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2019年4月

2019年4月25日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」大谷昭宏

被害者申し立てで裁判員裁判可能に
‐怒り感じる2件の無罪判決‐
条文が服着た裁判官

 お札刷新について書いた先週のこのコラムで、偽札造りは最高刑が無期懲役なので偽1万円札で缶チューハイを買っただけでも裁判員裁判と書いた。だったら、こんな事件こそ裁判員裁判にならないものか。怒りをもってこれを書いている。

 名古屋地裁岡崎支部は先月末、19歳の実の娘と性的関係を持ち、2件の準強制性交罪に問われた父親に対して無罪を言い渡した。娘は中学時代から父親の性虐待を受け、一時は弟たちが寝室を一緒にして姉をかばってくれたが、弟たちが成長し部屋を別にすると再び父親は関係を迫ったという。

 刑法改正で強姦罪は強制性交罪となって刑罰も引き上げられた。だけど無罪となっては厳罰化もなにもあったもんじゃない。裁判長は判決で罪を成立させるための「抗拒不能」、つまり女性が拒んだり、抗うことが著しく困難な暴行、脅迫があったわけではなく、また服従せざるを得ない強い支配関係にあったとも言い難いとしている。

 だけど一つ屋根の下で中学生のころから襲いかかってくる父親を、どうしたら拒むことができたというのか。加えて、育ててもらい、専門学校の学費を出してもらっていることは強い支配関係につながらないのか。

 もう1件、やはり3月に福岡地裁久留米支部は、一気飮みさせ、眠り込んだ女性と性交、法改正前の準強姦罪に問われた男に無罪を言い渡した。判決で裁判長は女性が「抗拒不能」だったことは認めたが、女性が言葉を発することができたことや、明らかな拒絶の意思がなかったので男性が同意していると「誤信」してしまう状況にあったとして、故意による犯行と認めがたく無罪としたのだ。

 だけどこの判決によると、勝手に「同意」と感じた鈍感な男ほど無罪になるということになりはしないのか。

 相次ぐ無罪に、女性たちから「男目線の判決」としてブーイングが起きていると書いたメディアもあったが、同じ男性として、これを男目線なんて言われたら、たまったもんじゃない。法の条文が服を着ている、ただのオタク裁判官ではないのか。

 裁判員制度が「判決に広く一般の市民感覚を」というのであれば、こういう事件こそ、被害者自身が「裁判員裁判に」と申し立てることはできないものか。司法はぜひ耳を傾けてほしい。

(2019年4月23日掲載)

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2019年4月18日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」大谷昭宏

紙幣刷新5年前の発表…魂胆見え見え
‐手詰まりアベノミクス苦肉の策‐

 新聞、テレビが大騒ぎするのは、まあ仕方がないとして、週刊誌は早速「何の意味があるのでしょうか」と聞いてきた。毎日新聞や日経がいち早く報じ、朝日、読売が後れをとった1万円札などの紙幣刷新。私は「いよいよ手詰まりのアベノミクス。政権は禁じ手とまでは言わないが、こんな苦肉の景気対策を出してきた」と、あちこちでコメントさせてもらった。

 1万円は渋沢栄一、5000円は津田梅子、1000円は北里柴三郎に、それぞれお札の肖像画を一新する通貨刷新。ただし発行するのは5年先、2024年だとしている。20年ぶりのこの刷新。だけど前回は発行の2年前、前々回は3年前の公表だったのに、今回はなんと5年も前の発表。なぜなのか。魂胆が見え見えではないか。

 目の前の衆院補選、7月には参院選。なのに景気も物価も一向に上向く気配はない。そこに10月の消費税アップが冷水をぶっかける。さらに来年7月の東京五輪のあと景気はどっと落ち込み、安倍政権終焉のころ、景気は鍋底を這っている危険性もある。それはまずい。けど特効薬はない。ならば、紙幣刷新でちょっと目先を変えてみようというのだ。

 もう1点、政府は後を絶たない通貨偽造、偽札対策のホログラムを強化するという。だけど偽札の件で偽情報を流してはダメだ。通貨偽造は国を揺るがす重大犯罪なので最高刑は裁判員裁判の対象となる無期懲役。

 だが裁判員制度が始まって今年で10年。調べてみると2年前、大阪・西成の自宅で1万円札を両面コピーしたオヤジが知人にこの偽札で缶チューハイ2本を買わせた事件が1件、たしかに裁判員裁判になっていたが、判決は無期どころか執行猶予。どこが後を絶たない通貨偽造なんだ。うそばかりつくんじゃない。

 それに、福沢さんから渋沢さん、一葉さんから梅子さん、野口さんから北里さん。だけど、長い間、顔を合わせていたせいか、なんとなくこのままの方がいいなあという気がしてならないのは私だけだろうか。もしみんながそう思って、いまのお札を大事にしたら、景気浮揚には逆効果だ。

 墜落寸前のアベノミクスをなんとかしたいという気持ちはわからなくはない。だけど古来、日本に「刷新」という言葉はあっても「札新」なんてものはないのだ。

(2019年4月16日掲載)

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2019年4月11日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」大谷昭宏

バレないサボり方を後輩に伝授
‐施行の働き方改革関連法

 春4月、街にはちょっとぎこちない新入社員のスーツ姿が目立つ。そしてテレビやラジオはリニューアルの季節。少し模様変えしたABCテレビ(大阪)の夕方の番組、「キャスト」の出演を終えて車に乗ると、カーラジオはNHKの定時ニュースに続いて「ニュースにプラス」。この日のテーマは、4月1日施行の働き方改革関連法だった。

 ズバリ、「残業は減らせるか」というキャスターの問いに、解説委員は「減らせます。今回は違反企業に刑事罰が科されるんです」。たしかに月に100時間といった過酷な残業に、あとを絶たない過労死。関連法では、まず大企業から違反に刑事罰が科せられる。

 その流れに私は、おつき合いの深い民放のテレビ、ラジオ局の管理職が額にしわを寄せている光景を思い浮かべた。視聴率を上げろ。事件は落とすな。その一方でノー残業、夜討ち朝駆けもほどほどに。「一体どうせいちゅうんや」という舌打ちを何度聞いたことか。

 そんなとき、私は「それなら働き方より、さぼり方を伝授したらどうなの」と、半ばあきれられながら、結構本気でアドバイスしている。新聞社の、特に社会部だったら、どの社だろうと先輩方のさぼりの武勇伝にはこと欠かないはずだ。

 まっ昼間の映画館。上映が終わって照明がつくと、社会部のあの顔、この顔。おっとまずいぞ、あれはデスクじゃないか。

 ポケットベルの時代。そのポケベルは地下に電波が届かない。「オイ、何してるんや」「ハイ、地下街の喫茶○○で所轄署の係長とずっとお茶してまして」。

 このあたりは、まだまだカワイイ。二日酔いで日が高くなるまで朝寝を決め込んでいると、ポケベルの音。跳び起きて折り返すとデスクの怒鳴り声が響く。「やっとつかまった。で、お前いまどこや?」「ハイ、K署の刑事課長と朝からすっかり話し込んでましてね」「な、なんやと。それでお前、熱うないんか」「ハア? この真冬に暑いって言われても」「アホ、いまそのK署が燃えとって大騒ぎになっとるんじゃ」

 入社式に続いて、配属部署の歓迎飲み会。諸先輩から仕事について学ぶのもよし。だけど忘れずにバレないさぼり方も伝授賜る。それが花に浮かれた私が諸君に贈る働き方改革なのです。

(2019年4月9日掲載)

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2019年4月 4日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」大谷昭宏

跡取りいない漁業…被災地は課題抱え新時代へ
‐「スーパーJ」卒業作品に訪ねた‐

  新しい元号は、きのう「令和」と発表された。いよいよ来月1日には、新天皇のご即位。御代替わりである。

  私事になるが、そんな節目のとき、私も18年にわたってコメンテーターをつとめてきたテレビ朝日の夕方ニュース、「スーパーJチャンネル」を3月末で降板させていただいた。

  さて、最後の出演となった先週水曜日の特集は、いわば私の卒業作品。迷うことなく、宮城県南三陸町の千葉正海さん(63)を訪ねた。千葉さんは東日本大震災で被災。カキ、ワカメの養殖場や新築したばかりの自宅、何もかも津波で流された。だけど長男の拓さんや当時5カ月だった初孫の彩音ちゃん、家族はみんな無事だった。

  震災直後、避難所の千葉さんと中継でつないだのがご縁で、荒涼とした浜が広がる震災1年目、初夏を告げるシロウオが帰ってきた3年目。これまで10回近く千葉さんをお訪ねした。
 
  拓さんの船、「拓洋丸」で突き進んだ、春まだ浅き志津川湾。クレーンで揚げたカキ殻にはプリンプリンのカキが詰まっている。肉厚のワカメも、いまが旬。あれから8年。海の恵みは震災前をしのぐところにまで回復しているという。

  「おっ、とんでもなく運さよがったぞ」。千葉さんが指さした先。養殖イカダの上に、漆黒の羽、首に白のリング模様。絶滅危惧種で天然記念物のクロガンが3羽、4羽。津波が海底の砂まで持っていった湾は昨年10月、水鳥など湿地や浜辺の水生生物の保護を目的としたラムサール条約の指定地になったという。

  「あれほどの命を奪ってしまった海だけんど、いままた命さ運んできてくれるんだぁ」。その海に生きる千葉さんは8年の間に孫も3人に増えた。そんな千葉さんが一瞬、顔を曇らせる。

  いま千葉さん親子がグループを組んでいる2人の漁師は70代。ともに跡取りがいないので、遠くない将来、廃業するという。そうなると漁場や港の管理、漁協の役員、どれも拓さん1人の上にのしかかる。だが、この問題は、個人の力ではどうすることもできない。加えて、それは被災地のどの町も村も同じ状況だという。

  自然は再び恵みを運んできてくれても、今度はそれを受け止め、応えていく人がいない─。被災地は重いい課題を抱えながら、令和の時代へと進んでいく。

(2019年4月2日掲載)

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