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2019年8月

2019年8月29日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

政治家は俺の辺野古の海を埋め立てる
-沖縄知事が歌に込めた思い-

 ♪Businessmen,they drink my wine ~ Statesmen landfill my Henoko shore
 ─ビジネスマンは勝手に俺のワインを飲んじまって~政治家は俺の辺野古の海を埋め立てる。

 「7月のフジロックフェスティバルで熱唱されたそうですが、そのさわりだけでもお願いできないでしょうか」。東海テレビスタッフのむちゃ振りリクエストに、トントンとリズムをとった玉城デニー沖縄県知事は、張りのある歌声でボブ・ディランの曲に乗せてワンフレーズを披露してくれた。

 これまで何人も知事をインタビューしたが、こんな陽気なおじさんは初めてだ。

 「沖縄を飛び出して全国をまわろう」。知事の発案で始まったトークキャラバン。名古屋公演の前にインタビューさせていただいた。

 「わかっている人だけわかっていたらいいという問題ではないのです。沖縄で起きていることは、いつ本土で起きてもおかしくない。もし本土の大都市近辺に米軍機が落ちたとしても日本は手も足も出せない。それは沖縄と一緒なのです」

 だけど日本政府はその米軍の意に沿って、辺野古の埋め立てを強行する。

 「沖縄の民意に沿うと言いながら辺野古を撤回する意思はなく、ならばと実施された県民投票で72%が埋め立て反対とわかっても直後に埋め立てを再開する。それがいまの政権なのです」

 玉城知事は、決して日本中から基地をなくせと言っているわけではない。沖縄にばかり集中している基地の負担、それをなんとかしようと訴えているのだ。

 「これは沖縄と日本政府、日本政府と米軍がしっかり話し合えば、いくらでも道筋が見えてくるはずです。だから、私は対立ではない、対話をしましょうと呼びかけているんです」

 だが、玉城知事が対話の期間を設けようと官邸を訪ねた日、政府は辺野古の海に大量の土砂を投入した。

 どんな理不尽も力で押し切れば思いのまま。どんな不条理も相手を泣かせてしまえば、こっちのもの。沖縄で起きている理不尽や不条理は、いま本土に、いや全国に広がりつつあるのではないか。だけど、きょうも政治家は、Landfill Henoko ─辺野古を埋め立てる。

(2019年8月27日掲載) 
 

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2019年8月22日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

公務員も裁判官も「顔も名前も」ひた隠し
-不正、誤認逮捕の後始末-

 戦後74年の夏、当たり前のことだが、来年は75年。人の年齢でいえば後期高齢者となる。だけど日々ニュースを送りながら、この国は限りなく幼児化、お子ちゃま化している気がする。

 夕方の東海テレビのニュース。この日、名古屋市の職員2人と愛知県の職員1人の不祥事を伝えた。名古屋市の42歳の職員の男は、コンビニでマンガ2冊(950円相当)を万引して停職4カ月。また34歳の職員は「女性問題で悩んで」10日間無断欠勤して減給処分。23歳の県職員の男は焼酎のお茶割り10杯を飲んで車を運転、県は懲戒処分にするという。

 記者会見に出てきた女性を含む市や県の幹部。深々と頭を下げてみせたものの、やってられない感がありあり。それはそうだ。23歳、34歳、42歳の大の大人は、だれ1人、顔も出さなければ名前もなし。幹部が何分頭を下げようが、どこ吹く風だ。

 名古屋からの帰り、翌週ラジオで取り上げるニュースをメールでチェックすると「女子大生誤認逮捕。松山地裁謝罪せず」があった。タクシー内で運転手のバッグを盗んだとして無実の女子大生が逮捕された事件で、警察が請求するまま逮捕状を出した裁判官について、地裁は裁判官の名前の公表も謝罪も拒否した。

 この事件では誤認逮捕された女子大生が「手錠をかけられたときのショックは忘れられない」「就職が決まっているのに大変な事になるぞ、と脅された」とする手記を発表、取り調べ刑事の直接の謝罪を求めたが、県警本部長は「前例がない」と拒否。女子大生を2カ月にわたって責め続けた大の大人は、ここでも顔も名前も隠したままだ。

 まだある。香川県警では40代の警部補が、未成年の息子が交際相手の女性に乱暴、スマホを奪った事件で、息子が持っていたスマホを隠したうえ、女性に被害届を出さないように強要したという。だが県警は警部補の顔や名前どころか、事件そのものをひた隠しに隠していた。

 何をやっても責任をとることなく甘ったれたまま幼児化した大の大人。片やあの時代、軍の暴走を止めるどころか戦局をあおり立て、戦後は責任をとることもなく何食わぬ顔で社会に潜り込む。74年前のあのころの恥知らずな人たちと、どこか似てきてはいないだろうか。

(2019年8月20日掲載)

 

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2019年8月15日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

「その後のその後」やったらどうだ
-「表現の不自由展・その後」中止-

 みんながそれぞれ間違えているのではないか。名古屋の東海テレビで連日、あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」が中止になったニュースを伝えながら、そう思っていた。

 従軍慰安婦を表現する少女像などが展示されていることに河村たかし名古屋市長が「日本人の心を踏みにじる」と言えば、大村秀章愛知県知事は「市長発言は憲法(表現の自由)違反の疑いが濃厚だ」。そこに場外参戦した吉村洋文大阪府知事が「大村知事は不適格、辞職相当だ」と発言すると、伝え聞いた大村知事は「哀れ。大阪はこんなレベルの人が知事なのか」。

 そもそも愛知、大阪の府県民は、ののしり合いをしてほしくて知事、市長を選んだのではない。それにこの人たちの芸術論など、ハナから聞きたくもない。だけど愛知、名古屋の県市で、この国際展に10億円以上出しているとなると「金も出すけど口も出す」、それがこの国の風土なのだ。

 ただし、この金が公費、税金である以上、ガソリンをまくといった脅迫は論外として、タックスペイヤー、納税者に反対を訴える権利はあると思う。

 では、この「不自由展・その後」に出展されている方たちはどうしたらいいのか。4年前、2015年の企画展がそうだったように、公費でなく、すべて自前で、今回の会場近くで独自の「不自由展・その後のその後」をやったらどうだ。10月14日までの長い会期。いまなら、まだ間に合う。

 新たな会場費に、厳戒体制の警備費。経費はふくらむ一方で、チケットはいくらになるかわからない。だけど、どこからも1円たりともらっていない。企画者と来場者で思う存分楽しむ。

 もちろん今回の件とはまったく別だが、京都アニメーションの悲惨な事件では、「京アニに抱いた夢を消さないで」と国内外から18億円ものお金が寄せられている。大事なもの、消してはならないものに、お金を惜しまない人は多いのだ。

 では、そうしてすべて自前で再開された「―その後のその後」が脅迫や妨害を受けたらどうするか。私たちは県や市の行政機関、司法警察、あらゆる力をもって徹底的に守り抜く。

 「表現の自由」は民主主義のとりで。「表現の不自由」は私たちの社会にあってはならないからである。

(2019年8月13日掲載)

 

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2019年8月 8日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

遺族 警察 メディアでよりよい取材のあり方を
-京アニ放火 史上最悪事件だからこそ-

 「私はこれからもあなたのアニメの中にいます」「作品に出会って、生き方が楽になりました」。京都アニメーション、京アニの事件から2週間が過ぎた2日、犠牲になられた35人のうち遺族の承諾が得られた10人の実名が公表された。

 さっそくテレビ、新聞には名前が明らかになったアニメーターのみなさんやご遺族への思いがあふれた。だけど、この実名公表までにはさまざま紆余曲折があって、私も少しの間だったが、その混乱のなかにいた。

 事件当初、京都府警捜査1課は犠牲者の無念に思いをはせ、早い時期に実名を公表するとしていた。だが京アニ側が「そっとしておいて」と匿名を希望、いったん決まった7月末の公表は見送られた。さらに警察庁がメディア対策など、より慎重さを求めてきたため、時間を要してしまった。

 この間、実名、匿名報道について聞いてきた通信社が差し替えコメントを求めてきたときやテレビ局の打ち合わせで、私は取材記者に「ご遺族の気持ちや警察の被害者保護の姿勢はわかる。だけどこんなときにメディアは何をしているんだ」と何度も言葉を強めた。

 京都府警が100人もの警察官を被害者対策に向けた点は評価できる。だが報道に関して、遺族の要望を警察だけが聞いてくるという姿勢は間違っている。遺族の心のケアにも携わる警察官が「実名を出して取材に応じましょう」と言うとは思えない。むしろ悪気はなくても、警察というフィルターを通してメディアを語ることが多いはずだ。

 結果、事件に限らず、事故や災害で「ほかの子はお遊戯のビデオまで流れているのに、なぜうちの子は名前だけなの」と問い合わせがあって、確認すると警察が思い込みで「取材拒否」としていたケースもあった。

 日本の犯罪史上最悪の放火、殺人事件。だからこそこの事件を契機に、メディアスクラム防止のため全国の主要警察記者クラブが担当幹事社を常設しているように、新たに「ご遺族取材対策会議」といったものは設けられないだろうか。そこで遺族、警察、メディアの3者で、よりよい取材のあり方を協議していく。

 京アニとメディア、互いにステキで大事な表現者であり続けるために、悲惨な事件のなか、せめてそんなことができたらと思っている。

(2019年8月6日掲載)

 

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2019年8月 1日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

私たちの社会はいつ負の連鎖を断ち切るのか
-やりきれない「京アニ放火殺人事件」-

 京都の祇園祭が終わり、大阪の天神祭本宮の25日夜、いつも京都でお世話になっている個人タクシーの運転手さんから「京都アニメーション本社近くのホールで、亡くなられた方のお通夜が営まれるようです」とメールをいただいた。折り返し電話を入れると「ご遺族でしょう。憔悴しきった姿がありました」と、沈んだ声が返ってきた。

 これまでに、京都府警は犠牲者35人を確認。亡くなられたのは女性21人、男性14人で、半数以上の方が20代か30代だったとしている。これと同時に、府警は100人の特別捜査本部員のうち80人をご遺族支援にまわし、さらに100人の警察官を心のケアなどのサポートに当たらせる異例の体制を組んだ。

 ほとんどの遺体は損傷が激しく、DNA鑑定でやっと身元を特定。それでも捜査員の問いかけに大多数のご遺族は、どうしても最期の対面を望む。そうした遺族の直後の心のケアに当たるのも、いまは捜査員の大事な仕事になっている。

 さらに、いまなお意識が戻らないまま生死をさまよう十数人の方々。捜査幹部は、あまりにひどいやけどの状態に時折、声を詰まらせながらも「絶対に生き抜いてくれよ」と懸命に闘う命に思いを寄せている。

 一方、殺人と放火容疑で逮捕状が出ている青葉真司容疑者(41)は、ドクターヘリで京都から大阪狭山市の大学病院に移送されたが重篤な状態が続いている。やけど面積を減らすために皮膚移植が検討されているが、手術に耐えられる容体に至らず、意識は戻ったものの生死の間をさまよっている。

 捜査幹部は「前後の足どりから正常な心理状態だったことは明らか。なんとしてでも本人の口から動機を語らせたい」としているが、依然として予断を許さない状況だ。

 それにしても7月25日といえば、夏祭りの夜、カレーを食べた小学生を含む4人が犠牲になった和歌山毒物カレー事件から21年。さらに翌26日は、障がい者19人の命が奪われた神奈川県相模原市の「津久井やまゆり園」殺人事件から3年であった。

 私たちの社会は、いつになったら、この負の連鎖を断ち切れるのだろうか。

 つらく、悲しく、やりきれない、2019年夏である。

(2019年7月30日掲載)

 

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