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2020年12月10日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

純真な生徒をだます手先となっていたことが悔しい
‐年賀欠礼はがきから‐井上まささん101歳

 ポストに年賀欠礼のはがきが舞い込む季節。以前住んでいたマンションにおられた、ちょっと怖いけど楽しいおばあちゃん。その娘さんから喪中の知らせが届いた。

 〈いつも懸命に何かに向かっているような母でした〉

 そういえば、政治家を呼んだテレビ番組には「あんな突っ込みではアカンやないの」と、さっそくジャッジを下してくれる方だった。

 〈その母の心の奥には刻み込まれた大切なものがあり、それが何かを自分の言葉で語っている一文が見つかりました〉と書かれ、80代のころ雑誌に掲載された「軍国教師だった私」のコピーが同封されていた。

 〈戦争末期、大阪府立豊中高女(現・桜塚高校)の教師だった私は、雨の日も風の日も女学生を連れて軍需工場に通いました。兵器は乏しく、勉強どころではなかったのです。それでも十代の少女たちのひたむきさには感動する毎日でした。

 終戦の年の三月、空襲が激しくなり、私たちの工場は無事でしたが、学校全体で七名が犠牲になりました〉

 やがて敗戦―

 〈現実を直視できるようになり、大変なことがわかりました。当時の支配者がいかに巧妙に国民をだまし続けたことか。自分がだまされていた悔しさだけではすみません。教師として純真な生徒をだます手先となっていたことが、申し訳なく、つらくて、悔しさもひとしおでした〉 

 一文は〈せめてもの罪滅ぼしに教壇に立つ限り、ウソは教えまい〉と誓った言葉で結ばれていた。

 井上まささん101歳。人として、教師として、心の奥に刻み込まれた大切なものを守り通し、筋を通した人生だった。

(2020年12月8日掲載) 

 

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