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2019年7月

2019年7月25日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

卑劣な暴力の連鎖 鈍感にならぬよう
-京アニ放火殺人事件-

 参院選挙が終わった。ただ今回は、まずその選挙戦の最中に起きた「京都アニメーション」放火殺人事件にふれたい。事件が起きた18日、私は大阪の自宅にいた。いち早くNHKが正午のニュースで「死者10人以上」と深刻な事態を伝え、映像でも死者数は、それをはるかに上回ることは容易に想像できた。

 夕方、ABCテレビのニュース番組を控えていた私はチャンネルを替えながらテレビ画面を見続けたのだが、これほどの事件なのに、通常番組を打ち切って特別報道番組に切り替えた局はない。そんな状況のまま局入りした私は、いきなりスタジオで「重大事件に、こんな対応でいいのか!」と怒りを爆発させてしまった。

 この時点で明らかになった犯行の動機は断片的だったが、それでも理不尽な要求が通らず、放火という暴力に走ったことは明らかだった。川崎のカリタス学園児童殺傷事件、大阪・千里山の交番拳銃強奪事件…。思い通りにならないことを卑劣な暴力に訴えようとする。そうした流れに、この社会はあまりに鈍感になってはいないだろうか。

 さて、投開票のすんだ参院選。これらの事件とはまったく関係ないのだが、終盤、心にひっかかることがあった。JR札幌駅前で街頭演説をしていた安倍首相に「帰れっ」とか「増税反対」を叫んだ聴衆が私服警官に囲まれ、駅前から排除された。3日後には滋賀県大津京駅前で首相にヤジを飛ばした男性が警官にフェンスに押しやられ、演説中、身動きがとれなくなった。

 警察は「トラブル防止」としているが、首相の訴えに反対する人々を権力という力で抑え込んで、首相にすり寄ったのは明らかだ。他方、だれの演説であれ、ただただ罵声を浴びせたり、大音響のスピーカーで声をかき消す。そんな暴力も決して許されるものではない。

 さて、京都アニメーションの事件は、Pray For Kyoani(京アニに祈りを)のハッシュタグが拡散、「世界中が応援しています」といった数千のメッセージが寄せられているという。まさにアニメは、音楽、スポーツと並ぶ世界共通の言語。私たちは暴力ではなく、こんなクール・ジャパン(ステキな日本文化)を持っているではないか。そのことをいま、しっかりとかみしめたい。

(2019年7月23日掲載)

 

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2019年7月18日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

クレーマー政党の思惑通りにさせないために投票を
-民主主義を支える2本の柱-

 参院選の選挙戦まっ只中である。言わずもがなのことだが、民主主義を支える2本の柱は、この選挙制度と言論の自由である。だけど今回の参院選、驚くほど関心は薄く、投票率は過去4番目に低かった3年前を下回る見通しだという。

 理由のひとつにはメディア、とりわけテレビ報道の後退がある。一部の政党からの異常なまでのクレーム。その対応に苦慮するくらいなら、と素っ気なく候補者を紹介するだけの報道。これでは視聴者が興味を持つはずがない。結果、クレーマー政党の思惑通りとなる。

 さて、民主主義のもうひとつの柱である言論の自由。先週、それに深く関わる映画、「新聞記者」を見てきた。いま硬派の作品としては空前の大ヒットになっているこの映画の原案は、東京新聞社会部の望月衣塑子記者。スクリーンには、たしかこんな事件があったなと思わせる場面が次々現れる。それらの事件をめぐって情報を操り、謀略を仕掛ける内閣情報調査室(内調)、その網をかいくぐって何とか事実にたどりつこうとする若い女性記者。

 権力の直近にいる男にレイプされ、実名で告白したにもかかわらず、もみ消される女性。その女性のスキャンダラスな男性関係をデッチあげてメディアに流せと命じられる若手内調官僚。

 やがて、この若手官僚は慕っている元上司が特区に開校予定の大学新設に深くかかわっているのではないかと疑いを持つ。同じころ匿名で届いたファクスをもとに、女性記者も大学新設の疑惑を追う。だが、過去にも文書改ざん事件の責任を一身に背負わされた元上司は、自ら命を絶ってしまう。

 渦巻く権謀術数。陰湿、陰険、そして目に見えぬ威迫。内調の実態はある程度知っているつもりだった私も背筋に冷たい汗が流れる。そんな映画の後段、若手官僚の現在の上司は、こう言い放つ。「この国の民主主義は形だけでいいんだ」。

 絶望の淵に立ったラストシーンからエンドロールに。だが私は、そこで初めての経験をする。暗い館内で拍手が起こり、波打つようにしばらく鳴りやまなかったのだ。そう、こんな腐った権力を許してはならない、と。 

 だからこそ選挙に行こう。この国の民主主義を「形だけ」にしないために。「新聞記者」を見た元新聞記者からの切なる願いである。

(2019年7月16日掲載)

 

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2019年7月11日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

世界でただ1国、日本だけが…
-象牙売買継続 商業捕鯨は再開-

 少し前のことになるが、大阪で朝日新聞記者の三浦英之さんと小さなトークショーをさせてもらった。テーマはアフリカゾウ。

 三浦さんは東日本大震災のあと現地に駐在して「南三陸日記」を連載されたが、当時、この記事がどれほど私の胸を打ったことか。

 その後、三浦さんは南アフリカ特派員としてアフリカ全土をカバー。この特派員時代、ときには身の危険を感じながら追ったアフリカゾウの密猟組織の実態をまとめた単行本、「牙」が本年度小学館ノンフィクション大賞を受賞した。

 雄大なサバンナ。子ゾウをまん中に悠然と歩く地球の陸地で最大の哺乳類、アフリカゾウ。三浦さんが撮影した映像に心ときめく。

 だが1940年、500万頭いたアフリカゾウは象牙を狙った密猟組織の銃やわなに倒れ、いまは10分の1にも満たない39万頭に激減、十数年後には絶滅するといわれている。

 だけどこのアフリカゾウの密猟組織に深くどころか、ただ1国、日本が関わっていることを一体、どれほどの国民が知っているだろうか。最大の密輸国だった中国でさえ国内市場を閉鎖したのに、日本は「印鑑文化に象牙は欠かせない」として、世界で唯一、象牙の売買を認めている。政府は「国内在庫分に限った流通で密猟と関係ない」としているが、市場が開いている限り、そこを抜け穴にした取引は後を絶たない。

 折しも7月1日、日本の商業捕鯨が31年ぶりに再開され、釧路港に2頭のミンククジラが水揚げされた。「クジラの食文化」を訴える日本に耳を傾けようともしないIWC(国際捕鯨委員会)を脱退しての再開。もちろん、イギリスなど欧米の反発は強く、捕鯨再開を「恥ずべき瞬間」と書いた海外メディアもあった。

 だが日本人のクジラ肉の消費は、いまは食肉全体の0.1%。1人当たり年間30㌘。国際社会の批判が渦巻くなか、本当に多くの国民が、この日の商業捕鯨再開を心待ちにしていたのか。

 象牙を柘植や樹脂に代えてしまったら印鑑文化は成り立たない。商業捕鯨なしに日本の食文化は成り立たない─。そう信じて疑わない国民は果たしてどのくらいいるのか。その一方で地球の陸と海の最大の哺乳類、ゾウとクジラの命が、きょうもあすも奪われている。

(2019年7月9日掲載)

 

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2019年7月 4日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

苦しみは患者だけじゃない 家族もだ
-ハンセン病 国へ賠償判決-

 私も文化放送の「村上信五くんと経済クン スペシャル」の生番組のため会場のインテックス大阪にかけつけたG20大阪サミット。番組では関ジャニ8の村上さんが安倍首相を単独インタビュー。結構本音も出て、なかなかおもしろかった。

 ただ、この日の朝刊は、というと、ご当地大阪の全国紙でもサミットを1面トップにしたのは読売、産経、日経の3紙。一方、朝日、毎日の2紙は「ハンセン病 家族にも賠償」と、ほぼ同じ見出しで1面トップで報じていた。

 サミット会場に向かう電車の中で新聞を開きながら、もう10年以上前に訪ねた熊本の施設、「菊池恵楓園」で出会ったお年寄りの顔が浮かんだ。家族にも見放された隔離施設。夕暮れどき、一戸建ての家の縁側でインタビューに応じてくれたご夫婦は、お互いの膝に手を置いて幸せそうだった。だが施設の夫婦には、どこも子どもはいない。患者同士の婚姻は、男性の断種か女性の不妊手術が条件だった。

 この隔離政策が違憲とされて、じつに20年近く。恵楓園のある熊本地裁の判決は、この政策が家族の人権をも甚だしく侵害したと認定。そのうえで「実際に差別体験がない家族でも結婚や就職などで差別される恐怖があり、共通の被害を受けた」と、1歩も2歩も踏み込んだ判断を下して561人の原告中541人に国の賠償を認めたのだ。

 判決を読みながら、私の胸に真っ先に浮かんだのは、国による強制不妊手術だった。旧優生保護法のもと、知的障がいなどは遺伝するという誤った認識によって施された不妊手術。つい23年前の1996年まで、この法律は生きていたのだ。

 今年4月、国はやっと被害者1人当たり一時金320万円を支払うとともに、首相のおわび談話を発表した。だが、それはあくまで被害者本人に対してだった。

 ハンセン病患者の家族について熊本地裁が「患者と共通の被害を受けた」とまで言い切ったいま、私たちの国は何を思うのだろうか。強制不妊こそ、かけ替えのない配偶者を言葉で言い表せないほど傷つけたのではないのか。

 国際会議場に向かう電車の中、「ハンセン病患者と家族を排除したのは、私たち地域社会でもあった」とする朝日新聞の女性記者の言葉が胸に響いていた。

(2019年7月2日掲載)

 

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