主な活動予定2026年4月~
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-99年名古屋主婦殺害 夫が損害賠償訴え-
一報を聞いて応援したいと思う半面、虚しさもわいてきた。1999年、名古屋市西区で妻が殺害された事件で、夫の高羽悟さんが昨年10月、26年ぶりに逮捕された元同級生の女を相手取って損害賠償の訴えを起こした。
慰謝料や現場保存のため高羽さんが事件後、借り続けたアパートの家賃など、数千万円に上るとみられる。
ただ、高羽さんの前には不法行為から20年で損害賠償請求権がなくなる民法の「除斥規定」が大きく立ちはだかるが、高羽さんはDNA型鑑定などで長期捜査が可能になったいま、この壁をなんとか突き破りたいとしている。
だが高羽さんには、もうひとつ大きな壁がある。
裁判で勝訴したとして今後、無期か長期の懲役刑が予想される女が多額の賠償金を支払えるとは到底思えない。
そうしたなか先日、福岡高裁は2020年、21歳の女性が見ず知らずの15歳の少年に刺し殺された事件で、女性の遺族が少年と母親に賠償を求めた控訴審判決で、少年にだけ賠償を命じた1審判決を変更、母親にも連帯して5400万円を支払うよう命じた。
母親は幼少期から少年に性虐待を繰り返し、事件の直前に少年院を出た少年の引き取りを拒否したことも高裁は責任重大とした。ただ、ここにも大きな壁がある。いま服役中の少年と、この母親が多額の賠償金を払えるとは思えない。
高羽さんたち殺人事件被害者の遺族でつくる「宙の会」は、国が賠償金を立て替え、その後、加害者から取り立てる代執行制を提唱しているが、一時的とはいえ、国税で加害者の肩代わりをすることへの抵抗も強い。だとしたら、希望する国民が納税と一緒に保険金を掛けておく公的な「犯罪被害補償機構」といった組織はできないものか。
保険で賠償金を支払い、加害者に対しては生涯、ほそぼそとでも取り立てを続ける。
自分は加害者にはならないと誓うことができても、被害者にならないと言い切れる人はいないのだから。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2026年4月6日(月)掲載/次回は4月20日(月)掲載です)
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-性的強制や暴力、暴言は犯罪だ-
通信社からコメントを求められて事案の内容を聞きながら、いら立ちを通り越して怒りがわいてきた。
埼玉県立小児医療センターで抗がん剤を注入された10代の男性患者が死亡。2人が意識不明になっていると、病院長らが記者会見を開いて明らかにした。
3人は昨年初めと10月に、背骨周辺から抗がん剤を注入する髄腔内注射のあと神経症状を発症。10月に注射された男性が死亡。2人は意識が戻らない状態という。
センターが昨年11月、患者の髄液を分析したところ、ごく少量でも神経症状を起こすため髄腔内注射では絶対に使わない「ビンクリスチン」が検出された。この薬は劇薬のため薬剤部の一室で厳重に保管され、薬剤師が医師の指示書に基づいて調剤するが、3人の投与日にこの薬が使用された形跡はなかったという。
通信社の記者からそこまで聞いて、私は思わず「これは事件だろ」と話を遮ってしまった。ミスだとするには同じミスを3度も犯すとは考えにくい。薬剤が減っていないということは、あとで補完したか、薬品をほかで調達した故意の犯罪。殺人罪か傷害致死傷罪になる。だけど記者の説明の続きを聞いて私は心底驚いた。
センターが事案を県警に届け出たのは、この日になってから。それまでは昨年11月に立ち上げた「調査対策委員会」で関係者の聞き取りなどをしてきたという。
だけど、重大な過失どころか殺人にもなりかねない事件を「調査」したり「対策」を立てて何になるんだ。
昨今、セクハラ、バワハラに暴力、暴言。役所や企業、テレビ局が次々に立ち上げる第三者委員会や調査委員会。だけど性的強制は不同意性交や強制わいせつ罪だし、首長や上司の暴力、暴言は暴行、脅迫の犯罪だ。それを調査や対策ですまされたのでは被害者はたまったものではない。小ざかしく逃げるんじゃない。司法に任すべきだ。あらためて言うまでもない。私たちは法治国家の国民なのだ。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2026年3月23日(月)掲載/次回は4月6日(月)掲載です)
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-11日は東日本大震災から15年-
あさって11日は東日本大震災から15年。それに先がけて町の山間部、山木屋地区が原発被害で避難指示となった福島県川俣町を東海テレビの取材で訪ねてきた。
宮地勝志さん(66)は愛知県日進市から、震災翌年、川俣町役場に応援職員として派遣され、原子力災害対策課長として原発被災者と向き合う日々。定年後、そのまま川俣町民となった。
いまでは夫婦それぞれの親も呼んで、宮地さんは山木屋の農地で野菜作りをする一方、町の地域おこし協力隊の応援団。ご一緒した町の居酒屋で口を突いて出るのは「わが人生に悔いはなし」。
ただ、力をいれた山木屋の復興は避難解除になって9年、住民票のある580人のうち戻ったのは310人。それでも被災自治体の中ではいい方だという。原発にほど近い市町村では帰還者はおおむね2、3割だ。
宮地さんは当たり前の話だけど、と前置きして「原発に賛成反対を抜きにして、経済も雇用もそこに頼っていた地域ほど復興は遅い。忘れがちだが、まずそれを胸に刻んでほしい」という。
広野太さん(80)は、その山木屋地区で36世帯の区長をしていたが、いまは半分以下の13世帯。広野さん自身も仮設住宅の自治会長から、いまは夫婦で福島市に住む。会社勤めの息子さん一家は二本松市に。
地区の子供歌舞伎の舞台にもなる大広間があった母屋は、取り壊されて跡形もない。離れの家と農機具の倉庫が残るだけ。3カ所にもなった生活の拠点。だけど広野さんは「この選択は正しかった」と言い切る。
避難指示が出た当時は、息子さん夫婦に女の子、広野さんにとっての孫娘が生まれたばかり。「何があろうと、この子を原発の被災者にしてはなんない。たんだそれだけだったぁ」。
その女の子は15歳のこの春、高校1年生だ。
♪ 誰かの笑顔が見える 悲しみの向こう側に 花は花は花は咲く…
何度も口ずさんだフレーズが、また浮かんできた。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2026年3月9日(月)掲載/次回は3月23日(月)掲載です)
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-東大病院教授の収賄容疑逮捕-
毎年2月、バレンタインのころ某大学病院で定期的な検診がある。付き添いの妻が心ばかりのチョコをお配りした先生方は「いや、いや」と言いながら、その場で看護師さんや検査技師に渡される。いつもの光景を今年は一層、ほんわかとした気持ちでながめていた。
先月、東大病院の皮膚科長の教授(62)が「日本化粧品協会」から多額の接待を受けていたとして警視庁に収賄容疑で逮捕された。
じつは、この教授の行状を私は去年の秋から聞いていた。毎年、私の講演会を主宰してくれる女性が強皮症から間質性肺炎を併発した。だけどこの女性、持ち前の行動力と社交性で各地の大学病院の専門医と懇意になり、患者団体のアドバイザーにもなっている。
そんな彼女が頼りになるはずの東大皮膚科は「まったくダメ」と言い切る。聞けば、教授は業者に料亭や高級フランス料理に銀座のクラブ。果てはソープランドを接待させて医局はまったく機能していないという。
市井のひとりの患者であるこの女性までそんな実態を知っているうえ、去年春、接待した協会の理事が一部週刊誌の電子版に実態を暴露した。なのに東大当局は、警視庁の捜査が入り、病院の院長が辞任、総長が謝罪会見を開くまで頬かむり。
そこには、かつての「白い巨塔」から「ドクターX」まで連綿とつながる大学病院の閉鎖性、徒弟制ともいえるヒエラルキーがありはしないか。その上に今回は東大という権威も加わった。
だけど、私たちメディアも他者のことを言えるのか。収賄の事実を知って一部の新聞、テレビは教授の日常風景まで撮影していたのに、警視庁の強制捜査というおスミつきが得られるまで一切報道しなかった。そのことについて同志社大の佐伯順子教授は産経新聞のコラムで〈新聞も権威や肩書に迎合していないか〉と書く。
コラムのタイトルは「新聞に喝!」。喝を入れるべきは、医学界や大学だけではないのである。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2026年2月23日(月)掲載/次回は3月9日(月)掲載です)
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-「再審法改正案」が廃案-
取材を続けて30年。袴田事件の袴田巌さん(89)と初めて話をさせてもらった。事件から58年、死刑の恐怖にさらされてきた袴田さんは、刑務官を思い起こす男性と会うことを嫌った。
無罪確定から2年。「もう大丈夫。おいでよ」という姉のひで子さんの言葉で、浜松の自宅に静岡朝日テレビのクルーとお邪魔した。
「いつものドライブ、きょうはどちらへ?」「うん、浜松駅だね」。巌さんは、その先は自分に向けて二言三言話すだけだが、冬の日差しが届くリビングに、ゆったりとした空気が流れる。
そんななか、ひで子さんは「巌ひとりが助かっただけではダメなのよ」と、湧き起こる憤りを懸命に抑えこんでいるようだった。
真冬の突然の衆院解散総選挙。それによって74本もの法案が廃案になってしまった。そのなかには袴田事件をきっかけに、議員立法で出されていた再審法の改正案も含まれていたのだが、雪崩に巻き込まれるように押し流されてしまった。
それを横目に法務省(国)は法制審議会の再審法の見直し要綱の採決を急ぎに急ぎ、2月2日、委員の賛成多数で可決した。委員には冤罪事件の被害者や家族は1人も含まれず、13人の委員のうち10人が検察官や学者ら再審法の抜本的改正に慎重な立場の人たちだった。
可決された要綱では、袴田事件で無罪確定まで半世紀以上かかった長期化の元凶とされる検察が抗告、特別抗告を繰り返す不服申し立てを全面的に認めている。
また多くの事件で検察の証拠隠しが問題となったことから証拠開示を義務化したが、その一方で関係者やメディアへの使用を禁じ、社会からの目をふさいでしまった。
針の穴にラクダを通すというほど困難な再審の道で、針の穴を小さくしてラクダをより大きくしてしまったのだ。
「検察は反省していると言うけど、巌の事件で証拠を出しすぎたという反省じゃないの?」。怒りのなかで、ひで子さんは8日、衆院選の投開票日が93歳の誕生日だった。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2026年2月9日(月)掲載/次回は2月23日(月)掲載です)
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-大みそかに届いた1通のメール-
昨年は阪神・淡路大震災発生から30年。その年がまさに暮れようとしている23時57分、私の事務所経由で1通のメールが届いた。
差出人はNHK鳥取放送局の藤本幸也記者。お会いしたことはないが、阪神・淡路大震災について2002年に「心の断層」という本を出版されたとある。
〈その際、小生の駄文に過褒なまでの書評をいただき、またテレビの「徹子の部屋」に出演された時も拙著を持ち出し、そこに出てくる焼山昇二さんにふれて下さいました。覚えておられるでしょうか。その焼山さんが震災30年の1月17日の翌日亡くなられました〉
情けないことに私、「徹子の部屋」は、おぼろげに記憶はあるが、ほかのことは、すっぽり抜け落ちている。改めて「心の断層」のページを繰ってみると―。
その焼山さんは、かつてはゴンタクレ(暴れん坊)だったが、震災当時46歳。高齢者、外国人が市内で最も多い神戸市長田区で4町連合の自治会役員をつとめる、うどん屋のおっちゃんだった。
大火に見舞われた長田で震災当日、地区唯一の総合病院は裏手まで火が迫っていた。待合室のソファに乗った焼山さんは冷静に患者に呼びかけ、歩ける人は点滴をしたまま歩き始めた。
圧巻は、そんな現場を冷やかしに来た〝腐ったサバの目〟の少年たち。焼山さんは胸ぐらをつかんで彼らに4、5人ずつ隊を組ませた。すると少年たちは、病院の長いす、そばにあった戸板、何でも担架にして、患者を近くの公園に運んだ。
藤本さんのメールは〈「徹子の部屋」で大谷さんはそんな焼山さんの「みんな素晴らしかった」という言葉を紹介され、番組を見ていた焼山さんは、お母さんに「ばあさん、俺のことを言うとる。生きていれば、いいことがあるよな」と言ったそうです〉と結ばれていた。
顔も知らない方々が織りなしてきたこんな思いもしっかり受け継いでいきたい。震災から31年となった今年、慰霊の集いに浮かんだ竹灯籠の文字は「つむぐ」だった。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2026年1月26日(月)掲載/次回は2月9日(月)掲載です)
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-京都・観音寺を訪れる-
年始の混雑を避けて、この冬は暮れに京都を訪ねた。あらかじめ決めていた行き先は天平、奈良時代の古寺が点在する南山城の観音寺(大御堂)だけ。6、7年前の正月、小雪が舞うなか、ご住職に本堂のガラス戸を開けてもらって拝観した、たおやかなたたずまいの国宝、十一面観音菩薩立像にもう一度会いたかった。
その節は檀家から届いた新年のお供えのお餅や柿を私たち夫婦がどっさりいただいて、友人に「寺から供物をもらったのか」と、あきれられた話をご住職としながら本堂に。前回と打って変わって、やわらかな冬の光を浴びた観音菩薩は、ふるえるほど美しかった。
「今度はお堂の前に菜の花畑が広がるころに」と言いながらご住職は、この秋はNHK BSの新年からのドラマの撮影で「小さな寺では大変な出来事でした。ぜひご覧になって」という。
ドラマは1月4日夜の放送。これまでの1、2に続く第3シリーズの「京都人の密かな愉しみ Rouge-継承-」全9話。その第1回のイントロが観音寺の十一面観音菩薩だった。
京都で240年続く和菓子の老舗の跡取り娘、三八子(みやこ)がパリで一緒に暮らす夫の先妻の娘で大学生の洛(みやこ)。彼女が一時帰国して観音寺を訪ねるところから始まる。
住職役の笹野高史さんが十一ものお顔のそれぞれの意味を説明する。それはさまざまな掟や、しきたりの中で、なおプライド高く、いくつもの顔で生き抜く古都の人々にどこか通じる。それとともに、ドラマは季節で移ろう京の景色、衣食住、パリで作る老舗の和菓子の味。古都の人々が継承する奥深い美しさも伝える。
すてきなドラマと思いつつ、どこか私の「密かな愉しみ」に藪から棒に光を当てられたようなとまどいを感じながら、いやいやそんな小さなことを言ってはいけない。声高に叫ばなくとも、山城の小さな古寺のまわりに,、小さな美しい日本がある。そんな思いの初春だった。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2026年1月12日掲載/次回は1月26日掲載です)
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-無罪確定の袴田事件-
静岡朝日テレビのニュース番組「とびっきり!しずおか」に出演しているご縁もあって、地元の静岡新聞や静岡朝日テレビの記者からお誘いを受けて楽しい一夜をすごした。最近の事件や県政。それに全国ニュースにもなった伊東市長選…。裏話や失敗談に、うなずきあったり、笑い転げたり。
だけど昨年、事件から58年、やっと死刑から無罪が確定した袴田事件の袴田巌さん(89)と姉のひで子さん(92の)話になると、座の空気は一変して重くなった。
検察がでっち上げた証拠で袴田さんが死刑囚とされた事件に、いち早く国会議員が議員連盟を結成。新たな再審法を議員立法で国会に提出する流れとなった。だけど静岡新聞で20年、この事件を追い続けている記者によると、いまは真逆の方向に向かっているという。
この事態に法務省(検察)は5月急遽、法制審議会に再審法部会を設置したが、これは明らかに「議員立法潰し」。部会の20人の委員には再審法制定を求める弁護士を2人入れたが、冤罪被害者はゼロ。あとは法務省寄りの人物で固めた。
この結果、議員立法が厳しく禁じた検察の証拠隠しも、裁判所の決定に対して際限なく繰り返す不服申し立ても、すべて認める方向。こうした流れに危機感を抱いた袴田弁護団は、まさにこの日、議員立法の速やかな成立を求めて要請書を議連に提出。テレビの女性記者は、その弁護団に同行してきたところだった。
これに先立ち、元裁判官63人と刑法研究者135人が相次いで「事態は危機的」とする声明を出した。
それにしても、袴田さんが死刑台から生還したときの袴田さんと姉のひで子さんに対する申し訳の立たない思い。そして無実の命を奪おうとした検察への怒り。あのときのマグマが渦巻くような熱気を社会は、とりわけ私たちメディアは、どこに置いてきたのか。
この日、史上最速の初雪を観測した静岡の夜が一層、寒く感じられるのだった。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2025年12月16日(火)掲載/次回は2026年1月12日(月)掲載です。どうぞよいお年をお迎えください)
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-中前さんから届いた手紙-
私の中では、すっかり秋の風物詩となった群馬県旧粕川村(現・前橋市)の講演会は今年で34回目。11月16日の日曜日、いつものように主に先生方と、人の未来に関わることの素晴らしさを語り合ってきた。
そんな会を見越したかのように、この少し前、石川県穴水町の元小学校の校長先生、中前和人さんから手紙を添えて赤白の能登ワインが届いた。中前さんは3年前、私がこのコラムに小学校の恩師が94歳で亡くなられたと書いたとき「私にも忘れられない教え子がいます」と手紙をくださった。
中前さんが、かつて担任した小学6年生のクラスは前任者が心労で倒れるほど荒れていた。だけど、みんなで懸命に力を合わせて克服。なんとか卒業式を迎えた。
〈それから35年。私の退職時、この教え子が集まって私に「最後の授業」をさせてくれたのです。以来10年、同窓会が続いています〉
中前さんが贈ってくださったワインのラベルには「祝還暦 大徳小学校6年4組 担任 中前和人 奥能登の地から」の文字―。
〈15年前、私の最後の授業を企画してくれた教え子も卒業から50年近くたって還暦を迎え、私から記念のワインを贈ることにしたのです。この教え子たちは大徳小学校のある金沢市で、昨年は2回も同窓会を開いてくれました〉
その中前さんは「震度7の能登地震はすさまじいものでした。穴水町の自宅は一部損壊。1週間車中生活をし、2カ月、水のない暮らしを体験しました」という。
〈2回の同窓会は地震見舞いもかねてのことと思います。ただ私も後期高齢者。同窓会はもう終わりに、と言いますと、教え子は「能登まで迎えに行くから」。その言葉にしばらく続けようかと思っています〉
私もお相伴にあずかったワイン。ネットで見ると、穴水には茶畑のような美しい緑のブドウ園が広がっている。江戸時代から続く「能登や やさしや土までも」の言葉がまた胸に浮かんできた。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2025年12月1日(月)掲載/次回は12月16日(火)掲載です)
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