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2019年12月

2019年12月26日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

社会貢献やボランティアの刑罰を
-日本の司法は新たな1歩を踏み出すとき-

 年の瀬、まるで棚卸をしたかのように、この国の裁判をめぐるさまざまな問題が浮き彫りになっている。

 大阪府寝屋川市で中学1年の男女を殺害、大阪地裁の裁判員裁判の死刑判決後、自ら控訴を取り下げて死刑が確定していた死刑囚(49)について先週、大阪高裁は「本人は結果を明確に意識していなかった」として異例の控訴取り下げを無効とする決定を出した。

 同じ日、東京高裁は千葉県印西市の老人施設で薬物入りのお茶を飲ませて同僚ら6人を殺傷、千葉地裁の裁判員裁判で懲役24年の判決を受けた女(73)の控訴審で「地裁の判断に事実誤認がある」として1審判決を破棄、地裁に差し戻した。

 その少し前、東京高裁は夫婦を死亡させた東名高速あおり運転事件で、横浜地裁の裁判員裁判で懲役18年の判決を受けた男(27)の控訴審において、地裁の公判前整理手続きに不備があったとして判決を破棄、差し戻した。

 千葉と横浜の事件は改めて裁判員裁判が開かれるが、そうなると最初の裁判に関わった裁判員のみなさんの苦労や苦悩は何だったのかということになる。

 そうした裁判員の苦しみや悩みという点では、もう1件、いま私の胸に大きく広がっているのが引きこもり、家庭内暴力の長男を殺害した元農水事務次官(76)の裁判員裁判だ。

 懲役6年の判決が言い渡された後、厳しい論告をしてきた検察官までもが被告に「体に気をつけて」と声をかけたこの裁判。裁判員のみなさんも判決後、悩み、揺れていた心の内を明らかにした。

 「執行猶予は難しいとはわかっていたが」「どこの家庭で起きてもおかしくない」「気軽に相談できる社会になって」…。絞り出す言葉を胸に刻んで私は、この国の刑罰に社会貢献、ボランティアの義務づけがあったら、裁判員も裁判官もどれほど心を軽くできるかという思いにかられていた。

 世界30カ国以上で取り入れられているこの刑罰。76歳の元次官を刑務所に入れるより、介護、養護、児童、さまざまな施設で息子の供養をしながら行政経験を生かして働く。薬物中毒者は更生施設のボランティア活動のなかで、自らも立ち直る。

 裁判員裁判が施行されて来年で11年。日本の司法は、制度の見直しや刑罰の多様化を含めて新たな1歩を踏み出すときにきていると思うのだ。

(2019年12月24日掲載)

 

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2019年12月19日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

「桜のせいで「反社」特定できず?
-山口組系抗争 緊迫してるのに…-

 年の瀬、とりわけ関西を中心に反社会的勢力、暴力団をめぐる状況がいつもに増して緊迫している。兵庫県尼崎市の商店街で夕刻、山口組系組員が対立する神戸山口組系幹部に自動小銃を発射して殺害。それ以前には神戸山口組系幹部が山口組系組員を銃撃。その2カ月後には、神戸山口組系組員2人が組事務所前で山口組系組員に射殺されている。

 この事態に兵庫、大阪、愛知などの6府県警は両組を特定抗争指定暴力団とすることにして、今週から組幹部の聴聞を行うことになっている。だが、ここにきて取り締まる側も私たち報道する側も、頭を抱える事態になってしまった。

 なんと震源地は、例の首相主催の「桜を見る会」。早々国会を閉じて逃げの一手に出たのだが、招待客のなかには詐欺容疑で捜査中の「ジャパンライフ」の会長や全身入れ墨のそれらしき男たちの姿。野党から「血税で反社会的勢力を呼んだのか」と激しく追及されて、苦し紛れに放ったのが、「反社会的勢力の定義」。

 これまでは政府の犯罪対策閣僚会議で「暴力、威力と詐欺的手法を駆使して、利益を追求する集団、個人」と定義されていたのだが、野党から指弾されるや、「反社会的勢力の形態は多様で、限定的、統一的に定義することは困難」と閣議決定してしまったのだ。つまり、いままでの定義をひっくり返して、「反社を呼んだって言われても、だれが反社かわからないもん!」と、いわば尻をまくったのだ。

 さあ、そうなると暗礁に乗り上げてしまいそうなのが両組の特定抗争指定だ。指定されると、対立する組の事務所の様子をうかがったり、相手の組員の動向を探ることが禁止され、違反するとその場で逮捕される厳しいものになる。

 だけど、現実問題として相手の組の様子や組員の動きを探るのに、顔も名前もバレバレの自分のところの組員を使うお人好しの組があるはずがない。それこそ、いわゆる半グレや密接周辺者と呼ばれる反社会的勢力の出番となる。だけどその連中を逮捕したくても、「政府が定義できないと言っているのに、どこが反社だ」と尻をまくられたら手も足も出ない。

 市民の安全なんてどこ吹く風。いかがわしい桜の会の幕引きのためならなんでもやる。季節外れの花冷えの年の瀬である。

(2019年12月17日掲載)
 

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2019年12月12日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

辺野古の海と首里城再建
-国と沖縄県めぐり様々な声-

 12月とは思えないやわらかな日差しが城壁に降りそそいでいるのに、みんなの顔からほほ笑みが消えていた。

 焼失した沖縄・首里城を訪ねてきた。守礼門から木曳門まで数百㍍の規制が解かれたが、焼けて崩れ落ちた正殿は見えるはずもない。遠目にも赤瓦がどす黒く焦げているのがわかる南殿、北殿の屋根は、その火勢の強さを物語っていた。

 だが、そんな火の海のなか奇跡的に正殿の前にすっくと立っている大龍柱。その龍柱を制作した彫刻家で琉球大名誉教授の西村貞雄さん(77)からさまざまなお話をうかがった。もろい砂岩でできている龍柱は焼け残っても正殿などと同様、造り直すしかない。ただし造り直すにあたっても、いま論議が起きているという。

 西村さんたちは前回と同じように細部にわたって復元すべきと考え、他方、正殿などは外形は元通りにして内部は復元にこだわらず、スプリンクラーなど防火対策を優先すべきという声もある。西村さんは、「時間をかけて県民同士でじっくり議論したい」という。
 
 再建をめぐっては国と沖縄県のありようにも、いろいろな声が飛び交っている。

 県民投票で7割が辺野古米軍基地反対という声に押されて当選した玉城デニー知事は、火災の翌日には「復元には特段のご高配を」と首相官邸を訪問。菅官房長官は「財政措置を含めてやれることは全てやる」と確約。安倍首相からも「再建に全力を尽くす」という言質を引き出している。

 こうした動きに対して、たとえば當間盛夫沖縄県議は「ダメ、ダメ、玉城知事の今回の動きは全部ダメ」と語気を強める。基地をめぐって沖縄県と裁判までして争っているときに、国にとって知事の動きはありがたく映るはずだという。

「基地については国と全面対決、首里城復元は国に全面支援を、というのでは、知事を支える県民も、それに多くの国民も違和感を抱くのではないでしょうか」

 首里城取材のあと、足を伸ばした辺野古の海。日曜で土砂投入のない大浦湾のエメラルドの海は、いつもにも増して美しい。首里城がそうであるなら、この海もまた、沖縄のアイデンティティーのはずだ。

 あってはならないことだが、首里城は自らの身を焦がして「沖縄」を問うているように思えるのだった。

(2019年12月10日掲載)
 
 

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2019年12月 5日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

小中学校で「安全」の授業を
-家庭教育では子どもを守りきれない-

 「知らない人に付いていかないように言っていたんですが」。12歳の女の子のお母さんの言葉が虚しく聞こえた。もはやそういう次元の問題ではない。先週は子どもたちの安全について、さまざま考えさせられた。

 行方不明になっていた大阪市住吉区の小学6年生の少女が430㌔離れた栃木県小山市で保護され、少女とツイッターのDM(ダイレクトメッセージ)で連絡を取り合い、自宅に連れ込んだ35歳の男が逮捕された。男の家にいた6月から家出中の茨城県の15歳の女子中学生も同時に保護された。

 この事件のあと、埼玉ではツイッターで知り合った兵庫の女子中学生を誘いだして借家に住まわせていた37歳の男が逮捕された。この男は別の女子中学生も家に連れ込んでいたとして、すでに起訴されている。

 テレビ番組で議論しながら、私は、もはや「安全な日常生活」を小中学校で教科の授業にするしかないという思いをふくらませていた。スマホを大多数の児童生徒が持っているなか、SNSによる被害は一昨年、小学生で倍増している。だけど有害サイトを遮断するフィルタリングをさせている親は38%にすぎない。

 はっきり言って、子どもに迫りくる危険について親が対応不能に陥っているのだ。その危険とは何か。主に3つある。今度の事件のようなスマホのSNSを使った誘い出しや連れ歩き。2つ目が児童ポルノの撮影や少女買春といった未成年者を対象にした性犯罪。そして3つ目が芸能人逮捕が相次いでいる大麻やMDMAといったクスリだ。

 スマホに児童ポルノ、それにクスリ。どれもこれも親の時代に身近にあったものではない。自分自身や友だちがそのことで危険な目に遭ったことは、まずない。経験則のない怖さは、親から子へ伝えていくことができない。ということは、もはや家庭教育では子どもを危険から守りきれないのだ。

 かつて大リーグを取材したとき、選手のオフの日のボランティアというと、学校に出かけ、先生や親と一緒になって子どもたちにドラッグに手を出さないことを約束させる授業だった。

 ひるがえってわが日本。小中学校に「特別の教科 道徳」が採用されたように、保護者も交えた「特別の教科 安全」を始めるときが来ているように思うのだ。

(2019年12月3日掲載)

 

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