義と危険性の線引き

-災害と報道-

 西日本新聞(福岡)から、6月3日で発生から30年になる雲仙普賢岳火砕流惨事についてリモートで取材を受けた。噴火口近くにできたドームから超高熱の溶岩が時速100㌔以上の速さで襲ってくる火砕流。私も何度か現地に足を運んだが、今回〈災害と報道〉をテーマに取材を受けるまで、あれから30年ということは失念していた。

 死者行方不明者43人。うち16人が取材基地にいた記者やカメラマン。その中には私が読売新聞記者時代、何度も一緒に仕事をした田井中次一カメラマン(当時53)の、最後まで胸の下にカメラを抱いた姿もあった。

 気が重い取材だった。亡くなった方のうち消防団員12人と警察官2人は、避難勧告が出ても、なお取材を続ける報道陣の周辺を警戒していて犠牲になった。

 惨事から30年。その間に阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震。昨年の人吉豪雨もあった。このたびの西日本新聞の取材もまた、心が重くなるものだった。

 〈あの惨事が残した教訓は〉〈教訓は生かされているか〉〈行政側の規制と取材の兼ね合いは〉〈現場主義と危険性の線引きは〉…。

 丁寧に答えながら私の中では、行き着くところはひとつという思いを深くする。それは「自分自身は決して災害の当事者にならない」ということに尽きる。犠牲になった記者、カメラマンを悼む一方で、命を落としたり、自らの救助を求めるようでは報道に関わる資格はない。そして現場主義と危険性の線引きは、会社でも行政でもない。自分自身が決めるしかないのだ。

 6月3日午後4時8分。私はテレビの生番組出演中だが、心の中で静かに手を合わせようと思っている。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2021年5月17日掲載)

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2021年5月12日 (水)

裏に誰かいないのか 和歌山県警に焦りはないか

-紀州ドン・ファン殺害容疑-

 事件記者の大事な素養として、理不尽に人の命や尊厳が奪われたことに対する火の玉のような怒りと、事件を見つめる冷静な姿勢の2つがあると思う。

 和歌山県田辺市の資産家、野崎幸助さん(当時77)が殺害された事件について、私は現場も、県警への取材もしていない。遺産十数億円、これまで数千人の女性と関係。新聞、テレビが〝紀州のドン・ファン〟と書き立てた被害者の死に、火の玉のような怒りがどうしてもわいてこなかったのだ。

 だけど、事件から3年。月100万円の生活費を条件に結婚した50歳以上年下の須藤早貴容疑者(25)が、野崎さんに大量の覚醒剤を飲ませて殺害した容疑で逮捕されたとなると話は別だ。

 県警はスマホの復元履歴から早貴容疑者が田辺市内の覚醒剤密売人と連絡を取っていたことを確認したとしているが、いくらなんでも、この証拠1つで事件を組み立てていくのは無理だ。東京・新宿と田辺を行き来していた容疑者が人目につきやすい田辺で密売人と接触する必然性があったのか。

 そもそも美容学校を出て1年ほどの女性が1人でこれだけの事件を打てたのか。裏に誰かいないのか。まだまだ捜査を尽くして、相当の証拠で補強しない限り事件はひっくり返ってしまう。

 そんな中、妙な動きも出てきた。県警は早貴容疑者が野崎さんの会社の金、3800万円を詐取したとする告訴状を受理したというのだ。殺人容疑で起訴できないときには詐欺容疑で再逮捕という狙いだとしたら、捜査は本筋を逸脱する。

 たしかに世間の関心は強い事件、和歌山県警に焦りはないか。事件記者たちの冷静な目が求められている。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2021年5月10日掲載)

 

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2021年5月 5日 (水)

地道な記者活動 大久保真紀さん受賞に快哉

-2021年日本記者クラブ賞-

 緊急事態宣言を、しばし忘れさせる心地のよいニュースにふれた。2021年度日本記者クラブ賞を朝日新聞編集委員の大久保真紀さんが受賞した。

 この賞は、スクープというより長年にわたる地道な記者活動に贈られるもので、大久保さんは中国残留邦人や鹿児島県志布志の選挙違反冤罪事件、性暴力被害者への取材が高く評価された。

 大久保さんと初めてお目にかかったのは、私の事務所が長らく関わってきた厚労省主催の「中国残留邦人等への理解を深めるシンポジウム」2014年横浜会場だった。

 駆け出しの支局記者から30年近く、この問題を取材してきた大久保さんに「パネリストとしてぜひ」とお願いしたところ、快く引き受けて下さった。

 残留婦人、孤児をテーマにしたお芝居やパネルディスカッション。最後にみんなで「里の秋」を合唱して大久保さんがステージを降りると、待ちかねたように二重三重の輪ができた。

 久しぶりの再会に涙ぐむ人。最近、困っていることをまくし立てる人。大久保さんは母親ほどの年齢の婦人に顔を寄せ、30分たっても輪は解けそうにない。その姿に私は記者という仕事の、もう一つの大事な側面を見せられた思いがしたのだった。

 大久保さんも「受賞が決まって」の一文で、自身の記事は新聞の本流とは違う道としつつ、〈理不尽な社会の中で、懸命に生きている人たちに吸いよせられるように、取材を続けてきた〉としている。そして、それを書き続けることは〈知ってしまった者の責任〉と、きっぱりと言い切る。

 5月の青空の下。一陣のさわやかな風が吹き抜けていく思いがする。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2021年5月3日掲載)

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