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2020年11月

2020年11月26日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

分断の時代に消えゆく…「革新勢力の旗手」
‐1人になった社民党‐

 社民党の機関誌「月刊社会民主」にコラム「気ままにひとこと」を連載して実に21年になる。その長期連載の灯が消えかけている。私が執筆をやめようと思ったわけではない。社民党そのものがなくなろうとしているのだ。

 14日の党大会で、4人の国会議員のうち3人が立憲民主党に合流、福島瑞穂党首ただ1人が党に残る。そうなると、政党助成法などが規定する「政党」ではなくなる。党大会では怒号が飛び交い、福島党首が「出て行くおとっつあんに、なんで拍手を?」と言えば、照屋寛徳元副党首が「あなた1人が先輩方が築いた遺産をすべて食いつぶした」。

 1945年、終戦直後の社会党結党。60年、70年安保に米軍基地闘争。沖縄返還や護憲運動。一時は200人以上の国会議員を擁し、村山富市首相や土井たか子衆院議長も輩出した革新勢力の旗手。だが、96年に社民党となって以降、党勢は落ち込むばかりだった。

 「マドンナ旋風」「山は動いた」「自民党と民主党の違いはカレーライスとライスカレー」。そんな言葉も、いまはなつかしさだけだ。とはいえ議会を通じて富を公平に再分配する社会民主主義の理念は大事にしたい。

 一方で、いまの政治に目を向けると、1強支配対寄せ集め野党。コロナ禍では、命か、経済か。住民投票の記載は「賛成」か「反対」かだけ。海の向こうでは、赤か青かで真っ二つ。何事も二分、分断され、両者がなりふり構わず、いがみ合う。

 そんなとき、「みんな、ちょっと待って」と、ときには気ままに、ときにはピリリと辛いひとことが言える、小粒の政党があってほしいと思うのだがー。

(2020年11月24日掲載)

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2020年11月25日 (水)

電話・FAX復旧のお知らせ

 ご迷惑、ご不便をおかけしましたが、入居するビルの電気設備工事は無事終了し、弊社の電話、FAXも復旧致しました。。
 今後とも、よろしくお願い申し上げます。

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2020年11月24日 (火)

電話・FAX不通のお知らせ

 11月24日(火)21時頃から11月25日(水)14時頃まで、入居するビルの電気設備工事の影響により、弊社の電話、FAXが不通になります。
 その間にご連絡を頂く場合は、下記アドレスにメールにてお願い致します。
 ご迷惑をおかけしますが、何とぞよろしくお願い申し上げます。

 oao@nifty.com

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2020年11月19日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

第3波も個々人の底力で乗り切るしかない
‐とんでも「Go To」尻目に…‐

 オランダより友来る。空手普及のためオランダに渡ってほぼ半世紀。旧知の今野充昭さんが久しぶりに帰国して東京でお会いした。

 日本に戻って、まず目を丸くしたのがマスクマスクの波。オランダは、人口は日本の7分の1ほどなのに新型コロナの感染者は42万人、死者も8200人と、いずれも日本の4倍。だけど政府がいくらマスクの着用を訴えても、3割近くの人は、どこ吹く風の個人主義の国。

 その一方、日本ではオランダから見れば信じられない、国が旗振り役の「Go Toキャンペーン」。

 「だけど国がとんでもないことをしても国民1人1人は、人にうつさない。人からうつされない。それに徹する。これこそが本当の個人主義だと思うのです」

 いまではオランダと日本のスポーツ界の懸け橋となっている今野さんが、もっと驚く出来事があった。

 コロナ禍の中、初めて米、中、露の選手を招いて開いた体操の国際大会。内村航平選手の「偽陽性」で関係者をヒヤヒヤさせたが、結果は大成功。今野さんは国際体操連盟(FIG)の渡辺守成会長はじめ関係者に頭が下がる思いだった。

 定期的なPCR検査に会場への送迎。他者との接触。関係者は「選手をシャボン玉で包んでいるような毎日だった」という。日本人ならではの細やかさ。大会を終えた内村選手も「東京五輪も『「できない』じゃなくて、『どうにかできる』方向に考えを変えて」と話す。

 今野さんは、いささか母国を持ち上げすぎという気もするが、寒さとともにやってきたコロナ第3波。国がかたくなに続ける施策を尻目に個々人の底力で、なんとか乗り切るしかないようだ。

(2020年11月17日掲載)

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2020年11月12日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

日本のきな臭い状況を危惧した「ささやきの人」
-亡き池内紀さんを思う-

 〈もっとも尊敬する物書きであり、その飄々とした穏やかな人柄にはいつも心がなごんだ〉

 ふと手にした「ベスト・エッセイ2020」(日本文藝家協会編)で目にした評論家の川本三郎さんの一文、「池内紀さんを悼む」が、静かに心に残った。

 池内さんは、カフカ全作品を翻訳したことで知られるドイツ文学者だが、私には軽妙でおしゃれなエッセーがなじみ深かった。8月30日、78歳で亡くなられ、川本さんがこの一文を朝日新聞に寄せられていた。

 池内さんの人柄を川本さんは〈権力や権威とはほど遠い。自分の知的好奇心のおもむくまま仕事をされた〉と書く。こんな言葉に私が胸を動かされた、その根っこには菅首相による学術会議からの一部学者の排除があった。

 問題を「学者個別の人事。コメントは差し控える」と切って捨てる。そこには、知的なものに対する謙虚さはみじんもない。むき出しの権力と権威があるばかりだ。

 川本さんは池内さんについて〈ドイツ文学者として、愛するドイツになぜ、ナチズムが生まれたかが、終生の課題になった〉と書く。

 学術会議に話を戻せば、菅首相はここにきて一部学者の排除は公安警察出身の官房副長官の差し金だったと認めざるを得なくなった。

 さらに川本さんは池内さんを〈昭和15年生まれ。戦後民主主義のなかで育った。だから近年の日本のきな臭い状況を危惧されていた〉と記し、〈ただ大きな声は嫌った。ささやきの人だった〉とも書かれている。

 海の向こうでは、ひとり、謙虚さなど微塵もない男が権威と権力をむき出しにして、きょうもまだ大声でゴネている。

(2020年11月10日掲載)

 

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2020年11月 5日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

「クマ射殺報じるな」に思うこと
-人同士いがみあってどうする-

 

 この秋、何度このニュースを伝えたことか。そのたびに胸が痛む。環境省が先週、4月~9月の全国のクマ出没情報が1万3670件で、過去最多となったと発表した。秋田、新潟では襲われて2人が亡くなり、石川県加賀市では人の出入りの多い大型商業施設にまでクマが入り込んだ。

 その地域の方々の恐怖はどれほどだったか。そんな被害を未然に防ぐ意味もあってニュースにするのだが、最近、やりきれないことが起きている。自治体から「クマを射殺した」という結末までは報じてくれるな、という要請がくるのだ。町や村、それに猟友会にまで「かわいそう。なんで殺した」という電話やネット上の非難が相次ぎ、猟友会の中には「出動したくない」という人も出てきたという。

 私も動物は大好きだ。だがそれとこれとは違う。元はといえば戦後、国産材の増産だとして、クマやサルが大好きな実がなるブナやミズナラの木を切り倒してスギとヒノキの山にしてしまった。その結果、クマたちは慢性的なエサ不足。スギやヒノキの若芽が好物のシカは大繁殖してしまった。

 さらに減反政策と急激に進む地方の過疎化。クマと人の境界にあった里山は荒れ果て、空き家の庭にはクマが大好きなカキやクリ、ミカンが実っている。これらはみんな、人間の予期せぬ失敗から始まっている。

 それなのに、人と人がいがみあっていてどうするんだ。せめて里山の手入れや、残された果樹の伐採に追われる町を村を、寄付などで応援できないものか。

 山に小雪が降るころ、長い冬眠に入るクマたち。静かな、静かな里の秋は、もう目の前だ。

(2020年11月3日掲載)

 

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