2023年12月 4日 (月)

別れることも生きた証なのだろう

-伊集院静さんノボくんのもとへ-

 亡くなられた伊集院静さんとは10年ほど前から、ほぼ季節ごとに杯を交わしてきた。奥さまの篠ひろ子さんが「強がりを言って誰にも会わずに逝ってしまい」とコメントされているように、無頼、ダンディズムの作家と強がりは切り離せない。

 そんな伊集院さんに、ひととき強がりの衣を脱がせたのは愛犬のノボくんだった。「私以外の者がノボを東北一のバカ犬と呼ぶのは絶対に許さん!」。すかさず、関西一のバカ犬と暮らす私が「同感!」と叫ぶと、しばしお酒の席をノボくんやお兄ちゃんのアイス、お手伝いのトモチャンのラルク。ワンちゃんの話題が駆けまわることになる。

 仙台の自宅で東日本大震災に遭われた伊集院さんは、あの日をこう書いた。

 〈夜、余震で家屋を飛び出し、庭先に立つと満天の星がかがやいていた。私はこの美しさを酷いと思った。―どうしてこんなに美しいんだ。これでいいのか、自然というものは…。家人と私がそれぞれ抱いた犬も星を見上げていた〉

 あの大震災を描いて、これほど美しく、切ない一文を私は、ほかに知らない。

 17歳でノボに旅立たれた伊集院さんは昨年秋、「君のいた時間」を著し、シリーズ「大人の流儀」に加えた。

 〈出逢えば別れは必ずやって来る。それでも出逢ったことが、生きてきた証であるならば、別れることも生きた証なのだろう〉

 仙台のお宅で「ぐうたら作家はまだか~」と遠吠えしていたノボくん。いまごろ主人との邂逅に、顔中をなめまわしているのではないか。強がって、勝手にそんな場面を思い描くことで、いま私はあふれ出そうになる涙を、懸命に抑えている。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年12月4日掲載)

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2023年11月27日 (月)

「いいじゃないの幸せならば」

-ユニークカップル-

 先週11月22日は「いい夫婦の日」。東海テレビ(名古屋)のニュース番組でユニークなカップルを紹介させてもらった。岐阜県が今年制定した「パートナー宣誓制度」の第1号、谷村祐樹さんと中村文亮さんの日常を淡々と追った。

 5年前、青年海外協力隊で知り合い、同性婚が認められていない日本で、病院の付き添いなどが制度によって「家族同等」となった2人。家の掃除のことでちょっぴりもめたり、ゲームをしたり。ネコも一緒のごく普通の家庭が、そこにある。

 もちろん、これまで平坦な道を歩いてきたわけではない。一時は「この世にいてはいけない存在と思い詰めた」という谷村さん。中村さんは「長男は家を継ぐ、墓を守るという厳格な家で苦しかった」という。

 そんな2人が、いま共通して抱く思いは「たまたま同じ性の人を好きになっただけ」。マイノリティーや同性婚の権利を声高に求めるのではなく、「それぞれの人の人生が、それぞれ祝福されたら」と願っている。

 11月22日を前に名古屋では、NPO法人が愛の形に平等を求めて全国で展開する「私たちだって〝いいふうふ〟になりたい展」が開かれた。その会場には幸せそうに笑い合う2人のポートレートも飾られた。

 平仮名の「ふうふ」には、夫夫、婦婦、夫婦。このどれもが当てはまるという。

 2人を追ったニュースの終わりは、友人たちのフラワーシャワーを浴びるささやかなウエディングシーン。スタジオの私の胸には70年代、佐良直美さんが歌った「いいじゃないの幸せならば」と「世界は二人のために」が、続けて流れているようだった。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年11月27日掲載)

 

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2023年11月20日 (月)

至極まっとう「阪神日本一と万博を絡めるな」

-合同Vパレードクラファン-

 大阪では、いささか肩身の狭い巨人ファンの私も拍手を送った38年ぶりの阪神日本一とオリックスのリーグ優勝。ところが、この23日(祝日)に予定されている大阪・御堂筋、神戸・三宮の優勝パレードの雲行きが怪しくなってきた。運営費は民間で、と大阪府などが提唱。目標5億円で始めたクラウドファンディングへの寄付がさっぱりなのだ。開始から1カ月近くたっても2割弱の1億円足らず。一体、ファンはどうしたのか。
 
 読売新聞(大阪版)がズバリ、「大阪・関西万博と関連づけたことだ」と書く。バレードの名称に「万博500日前」をつけ、ファンドの発表には、あのなんともいえないキャラクターも登場。これに反骨、反権力の浪速っ子がカチンときた。 この大阪万博、当初予算の1・9倍、2350億円に膨れ上がっているところに、350億円かけて世界一巨大な木造建物(リング)をすでに建築中と知って、国民の多くも猛反発。共同通信の世論調査では、大阪万博について68・6%の人が「不要」。つまり7割がやめろ、と言っている。

 ファンドに寄せられた声には「阪神日本一と万博を絡めるな」「政治利用は控えるべき」といったものもあったという。至極真っ当。まさに♪獣王の意気高らかに…ではないか。

 大阪府などは財界の寄付を当て込んでいるが、そんなお金なんかなくても大丈夫。03年、星野阪神優勝パレードでは、まっ先に「障害者・子ども席」を用意した球団と阪神応援団。ステキなパレードを期待しつつ、かつてのNYメッツ優勝にあやかった当日の空模様を。

 ―御堂筋は晴れ! ところによって紙吹雪でしょう。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年11月20日掲載)

 

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2023年11月13日 (月)

「相手も人間」今こそ声あげるべき

-核使用の話出たイスラエル-

 はるか1万㌔離れていても、いまこそ私たちの国が声をあげるべきではないか。イスラエルとハマスの軍事衝突はガザ地区の死者が1万人を超えた。うち子どもが4000人以上。10分に1人、子どもが殺されている。

 ユダヤ人国家のイスラエル対パレスチナ。宗教、歴史、大戦時の欧米の二枚舌、三枚舌。絡みあった憎悪の糸は、ほどけそうにない。

 そんなとき森重昭、佳代子さん夫婦の語りを、朝日新聞編集委員の副島英樹さん(広島総局駐在)が編集された「原爆の悲劇に国境はない」を開いてみた。

 森重昭さんは、2016年に現職米大統領として初めて広島を訪れたオバマ大統領が数十秒間、黙って抱擁し続けた、あの場面をご記憶の方も多いと思う。

 8歳で被爆した森さんは、通っていた国民学校の校庭で荼毘にふされた中に米兵らしい白人の遺体があったことを知り、成人してから、計12人と判明した米兵の身元確認と遺族探しを始めた。だが86歳になる今日までに、自国が投下した原爆で犠牲になった米兵全員の身元は突き止めたが、遺骨を帰還できたのは2人にとどまった。

 そうした中、何百、何千回問われた言葉は「なぜ、原爆で14万人も殺りくしたアメリカの兵隊のために」だった。そのたびに森さんは「私は米兵を敵とは考えない。相手を人間と見たのです」と答えてきた。

  即座に首相が否定したとはいえ、閣僚が核使用まで言い出したイスラエル。いまだ人質を取ったままのハマス。「悪いことなんかしていないのに」と泣きじゃくるガザの子ども。この子たちのためにも遠くアジアの被爆国から声をあげたい。

 「相手も人間なんだ」

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年11月13日掲載)

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2023年11月 9日 (木)

主な活動予定2023年10月~

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2023年11月 6日 (月)

この100年 何も学ばなかった人たち

-福田村事件と検見川事件-

 関東大震災から100年の9月1日から少し遅れたが、先日、旧知の森達也さんが監督をされた映画、「福田村事件」を見てきた。そして先週は三重テレビの夕方ニュースで「検見川事件」を取り上げた。

 関東大震災の直後、首都を中心に「(朝)鮮人が災害に乗じて暴動を起こす」といった流言蜚語が飛び交い、疑心にかられた群衆に虐殺された朝鮮人は、数千人にのぼるといわれている。

 そうした中、千葉県福田村(現・野田市)では讃岐(香川)からやってきた日本人15人の行商団に、訛りや身なりの違いから自警団が「朝鮮人だ」と村人を煽り立て、妊婦や幼児を含め、9人が群衆に虐殺された。

 検見川(現・千葉市)では首都から避難してきた三重、沖縄、秋田出身の3人の若者が言葉の違いから「朝鮮人だ」と、いきりたつ群衆に惨殺された。

 どの村の人々も長らく口を閉ざした日本の歴史の暗部だった。

 「福田村事件」の森監督は、人が群れで生活するようになって、「特に不安や恐怖を感じた時、異質なものを見つけて排除しようとする…この場合、髪や肌の色、国籍、民族、信仰、そして言葉。何でもいい」と言う。

 翻って現代の社会。チマ・チョゴリに、アイヌの民族衣装、身なりで人をあげつらう女性議員がいる。「朝鮮人虐殺の記録は政府内には存在しない」と言い張る官房長官がいる。虐殺された朝鮮人の慰霊式に長年送ってきた追悼文を「史実は歴史家の判断にまかせるべき」と言って、突如、取りやめた都知事がいる。

 100年、何も学ばなかった人がいる。100年、何かを学ぼうとさえしなかった人がいる―。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年11月6日掲載)

 

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2023年10月30日 (月)

まだ続く正義に反する日々

-袴田巌さんの再審始まる-

 袴田巌さん(87)の姉、ひで子さん(90)を取材して四半世紀以上になる。だが肩を震わせ、声を上ずらせた姿は、見たことがない。

 57年前の事件で死刑が確定した袴田さんの再審裁判は、静岡地裁が「袴田さんをこの状態に置くことは耐えがたいほど正義に反する」として再審開始を決定してから実に9年。先週金曜日、やっと初公判が開かれた。

 この朝、私はひで子さんが浜松から静岡に向かう同じ新幹線に乗る、新聞記者時代以来のハコ乗り取材。ひで子さんは、この日から朝日新聞が始めた巌さんから届いた2000枚の手紙を読み込んだ大型企画の第1回、「神さま。僕は犯人ではありません」の電子版をスマホで見て時折、笑みを浮かべていた。

 だが、法廷で裁判長の前に立ったひで子さんは、いまだ確定死刑囚である巌さんへの思いを募らせ、「巌に真の自由をお与えください」と訴えた。法廷を取材した記者によると、声は上ずり、肩は震えていて、その姿に弁護人席では涙を流す人もいたという。

 だけど、その後の冒頭陳述で検察は高裁から「捏造」とまで言及された証拠を、またぞろ引っ張り出す見えすいた引き延ばし作戦。来年3月27日、袴田さん釈放から10年の日に予定されていた結審は不可能になった。

 他方この日、事件についてコメントを求められた小泉法相は「現行法に不備があるとは認識していない」とした。無実の人が半世紀にわたって命を奪われる恐怖におびえた日々。だが、官僚が書いたままとはいえ、「法律に不備はない」と言い放つこの人に、果たして人の心はあるのだろうか。

 耐えがたいほど正義に反する日々は、まだまだ続く。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年10月30日掲載)

 

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2023年10月23日 (月)

遠ざけられた市民の意思は

-厳戒の補選 首相演説会場-

 参院高知・徳島選挙区、衆院長崎4区の補選は、きのう結果が出た。支持率に悩む岸田政権としては必死の選挙戦。前週末には首相自ら選挙区に乗り込んだが、どの演説会場も厳戒体制を通り越して近づきがたい異様な雰囲気だったという。

 そのニュースにふれて、ひと月ほど前、北海道放送製作の「ヤジと民主主義」劇場拡大版が完成。山崎裕侍監督から「一言、コメントを」と頼まれて先行して見た映画が胸に浮かんだ。

 2019年7月、安倍首相(当時)が参院選の応援のため札幌駅前で演説した際、「安倍やめろ」「増税反対」などとヤジった男性と女性が警官に会場から引きずり出されたり、女性警官に2時間もつきまとわれた。

 2人は「表現の自由を奪われた」と道(道警)を提訴。昨年3月、1審・札幌地裁は道警の対応を「不当」としただけでなく、憲法の表現の自由にまで踏み込んで、原告全面勝訴を言い渡した。

 ところが4カ月後、安倍元首相が凶弾に倒れると、1審の裁判長や道警を批判した朝日新聞に対して「警察の手足を縛って元首相を死に追いやった」などのバッシングが一部メディアやネットにあふれ返った。

 そして安倍氏の命日が近づく今年6月の札幌高裁判決は男性逆転敗訴。女性のみ勝訴の痛み分け。とはいえ、1審完敗だった警察はこの判決で息を吹き返した。

 翻って補選の首相演説会場。広報車の周囲を金属柵で囲って、その外側を胸にシールを貼った関係者で埋め、一般市民はさらにその外。こうまで遠ざけられた市民はどうやって意思を伝えたらいいのか。私にはかえって危険な状況を作り出しているとしか思えないのだが。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年10月23日掲載)

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2023年10月16日 (月)

小ずるい提案「口を出す前に、まず金を出せ!」

-虐待禁止条例改正案の撤回-

 埼玉の自民党県議団が提案した子どもの虐待禁止条例改正案は、すんでのところで撤回された。「親に負担を押しつけるだけ」と県に1000件以上の抗議が殺到したこの改正案。私には子育てや家族観に自分たちの思想信条を巧みにもぐりこませながら、じつは金は1円も出さない。「口は出すけど、金は出さない」小ずるい提案にしか見えなかった。

 小学生の子どもだけで登下校させる。子どもだけで留守番させる。子どもだけで公園で遊ばせる―これ、全部虐待に当たるとした。

 子どもを置いて買い物に行くな。共働きだろうと、保護者は順番で子どもの登下校に立ち会え。とんでもなく親に厳しいこの条例案。だけど、よくよく見ると、県も市町村も1円も金をかけずに、しんどいことは全部親に押しつけている。 

 たしかに昨年の小学生の交通事故を見ても全国で330人のうち、129人が登下校時だった。

 だからこそ、思い出してほしい。私は一昨年、千葉県八街市で飲酒運転のトラックが下校中の小学生をはねて3人を死亡させた事故の時も、このコラムやテレビで「一刻も早くスクールバスを」と訴えてきた。八街の事故では、当時の菅首相も「バスの導入を真剣に考える」と言明したが、その後はナシのつぶてだ。

 いまスクールバスの導入に国から補助が出るのは、全校児童の半数以上が片道4㌔以上を通う小学校だけ。だが、へき地の学校統廃合で4㌔近い距離を通う学校が増え続けている。ならば聞くが、子どもを毎日、往復8㌔、2時間も歩かせるのは虐待ではないのか。

 あらためて言う。「口を出す前に、まず金を出せ!」。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年10月16日掲載)

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2023年10月 9日 (月)

大阪万博 腹立つことばかり

-建設費どんどん増-

 この夏、大阪に来られた方から随分、「意外!」という声を聞いた。だけどこれ、私たち大阪府民にとっては意外でもなんでもない。

 2025年開催予定の大阪・関西万博について聞くと、大半の人が「興味ないわ」。関心があると言う人からは「早よやめたらええ」。とにかくこの万博、腹の立つことばかりなのだ。

 当初1250億円だった建設費は2年後の2020年に1850億円。この時、大阪府知事は「2度と増やすことはない」と言っていたのに、今年になって2300億円。この万博、日本維新の会の目玉政策であることは間違いないのだが、旗色悪しと見るや維新の代表はシレッと「国のイベント。国が負担すべき」。

 これだけのお金をつぎ込むのだから、さぞや立派なものが、と思いきや、60の国・地域が自前でパビリオンを建設する予定のタイプAの建築許可を取得したのは、いまのところチェコだけ。建設業界からの「開幕に間にあわないぞ」という忠告に大あわてで万博協会が取った策がタイプX。

 これは協会が工期の短いプレハブ工法で造った箱型の建物をパビリオンにして各国に入ってもらうという、いわば建売住宅形式。

 だけど、パビリオンは各国がお国柄を出した建築美を競い合うもの。プレハブの箱型、こんなみすぼらしい物を見に当日券7500円を払ってだれが来てくれるというのか。言いたいことはまだまだあるが、東京五輪に大阪万博。私たちはいいかげん、「夢よもう1度」から抜け出そうではないか。

 今週13日は、その万博開幕まであと1年半。今なら間に合う。「早よ、やめたらええんとちゃいまっか」。

 

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2023年10月9日掲載)

 

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«私たちは年寄りに甘すぎないか