日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏
終わりつつある「圧力あるのみ」の時代
‐一気に加速、南北有効融和の流れ‐
先週のビッグニュースは、北朝鮮の首脳として初めて、金正恩委員長が軍事境界線を越えて韓国の文在寅大統領と握手を交わした南北首脳会談だっただろう。合意内容の評価はさまざまだろうが、私はある種の感慨をもって番組でコメントさせてもらった。
なにしろ、これでもかと言わんばかりの融和友好ムード。民族衣装の栄誉礼に、松の木の記念植樹。土は両国の最高峰から。水は互いの首都を流れる川の水。夕食会には、製麺機まで持ち込んで名物、平壌冷麺がふるまわれたという。
先に「ある種の感慨」と書いたのには訳がある。私が「よど号」ハイジャック犯の取材で平壌を訪ねたのは1996年秋。もちろん案内役と称して朝鮮労働党のエリート職員が監視役につくことは事前に聞いていたが、このときは5日間、がんじがらめ。というのも、訪問中に南北が一気に戦闘状態に発展しかねない「江陵(カンヌン)潜水艦事件」が起きたのだ。
韓国内に潜入させていた工作員を収容しにきた北朝鮮の特殊潜水艦が座礁、韓国軍に見つかって工作員は山中に逃亡。2カ月に及ぶ掃討作戦の結果、1人を逮捕、13人を射殺したが、11人は自決。韓国側も軍人や警官計17人が殺害された。
私はハイジャック犯が聞いていたNHKの国際放送で事件を知ったのだが、もちろん平壌市民は何ひとつ知らされていない。ただ監視役の労働党員は、異常事態であることは聞かされていたようで常にピリピリ。私をお定まりの見学コース、金日成主席生誕の家や博物館、サーカスに案内する間も、市民と接触しないように異様な警戒ぶりだった。
あれから22年。その間、一部被害者の帰国後はまったく進展のない拉致問題。さらには核実験にミサイル発射。だけど、軍事境界線を越えて南の土を踏んだ金委員長が、今度は文大統領と手をつないで再び境界線をまたいで北の地に。見事な演出に涙を流す韓国国民もいた。
もちろんこの南北会談の評価は、6月の米朝首脳会談の結果をみなければ定まらない。だけど、一気に加速する友好融和の流れ。
そんな景色のなかで「圧力あるのみ」「対話のための対話はしない」…の時代は終わりつつある。景色が変わったと感じるのは、私だけだろうか。
(2017年5月1日掲載)
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