Webコラム 吉富有治
未曾有の被害を生んだ平成の大豪雨
マスコミの目が届かない被災地区を取材した (下)
西予市は2004年4月に5町(宇和町・野村町・城川町・明浜町・三瓶町)が合併して誕生した、人口が約3万7千人の小さな地方都市である。気候は温暖な一方、台風の通り道としても知られている。私が生まれた明浜町は漁業やミカン農家を営む家が多く、西予市も一次産業や食品加工などの二次産業が盛んな街だ。
今回の豪雨では西予市の中でも、特に野村町が大きな被害を受けた。町を流れる肱川が氾濫して5人の死者を出し、多くの家屋が水没。今も自衛隊などが必死の救助活動や復旧活動に励んでいる。私の故郷である明浜町宮野浦は死者こそ出なかったが、一部では山崩れが起きてミカン農家が打撃を受けた。
その西予市の隣りにある宇和島市吉田町では、さらに深刻な事態に見舞われた。吉田町は、愛媛県が「みかん研究所」を設置するほど県内でもミカンの出荷量が最大の地域であり、愛媛のミカンと言えば大半が吉田町産である。その吉田町のミカン農家の被害は明浜町の比ではない。
宇和海を望むリアス式海岸。この美しい海岸線沿いに位置する吉田町でまず目につくのは、到るところで山が崩れていることだ。高台から吉田町を見下ろすと、まるで大きな爪で引っ掻いたような山崩れの跡が1つの山だけで何本も見える。崩れたのは大半がミカン畑。中には壊滅状態の畑もあった。
その吉田町の海岸線を11日、クルマで走っていると道の脇で車座になって何かを話し合っている15人の男性たちに遭遇した。聞くと、全員がミカン農家の方たちだ。皆さん、深刻な表情をしている。その中の70代の男性が口を開いた。
「一昨日までこのあたりの道路一面が土砂で埋まり、クルマも人も通れない状況だった。そこで自分たちで手分けして泥土を端に寄せ、昨日からどうにか通れる状況になった。だが、誰かが『ここは国道だから、勝手な作業をやれば国や役場から文句が来るのではないか』と言い出したので、いまは作業をストップしてる。とは言っても、道路の土砂を取り除かないと仕事も生活もできない。あとで国や役場から文句を言われないために、どれほどひどい状況かの証拠の写真を撮っておこうという話をしていたんだ」と説明してくれた。
今、豪雨の被害に遭った地域は緊急事態の真っ只中である。地元の人が生活道路を自力で補修したところで国や県が文句が言ってくるとは思えないが、それだけ不安と疑心暗鬼が人々の心に渦巻いているのだろう。さらに話を聞くと、当面の不安は補修に必要な経費を誰が負担するかのようだ。60代の別の男性が話してくれた。
「ここには役場から被害の確認はまだ来ていない。人命が最優先だから、まずは人命救助と断水の復旧を急いでいるのだろう。われわれのようなミカン農家や生活道路の修復は後回しだ。そうは言っても、このままではわれわれも仕事はおろか生活もできない。ショベルカーやトラックをレンタルして自力で復旧するしかない。この費用は国や役場が負担してほしいが、出してくれないのなら自腹を覚悟するしかない」
「正直、いまはミカン畑のことは考えられない。目の前の泥土を取り除くことで精一杯だ。しかし、ミカンの被害は甚大だと思う。少なくともわれわれの今年の売上はゼロだ」
どうやらミカンの木々を植えた段々畑へと通じる主要な農道が土砂で破壊され、そこから枝分かれした各畑へ通じる農道には入れないのだという。つまりメインの農道が復旧しない限り、仮にミカン畑が無事でも水やりが必要な真夏の時期に農作業はできない。このまま放置すれば、甘くて美味しいミカンの収穫は難しくなる。生活道路の補修コストの不安に加え、生活の糧であるミカン畑すら壊滅状態。これでは平静な気持ちを保てという方が難しい。
彼らの不安や疑心暗鬼はこれだけではない。なぜか他府県ナンバーのクルマに目を光らせているのだ。豪雨の被害がメディアに出始めた8日あたりから、ツイッターでは「大阪ナンバーのクルマに乗る窃盗団がいるらしい。注意してください」という情報が吉田町や広島県で拡散され、一部では地区の回覧板にも同種の情報が回し読みされたという。私が乗るクルマも、その大阪ナンバー。やはり、疑われたようだ。50代の男性が言う。
「最初、あんた(注・吉富)のクルマが目の前通り過ぎたとき、大阪ナンバーだったので実は全員が身構えた。でも、誰かが『あの運転手は人の良さそうな顔している。ドロボーじゃないと思う』と言ったので、『そうなのかなぁ』と一応は安心はした。けど、それでも念のため、ナンバーは控えさせてもらったけど」
そこで私は、それは広島でも流れているデマ情報で、宇和島警察も広島県警も公式に否定していると説明すると、みな一応は納得してくれた。だが、それでもある男性は「いや、俺の知り合いが昨日、警察が大阪ナンバーのクルマを追いかけているのを見たと言っていた」と真顔で語り、心底から納得しているようにも思えなかった。生活と仕事の不安は、デマをデマと見分ける冷静さすら奪ってしまうようである。
愛媛県や広島、岡山などの被災地では行政、鉄道会社や電力会社、またボランティアが復旧作業に励んでいる。断水して風呂はおろかシャワーすら浴びられない人たちのために、自衛隊は臨時の仮設風呂を何か所かに設営した。ここ愛媛県明浜町や吉田町でもいずれ停電や断水も直り、通行止めの道路も開通するだろう。しかし、被災した人たちの心理的、経済的なダメージはボディーブローのようにじわじわと効いてくる。やむなくミカン畑を手放す人も出てくるかもしれない。
そんな被災者のため国や行政は、そしてマスコミは何ができるのか。複雑な気持ちを抱えながら取材を終えた私は、深夜の高速道路を一路、大阪に向けて走らせていた。
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