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2018年4月19日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

「うまいやさしい楽しい」作家は中3女子

 文化放送の「くにまるジャパン極」(月~金・午前9時~)に毎週月曜日、出演して1年半、ラジオの時間を楽しんでいる。月曜は私の「ニュース深読み」のほかに、時々の話題の本の著者やその本をおすすめする書店員にスタジオに来ていただく「本屋さんへ行こう」のコーナーがある。

 春休み中の3月末は鈴木るりかさんの「さよなら、田中さん」(小学館)。手にとってびっくり。帯には〈列島騒然の中学生作家 石田衣良氏、俵万智氏ら絶賛 7・5万部突破…〉。るりかさんは4月に3年生になった14歳の中学生。スタジオでは私とすれ違いだったが、本屋さんで手に入れてまたびっくり。「うまい、やさしい、楽しい」のだ。

 5つの短編の主人公は、るりかさんより少し下、小学6年の田中さん。名前は花実。これ、「花も実もある」からとったのかと思いきや、じつは「死んで花実が咲くものか」。お母さんが「とにかく生きろってことだ」という思いでつけた名前なのだ。

 そのお母さんは、男の人に交ざって工事現場で働いている。〈夏は土埃でドロドロの黒い汗をかいて、冬は北風に容赦なく吹きさらされて、頬が割れせんべいみたいにひび割れることもある〉。そんな母と子の食卓に並ぶおかずは、いつも閉店間際の半額セール…。

 そうした花実さん母子の愉快で、ちょっとホロリとさせられる日々。でもラジオのスタジオにきてくれたるりかさん母子は、ごく普通の女の子とお母さんだったとか。るりかさんは「頭の中に人物が浮かぶと、その人たちが勝手に動いてくれるの」と、ものを書く人間からしたら、まことにうらやましいことを言う。

 だけど、るりかさんは、じつは学校の作文や読書感想文は大の苦手。それなのに小説の中で、花実さんのお友だちの信也くんが上のふたりの兄や姉と違って中学受験に全部失敗、お母さんの見えで全寮制の中学に入れられることになって泣きべそをかくシーン。懸命に慰めてくれる兄と姉。

  〈その言葉を聞いてまた涙が出た。お姉ちゃんがハンカチで拭いてくれた。うちの柔軟剤の香りがした─〉
 このセンス、好きだなあ。文書や文章といえば、改ざんに隠蔽。そんなときに14歳の中学生が花も実ある、みどりの風を吹かせている。

(2018年4月17日掲載)

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