日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏
「情けない! もっと戦え!」
‐頼れる兄貴岸井さん最期の言葉‐
またひとり、頼りになる兄貴というか、心強い仲間が逝ってしまった。毎日新聞特別編集委員の岸井成格(しげただ)さんが15日、亡くなられた。
私より1つ上、73歳だった。毎日と読売、それに政治部と社会部という違いもあって、テレビ出演で同じテーブルにつくことはめったになかったが、まるで定番のようにお目にかかる機会があった。
ジャーナリストや作家、学者の緊急アピールや抗議声明。プレスセンターや外国特派員協会での記者会見。安倍政権になってそれが急激に増えたような気がする。そうしたとき声明文を読み上げるのは、筑紫哲也さん亡きあとは岸井さんの役目。いつもはお酒好き、愛嬌のある笑顔の岸井さんが、その場面では射るような視線を会場に送っていた。
最後になったのは、昨年4月27日の参院議員会館での「テロ等準備罪」という名の共謀罪法案に反対する記者会見。そのとき私たちの間でちょっとした議論があった。記者に配布する声明文に「もう遅きに失したかもしれませんが…」という文言が入っていたことに、一部の参加者から「早々とあきらめてどうするんだ」という声があがったのだ。一方で文案を作った人たちは「政治の現実をきちんと見ようじゃないか」と反論。
答えが出ないまま、読み上げをまかされた岸井さんは声明文がそのくだりにさしかかると、このころすでに弱くなっていた声を振り絞って「もう遅きに失した…の一文は全面削除、カットします!」と言い放ったのだ。一瞬静まる会見場。結果としてそれから2カ月もたたずに法案は強行採決されるのだが、岸井さんは最後の1分1秒まで闘うと言下に言い放ったのだ。
訃報の載った毎日の紙面に後輩の与良正男記者が評伝を書いている。最後の出社となった昨年暮れ、岸井さんは与良さんの肩につかまりながら、絞り出すような声で言った。
〈「情けない!」―。
民主主義とジャーナリズムの危機を強く感じていたにもかかわらず(中略)その思いを発信できない。無念だったろう。もっと戦いたかったろう。私はぼろぼろ涙をこぼしながら廊下を歩いた…〉
あとに続く私たちに、岸井さんの最期の言葉は「情けない! もっと戦え!」と聞こえてならない。
(2018年5月22日掲載)
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