2023年3月20日 (月)

袴田さんの「当たり前だ」の声が

-権力乱用禁止する「再審法」を-

 この時を待っていたかのようにサッと雨が上がった東京高裁前。メディア用語でいう〝旗出し〟。ノボリに「再審開始」「検察の抗告棄却」の文字が躍った。

 1966年、静岡県でみそ製造会社の専務一家4人が殺害された事件で死刑が確定した袴田巌さん(87)について、東京高裁は9年前の静岡地裁の判断を支持、再審開始を決定した。

 私は喜びに沸く弁護団や支援者の中、満面の笑みに時折、うっすらと涙を浮かべる姉のひで子さん(90)と静岡朝日テレビの特番の中継でお話しさせてもらった。

 いまは釈放されているとはいえ、長い拘禁生活で心を病んでいる巌さんに「うれしい結果が伝わらないのが残念でしょう」と問いかけると、ひで子さんは「ゆっくり話すと、いいことが起きていることはわかるみたい。でもね、巌は前の静岡地裁の再審決定の時も『当たり前だっ』としか言ってくれなかったのよ」と、うれしさの中にも、ちょっと困った声が返ってきた。

 だけど無実の巌さんにとって再審も釈放も「当たり前」なのだ。だが今回の高裁決定は、唯一の証拠ともいえる5点の衣類は「捜査側の捏造の可能性が極めて高い」と踏み込んでいる。背筋が凍りつくではないか。この国の権力者は証拠をでっち上げてでも無実の人を死刑にしようとしたのだ。

 しかしここまで追い詰められてもなお、最高裁への特別抗告で抵抗しようとする検察。いま私たちに求められているのは、こんな権力の乱用を禁止する「再審法」の一刻も早い制定ではないのか。

 ―巌さんの「何度『当たり前だ』と言わせたら気がすむんだ!」という声が聞こえてくるようだ。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年3月20日掲載)

 

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2023年3月13日 (月)

自然エネ100%へ 福島無言の決意

-原発事故から12年-

 一昨日、東日本大震災は発生から12年。私は被災地、福島県の浪江、双葉、川俣町を2月中旬、コロナ禍以来、3年ぶりに訪ねてきた。

 「道の駅 なみえ」は晴天に恵まれた土曜の昼とあって名物のなみえ焼きそばやシラス丼を求めて大盛況だ。生鮮食品店からキッズプラザまであるこの広大な道の駅の照明や給湯の電力の約3割は2年前、浪江に完成した世界最大級の「福島水素エネルギー研究フィールド」で作られた純水素燃料電池でまかなわれている。

 もう1つ。これらの町を歩いて目に飛び込んでくるのは太陽光パネルを敷きつめたメガソーラーだ。20万枚ものパネルがまっ黒に田畑を覆って一瞬、ドキッとするところもある。原発事故で人々が追われ、荒れ放題の田畑。ならば、そこで原子力に代わって自然のエネルギーを生み出そうというわけだ。

 水素や太陽光だけではない。小型水力ダム、地熱、景観や騒音で論議を呼んでいる風力。これらを使って、福島は2040年を目標に自然エネルギー100%県を目指すとしている。それは原発の新規建設、運転期間の延長という国の裏切りに、原発推進でもない、脱原発でもない、「原発のいらない社会」を目指す福島の無言の決意があるように思う。

 愛知県日進市から川俣町に派遣され、原子力災害対策課長を務めたあと、野菜作りに転身した宮地勝志さんの畑。まだ吹雪の日も多いこの季節に、ハウスでホウレンソウ、露地でニンニクが青い芽をのぞかせていた。

 そこに、まだまだ苦境のなかにありながら、新たな芽吹きの季節を迎え、半歩でも1歩でも、と前に進もうとしている福島の姿が重なって見えるようだった。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年3月13日掲載)

 

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2023年3月 6日 (月)

より陰湿化する捜査と冤罪

-日野町事件「高裁も再審指示」-

 「高裁も再審支持」のニュース速報に心の中で拍手を送った。34年前、滋賀県日野町で酒店経営の女性が殺害され、阪原弘さんが無期懲役で服役中、がんで死亡した日野町事件で、大阪高裁は大津地裁の死後再審を支持。無罪がぐんと近づいてきた。私は10年以上前、長男の弘次さんを取材、現場にも足を運んだ。

 この再審審理で、またしても警察検察の証拠隠し。被疑者に現場を案内させる引き当て捜査での警察官の誘導や、その際の写真の順番の入れ替え。悪質、悪辣な工作が次々明らかになった。

 だが私には、それ以上に許せないことがある。弘次さんによると、弘さんは調べの刑事から結婚したばかりの娘さんの話を持ち出され「嫁ぎ先に行ってめちゃくちゃにしてやる」と脅されて耐えきれず自白したという。その夜、家族の前でウソの自供をしたことを号泣しながらわび、翌日逮捕された。

 私の長い事件取材の経験でも、取り調べ中の暴力には屈しなくても、「子どもを学校に行けなくしてやる」など家族のことで脅されて耐えきれる人はまずいない。

取り調べの録音、録画が進む中、手法を変えて家族の職場への聞き込みや親族宅への意味のない家宅捜索。捜査はより陰湿化しているともいう。

 相次ぐ冤罪事件の発覚で、国会や日弁連では再審法の抜本的改正や再審審理での証拠開示の制度化といった動きが進んでいる。

 私の取材から1年とたたず、75歳で亡くなられた弘さんの霊前に大好きだったお酒と一緒に、再審無罪確定、再審法改正の知らせを一刻も早く届けてほしい。

 来週13日(月)、いよいよ発生から57年、袴田事件の東京高裁判断が下される

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年3月6日掲載)

 

 

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2023年2月27日 (月)

重い作品の意義を説明せよ

-「はだしのゲン」広島市教材外し-

 10日ほど前、朝日新聞の朝刊を繰る手が止まった。〈「はだしのゲン」教材から外す 来年度から 広島市の小3向け 市教委「被爆の実相、迫りにくい」〉

 広島市の統一教材「ひろしま平和ノート」で、原爆の悲惨さを伝える「はだしのゲン」は小3と高1でいくつかの場面が引用されていたが、小3は別の内容に、高1も大幅に縮小される。

 「はだしのゲン」は作者の故・中沢啓治さんが6歳で父、姉、弟を失い、自らも被爆した体験と悲惨な少年時代を漫画に描き、単行本は全10巻、世界で4000万部が読まれている。

 市教委は教材から外す理由として「被爆の実相に迫りにくい」とし、さらにゲンが浪曲を歌って日銭を稼ぐ場面について、いまの子に浪曲はなじまない。栄養不足の母のためにコイを盗む場面は、誤解を招く―としている。

 その一方、教材から外すことについて「『はだしのゲン』の意義を否定するものではない」としているが、では、この程度のエピソードがこの重い作品の意義をどれほど否定したというのか。先生が少し説明すればすむことではないのか。もう1点、市教委は大学教授らと議論を重ねたというが、中沢さんが描いた以上の実相が果たして存在したのか。

 小3の教材で「はだしのゲン」を知り、この重い超大作に挑んでみたという広島の子どもたちも少なくなかったはずだ。

 今回の広島市教委の方針変更にふれた朝日新聞の「天声人語」は〈きれいな戦争がないように、教えやすい戦争もありえまい〉と書く。

 夏休みの読書感想文で、クラスの輪読会で、「はだしのゲン」がいつまでも同年代の子どものそばにいてくれることを切に願っている。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年2月27日掲載)

 

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2023年2月20日 (月)

声を上げる人をたたく理不尽さ

-大川小津波裁判の映画-

 200時間ぶりに奇跡の救出、といった報道も途絶え、トルコ大地震の死者は4万人を超えた。そんな中、私は先週末から東日本大震災の被災地にいる。それと時を同じくして昨年、このコラムに「多くの映画館が手を挙げてほしい」と書いた「生きる 大川小学校 津波裁判を闘った人たち」が18日からの東京を皮切りに、全国各地で上映される。

 津波で命を落とした74人の児童の親たちが「真相を知りたい」と立ち上がった裁判。仙台高裁は日ごろの避難訓練などで自治体や国に落ち度があったと認定。親たちの全面勝訴となった。

 大災害の取材や冤罪報道で私とは長いおつき合いのこの映画の監督、寺田和弘さん(51)は先日、朝日新聞の「ひと」欄にも登場。親たちに浴びせられた「子どもの命を金にするのか」といった中傷に、自身の高校時代、過剰な生徒指導に沈黙していた過去にふれ、異議を唱える小さな声を社会に届けたい、としたうえで、「声を上げる人をたたく社会の理不尽さを考えてほしかった」と訴える。

 大阪第七藝術劇場(十三)の26日(日)昼の上映後、寺田さんと私は、津波で妻と父、それに大川小に通う長女を亡くし、生き残った長男の哲也くんの証言、「先生に(高台の)山の方に逃げようと言ったのに聞いてもらえなかった」も市教委にもみ消されてしまった只野英昭さんと3人で約1時間、トークを展開することになっている。

 あの大震災から間もなく12年。私たちは声を上げる人をたたく理不尽な社会を打ち破るために、半歩でも1歩でも前に進んだのだろうか。

 ひととき、観客のみなさんと一緒に考えてみたい。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年2月20日掲載)

 

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2023年2月13日 (月)

心もいっぱいになるこども食堂

-夜はゲイバー 月に1度開店-

 年に7、8回出演している三重テレビの報道情報番組、「Mieライブ」の先日の特集は1月末、津市にオープンしたこども食堂だった。

 オーナーの花井幸介さん(34)が月末の日曜日に開き、初回のメニューは野菜と肉のカレーにつくね、近所の和菓子屋さん差し入れのみたらし団子。定員40人。こどもは無料で大人は300円。おなかいっぱい食べてもらって、たった1つの条件は必ずみんなとおしゃべりして遊んで帰ること。

 そんな条件をつけたのには訳がある。店は普段の夜はゲイバー。花井さんはLGBT、性的少数者だ。友だちにも言い出せないまま隠し通して中学を卒業。家を出て、一時はホームレス生活も経験した。やっと心を許せる仲間に出会って夜の町を転々としていた10年前、父親が末期がんという知らせが飛び込んできた。

 駆けつけた花井さんに父は「気がついていたよ。お前の人生。思い通りに生きなさい」。だからおなかがいっぱいになると同時に、こどもも大人も何でも言いあえて心もいっぱいになるこども食堂を作りたかった―。

 国会ではそのLGBTをめぐって首相秘書官がオフレコをいいことに、耳をふさぎたくなる差別発言。一方で子育て支援の議論では、かつて女性議員が議場に響く甲高い声で、聞くに耐えない下劣なヤジを飛ばしていたことが改めて報道されている。そんなときにオープンした、夜はゲイバーのこども食堂。

 小さなテレビ局が取り上げた、小さなこども食堂がLGBTや子育て、そうしたテーマに、いつの日か私たちが見たいと願っているほのかな光を放ってくれているような気がする。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年2月13日掲載)

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2023年2月 9日 (木)

活動予定

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2023年2月 7日 (火)

一番懐肥やす悪党にたどりつけるか

-フィリピン4人は「中の下」-

 「検挙に勝る防犯なし」。広域連続強盗の報道に連日関わりながら、事件記者時代、ベテラン刑事から何度も聞かされた言葉が胸によみがえる。

 犯罪防止のためのさまざまな啓発も大事だ。だが悪党どもを割り出して一網打尽にする。これに勝る防犯活動はないというわけだ。

 フィリピンから強制送還される4人の男。だけど彼らの容疑は強盗ではなく、詐欺。4年前、現地で日本人36人が拘束された特殊詐欺事件。だが一網打尽とはいかず、その残党が組織を広域強盗に切り替えたのだ。

 この4人がからんだ特殊詐欺の被害額は60億円。そのまま彼らに渡っていたら特別待遇とはいえ、いつまでも収容施設にいるわけがない。メディアは男たちを「司令塔」などと呼んでいるが、警察が描いている事件のチャート図では中の下ぐらいにしか位置していないはずだ。

 反社会勢力の中で、「今どきカシラ(組長)がベンツかレクサスに乗っているのはシャブ(覚醒剤)の太いルートか、オレオレ(特殊)詐欺グループを抱え込んでいる組だけ」と言われて久しい。だが特殊詐欺で広域暴力団はもちろん、中小の組でも詐欺容疑や使用者責任を問われて、グループともども壊滅させられたケースはついぞ聞かない。えぐり切れなかった病根が今度は強盗組織となって、90代の無抵抗な女性をはじめ市民に襲いかかっている。

 送還される4人の取り調べや、これまでの捜査で手にした情報。それらのピースをつないで、一番懐を肥やしている悪党にたどりつく突き上げ捜査ができるかどうか。刑事たちが語り継いできた「検挙に勝る…」の言葉を捜査員みんながかみしめる時ではなかろうか。

 

日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年2月6日掲載

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2023年1月30日 (月)

国は子どもたちのために

-胸をよぎる黒田清さんの言葉-

 先週23日のこのコラムに「政治もニュースもこんなもんさと片づけしまってはいけない」と書いたその日に、通常国会が開会。岸田首相の施政方針演説があった。

 今回の政策の大きな柱のひとつが昨年ついに出生数80万人を割り込む見通しとなった少子化対策。首相は「従来と次元の異なる対策」を強調した。だが、そんな首相の決意に水をぶっかける発言が1週間前に党内から飛び出していた。

 麻生自民党副総裁が講演で「少子化の大きな理由は女性の出産年齢の高齢化にある」と断言したのだ。82歳と老齢ながら、1年余り前まで副総理兼財務大臣だった政権中枢の「問題は女性の晩婚化」とする発言。だけど日本の女性の平均初婚年齢は29・4歳。日本より出生率が高い英国(31・5)、フランス(32・8)、スウェーデン(34・0)の方がはるかに晩婚なのだ。

 またしても少子化問題を「女性、結婚、出産」に押しつける発言。そんな考えがはびこる社会で子どもを持ちたくないという若い人の思いがまだわからないのか。

 もう1点、気になることがある。首相は少子化を重要課題とする一方で、演説冒頭から3倍もの時間をかけて強調したのが、「防衛力の抜本的強化」だった。「国を守ろう」。それに続く「1人でも多くの子どもを」というこの流れ。私の記者時代の上司。多感な少年期を戦時下ですごした亡き黒田清さんが常々、口にしていた言葉が胸をよぎる。

 子どもは国のために生まれてくるのではない。だけど国は、子どもたちのためにあるはずだ―。

 政治は、こんなもんさと片づけてしまってはいけないという思いを一層、深くする。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年1月30日掲載)

 

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2023年1月23日 (月)

「どっちもどっち」の声が漏れる

-立憲党員の鞍替え劇-

 夕方の東海テレビニュースを終えての雑談。「ぼくらが取材したニュースが全国ネットで流れるのはうれしいけど、この1件、どっちもどっちだよな」といった声が漏れる。私もまったく同感だ。

 2021年秋の衆院選で立憲民主党の新人として立候補した今井瑠々氏(26)。当時、被選挙権の最年少、25歳。ルッキズムのそしりを覚悟で言えば、かわいい女性だ。それまで岐阜選挙区5区のすべてが自民党という保守王国。加えて挑む相手は男女別姓反対、日本古来の家族制度の護持が信条の超保守派、古屋圭司氏。

 私もこのテレビ局の選挙特番で彼女の選挙活動を追ったが、善戦したものの肉薄とまではいかず、落選。その今井氏がこの春の統一地方選で、なんと自民党の推薦で岐阜県議選に出馬を表明。野田聖子元大臣も同席して記者会見を開いた。

 なるほど自民党の言う「敵基地攻撃能力」とはこのことか、と寒い冗談を言っている場合ではない。落選後、県連副代表の席を用意、月50万円の活動費も出していた立憲は激怒。離党届を突っ返して除名。活動費の返済も求めるという。

 さて番組後の雑談の続き。「だけど、これがどこか地方の県で最年少の男性候補が対立していた政党に鞍替えしたところで、全国ネットどころかローカルニュースにもならないんじゃないか」。まさにその通り。どっちもどっちなんて言いながら、「女性、若い、かわいい」の3つのファクトがそろったから、メディアもこのドタバタに飛びついたのだ。

 きょう23日から通常国会。しょせん、政治もニュースも、こんなもんさと片づけてしまってはいけない。自戒をこめて、そう思っている。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年1月23日掲載)

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