Webコラム 吉富有治
ますますブラック企業化する大阪市
ご乱心の吉村市長に専門家も苦言
大阪市の吉村洋文市長が教育問題で筋違いな発言をし、教育関係者や市民などから猛反発を受けて収拾がつかなくなっている。
事の発端は8月2日の記者会見。文科省などが実施する「全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)」の結果が7月31日に公表され、その中で大阪市が昨年度に続いて総合成績が政令市で最下位になったことだ。
頭に血が上った吉村市長、「抜本的な改革が必要だ」「強い危機感を抱いている」と会見では怒った様子。学力テストに具体的な数値目標を設定し、達成できない校長や教員のボーナスなどを減らす人事評価を導入するなどと言い出した。ところが、市長に賛同する声より批判の方がはるかに多かったから、さあ大変。
林芳正文科相は翌日3日の記者会見で、「調査で把握できるのは学力の一側面であることを踏まえ、適切に検討いただきたい」と吉村市長に釘を差し、教育現場や市民からは発言の撤回を求める署名運動がいまも継続中だ。また、「夜回り先生」で知られる水谷修さんからは「大阪の子の学力の背景に家庭や貧困の問題があるのは明白だ。十分な対策を講じてきたと言うなら、その成果が上がっていないということだ」と批判され、吉村市長に公開討論を求めている。
ところが、これで市長が反省したと思ったら大間違い。最近では、市長の対応を批判した8月28日付けの朝日新聞社説「大阪市長 学力調査を乱用するな」に吉村市長は同日、ツイッターで噛みついた。まだまだ自説を曲げる気配はなさそうだ。
ノルマが達成できなかったのは社員が悪いからで、だったらルールをより厳しくして社員を締めつけるしかない。ノルマ達成者にはボーナスや昇給などの褒美を与え、未達成者は減給かクビにする―。
吉村市長が言っていることは、原因と結果を冷静に検証せぬまま精神論で乗り切ろうとする、どこぞのブラック企業と本質的に変わらない。そもそも教師を教育基本条例などで締めつけ、教員志望の優秀な大学生を大阪市から遠ざけたのはどこの政党なのか。教員のやる気を削いでおきながら教員にノルマを課す吉村市長のやり方は、まったくもって本末転倒と呼ぶ以外にないだろう。
また、吉村市長は「結果に対して責任を負う制度に変える」「予算権をフルに使って意識改革をしたい」などと発言しているが、これは予算権を盾にした教育行政への政治介入ではないのか。「結果に対して責任を負う制度に変える」というのなら、多額の予算を使っても学力向上を達成できなかった吉村市政の結果責任を、まずは問わねばならないはずだ。
教育学者の簑輪欣房さん(育英大学教育学部)は自身の論文『全国学力調査結果上位県の教育の考察』(東京福祉大学・大学院紀要 第7巻 第2号 2017年3月)の中で、ここ数年、学力の上位校と下位校は固定化しており、その差はどこにあるかを考察している。以下、結論のポイントのみを紹介すると、
すなわち、「全国学力・学習状況調査において高い成果を挙げてきた県は、共通した要因」があるとして、それは「①教員の授業力向上に対する教育行政の積極的で計画的な指導や支援、②学校の外部の組織・団体の積極的な働きかけと研究活動の推進、③学校における管理職と教員の協力関係と熱心な取組、④児童生徒の素直さとまじめさ、⑤家庭の安定と家庭の教育力の均質な高さ、⑥厳しい自然を生き抜く勤勉で連帯感のある地域や風土がある」と指摘。生徒の学力は家庭環境や通塾の度合い、また生徒と教師の信頼関係など様々な要因が関係しているものの、多くは「学校教育の成果」だと結論づけている。
この「学校教育の成果」を生み出すものとは、当然ながら行政トップが予算権を盾にして校長や教員を恣意的に操ることではないだろう。「成果」の背景にあるのは学校現場の熱意と積極性、創意工夫であり、それはボーナスや人事などで教員をコントロールしようとするものとは対極を成すものである。結局、生徒の学力を上げるには地域社会を含む総合的な取り組みが必要なのだ。
残念ながら大阪市は貧困家庭が多く、生活保護世帯も少なくない。これらが生徒の学力向上を妨げる一因になっているのは否定できない。だとしたら、吉村市長が行政トップとしてやるべきことは、教員のボーナスや人事をチラつかせて教育現場に口をはむことではない。大阪市の貧困問題をどう解決するかが市長に課せられた急務の仕事のはずなのだ。
ますますブラック都市へと突き進む大阪市。「強い危機感」を持たねばならないのは吉村市長ではなく、ブラック化の中で仕事と生活をしなければならない大阪市の教育関係者や市民の側だろう。
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