日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏
「気をつけろ」戒め 語り継がれているか?
-留置場から容疑者逃走-
今週は終戦の日に合わせて取材したテーマにふれるつもりだったが、そうは言っていられない。大阪府警富田林署の留置場に強盗や強制性交罪で逮捕勾留中だった樋田淳也容疑者(30)が逃走してすでに9日たつ。
私は逃走発覚直後から、富田林署長をはじめ府警幹部から事情説明と謝罪がないのはどういうことだ、と語気を強めていたが、発生から3日後に紙1枚のコメントを出しただけだった広田耕一本部長は、昨日になって、府民に不安を与えていることを公式におわびした。だけど不安は、樋田容疑者の犯行が疑われるひったくりやバイク、自転車盗で、すでに現実のものになっているではないか。面会室のブザーの電池だけでなく、いまの警察組織に何かが抜けている気がしてならない。
「気をつけろ! こいつは飛ぶぞ!」。若い警察官だけでなく、私たち事件記者の耳にも古参刑事のこんな胴間声が残っている。「飛ぶ」は、もちろん「逃走、脱走」するという意味。調べ室に入れたときにさりげなく格子の間隔を見る。署の裏庭の塀の高さを目で量る。護送時の署員の配置を気にする。被疑者のこれらの動作が古参刑事の勘を刺激して、「気をつけろ」の声になり、私たち事件記者までピリッとさせるのだ。
もうひとつ、ベテラン刑事の言葉がある。「飛ばす(逃がす)くらいなら、捕まえるな!」。もちろん警察官の仕事は凶悪犯をはじめ窃盗犯、振り込め詐欺グループ、悪いやつを捕まえるのが仕事だ。それが「捕まえるな!」とは尋常ではない。だが、この言葉には捕まえた犯人を逃がすことが、どれほど市民を不安に陥れるか。警察組織にとって、どれほど恥と思わなければならないことなのか、その戒めが込められている。
部外者の事件記者の髄にまで染み込んだこの言葉、若い警察官だけでなく、果たして刑事たちにも語り継がれているのだろうか。全国28万警察官の、実に7割が平成以降の拝命と聞く。ただ、世代交代の波はひとり警察組織だけに押し寄せているものではない。先輩たちが、こけつまろびつ身につけてきたことがらは、いま後輩たちの中に脈々と生きているのだろうか。
紙1枚のコメントではない、「気をつけろ!」の野太い声を、もう1度さまざまな組織に鳴り響かせたい。
(2018年8月21日掲載)
| 固定リンク
「日刊スポーツ「フラッシュアップ」」カテゴリの記事
- 風化に抗い続ける未解決事件被害者家族(2024.11.27)
- 社会性 先見性のカケラもない判決(2024.11.13)
- 「なりふり構わぬ捏造」どれだけあるんだ(2024.10.30)
- 追い続けた寅さんに重なって見える(2024.10.16)
- どうか現実の世界に戻ってほしい(2024.10.02)