日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏
法律や数字では解説しそうもない
‐中央省庁の障害者雇用水増し問題‐
この件に関しては、どうしてもこの人の考えが聞きたくて一夜、グラスを重ねた。5歳のとき両目の光を失って全盲に。いまは都心のIT関係の会社に勤め、月に一度は私としたたか飲んで、吉祥寺まで白杖を頼りにスタスタ帰る、本人いわく、百戦錬磨の障害者、服部新兵さん(46)だ。
いうまでもなく「この件」とは、法で義務づけられた障害者の雇用を実に27の中央省庁が水増し、6900人のうち半数が障害者ではなかったという一件だ。
服部さんは、雇う方も雇われる方も、まず最初にこの障害者だったらどんな仕事ができるのか、そこにばかり目が行ってしまう、それが大間違いだという。
「ぼくたちですと、まず鍼灸師の資格を取らせる。でも朝、目が覚めたら鍼灸院にいるなんてことはないんです。自分で身支度をしてつえを頼りに電車に乗って、鍼灸院に行って、はじめて働いたことになるのです」
車いすの人は1人で満員電車に乗り込み、知的障害の方は乗り継ぎもしっかり覚え、精神障害者はギュウヅメの車内でもパニックを起こさない。そうやって職場を往復してこそ、雇い、雇われたことなる。
「障害者はドローンに乗っかって職場にやってくるわけではないのです」
この問題、どうやら法律や数字では解決しそうもない。原点に返って考え直す必要がありそうだ。
折しも服部さんと飲んだ夜、東京は雷鳴とどろく強烈な雨。落雷で吉祥寺まで帰る井の頭線はストップしてしまった。だけど、こんなときJR中央線なら動いていると考える障害者や雇用主は大間違いだという。
「慣れない路線の、しかも何時間も待たされて殺気だった乗客の渦に巻き込まれる。そういう状況こそ、障害者にとっては何よりも危険。ぼくだってパニックになるかもしれませんし、雇用主は絶対にやらせてはならないことなんです」
そういうこともわかり合えないまま、政府は各省庁に再発防止を厳命したという。この先、障害者はどんな働き方になるのだろうか。
深夜、服部さんから「井の頭線の復旧を待って、いま自宅に帰り着きました。ご安心を」というメールが入った。
服部さんがドローンに乗って吉祥寺に帰り着いたわけではないことは確かだ
(2018年9月4日掲載)
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