« 日刊スポーツ「フラッシュアップ」大谷昭宏 | トップページ | 日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏 »

2019年6月13日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

ひきこもり2人の事実に今こそ向き合うべき
-起こした事件と起きた事件に思う-

 議論するというより、ただむなしく言葉が飛び交っている。川崎市でカリタス学園の女子児童ら2人が殺害された事件で私も発生翌日、現場に飛んだ。状況から自殺した容疑者が計画的に学園の子どもに襲いかかったことは明らかだった。スクールバスの乗員が立ち向かわなかったら、とても18人の負傷者ではすまなかったと、背筋が凍った。

 容疑者の51歳の男は、育ての親の80歳代の伯父夫婦の家で20年近くひきこもっていたという。

 その週末、東京・練馬で元農水省事務次官が44歳の長男を包丁で刺して殺害した。最近、家に戻ってひきこもっていた長男は、両親に激しい暴力を加え、父親は長男の命を絶つ思いを妻に伝えていたという。

 この事態にひきこもりの家族を抱える家庭を支援するNPOの代表がテレビで、「ひきこもりを犯罪予備軍のように捉えないで」と訴える一方、根本厚労相も「事件とひきこもりを安易に結びつけるのは慎んでほしい」とする談話を出した。

 とはいえ、そんなことは世の中の大半の人はわかっているはずだ。だけど、ひきこもりの男がなんの罪もない少女たちに襲いかかり、一方で、ひきこもりの男が官僚のトップに上り詰めた父親に殺害された。事件は起きてしまったのだ。そのことは動かし難い事実ではないのか。

 誤解を恐れずに目を少し移してみよう。私たちは精神疾患、精神障がい者を犯罪予備軍と捉えていない。安易に犯罪と結びつけることもしていない。だけど、刑事責任を問えない、心神耗弱、心神喪失などの事件には行政による措置入院、裁判所による通院、入院の決定。差別を助長しないように、慎重に慎重に議論を重ねながら、こうした制度を構築してきたではないか。

 言うまでもなく、ひきこもりは虐待やいじめと違って犯罪ではない。極論すれば、ひとつの生活スタイルであって警察や役所が安易に入っていくべきではない。

 だが、その一方で、日本の行政、司法の隅々まで知り尽くした元官僚はそこを頼る様子もなく、昼下がりの自宅で刃を息子に振りかざした。妻は夫の人生のすべてと息子の命がいままさに失われようとしていたのに、駆け込む場所さえなかった。

 この事実こそ、いま私たちが真剣に、深刻に議論すべきことではないのか。

(2019年6月11日掲載)

 

 

|

« 日刊スポーツ「フラッシュアップ」大谷昭宏 | トップページ | 日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏 »

日刊スポーツ「フラッシュアップ」」カテゴリの記事