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2019年3月28日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」大谷昭宏

さまざまな思い刻み込んだ1時間23分
‐イチロー引退会見‐

  8回、ショートへのゴロに全力疾走したもののアウトとなってベンチに引き揚げる、その背中に私は2005年秋、シアトル・セーフコフィールドのイチロー選手を重ねていた。まだ若手の選手2、3人しかいない外野にイチロー選手の姿があった。柔軟体操に屈伸、そして強弱をつけた走り。他の選手と一切言葉を交わさず静かな時が過ぎていく。

  孤高という言葉が浮かぶ、その姿に、球場名物の巻きずし、イッチロールが手にあることも忘れて見とれていた。

  先週木曜日、そのイチロー選手が引退を表明した。あのときの孤高の姿とは打って変わって1時間23分に及ぶ深夜の記者会見。翌日、私たちが届けたテレビニュースも新聞も、イチロー選手一色に染まった。1つひとつの言葉があるときは静かに、あるときはレーザービームのように胸に届く。

  深夜まで球場に残ったファンの姿に「ああいうものを見せられたら、後悔などあろうはずがありません」。そんなファンへの思いを「人に喜んでもらえることが一番の喜びに変わった」。この言葉に長年、阪神・淡路大震災を取材してきた私は、「がんばろう KOBE」のワッペンをつけて1995年リーグ優勝、96年日本一を届けてくれたオリックス・ブルーウェーブのイチロー選手がよみがえる。

  なかなか受け入れてもらえなかった大リーグ。だが、「(自分が)外国人になったことで人の痛みを想像したり、いままでになかった自分が現れた。その体験は未来の自分の支えになる」。野球に限らず、子どもたちの未来に思いをはせたのだろう。「人の2倍も3倍もがんばろうなんて無理。自分のなかで、もう少しがんばってみようというのが大事なのではないか」。

  ワンちゃん命の私には、たまらないやさしい笑顔もあった。17歳になった愛犬一弓に「懸命に生きているんですよね。俺、頑張らなきゃと本当に思った」。

  お疲れさまも、ご苦労さまも、あてはまらない野球人生。最後は「じゃあ、そろそろ帰りますか。ねっ」。

  別れと旅立ちの3月。その一方でイチロー選手が引退を表明した日、列島にこの春一番の桜が開花した。1人1人の胸にさまざまな思いを刻み込んでイチロー選手は、去って行った。

(2019年3月26日掲載)

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