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2020年11月12日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

日本のきな臭い状況を危惧した「ささやきの人」
-亡き池内紀さんを思う-

 〈もっとも尊敬する物書きであり、その飄々とした穏やかな人柄にはいつも心がなごんだ〉

 ふと手にした「ベスト・エッセイ2020」(日本文藝家協会編)で目にした評論家の川本三郎さんの一文、「池内紀さんを悼む」が、静かに心に残った。

 池内さんは、カフカ全作品を翻訳したことで知られるドイツ文学者だが、私には軽妙でおしゃれなエッセーがなじみ深かった。8月30日、78歳で亡くなられ、川本さんがこの一文を朝日新聞に寄せられていた。

 池内さんの人柄を川本さんは〈権力や権威とはほど遠い。自分の知的好奇心のおもむくまま仕事をされた〉と書く。こんな言葉に私が胸を動かされた、その根っこには菅首相による学術会議からの一部学者の排除があった。

 問題を「学者個別の人事。コメントは差し控える」と切って捨てる。そこには、知的なものに対する謙虚さはみじんもない。むき出しの権力と権威があるばかりだ。

 川本さんは池内さんについて〈ドイツ文学者として、愛するドイツになぜ、ナチズムが生まれたかが、終生の課題になった〉と書く。

 学術会議に話を戻せば、菅首相はここにきて一部学者の排除は公安警察出身の官房副長官の差し金だったと認めざるを得なくなった。

 さらに川本さんは池内さんを〈昭和15年生まれ。戦後民主主義のなかで育った。だから近年の日本のきな臭い状況を危惧されていた〉と記し、〈ただ大きな声は嫌った。ささやきの人だった〉とも書かれている。

 海の向こうでは、ひとり、謙虚さなど微塵もない男が権威と権力をむき出しにして、きょうもまだ大声でゴネている。

(2020年11月10日掲載)

 

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