« 2020年11月 | トップページ | 2021年1月 »

2020年12月

2020年12月31日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

性接待強要され「汚れた女」と…掟破り告白の理由
-世の心に届く伝え方を-

 師走の東海テレビニューススタジオ。若い女性アナが声を詰まらせると同時に、涙をあふれさせた。この日、彼女は岐阜の山間に住む95歳の佐藤ハルエさんについてリポートしていた。

 戦時中、ハルエさんは岐阜県黒川村開拓団として旧満州(中国東北部)吉林省に入植したが、間なしに敗戦。男は関東軍に取られ、年寄りと女性子どもだけになった開拓団を現地人が襲う。そこにソ満国境を越えてソ連軍が侵攻。日夜、現地人の来襲におびえる団はソ連兵に警護を依頼する。

 だがソ連兵が出してきた条件は「女性を差し出せ」。苦渋の選択を迫られた団は、泣き叫ぶ未婚の女性15人を説得。ときにはマイナス30度にもなる極寒の地で、ハルエさんは「ただただ身を固くして耐えた」という。

 この性接待の事実は開拓団も女性たちも口にしないことが掟。だが帰国したあと、ハルエさんたちに浴びせられた言葉は「汚れた女」だった。逃げるように村を出たハルエさんは山間に新たな開拓地を求めたのだ。

 ずっと封印してきたこの体験をハルエさんが口にしたのは、ほんの7年ほど前。「なぜこんな辛いことを私たちに」という女性アナたちにハルエさんが決まって口にする言葉は「だって、あなたは方は世の中に伝えることができる人でしょ」。

 あの戦争から75年目の年も、残すところ2日。コロナに明け、コロナ暮れるこの年の未曽有の禍を、桜疑惑を、学術会議をめぐる思想統制を、しっかりと世の中に伝えることができただろうか。そして来年こそ、世の中のみんなの心に届く伝え方を。

 本年もコラムのご愛読ありがとうございました。みなさま、どうぞよいお年を。

(2020年12月29日掲載)

 

|

2020年12月24日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

わびる気はない」佐賀県警
-奪われた36歳女性の命-

 ひとつの事件をめぐって、全国紙、地元紙、通信社、テレビ局の計4社からコメントを求められた。どれも事件の内容ではなく、佐賀県警の対応についてだ。

 昨年10月、福岡県太宰府市で当時36歳の女性が足などをめった刺しにされて死亡しているのが見つかった。福岡県警は女性と同居していた女(41)ら男女3人を逮捕。主犯格の女たちが被害者を監禁、当時佐賀県に住んでいた女性の親族から金を脅し取ろうとしていたことが明らかになった。

 だが、実は遺体発見前の昨年6月ごろから、女性の夫や親族に「暴力団に脅されている」と金を無心する不審な電話が女性からかかり、親族が佐賀県警鳥栖署に相談していた。

 ところが、署は対応を若い巡査にまかせて、「脅迫されている様子がない」と取り合わず、親族がやっととった音声データを持ち込むと、3時間に及ぶやりとりを「全部書き起こして持って来い」などと、なんとしてでも追い返したいという態度。相談が計11回に及んだところで、女性は遺体で発見された。

 さらに先日、親族が記者会見。県警は被害届の受け取りまで拒否していたと明らかにした。女子大生が捜査の怠慢から殺害されてしまった桶川ストーカー殺人事件でさえ警察は、被害届は受理していたのだから、佐賀県警はあれよりひどい。

 だが、県警は遺族と事件の認識に違いがあったことは遺憾だとしながらも、いま佐賀では事件に遭っても県警は動いてくれないと不安のどん底にいる県民に対して「わびる気はない」。

 ここは国家公安委員会、警察庁。そこも駄目なら、国会が動くべきときではないだろうか。

(2020年12月22日掲載)

 

|

2020年12月17日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

無犯罪証明書一刻も早い導入を
-両論併記の議論必要なのか- 反対論も根強く

 新型コロナ禍の中にあって、人の命も大事だけど経済だって、という議論からは決していい結果は見えてこない。それと同じような議論に、出演している東海テレビの番組で出合った。「無犯罪証明書」。いまこれを児童生徒の性犯罪被害が絶えない学校現場に導入しようという動きがある。

 番組では、娘が小学4年のとき担任に股間の見える写真を撮られたという父親が取材に協力。この教諭は前任の中学で女子生徒の体を触ったことが発覚。だが、1年後には復職していた。父親は「なんでそんな教師が」と体をふるわせる。

 また高校のとき、教師から性被害を受けた女性は「そんな先生がなぜ、いまも教壇に立っているのか」と悔しさをにじませる。だけど、いまの日本では性犯罪で教員資格を失っても3年後には復職できる。

 こうしたなか、叫ばれているのが無犯罪証明書なのだ。何も罪を償った前科まで明らかにしろというのではない。教師になる人物が性犯罪を犯したことがない、という証明書を法務省に発行してもらおうというのだ。

 だが当然のことながら、「子どもの人権も大事だけど」としつつ、反対論も根強い。憲法の職業選択の自由を侵す。それに犯罪者就労支援の団体は更生の道が閉ざされると、危惧する。

 だけど、男子女子かかわりなく襲いかかる教師のわいせつ行為、盗撮、児童ポルノへの投稿。果たしてこの問題、両論を併記して議論すべきことなのか。無犯罪証明書は、一刻も早く導入すべきではないのか。

 「先生の言うことをよく聞いて」という親はいても、「先生に気をつけて」と送り出す親はいない。

(2020年12月15日掲載)

|

2020年12月10日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

純真な生徒をだます手先となっていたことが悔しい
‐年賀欠礼はがきから‐井上まささん101歳

 ポストに年賀欠礼のはがきが舞い込む季節。以前住んでいたマンションにおられた、ちょっと怖いけど楽しいおばあちゃん。その娘さんから喪中の知らせが届いた。

 〈いつも懸命に何かに向かっているような母でした〉

 そういえば、政治家を呼んだテレビ番組には「あんな突っ込みではアカンやないの」と、さっそくジャッジを下してくれる方だった。

 〈その母の心の奥には刻み込まれた大切なものがあり、それが何かを自分の言葉で語っている一文が見つかりました〉と書かれ、80代のころ雑誌に掲載された「軍国教師だった私」のコピーが同封されていた。

 〈戦争末期、大阪府立豊中高女(現・桜塚高校)の教師だった私は、雨の日も風の日も女学生を連れて軍需工場に通いました。兵器は乏しく、勉強どころではなかったのです。それでも十代の少女たちのひたむきさには感動する毎日でした。

 終戦の年の三月、空襲が激しくなり、私たちの工場は無事でしたが、学校全体で七名が犠牲になりました〉

 やがて敗戦―

 〈現実を直視できるようになり、大変なことがわかりました。当時の支配者がいかに巧妙に国民をだまし続けたことか。自分がだまされていた悔しさだけではすみません。教師として純真な生徒をだます手先となっていたことが、申し訳なく、つらくて、悔しさもひとしおでした〉 

 一文は〈せめてもの罪滅ぼしに教壇に立つ限り、ウソは教えまい〉と誓った言葉で結ばれていた。

 井上まささん101歳。人として、教師として、心の奥に刻み込まれた大切なものを守り通し、筋を通した人生だった。

(2020年12月8日掲載) 

 

|

2020年12月 3日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

「ある意味コロナに勝った」の声に胸が熱く
‐29回目講演会はオンライン開催‐

 「これはある意味でコロナに勝ったってことじゃないですか」。初めてのオンライン講演会に参加してくださった方、その講演会を支えてくれたスタッフから期せずして聞こえてきたこんな声に胸が熱くなった。

 赤城山麓に近い群馬県粕川村(現・前橋市)で小学校の先生をされていた桃井里美さんのお誘いで1991年から続いている私の講演会は、今年で実に29回目。ところが春先から暗雲が垂れ込めていた。コロナ禍の中、いつもの粕川公民館を密にするわけにはいかない。

 だけどそんな中、期せずして声があがった。公民館と大阪の私の事務所をオンラインでつなごうというのだ。

 回線のテストに、進行の確認。準備を重ねたうえで迎えた先月21日の土曜夜。公民館のスクリーンの前で、事前に参加登録された方は家で、職場で、中には車の中で声だけを、と大勢の方が耳を傾けてくださった。

 「胸のもやもやが消えました」「マスクをしている人は、会場では手を挙げて、画面の人はボタンを押してね、という呼びかけに、あっ、みんな繋がっているんだと楽しくなりました」

 桃井さんからもさっそく、オンラインだからこそ参加者みんなのお名前がわかった。遠方の方にも聞いてもらえた―と、まさに災い転じてのメールが届いた。

 とはいえ粕川のみなさんからは、早くも来年、節目の30回はなんとしてでも粕川公民館で。また今回参加登録された方からは、1度粕川の会場に足を運んでみたいと連絡をいただいた。

 もちろん来年は、赤城おろしの空っ風を跳ね返して、きっと粕川へ。

 いつまでものさばれると思うな、コロナウイルスめ。

(2020年12月1日掲載)

|

« 2020年11月 | トップページ | 2021年1月 »