« 2020年5月 | トップページ | 2020年7月 »

2020年6月

2020年6月25日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

1・7兆円はワクチン開発に
-スポーツもお笑いもお金かけず楽しむ-

 6月19日、先週の金曜日夕方、私は東海テレビ(名古屋)の「ニュース0ne」のスタジオに「2カ月半ぶりのご出演です」と言って迎えられた。4月6日、緊急事態宣言の発令で都道府県をまたぐ移動の自粛要請。それによって大阪から東京、名古屋、静岡といった都市でのテレビ、ラジオ出演はリモートか自粛。それがこの日、解禁になって久しぶりの新幹線移動となった。

 とはいっても、局の方には申し訳ないような気楽な復帰初日。何しろこの日は3カ月遅れのプロ野球の開幕日だったのだ。加えて東海テレビは神宮球場の中日-ヤクルト戦を完全生中継。

 しのつく雨で開始が危ぶまれたが、コロナ関連のニュースのあとは山本昌さんの解説も交えて、スタジオも「いいぞ! がんばれ! ドラゴンズ」一色。大野雄、石川投手と、ともにベテランの投げ合い。初回、中日・ビシエド選手の今季セパ第1号となる2ランが飛び出して大盛り上がり。

 時折、巨人ファンの私に気をつかって中継アナと昌さんが「大谷さん、菅野投手が、なんと阪神の西(勇)投手にホームランを浴びてますよ」なんて情報も入れてくれる。決して熱狂的というほどのファンではないが、今年ほどプロ野球の開幕を待ちこがれたことはなかった気がする。

 画面に映る無観客のスタンドには、せめてものにぎわいとファンをかたどったパネルが並び、チャンスマーチも流れてくる。だけど、そんな演出も不要と思わせるベテラン、若手の活躍。開幕前日、楽天の則本昴選手の「画面からでも伝わる迫力あるプレーを」という言葉に、エアタッチしたい。

 この日、大阪のお笑いの拠点、「なんばグランド花月」も「お客さんが10分の1なら10人分笑ってください」といって、3カ月半ぶりに開いた。その1週間前には、京都フィルハーモニー室内合奏団が演奏者が2㍍近い間隔をとって、3カ月ぶりの定期公演を開いた。

 選手が、芸人が、アーティストが、そしてなにより市民がお金をかけずに知恵を絞ってスポーツを、お笑いを、音楽を楽しむ。だから政府が音頭をとった旅行に、お食事のキャンペーン。1・7兆円ものお金は、どうかコロナのワクチン開発に使ってください。カクテル光線に浮かぶ球場の雨に、そんなことを思うのだった。

(2020年6月23日掲載)

 

|

2020年6月18日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

「づぼら」が消えゆく社会なんて
-大阪の老舗フグ料理屋閉店-

 大阪・ABCテレビのニューススタジオ。新型コロナ対策の31兆円にものぼる第2次補正予算が週内にも成立。東京アラートが解除になってステップ3に前進―そんなニュースを伝えているところに「大阪の老舗フグ料理屋、づぼらや閉店」の一報が飛び込んできた。

 オンエア中には確認がとれず夜のニュースで伝えることになったが、私には、なんとも寂しい知らせだった。

 愛嬌のある、でっかいフグ提灯。向こうに見える通天閣。大阪らしいそんな光景は、どこかで見たことがあるという方も多いはずだ。本店のある新世界は東京・浅草と並ぶ下町のなかの下町。そして私の社会部記者、警察(サツ)まわりの駆け出しの町でもあった。

 づぼらやは1920年(大9)の創業で、今年は100年の節目。安い値段で気ままに、ずぼらにフグを食べてほしいという願いが店名になったとか。サツまわり時代、大きな事件で徹夜になった先輩たちが遅い昼食にやってきて、そのままずぼらに飲み会になったことも数知れない。駆け出し記者にとっては楽しい勉強の場でもあった。

 だけど、新型コロナ禍で今年に入って客は激減。4月から休業していたが、客足の伸びは期待できず、本店、道頓堀店とも9月閉店を決めたという。

 言われてみれば、大皿に菊模様のてっさに大鍋のてっちり、シメの雑炊。どれをとっても政府提唱の「新しい生活様式」、大皿でなく料理は小分け。おしゃべりは控えて、横並びに座ろう―はフグ料理に合いそうにない。

 もちろん、コロナ禍の第2波は絶対に止めなければならない。それに古いもの、なつかしいものをなんでも残せといっているのではない。だけど、ポストコロナの名のもとに、ドローンを使ったスマート農業にキャンプ場のネットインフラ整備。物流のデジタルトランスフォーメーション。コロナがどうあれ、とにかく予算をぶんどったもの勝ち。そのうえに中抜き、ピンハネ、法外な委託料に手数料。 

 だれかひとりでも「このお金については、いいかげんなことは絶対にやめよう」と言うものはいなかったのか。コロナ後は小ざかしく、目端が利く者の勝ち。ずぼらなんてとんでもない。そんな社会がやってくるとしたら、なんともやりきれない。

(2020年6月16日掲載)

 

|

2020年6月11日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

拉致問題「何もしない」のか
-光見えない政権の最重要課題-

 「何もしない。何も手を打たない結果がこれなんですよ」。横田めぐみさんの父、滋さんが87歳で亡くなったことを伝える夜のNHKニュースで、拉致被害者家族会代表、飯塚繁雄さん(81)は、キャスターの何度かの問いかけに一切答えず、こう訴え続けた。怒りと悔しさがにじみ出ていた。

 2002年9月の小泉訪朝で冷酷にも北朝鮮側からめぐみさん死去が伝えられ、その後、蓮池薫さんら5家族が帰国、都内で記者会見が開かれたとき、私はテレビ局のニューススタジオにいた。「めぐみの死なんて信じられません。この方たちと同じように帰国させてください」。そう言うなり、涙で声の詰まった滋さんのマイクをそっと引き取った妻の早紀江さん(84)。いまもあの光景が目に浮かぶ。

 2年ほど後に、大阪弁護士会有志が開いた小さな集会にも足を運ばれたご夫婦と、夜の食事を前に控室でゆっくりお話しさせていただいた。

 「ナニワの味を楽しみにしているようですが、最近のお酒のすすみ方が心配で」という早紀江さんに、いたずらっ子のように首をすくめる滋さん。しばしご夫婦の間に柔らかな時が流れているように感じたのだった。

 だが、第一次も二次も、この拉致問題を「最重要課題」とした安倍政権だったが、いまだ拉致被害者と家族に、ほんの小さな光さえ見えてきた様子はない。もちろん、ならず者国家に安易な妥協をする必要はない。

 ただ2009年、「半島へ、ふたたび」の著書を出された蓮池薫さんと新潟県柏崎の拉致現場でお目にかかったとき、蓮池さんは「あの国は何より面子を重んじる。対話のない圧力だけで押し切れるものではない」と話しておられた。

 だけど安倍政権は「対話と圧力」を、いつの間にか、かなぐり捨てて「最大級の圧力」のみ。そんな日本政府に、いつもは温厚な横田滋さんも「もっと対話をしないと」と、思いをぶつけることもあったという。

 今年2月に拉致被害者、有本恵さんの母、嘉代子さんが94歳で亡くなった。横田滋さんの死で拉致被害者の親御さんは、横田早紀江さんと、有本嘉代子さんの夫、明弘さん(91)の2人だけとなった。安倍政権は政権の最重要課題に「何もしない。何も手を打たないまま」、自らの終焉を迎えようとしているのか。

(2020年6月9日掲載)

 

|

2020年6月 4日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

司法とメディアの立ち位置とは
-京アニ報道で思うこと-

 このところ司法とメディアの関係というと、検察幹部と新聞記者の賭けマージャンばかりが話題だが、先週は京都アニメーション放火殺人事件の青葉真司容疑者(42)の逮捕で、お互いの立ち位置についてあれこれ考えさせられた。

 逮捕の日は大阪でテレビの出演日だったが、京都市内の病院の映像を早朝、ヘリからテレビ、新聞が撮影。ただ病院名も青葉容疑者が乗った介護車両の伏見署までのルートも極秘。それでもストレッチャーに乗せられて署に入る容疑者の顔や、やけどのあとも生々しい両腕は新聞、テレビともにしっかり映像に収めていた。

 その後の送検は検察官が伏見署に出向いて行い、裁判所の勾留尋問のあと、すぐに大阪拘置所に向かうという異例の措置。拘置所に向かったのは番組のオンエア中だったが、到着まで行き先は報道しないという徹底ぶりだった。

 そこには、いまも憤りの消えない関係者や熱烈な京アニファンもいるので不測の事態を避けたかったという警察、検察の思いがある。もちろん、そのことは否定しない。ただ、そこまで新聞、テレビが要請を受け入れるなら、そのことを読者視聴者に知らせて理解を得るべきではなかったのか。

 もう1点。今回の逮捕には一部の学者、法律家が異議を唱えている。ストレッチャーに横たわり、食事、排せつも介助が必要な青葉容疑者のどこに逮捕の必須要件である証拠隠滅、逃亡の恐れがあるというのか。医師が常駐、医療設備の整った施設とはいえ、横たわる容疑者を取り調べるのは人権上、問題ではないか。

 さらには早朝、深夜にかかわらず、警察官の立ち会いなしに弁護士と面会できる接見交通権は確実に保証されるのか。

 もちろん私は、これらの異議をすべて支持しようとは思わない。「容疑者の記憶が確かなうちに供述を得たい」とする警察の目的もわかる。

 なにより犠牲者36人という犯罪史上まれに見る凶悪事件で、今後、被告が警備の行き届かない入院先から毎回、公判に出廷し、予想される極刑が言い渡されると同時に、拘置所に収監される。そんな対応に私たちの社会が納得するだろうか。

 それにまだ先のこととはいえ、犠牲者が36人にものぼる事件の裁判員裁判。裁判員にかかる負担はいかばかりか。そうしたことを、いまから裁判所もまじえ協議しておく。

 それこそが私は、密閉空間での密接接触ではない、検察と記者の、あるべきソーシャルディスタンス(社会的距離)ではないかと思うのだ。

(2020年6月2日掲載)

|

« 2020年5月 | トップページ | 2020年7月 »