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2020年7月30日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

向き合うべきはSNS時代の「生」と「死」
-ALS嘱託殺人で安楽死論なんて-
たった10分

 SNSで知り合った難病、ALSの女性(51)に頼まれて、京都市の自宅でこの女性を殺害したとして宮城県仙台市と東京都港区のいずれも40代の医師2人が嘱託殺人で逮捕された事件は、NHKと地元、京都新聞の満を持したスクープだった。

 7カ月余りにのぼる京都府警の地道な捜査をウォッチ。亡くなった女性の「指1本動かない自分がみじめ」といったツイッターの文言を紹介しながら「進まぬ安楽死論議に一石」とキャンペーンを展開し、後を追う形になった全国紙や民放も連日、同じような趣旨のニュースを流している。

 だけど私は、こうした報道に猛烈な違和感を覚えるのだ。1991年、神奈川の大学病院で末期がんの男性を担当していた若い医師が殺人罪で起訴された。意識が混濁するなか、苦しみ続ける患者の家族から懇願され、当初は延命治療を中止しただけだったが、なお激しく苦悶する男性に医師は致死量の薬物を注射した。

 私の取材は年月がたってからだったため、医師本人や患者のご家族から話を聞くことはできなかった。それでも大学の調査委員会の聞き取りに若い医師は「患者の奥さんに泣いて懇願され、息子さんからは白衣の袖にしがみつかれて一線を越えてしまった」と証言した、と同僚の医師が涙ながらに語ってくれた。

 だが事件は患者の様子を見かねた家族が罪に問われることはなく、一方で若い主治医は意識が混濁した患者からの「請託」はなかったとして嘱託殺人ではなく、殺人罪で有罪となって医師の道を絶たれたのだった。

 翻って今回の事件。東京の医師の口座には、亡くなった女性から百数十万円の振り込みがあったという。さらに2人は5年前に電子書籍「扱いに困った高齢者を『枯らす』技術」を出版。

「証拠を残さず、共犯者もいらず…消せる方法がある。医療に紛れて人を死なせることだ」と書いている。

 こんな医師たちの犯罪をきっかけに、いまだ私たちが逡巡と戸惑いから抜け出せない終末医療や安楽死を論じてほしくない。医師たちは白衣にしがみつかれることもなく、亡くなった女性と顔を合わせたのは、犯行時のたった10分だった。

 いま報道が真剣に向かい合うべきことは、そんなSNSの時代の「生」と「命」のありようではないのか。

(2020年7月28日掲載)

 

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